Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界
ジリアン・テット
日本経済新聞出版
本書の要約
自らの視点をコンピューティング、医学、金融、法律などさまざまな学問分野と融合する能力、あるいは自らの見解を政策立案の場に提供する力のある人類学者が増えることで、より多くの課題を解決できるようになります。今ほど人類学の視点が必要とされている時代はないという著者のメッセージが響きました。
アンソロ・ビジョンとは何か?
あらゆる文化は他の文化から見れば異質である。グローバル化した世界では、自分にとって異質なものも無視するわけにはいかない。(ジリアン・テット)
Anthro Vision(アンソロ・ビジョン)という言葉をご存知でしょうか?アンソロビジョンとは、「人類学的思考」をさまざまな分野に活用する技術のことです。人類学者のように「虫の目」で世界を視て、「鳥の目」で集めた情報と組み合わせることで「社会的沈黙」に耳を澄ます技術=アンソロビジョンが身に付きます。
社会人類学者でイギリスのジャーナリストのジリアン・デッドは、人類学的マインドセットの3つの基本思想を以下のように整理しています。
① グローバル化の時代には見知らぬ人々に共感し、ダイバーシティ(多様性)を大切にする姿勢を育むことが重要。このメソッドは、人類学者が最も得意とするところで、現代のようなVUCAな時代には、様々な分野のスペシャリストと人類学者がコラボする必要があります。
② どれだけ「異質な」ものであっても他者の考えに耳を傾けると他者への共感につながるだけではなく、自らの姿もはっきりと見えてきます。人類学の目的は、未知なるものと身近なもの、この両方に対する理解を深めることです。
③「未知なるものと身近なもの」という概念を理解することで、他者や自らの死角が見えてくるようになります。人々の集団を観察することを通じて、バイアス(偏り)、想定、集団として受け継いだ心象地図を理解します。人類学者の仕事は、社会のレントゲン写真を撮り、人々がおぼろげにしか気づいていない半ば隠れたパターンを見つけ出すことなのです。その結果、ある事象が起きた原因は「X」だと思われていたのが、実は「Y」だったことが明らかになることがあります。
人類学が私たちに与えてくれる教訓のひとつは、「未知なるもの」やカルチャーショックを受け入れるのは自らのためになる、ということだ。そのために発展させてきたのが参与観察(「エスノグラフィー」とも言う)と呼ばれる方法論だ。必ずしも学者のように未知なる文化にどっぷり浸からなければ実践できないわけではない。
人類学が企業に成功をもたらす理由
キットカット以外でも、人類学的発想を意外な、そして有意義なかたちで現実世界に持ち込むことでさまざまな企業が成功を手に入れています。
■ニューヨークのデータ・アンド・ソサエティ(サイバー空間の研究に人類学を活用)
■パートナーズ・イン・ヘルス(社会医学の実践)
■マイクロソフトのリサーチユニット(「ゴーストワーカー」の窮状を明らかにした)
■ジェネビープ・ベルがオーストラリア国立大学で率いる研究所(AIの研究)
■サンタフェ研究所(複雑性の研究)
では、どうすればアンソロ・ビジョンを身につけられるのでしょうか?著者は本書で以下の5つのメソッドを紹介しています。
①誰もが自らの生態学的、社会的、そして文化的な環境の産物であることを理解する。
②「自然な」文化的枠組みはひとつではないと受け入れる。人間のあり方は多様性に満ちている。
③他の人々への共感を育むため、たとえわずかなあいだでも繰り返し他の人々の思考や生き方に没入する方法を探す。
④自分自身をはっきりと見るために、アウトサイダーの視点で自らの世界を見直す。
⑤その視点から社会的沈黙に積極的に耳を澄まし、ルーティーンとなっている儀礼や象徴について考える。ハビトゥス、センスメイキング、リミナリティ、偶発的情報交換、汚染、相互依存、交換といった人類学の概念を通じて自らの習慣を問い直す。
もっと多くの人がアンソロ・ビジョンを身につけるとで大きな変化を起こせるようになります。経済学者の視野が広がれば、マネーや市場だけでなく多種多様な交換を考慮するようになり、環境などかつては「外部性」と位置付けられていた問題も注目されるようになります。
企業経営者がアンソロ・ビジョンを身につけたら、社内の社会的力学にもっと関心を持ち、会社が食事をともにする場ではなくなった今も社会的相互作用、象徴、儀礼に重要な意味があることに気づけます。人事部門が「文化に合致する人材」(既存の社員と同じタイプ)だけを採用するのは誤りで、多様なモノの考え方を受け入れてこそ活力が生まれると考えるはずです。
銀行や資産運用会社のトップがアンソロ・ビジョンを持てば、社内の部族主義や報酬制度がリスクテイクを煽っていること、そしてセンスメイキングが市場との相互作用に影響を与えていることに気づけます。
立案者や政治家が人類学の知恵を学べば、いわゆる「より良い復興(Build back better)」へのヒントになるだろう。アンソロ・ビジョンは気候変動、格差、社会の一体感、人種差別、(バーターを含む)さまざまなタイプの交換に対して目を開かせてくれる。
アンソロ・ビジョンは意外なところから教訓を学ぶような、開かれた心を育みます。ダイバーシティを大切にするのは道徳的に正しいだけでなく、ダイナミズム、クリエイティビティ、レジリエンスを高めてくれます。実際、ダイバーシティのある組織はそうでない企業より社員の生産性がアップし、成長率が高くなることがわかっています。
困難な時代には、私たちは視野を広げることを忘れてしまいます。ロックダウンやパンデミックによって、私たちは(物理的に)安全な内集団に引きこもらざるを得なくなり、内向きになりやすくなっています。私たちは人類学の視点を取り入れ、「未知なるものを身近なものに」「身近なものを未知なるものに」変化させる必要があります。
自らの視点をコンピューティング、医学、金融、法律などさまざまな学問分野と融合する能力、あるいは自らの見解を政策立案の場に提供する力のある人類学者が増えることで、より多くの課題を解決できるようになります。今ほど人類学の視点が必要とされている時代はないという著者のメッセージが響きました。
ブロガー・ビジネスプロデューサーの徳本昌大の5冊目のiPhoneアプリ習慣術がKindle Unlimitedで読み放題です!ぜひ、ご一読ください。
|
コメント