知的生産でAIを使いこなす全技法
冨田到
かんき出版
知的生産でAIを使いこなす全技法(冨田到)の要約
冨田至氏はAIエージェントを「認識→判断→実行」を回し続ける存在と定義。業種・課題・制約・判断基準などのコンテキストを整備してデジタル業務を任せ、人は関係構築と創造に集中します。SECIも加速し、調査→分析→可視化で意思決定が高速化します。
AIと協働するために、私たちが求められていること
AIを主軸として人間の価値がこの10年間で再定義され、いかに協働していくかということがイシューになっている時代ということです。 (冨田到)
昨年くらいまでは、AIをビジネスに使うか使わないか、あるいは自分の仕事が奪われてしまうのかという議論が主流でした。しかし、今やそうした二項対立的な問いそのものが時代遅れに感じられます。現実のビジネスシーンでは、AIなしでは前に進めないという感覚が、もはや当たり前のように定着しつつあります。
AIを使うことが特別なことではなく、仕事を進めるうえでの基本的なツールとなり、使いこなせるかどうかが成果に直結する状況が生まれています。そうした文脈の中でリリースされたのが、Deskrex代表取締役の冨田至氏の知的生産でAIを使いこなす全技法です。
この本が目指しているのは、AIを単なるコミュニケーションツールとして使う段階から、組織の知的労働を代替・拡張する協働パートナーへと位置づけ直すことです。AIを「便利な道具」として切り分けるのではなく、アイデアの生成、課題の整理、情報の再構築といった創造的なプロセス全体に組み込み、仕事の進め方そのものを設計し直していきます。
そのための実務に直結する知見とノウハウが、惜しみなく詰め込まれています。使い方のテクニックというよりは、AIと共に思考し、共に動くための視点と設計思想を提供してくれる、非常に密度の濃い内容になっています。
知的生産に関わる人にとって、AIとの関係性はもはや外注的な「質問と返答」の関係ではなく、協働的にビジネスを行うパートナーへと移行しています。何をAIにやらせるかではなく、どうAIと一体化して考えるか。つまり、AIの特性と人間の特性を相互に理解し、それぞれの強みを生かしたタスク設計が求められているのです。
本書ではそのためのフレームワークを数多く紹介しており、生成AIにどう指示を出すべきか、どのようにデータを整備すれば効果的か、人間にはどう伝えると共感が得られるかといった、きわめて実用的な視点が展開されていきます。
たとえば、生成AIには構造化されたデータや明確なプロンプトを渡すほど、アウトプットの質は上がります。一方で、人間に対しては、文脈や感情、語り口のトーンといった「受け取りやすさ」を意識した情報が求められます。同じ内容でも、使うAIや返答のプロセスに合わせて伝え方を最適化する。この情報設計の視点こそが、AI時代の知的生産に不可欠になっています。
本書では、AIに継続的に自分の情報を供給し続ける場の構築についても触れています。AIに学習されることによって、個々人のスタイルや専門性に合った提案が可能となり、知的生産の質も自然と高まっていきます。
また、生成AIでは取得しきれない情報として、人間の五感によって得られる現場の一次情報の価値も強調されています。たとえば、空気感、温度、音の微細な変化、匂い、触覚といった、人間ならではの感覚は、いまだAIが正確に再現できない領域です。
こうした体験ベースの情報を持ち寄り、それをAIにフィードバックすることで、より深みのあるアウトプットが得られるようになります。
さらに、趣味や関心、研究テーマなど、個人が突き詰めている独自領域もまた、AIの限界を補完する強力なリソースとなります。つまり、AIにとっての教師データとして、人間の専門性が活かされる場面が今後増えていくのです。
こうしてAIと人間の知見を循環させる存在として、「コネクター(結合子)」の役割が浮かび上がってきます。AIの能力が飛躍的に高まるなかで、そのポテンシャルを正しく活かし、人間社会とつなぐ翻訳者のような存在が不可欠になっています。
本書では、そうした役割がこれからの知的労働者に求められる新しいスキルであると位置づけています。AIと協働する力こそが、今後のキャリア形成において決定的な要素になっていくでしょう。 そして、こうした流れの先にあるのが「AIとの疑似融合」という概念です。
これは、脳にチップを埋め込むといった直接的な融合ではなく、自分の思考や作業プロセスを日常的にAIと共有し、AIの処理能力を使いながら知的活動を行うという状態です。
つまり、AIが外部のツールでありながら、思考の一部として機能する段階に到達しているということです。この状態を継続的に作り出すことで、人間の思考速度や判断の質が向上し、結果としてアウトプットの質とスピードの両方が劇的に高まります。
