国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶
加谷珪一
幻冬舎書
本書の要約
日本経済が成長しなくなったのは、政策の間違いだけでなく、日本人の不寛容さにあると著者は指摘します。異常な消費低迷こそが日本が成長できない元凶であり、それは日本人のマインドがいまだに消費主導型経済に合致していないことと密接に関係しているのです。
不寛容さが日本人を貧しくしている?
日本は製造業の弱体化によって個人消費で成長する経済構造にシフトしましたが、個人消費というのは前向きなマインドがないと拡大しません。つまり日本社会の不寛容で抑圧的な風潮が個人消費を抑制している可能性が否定できないわけです。(加谷珪一)
バブル崩壊後、長年、低迷を続ける日本経済。著者の加谷珪一氏はその理由を日本社会の不寛容さにあると指摘します。明治以降、日本社会は表面的には近代化を達成しましたが、現実にはまだ前近代的ムラ社会の要素をたくさん残しています。近代的な経済システムと、社会のあちこちに残る前近代的なムラ社会の制度がぶつかり合っています。このギャップが、結果的に日本社会の不寛容さを生み出す元凶になっているというのが著者の考えです。
日本人の常識が世界の非常識になっていることも多く、日本人の思考や行動形式が諸外国に比べ、異なることが多くなっています。特に幸福感の調査を見るとその特異性がよくわかります。幸福度ランキングでは、日本は先進国の中では、もっとも低い56位になっています。
1位 フィンランド
2位 デンマーク
3位 スイス
4位 アイスランド
5位 オランダ
6位 ノルウェー
7位 スウェーデン
8位 ルクセンブルク
9位 ニュージーランド
10位 オーストリア
17位 イギリス
19位 アメリカ
24位 韓国
55位 ニカラグア
この低い数字には、自由度や不寛容が影響しています。日本は人生における選択肢の幅が狭く、幸せになるためのレールが限られています。
ツイッターなどのSNSでも、他人に対する常軌を逸したバッシングが日常的に行われています。子ども連れの親やマイノリティに対するひどい対応など、日本社会が弱者に対して寛容でないことが明らかになっています。
リンクトインは、世界22力国のビジネスパーソンに対して、個人的な経済状況や仕事のチャンス、成功に対する自信などについてアンケート調査を行いましたが、日本は22カ国中もっともランクが低い国になっています。1位がインド、2位がインドネシア、3位が中国、他先進国がランキングの上位を占めました。調査結果から、多くの日本人は社会が不平等で主体的に行動することが難しく、運がよくなければ成功できないと考えていることがわかりました。
15歳から34歳までの自殺率も高く、若い世代は精神的にも追い詰められています。自殺の原因は健康問題が多いのですが、このは半分以上が鬱であると言います。 社会の自由度が低く、不寛容である場合、相対的に自由な行動を望む若者に大きなシワ寄せが行きます。
自分の利益が減っても相手を陥れようとする行為をスパイト(悪意、意地悪)行動と呼びます。日本人、米国人、中国人への調査によると、相手の利益をさらに減らそうとするスパイト行動を日本人がより多く行うことが明らかになりました。
日本人はよく他人の足を引っ張りますが、一方で、他人からの制裁を恐れ、過剰なまでに組織や上司に忠誠を誓います。他人の足を引っ張る行動が、恐怖を生み出し、ブラックな組織などでは、これが逆に組織の秩序をもたらしています。
日本人が他人の足を引っ張る傾向が顕著なのだとすると、新しいテクノロジーの普及で自身の生活が便利になったとしても、それ以上に儲かる人がいるのは許せないという感情が働く可能性が高まり、新しいテクノロジーは普及しません。ドローンなどは日本の技術が最も進んでいた分野ですが、日本国内の実験は危険だという風潮により、ソフトウェアやハードウェアの技術革新が起こらず、中国やアメリカにシェアを奪われてしまったのです。
日本経済の問題は国民のマインドセットにあり!
