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教養脳 自分を鍛える最強の10冊
著者:福田和也
出版社:文藝春秋
本書の要約
人間は時代が変わっても、国が違っても、結局、同じようなことに悩んでいます。 コロナ禍の中の問題を考えるために必要なのは、歴史を振り返り、古典に触れることなのです。先人との対話によって、私たちは思考し、解決策を見つけることができます。教養が未来への勇気を生み出してくれるのです。
教養とは何か?
一人一人が個々の世界に閉じこもってしまったのでは、社会は発展していかない。よりよく社会を発展させるためには、人が広く学問、芸術、宗教に触れて自分の人格を養い育てていくことが必要であり、そうした努力や成果がそもそも「教養」の意味であって、語源はラテン語の「cultura(耕す)」である。(福田和也)
コロナ禍の中、人は自分の殻に閉じこもるようになり、コミュニケーションが減っています。孔子の弟子たちはと師と対話を記録し、『論語』という教養を深める一冊を生み出しました。批評家の福田和也氏はそれを模倣し、西部邁氏との対談を企画することで、論語の本質が何であるかをつかんだと言います。
人とのコミュニケーションが少なくなる中でも、難解な書籍と対峙することで、他人に対する想像力を鍛えることはできます。新型コロナウイルスの感染拡大で世界が分断された今、人間が自分のことしか考えられなくなっている今こそ、人のことを思いやること=教養が必要になっているという著者のメッセージが響きました。
今こそ、私たちは古典を読み返し、人への理解を深めるべきなのです。
人間は時代が変わっても、国が違っても、結局同じようなことに悩み、苦しんでいるということだった。 現在の問題を考えるために必要なのは、歴史を振り返ること。過去に対する深い理解が、未来への勇気を生むのだ。
ヨーロッパ人は古代ラテン語やギリシャ語の文学を学ぶことで、現実から無縁の世界の人たち、今の自分たちの生活や利害、関心と全く関係のない時代の人々の言葉を学び、その発想や言動を理解することを大切にしています。自分と隔絶した他者を理解しようと徹底的に努力することにこそ、人間の人間としての力、つまりは利害、欲望、本能を超えた人間性の力があると、ヨーロッパ人たちは考えているのです。
自分とまったく違う時代、文明のなかにいる他者を理解する能力を、ドイツ人は「教養(Bildung)」と呼んでいます。「Bildung」は英語に訳すと「becoming」で、「~に成る」「形成する」という意味になります。人間が人間になるというのは、他者を理解できるということ、少なくとも他者を理解しようと努力をし続ける意志を持つことなのです。
福田氏はオペラに精通しているとか、絵画に詳しいとか、仏像を見るのが好きといった類のものは教養ではないと述べています。 鑑賞体験やそのための周辺知識の習得が、他者を理解する力につながらなければ、教養を身につけることにはならないのです。
著者は教養を高める書籍の一例として、下記の10冊をピックアップし、解説します。
『万葉集』 古代から一貫する日本文学の詩情
『わが闘争』(ヒトラー) 真に恐ろしいのは「楽天性」
『論語』 東洋で最も大きな影響を与えた書
『ナポレオン言行録』 不実な妻に悩まされた英雄
『移動祝祭日』(ヘミングウェイ) 人生の索漠さに立ち向かった
『赤と黒』(スタンダール) 生前は全く売れなかった世界文学の傑作
『神曲』(ダンテ) 詩と絵画が出会う強烈な旅の記憶
『本居宣長』(小林秀雄) 人間の本性を掴んだ批評家
『文明諭之概略』(福沢諭吉) 「二つの世界」を生きた意志と知性
『存在と時間』 (ハイデガー) 眠れない子供のための存在論
なぜ、現代人に古典が必要なのか?