このような疑似融合の延長線上には、今注目されているBMI(Brain-Machine Interface)の進化もあります。現時点ではBMIの技術は研究の分野での活用が中心になっていますが、やがて日常の仕事や学習の場でも応用されていく可能性は十分にあります。思考とAIがより密接につながり、意図を言語化する前の段階でAIが補完し、提案を返してくるような世界です。
まだ実現には時間がかかるものの、すでに私たちはその準備段階に差し掛かっており、日々の仕事やライフスタイルの中でAIとの「思考的な接続」を進めておくことが、やがてくるBMI時代への先行投資になるとも言えます。
そうした未来に向かう中で、いま問われているのは、生成AIの思考スピードに人間が合わせられるかどうかです。AIの思考スピードに合わせるとは、具体的には人間側が並列処理の思考スタイルを獲得することに他なりません。
たとえば、ある生成AIに「競合A社の最新動向を分析して」と指示を出している間に、別の生成AIに「顧客アンケートから購買意欲の変化を抽出して」と依頼し、さらに三つ目の生成AIには「来月の施策案を五つ考えて」と同時進行で投げる。人間が一つの課題に集中している間にも、AIは複数のプロセスを同時に走らせ、結果を次々と提示してきます。
このリズムに自分の思考をどう同期させるか。そこに、AI時代の知的生産性を左右する大きな鍵が隠されているのです。
「認識→判断→実行」を回すだけで差がつく、AI知的生産
AIエージェントは「認識→判断→実行」という3つのステップのサイクルを回数にかかわらず行うことと定義します。
ここで著者は、AIエージェントを「認識→判断→実行」という3つのステップのサイクルを、回数にかかわらず回し続けるもの、と定義します。単発で答えを返すのではなく、状況を読み、方針を決め、手を動かし、結果を見てまた次をやる。この循環が回り始めたとき、仕事は「AIに聞く」から「AIに任せる」へ変わっていきます。人間が毎回すべてを考えて指示するのではなく、AIが自走できる状態を作る、ということです。
そして、数十、数百のAIエージェントと協働する未来では、1つ1つのドキュメントやコードを人間が精査している時間は無くなっていくはずです。
大局的な方向性と品質基準だけを示し、あとはAIに任せて、最後に人間が評価する。人間が全部を作るのではなく、人間が判断軸を作る。人間が細部の職人になるのではなく、人間が編集長になる。たぶん、ここが働き方の本丸になると著者は指摘します。この働き方に今から慣れておかなければ、AIの進化スピードについていけなくなってしまいます。
ただし、ここで重要な落とし穴があります。コンテキストを渡さなければ、AIエージェントはありきたりな回答を返すだけになり、あなたの悩みや興味関心に沿わず、ビジネスでも役に立たない存在になってしまいます。AIが賢いかどうか以前に、材料がなければ料理ができない、という話です。
つまり、AIエージェントの性能は「モデルの賢さ」だけで決まるのではなく、「どれだけ適切な背景情報を渡せているか」で決まってしまいます。
ここでいうコンテキストは、単なる前置きではありません。あなたの業種や役職、抱えている課題や目標、過去のやり取りや決定事項、業界特有の用語や社内方針、プロジェクトの経緯、予算や納期などの制約条件、そして判断基準となる価値観や意思決定の癖。こういった情報が揃って初めて、AIは「あなたの仕事の中で使える答え」を出しやすくなります。
だから実際は、プロンプトエンジニアリングだけでは足りません。コンテキストエンジニアリングとプロンプトエンジニアリングのセットが必要になります。良い質問を作る力と、良い前提を整備する力の両方が要る、ということです。この二つを設計できるようになると、AIは「それっぽい文章生成機」から「意思決定の相棒」に変わっていきます。
そして、この文脈で「長考モデル」が効いてきます。推論を重ねるタイプのモデルは、使う側が前提と制約と評価基準をきちんと渡したときに本領を発揮します。あなたがよく悩む問題、意思決定が重い問題、周りの賢い人に頼みたくなる問題を、長考モデルにそのまま相談する。反論も含めて考えさせる。すると、単なる答えではなく、判断に耐える材料が返ってきます。
ここまでの話を、知的生産の型に落とすと、4段階のサイクルが見えてきます。生成AIとの対話で示唆を得て、それをドキュメントとして構造化し、そのドキュメントを起点に分析シートやスライドなどの成果物を作り、成果物とプロンプトと評価を資産として蓄積する。
この流れを回すことで、知的生産が「一回きり」ではなく「積み上がる仕組み」になります。会話で終わらせず、再利用できる形に残すことが、AI時代の生産性を決めるのです。
SECIモデルをAIで実現・加速する!
