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変異する資本主義
中野剛志
ダイヤモンド社
本書の要約
新型コロナウイルスのパンデミックと、中国のハイブリッド軍国主義の台頭が、世界のパワーバランスを激変させようとしています。この二つがもたらす構造的な変化によって、世界は、社会主義化政府の経済社会への関与の強化と積極財政へと変異を遂げていくはずです。
中国が仕掛けるハイブリット戦の餌食になる日本
アメリカにとって中国は、今や経済と安全保障の両方において脅威となっている。第二次世界大戦後のアメリカは、これまで、そのような脅威に曝されたことはなかったのである。そして、アメリカの新自由主義的な経済モデルが失敗し、他方で、エコノミック・ステイトクラフトを実践してきた中国が台頭し、脅威となった。(中野剛志)
経済が地政学的環境にどのような影響を与えるのかという「地政経済学」という視点で東アジアを分析すると、日本が危機的な状態に置かれていることがよくわかります。評論家の中野剛志氏はアメリカと中国のパワーバランスに翻弄される日本の姿を客観的に説明していきます。地政経済学、政治学、国際関係論などの豊富な知識からロジカルに導き出されたストーリーを読むことで、日本が抱えるさまざまなリスクに気づけます。
ダートマス大学のジェニファー・リンドは、周辺国を軍事力や経済力で脅かし、国内政治に介入し、文化にまで影響を及ぼす地域覇権によって中国が、日本への圧力を強めていると指摘します。中国の日本に対する歴史的な恨みは深く、今後、日本はアメリカと中国の間で苦悩する可能性が高まります。
アメリカはもはや単独で中国に対抗する能力はなく、日本は安全保障政策を抜本的に転換して、防衛力を抜本的に強化する必要があります。2021年初頭、アメリカの国防長官ロイド・オースティンは、中国は「地域覇権」をすでになっているという認識を示していますが、中国は日本人が考えている以上に、日本への圧力を強めているのです。
「覇権安定理論」を唱えたロバート・ギルピンは、覇権戦争を回避するには、以下の3つの選択肢があると言います。
■共存→既存の覇権国家と新興国家が共存するという戦略。オバマ政権は米中の共存を目指しましたが、失敗しました。
■同盟→覇権国家が同盟諸国と協力して、新興国家を封じ込めるというもの。アメリカは日本など同盟国の負担が軽いという不満が常にくすぶっています。中国が韓国などの同盟国に揺さぶりをかけることで、アメリカの不満が大きくなっています。「共存」も「同盟」も失敗する確率が大きくなる中で、残る選択肢は「撤退」になります。
■撤退→アメリカは東アジアから手を引く可能性があります。
実際、国際政治学者クリストファー・レインは、「撤退」を主張しています。中国は「地域覇権」を目指しているのですから、アメリカが東アジアにとどまる限り、両国の衝突は不可避になります。レインはアメリカは東アジアから撤退し、米中が太平洋を挟んで共存する戦略を提言しています。
アメリカは中台関係には不介入を貫き、尖閣諸島が日米安保条約の適用内であるという宣言は撤回すべきだと言うのです。中国の南シナ海の領有権の主張には柔軟に対応し、韓国からは米軍を撤退させ、中国の内政には干渉すべきではないと言うのがレインの主張になります。
一方、「オフショア・バランシング」を支持するジョン・ミアシャイマーとスティーブン・ウォルトは異なる意見を唱えています。彼らは、ヨーロッパと中東からは、米軍を撤退させるべきではあるが、アジアでは引き続き同盟諸国と連携して、中国の地域覇権に対抗すべきであると論じています。
現状、バイデン政権は、アフガニスタンからは「撤退」をしたものの、基本的には、オフショア・バランシングを選択せず、むしろ「同盟」を強化しようとしています。バイデン政権は、経済面の新自由主義については軌道修正をしましたが、政治・外交面においては、基本的には、リベラリズムを踏襲しています。
ただ、政治・外交面におけるりベラリズムの戦略を展開するほどの覇権的なパワーは、すでにアメリカにはありません。そんな環境下で、バイデン政権は、リベラリズムの戦略に耐えられるだけの国力を復活させようとしています。バイデン政権は、リベラリズムの経済面(新自由主義)を放棄し、積極財政と産業政策を推し進めようとしています。
中国が仕掛けるハイブリッド戦とは何か?