ヨーロッパ諸国と異なり、日本の場合、文学の一貫性とその意識は、『万葉集』が成立した8世紀にすでにあったと考えられています。『万葉集』の4500首には、長歌、短歌、旋頭歌、仏足石歌など様々な歌体の歌があるだけでなく、歌を詠んだ層も広くなっています。身分の低い名もない歌人の歌も収録されるなど、その寛容さが特徴になっています。この寛容さが後の日本の文学に大きく影響を及ぼしています。
日本の文芸、文化において、もっとも貴重な性格の一つが、誰もが文化を創る側にたてるということにあり、その文化の基本的なあり方を決めたのが『万葉集』だったのです。万葉集は受験勉強のときに何度か図書館でチャレンジしましたが、今回福田氏の解説に触れることで、日本文学において、万葉数が果たした役割を知ることができました。
昨年、私は宮城谷昌光氏の歴史小説『孔丘』にはまり、久々に『論語』を読み返しました。今までに何度か『論語』を読んできましたが、孔子と弟子の対話を宮城谷氏の文章で振り返ることで、人間の生き方について考える機会を得ました。
西洋において最も広く読まれ、影響を与えてきた本が『聖書』である一方、東洋において同様の地位を占めるのが『論語』であったと著者は指摘します。戦後、論語は日本ではあまり読まれなくなりましたが、歴史を遡れば、『論語』は中国や日本の権力者や知識層に多大な影響を与えました。
類まれな思想家である孔子の言葉が、もし、弟子たちによって『論語』としてまとめられていなければ、中国や日本の歴史は変わっていたかもしれません。『論語』が作品として残ったがために、魯という小国の思想家のメッセージが時を超え、国を越えて受け入れられることになったのです。
ナポレオンはブリエンヌの教育課程でラテン語を学びますが、教養を身につけたことが有益だったと言います。タキトゥス、ウェルギリウス、キケロ、セネカといったラテン文学の古典に接したことがナポレオンの人間力を高めたのです。戦場で、議場で、歓喜の宴でナポレオンは、自らの言葉で兵士たちを熱狂させることに成功します。古代ローマの雄弁家たちのレトリックが、彼を英雄にする原動力だったのです。
孤独だったナポレオンは図書館で過ごす時間が長くなり、読書の習慣を身につけたと言います。この頃、ローマ時代の著述家、プルタルコスの『英雄伝』に出会ったことが、その後の彼の人生に多大な影響を及ぼしました。彼は19世紀のアレクサンダー大王、カエサルになるという野望をもち、それを実現していったのです。貧しかったナポレオンは教養があったからこそ、フランス大統領にまで昇りつめることができたのです。
今回のコロナ禍は、人とのリアルなコミュニケーションを難しくし、私たちは一体感を失っています。他者に対する思いやりが必要な時に、人と過ごせないことが私たちを不幸にしています。古典はその隙間を埋めてくれ、人への理解を深めてくれます。
SNSで他者とつながるだけでなく、読書をすることで、私たちは著者との対話を通じて、思考する時間を持て、自分を鍛えられます。孤独になった私たちは今こそ、読書によって他者への想像力を養う時間を持つべきです。インターネット上の情報で分かったふりをするのをやめ、自分との対話の時間を持つことが、その後の人生を豊かにしてくれます。
実はつい最近、ハイデガー『存在と時間』を読み返し、「人は、いつか必ず死が訪れるということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない」という言葉から刺激を受けたばかりでした。58歳になった今、私は時間の重要性を再認識しています。
個人的にはヘミングウエイの『移動祝祭日』が選ばれていることがうれしく、この名作から再読していこうと思います。本書に書かれている歴史的背景を知ることで、途中で投げ出したダンテの『神曲』などにも興味が湧きました。ビジネス書だけでなく、古典に触れる時間も増やしていきます。
ブロガー・ビジネスプロデューサーの徳本昌大の5冊目のiPhoneアプリ習慣術がKindle Unlimitedで読み放題です!ぜひ、ご一読ください。
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