宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか(ロビン・ダンバー)の書評

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宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか
ロビン・ダンバー
白揚社

宗教の起源(ロビン・ダンバーの要約)

組織の人数が150人を超えると、結束力が弱まるとされています。特に300人を超えると、組織を効果的に維持し拡大するためには、構造の変更が必要です。この時点で宗教組織は、新たなカルトとして分裂するか、規模の拡大を目指します。組織が大きくなると、宗教への帰属意識が減退しがちです。

宗教はトランス状態が起源?

どんな社会にも、なんらかの宗教が存在する。これは普遍的な真実だ。ここでいう宗教とは、私たち人間を見守ってくれている高みの霊的世界を信じることを指し、私たちもある程度その利益にかなう行動をとらねばならない。(ロビン・ダンバー)

ロビン・ダンバーは、イギリスの人類学者であり、社会学者でもあります。彼の専門分野は社会的つながりや人間関係の研究であり、特にダンバーの数式として知られる「ダンバーの数字」は有名です。 本書でダンバーは人類学、心理学、神経科学といった多様な分野の視点から、「宗教とは何か」という根本的な問いに迫っています。

ダンバーによれば、宗教の起源はトランス状態にあるとされています。これは、トランス体験を根底に持つ初期の宗教だけでなく、現代の主要な宗教にも当てはまると考えられます。世界的に影響力を持つ宗教の多くは、宇宙の真理を理解したと主張するカリスマ的なリーダーと、彼らを取り巻く小規模な集団、いわゆるカルトから始まったとされています。

これらの宗教的集団は、トランス状態を引き起こす儀式や習慣を持ち、これが信者たちに強い感動や忠誠心を呼び起こしていたと考えられます。歴史を通じて、大規模な宗教は、カルト的な信者集団の存在に常に悩まされてきました。これは現代においても続いている現象です。

トランス状態は、通常の意識から離れ、異なる意識状態へと移行することを意味します。この状態では、個人は宗教的な体験や神聖な存在との交流を感じることがあり、これが宗教的な洞察や啓示をもたらすと信じられています。トランス状態は、信者が宗教的な教えや価値観をより深く理解する手段となることもあります。

一方で、宗教内部で形成されるカルトの存在は、特定の信念や教義に深く固執し、排他的な結束力を持つことがあります。このような集団は、宗教を濫用し、他者を排除したり、暴力を行使する可能性があるという問題も引き起こしています。このことからも、トランス状態が宗教的な結束を強める一方で、宗教の濫用やカルト的な動きに繋がる可能性もあることがわかります。

カルトは例外なく、自分たちが身を置いている宗教的景観のどこかに反発して始まる。そのため多くの既存宗教はカルトに対して相反する感情を抱き、充分に確立して注目されるようになったカルトに対して何らかの圧力をかけようとする。

著者はダンバー数という概念を用いて、既存の宗教とカルト宗教の間の分裂と抗争の歴史を明らかにしています。ダンバー数は人間の社会的関係の上限を示すもので、著者はこの理論を宗教の分裂と抗争に適用しています。この本では、既存宗教とカルト宗教の間の相互作用とその歴史的、心理的な側面を深く掘り下げています。

著者のユニークなアプローチは、宗教の進化と社会的な影響を新しい視点から理解するのに役立ち、読者に知的な洞察を提供します。

宗教の進化を支えているのは神秘志向である!

私たちが宗教を信じるかどうかはともかく、宗教が共同体意識を醸成するのに重要な役割を果たしてきたことはまちがいない。信仰に積極的な人は満足感と幸福感が強く、健康であることも事実だ。宗教に所属することで共同体の一員という感覚が得られ、困難に直面した際に、それが心の支えになるのだろう。同じ村の仲間ということだ。この帰属意識があるからこそ、膨大な数の人が巨大な世界宗教に参加するのだ。

ロビン・ダンバーが提唱した「ダンバー数」とは、人間が効果的に維持できる社会的な関係の最大数を指す概念で、その数は約150人とされています。この数は、人間の脳の認識能力の限界に基づいており、それを超えると関係の質が低下すると考えられています。

この理論は、人間の社会構造と脳の進化に関する研究に重要な影響を与えています。 約1万年前に農耕と牧畜が始まり、人類が定住生活を始めたことにより、都市が形成され、文明が生まれました。これらの都市では、150人を超える人々が生活するようになり、この変化は社会構造に大きな影響を与えました。ダンバー数はこの点において、都市化と社会構造の進化を理解するのに役立つ概念です。