中国は現代の覇権戦争を仕掛けています。最近の覇権戦争は情報戦となり、サイバー攻撃やソーシャルメディアなどでのフェイクニュースが流布されるなど、日々、ハイブリッドな戦いを仕掛けています。
ハイブリッド戦とは、誰が戦うかや、どんな技術を用いるかといった形態の境界をなくし、正規軍のみならず、非正規軍、無差別テロ、犯罪など、多様な手法を複合的に用いるような、多面的な姿をした戦争である。(ポトマック政策研究所のフランク・ホフマン)
アメリカと同盟国が注意すべきは、中国の戦略には平時と戦時の区別がないと言うことです。中国のハイブリッド戦は、間接的であり、じわじわと漸進的に遂行されていくのです。
アメリカと同盟国は、「平時」に中国の政治戦に対抗することを恐れます。中国を刺激して、武力衝突の引き金を引くのではないかと考え、中国のハイブリッド戦に対して、有効な対抗策を取れずにいます。
中国のハイブリッド戦は、尖閣諸島や南沙諸島などの辺境地帯から始まります。作戦は長期間にわたって忍耐強く遂行され、決定的な敗北を避けつつ慎重に進められます。中国は軍事、準軍事、民生の資源を広範に活用し、政治戦を効果的に組み合わせて行い、徐々に戦略目標に近づいていきます。
アメリカと同盟諸国は、戦時と平時を峻別し、武力を行使して行うもののみを「戦争」とみなします。そのため、平時の官民の力を組み合わせた中国の動きを見過ごしてしまうのです。
中国は、アメリカとその同盟諸国の経済界や、マス・メディア、政治家に情報戦を仕掛けます。中国との関係を悪化させるのを恐れるように仕向けています。特に、欧米や日本の経済界は、中国市場に対して多額の輸出や投資を行って、莫大な利益を得ているため、中国との関係を良好に保つよう、自国の政治に強く働きかけています。
すでに、日本は、中国のハイブリッド戦による攻撃を、ほぼ日常的に受けています。尖閣諸島に対して中国は、日々、さまざまな動きを掛け合わせ、日本政府を揺さぶっています。日本は、日米安全保障条約が尖閣諸島に対しても適用されるという確認を、アメリカに対して再三求めてきました。
日米安保条約は、第五条において「各締約国は、日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定してます。しかし、条文には「武力攻撃」とあり、「武力」攻撃であるか否か曖昧なグレーゾーン状態において、日米安保条約第五条が適用されるかは定かではありません。
「日本国の施政の下にある領域」とあることから、尖閣諸島が中国の急襲によって日本の施政下にあるとは言えなくなった場合には、第五条は適用されなくなる可能性があるのです。アメリカは、尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲内であることは認めていますが、尖閣諸島の主権については、公式な立場を表明しないようにしています。
このため、平時と戦時を曖昧にする中国のハイブリッド戦により、日本側そしてアメリ力側の対応が遅れ、日本が尖閣諸島に対する施政権を失った場合には、日米安保条約は機能しない可能性が高まっています。アメリカが覇権を握る「世界秩序」が中国によって壊される中、日本と言う国家が中国にゆっくりと侵略されていると考えるべきです。
中国には3つの戦略目標があります。
■中国共産党支配体制の維持
鄧小平の「改革開放」以降、共産党支配の正統性は、マオイズムから経済成長となりました。近年、経済成長が鈍化した結果、共産党は、その正統性の根拠をナショナリズムへと移しつつあり、ハイブリット戦を仕掛けています。
■国益を最大化する国際環境の形成
中国は自国の影響力を世界中で拡大させています。最近の経済発展に伴い、資源エネルギーの海外依存度が高まっているため、資源国との関係を強化しています。