日本社会では、テクノロジー分野に限らず経済的な成功体験を披露することは、場合によっては大きな批判を浴びます。出る杭は打たれるということわざからも分かるように、日本では成功者は基本的に妬まれますから、自身の成功体験を積極的に他人に語りたがりません。このため成功のロールモデルが共有しにくく、これがビジネスチャンスを狭めています。しかしながら、成功者が妬まれ、足を引っ張られるということは、実はお金に対する欲求が強いことの裏返しでもあります。
所得水準と幸福感についての調査でも、日本は所得が高い人と低い人の幸福感のギャップが大きいという結果が得られています。お金がないと幸せになれないと考えている日本人が大きことが明らかになっています。お金がないと幸福ではないと考える傾向が強いからこそ、日本人はお金を持っている人を妬み、足を引っ張ってしまうのです。
日本人は人生における選択肢が少なく、それがお金に振り回される生活の原因にもなっています。一連の社会環境が寛容さを失わせ、他人の足を引っ張るという行為を助長しています。近年、日本において急激に高まっている極端な自己責任論もこのコンテクストで考えると腑に落ちます。
コロナに罹ったり、生活保護の申請でバッシングされるなど、日本では自己責任論がさまざまなところで噴出します。政府は失業者に対する各種支援を行っていますが、一連の失業対策には、単に労働者を保護するだけでなく、持続的な経済成長を実現するという目的も存在しています。
苦しい国民を支援し、立ち直らせる失業対策が、結果、GDPを伸ばすことにつながりますが、過度な自己責任論がそれを邪魔します。 寛容性に欠け、人の足を引っ張る傾向が強い社会では、妬みやスケープゴートが発生しやすくなります。多くの人が萎縮し、他人を信用しなくなることが、日本経済を停滞させているのです。
欧米のような近代社会と比較して、ムラ社会には以下のような特徴あります。
①富は拡大させるものではなく奪い合うもの
②人間関係とは基本的に上下関係
③科学的な合理性ではなく、情緒や個人的な利益で意思決定が行われる
④集団内部と外部を明確に区別
⑤根源的な善悪はなく、集団内部の雰囲気や状況で善悪が決まる
⑥自由や権利という概念が極めて薄いか存在しない
このような特徴を持つ社会の場合、近代社会を基準にすると人々の言動は利己的で不寛容になってしまいます。前近代的なムラ社会というのは、実は今の日本そのものなのです。
日本は近代工業化を達成した国と周囲から認識されており、実際、物質的にはそれなりに豊かになりました。しかし精神的な面では十分に近代化を達成しておらず、そ のギャップが様々な社会問題を引き起こしている可能性が高いのです。 日本は経済的にも法制度の面でも基本的には先進国に分類されていますが、他の先進諸国とまったく同じレベルで近代化できているのかというとそうではありません。
日本の社会の一部ではゲマインシャフト(共同体組織)的な風潮が色濃く残っており、これが、日本人特有のマインドを形成し、経済活動のマイナス要因となっています。欧米のようなゲゼルシャフト(機能的組織)への移行を実施するとともに、ゲマインシャフトの社会で育まれていた温かい人間関係を、うまくゲゼルシャフトに融合させていくことで、日本経済が復活するというのが著者の主張です。
バブル崩壊以降、日本経済は輸出主導型経済から消費主導型経済にシフトせざるを得なくなり、個人消費が経済成長に及ぼす割合が高くなっています。個人消費の水準というのは、国民のマインドに大きく左右されるものであり、消費主導型経済においては、国民のネガティブなマインドは成長の大きな阻害要因になるのです。
バブル崩壊以降、日本の経済構造が大きく変化したのは、製造業の国際競争力が著しく低下し、輸出主導型経済が成立しなくなったことが原因です。そして製造業の国際競争力が低下した最大の要因は、日本人の思考回路に問題があるのです。
異常な消費低迷こそが日本が成長できない元凶であり、それは日本人のマインドがいまだに消費主導型経済に合致していないことと密接に関係しています。
日本はマインドの影響で外界の変化に対応できず、同じくマインドの影響によって、新しく到来した経済構造下においても実力を発揮できない状況に陥っています。 日本は90年代以降、消費主導型経済にシフトしたにもかかわらず、日本人のマインドがいまだに消費主導型経済に合致していないために消費が低迷していると著者は指摘します。
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