AIによって効率化された時間・高品質化された成果物を、人間同士の対話や実践体験に再投資することが重要なのです。このサイクルを継続的に回すことで、個人のナレッジが組織・社会の集合知へと迅速に変換され、人材としても会社としても速度と品質を常に向上させる競争優位を構築できるのです。まさにAIとの融合状態です。
ここで面白いのが、先ほどの四段階のサイクルが、野中郁次郎先生の提唱するSECIモデル(Socialization/Externalization/Combination/Internalization)に通じる点です。
SECIの中でも「共同化(Socialization)」は本来、人と人が同じ場を共有して暗黙知を受け渡すプロセスですが、現実の組織では職能の壁が厚く、同じ言葉でも意味が違ったり、前提が揃わなかったりして詰まりがちです。そこでAIが翻訳者になります。
営業の言葉を開発の言葉に変え、開発の制約を企画の言葉に変え、相互理解の摩擦を減らすことで、暗黙知が共有されやすくなります。
さらにAIエージェントは、暗黙知を言葉やデータに変換して形式知化する「表出化(Externalization)」と、複数の形式知を組み合わせて新しい形式知を生み出す「連結化(Combination)」を大幅に高速化します。
ベテラン社員の経験則を対話から引き出して文書化したり、社内の膨大な資料を横断して仮説や戦略案を作ったりするのは、まさにAIの得意領域です。 そして重要なのは、AIが速いのは表出化と連結化だけではない、というところです。
「内面化(Internalization)」についても、AIは個人の理解度や学習の進み具合に合わせて教材の難易度や出題の順番を調整したり、ケースやロールプレイを生成して練習の場を用意したりできます。知識を読んで終わらせず、使える状態まで持っていく支援ができるので、形式知から暗黙知へ落とし込むスピードが上がります。
同じ組織の中でもAIとの対話を通じて経験が言語化され、疑似的な追体験が増えることで、学びの密度が上がります。結果として、知識創造の循環そのものが速くなり、個人の成長も組織の学習も、回転数が上がっていきます。
生成AI時代の知的生産は、早く意思決定できる状態を作れるかで決まります。そのためのいちばん簡単で強い型が、調査→分析→可視化をAIと一緒に回すことです。まず素材を集め、意味を抜き出し、関係者が同じ絵を見られる形にする。これを繰り返すだけで、判断のスピードも質も上がっていきます。
AIはこのループの中で、膨大なデータからパターンを拾ったり、逆に違和感のある点を見つけたりして、こちらの視点とつないで示唆を出してくれます。だから調査は速くなり、分析は深くなり、可視化も早くなる。さらに、その過程で出た知見をつなぎ続けると、単発の資料や分析が一本の線になり、意思決定の土台として積み上がっていきます。AI時代の知的生産が「速い」だけじゃなく「強い」理由はここです。
そして土台ができると、仕事の配分が変わります。デジタルで完結する作業は、コンテキストを整えたAIエージェントに任せられるようになります。情報収集、比較、論点整理、仮説づくり、文章やスライド化、プロンプトと評価の資産化。このあたりはAIが得意です。人間が毎回ゼロから手を動かす必要はなくなっていきます。
その代わり、人間はフィジカルが必要な領域に集中できます。つまり、対面のコミュニケーションです。現場の空気を読む、温度感を確かめる、合意形成の詰まりを対話でほどく、信頼を積み上げる。利害や感情が絡む意思決定を前に進める。ここはまだAIが代替しにくく、成果を決めるコアでもあります。
AIエージェントの価値は、業務を効率化するだけではなく、人間の「関係構築能力」や「他者との創造性」を最大限に発揮できる環境を作るところにあります。
デジタルで完結する知的生産はAIに任せ、人間は関係構築と共創に集中する。ここまで行くと、AIは単なる便利ツールではなく、仕事の価値を引き上げるパートナーになります。
そして経営者に求められるのは、「全ての業務をまずAIに任せる」という勇気です。最初から完璧は無理でも、任せてみないと、どこまで任せられるかも、どこに人間の判断が必要かも、どんなコンテキストが足りないかも見えてきません。任せない限り、設計も改善も始まらないのです。
方向性とクオリティコントロールは人間が握り、AIエージェントに「認識→判断→実行」を回させ、最後に人間が評価して前に進める。この型を仕事にインストールできた人から、これからの時代の成果を持っていくのだと思います。
GeminiやClaude、ChatGPTの著者の活用法も多くのビジネスパーソンには役立つと思います。一部専門的ではありますが、何度も読み返し、実践することで、AIとの協働が間違いなく進化しそうです。









コメント