■台湾併合その他の領土の確保。
中国人は伝統的に、国境付近の領土を失うことは王朝の衰退の予兆であると考え、辺境地帯の領土、とりわけ台湾には執着しています。
中国は経済成長したことによって、エコノミック・ステイトクラフトという貿易における圧力を他国にかけられるようになったのです。
中国共産党政権は、民間企業に指示を与え、動員するための様々な機関や仕組みをもっています。 2003年に設立された国務院国有資産監督管理委員会(SASAC)は、2017年時点での97社国営企業を監督しています。フォーチュン・グローバル500(2020年版)には、124社の中国企業が入っているが、そのうち91社が国営企業になっています。フォーチュン・グローバル500の多くの会社が、中国政府にコントロールされ、ハイブリッド戦の一役をになっている可能性があるのです。
中国はハイブリッド軍国主義を実現できるのに対して、アメリカとその同盟諸国には、それができません。この「非対称性」によって、中国はパワーを溜め込んでいるいのです。
アメリカとその同盟諸国では、戦時と平時、軍と民、官と民、政府と政党などの区分が明確であるが、中国ではいずれも不明確である。中国は、この非対称性を利用して、ハイブリッド戦や政治戦を仕掛けているが、これにアメリカとその同盟諸国は有効な対抗措置を講ずることができていない。経済の領域においても、アメリカとその同盟諸国は、WTOその他の国際経済秩序のルールに規律されているが、特異な政治経済構造をもつ中国は、その規律を逃れている。このリベラルな国際経済秩序の非対称性を巧みに利用して、中国は、経済大国となりおおせたのだ。
すでにハイブリッド戦争を開始している中国と、平時だと考えるアメリカと日本のギャップは日々大きくなり、中国は東アジアにおける覇権戦争に勝利しようとしているのです。
最近、中国の成長率が鈍化していますが、習近平はナショナリズムを高揚させ、対外的な攻撃性を強める可能性が高まっています。その結果、中国は、アメリカや同盟諸国にとって、より強力な地政学的脅威となっているのです。
コロナ禍の中、新たな社会主義政策が台頭?
そこにコロナ禍が襲いかかり、各国の政治と経済にダメージを与えています。2021年7月30日、英政府の緊急時科学助言グループ(SAGE)が、新型コロナウイルスの変異種は今後も出現し続け、現在のワクチンが効かない新たな変異株が出現するのは「ほぼ確実」であるという論文を公表しました。この論文が正しかったことを私たちは今、実感しています。先日、新たな変異株のオミクロン株が南アフリカで見つかり、感染を広げています。
オミクロン株には現在のワクチンが効果がない可能性もあり、私たちは新型コロナウイルスに対する新たなワクチンや治療薬の開発を継続する必要があります。当然、ウイルスとの戦いが続けば、不自由な生活が続き、経済も停滞します。
この新型コロナウイルス感染症のパンデミックの下で、各国政府は、平時ではあり得ないような巨額の財政出動を行い、大規模な経済対策を講じた。そして、こうした巨額の財政出動は、新型コロナウイルス対策を「戦争」になぞらえることで正当化された。
新型コロナウイルス対策として拡張された政府支出は、パンデミックが終息したとしても、元の水準には戻せない可能性が高まっています。
新型コロナウイルス感染症は容易には克服できないというならば、今後も、ワクチンや新薬の開発あるいは医療体制の整備などに巨額の予算を投じていかざるを得ません。
また、パンデミックによって打撃を受けた経済を再建するための財政出動も、引き続き必要になります。今後も低所得者に対する再分配政策は続くはずです。新型コロナウイルスのパンデミックによって、資本主義は「酸素吸入器」なしでは生きられなくなっています。そして、パンデミックが長期化するならば、各国の資本主義経済は「大きな政府」にシフトします。