ダンバー数と宗教の進化心理学との関連は特に注目されています。150人を超える大規模な集団での個々の関係の維持は困難ですが、宗教的信条を共有することで結束が生まれ、大規模なコミュニティが成立するようになりました。宗教は、共通の信念や価値観を持つ人々を結びつけ、組織的な共同体を形成する役割を果たしています。

例えば、教会や寺院などの宗教コミュニティは、共通の信仰を通じて結束し、大規模ながらも強固な関係を築いています。このような宗教的な結束は、ダンバー数を超える人間関係を維持するのに重要な役割を果たしています。宗教的な儀式や信条は、大規模な人間集団内での結束を強化し、共同体意識を深める効果があります。

宗教の進化を支えているのは神秘志向である。

神秘志向は、現生人類特有の高度なメンタライジング能力と、エンドルフィンの働きによるトランス状態によって生じる現象です。この能力は主に2つの重要な側面を持ちます。

①神秘志向が社会的結束の神経生物学的な基盤を提供し、参加意識を生み出すことです。これは、目に見えない超自然的な世界やその存在を信じることによって、人々の心を動かし、共有の信念を生み出します。ただし、信じられている存在や概念は、文化や信仰によって異なります。

②宗教が他の社会的結束を生み出す行為と比較して、格段に大きな規模での結束をもたらすことです。笑いや会話、踊り、語り、宴会などは限られた規模での効果がある一方で、宗教はより広範な集団に影響を及ぼします。歌唱も一定の効果がありますが、それでも宗教の規模と比較すると小さなものです。

神秘志向は、人間が共同体として結束を強め、より深い結びつきを感じるための重要な要素となっています。この特別な能力により、人々は共有の信念や体験を通じて、強固なコミュニティを形成してきたのです。

宗教の進化は、新しい形態が古い形態を完全に置き換えるのではなく、古い核の周りに新しい層が加わるような過程を経ています。初期の宗教形態は、現代の教義宗教の中にも根強く残り続けており、これらの原始的な要素は、信者の信念や行動、さらには儀式や慣行にも明確に見て取れます。

宗教は人類の歴史を通じて重要な役割を果たしてきましたが、時代と共に進化し続けています。初期の宗教形態は、教義宗教の基盤となり、その信念や儀式に影響を与えてきました。このため、宗教形態が変化しても、古い核は残り続け、新しい要素が加わる形で進化しています。

日本では、仏教と神道が自在に行き来されるのは、宗教の進化や変化の一例です。日本人はシャーマニズム宗教から教義宗教への移行を経験し、両者を融合させることができました。これは、宗教の進化と共に、個人の信仰や共同体意識の心理的な基盤が形成された結果です。

組織の人数が150人を超えると結束が失われてしまいます。さらに、300人を超えると組織を維持も拡大もできないため、次の構造に移行する必要があります。ただし、その代償として帰属意識が減退することは避けられません。

また、宗教には社会学的な側面もあります。宗教は小さな共同体を取り込む形で進化してきたため、友情の柱から派生した「私たちVS.あの人たち」という心理を利用しています。特に小さな共同体では、強烈な帰属意識が生まれ、構成員は共同体に対して誠実さを保ち、協力して物事を進めることができます。

しかし、新石器時代以降、人口の急速な拡大により、集団心理の効果によって宗教紛争が発展してしまいました。数千年にわたる宗教の歴史は、暴力に彩られており、宗教は異教の信者に対して集団的な暴力性を引き起こし、他の世俗的な思想を凌駕しています。

これらの問題を解決することは、グローバル化が進む現代の世界で宗教が抱える課題です。最適な組織の大きさを考慮しながら、帰属意識を維持し、暴力を回避する方法を模索する必要があります。また、宗教の役割を再評価し、異教の信者との対話や共存を促進することも重要です。

宗教が人々に救済や安心感をもたらす理由は、教義宗教が私たちの信仰や精神的なニーズを満たすよう進化し続けてきたからです。宗教形態が進化しなかった場合、現在の教義宗教は存在しなかったかもしれません。この進化の過程は、宗教が人々の精神的なニーズに応じて変化し続けることを示しています。

宗教は時代とともに内容は変わるかもしれませんが、人間の本質的な特性として永続すると結論付けています。つまり、宗教は良くも悪くも私たちの生活から離れることはないとダンバーは主張します。


 

 

 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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