著者は、対GDPの政府支出が6割以上ともなれば、これはもはや「資本主義」は言えないと言います。私たちは、シュンペーターが定義した公的な経済運営や経済計画の役割が相対的に大きい経済システムである「社会主義」を採用せざるを得なくなっています。
また、コロナ禍が続けば、少子化と外国人労働者の入国が厳しくなり、労働力不足が慢性化します。結果、賃金は上昇し、労働者の地位が向上し、社会福祉政策への政治的な要求も強まっていきます。こうした面から、資本主義が新たな社会主義にシフトすると著者は指摘します。
新自由主義の下で、先進諸国の国内社会の格差は拡大し、実質賃金は抑圧されてきましたが、今回のコロナ禍がその体制を破壊しようとしています。
先にパンデミックを克服した国家は、そうでない国家に対して、地政学的に圧倒的な優位に立つこととなる。仮に、中国がウイルスとの戦争に勝利し、アメリカが敗北した場合には、アジアにおける地域覇権の交代が決定的になるであろう。ウイルスとの戦争が、期せずして、覇権戦争となるのである。ウイルスとの戦争が、地政学的な変動を引き起こす。だとするならば、ウイルスとの「戦争」は、言葉の本来の意味における「戦争」に等しいと言える。つまり、パンデミック下の現在は、戦時中であるということだ。体制とは、「戦時統制経済」、すなわち社会主義化した経済である。
新型コロナウイルスのパンデミックと、中国のハイブリッド軍国主義の台頭が、世界のパワーバランスを激変させようとしています。この二つがもたらす構造的な変化によって、世界は、社会主義化政府の経済社会への関与の強化と積極財政へと変異を遂げていくはずです。
著者は劣化を続ける日本の政治家・官僚が現実的な対応ができないと考えています。
■防衛費を抑制し、経済安全保障上の管理を避けながら、中国のハイブリッド軍国主義という地政学的脅威に対抗し、自国の領土と国家主権を守り切れるのであろうか?
■「小さな政府」を目指しつつ、パンデミックが長期化ないしは頻発し続けるかもしれない世界の中で、ワクチンや治療薬の開発のための巨額の投資を行い、医療体制を充実させる方法など、あるのであろうか?
■ワクチンが効かない変異株が蔓延した場合、強制的なロックダウンをしないでも、感染拡大を防いで医療崩壊を阻止できるのであろうか?
■積極財政を忌避し、これまでの新自由主義的な路線を維持したまま、長期停滞を脱却し、所得格差を是正することなど、できるのであろうか?
中国が覇権主義で日本を取り囲む中、国家には高度な統治力が求められています。しかし、この2年のコロナ禍の中、日本の政治家と官僚が迷走する姿を私たちは何度も見せつけられてきました。
我が国は、過去30年にもわたって、自らすすんで統治能力を弱体化させてきたのだからだ。すなわち、新自由主義にのっとって「小さな政府」を目指し、「官主導から民主導へ」などというスローガンの下、数々の政治改革や行政改革、あるいは規制緩和や自由化などを行い、統治能力を破壊してきた。それも、政府の統治能力を破壊することこそ、我が国に必要な改革であると信じたからである。
今日、我が国の政治家や行政官たちは、中長期的な視野に立った経済計画はおろか、積極財政や産業政策すら、ほとんど経験したことがない者たちで構成されています。これ以上、統治能力の低下を見過ごすわけにはいきません。
高度な社会主義政策を取れるように政治家と官僚が変わらなければ、日本は自滅するしかないと著者は指摘します。変化のために残された時間は本当に少なくなっています。今も中国のハイブリット戦争は進行し、新型コロナも変異を続けているのですから・・・。
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