遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる― (キャスリン・ペイジ・ハーデン)の書評

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遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる―
キャスリン・ペイジ・ハーデン
新潮社

遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる― (キャスリン・ペイジ・ハーデン)の要約

キャスリン・ペイジ・ハーデンの『遺伝と平等』は、人は生まれるときに2つのくじを引かされると説きます。親の経済力や環境を決める「社会くじ」と、DNAの組み合わせを決める「遺伝くじ」です。努力や環境だけでは説明できない学歴や富の差をポリジェニックスコアの研究が明らかにし、平等な社会の制度設計に不可欠な視点を提示します。

社会的なくじと遺伝くじとは?

あなたは両親を選べなかった。そしてそのことは、両親が環境としてあなたに与えたものだけでなく、遺伝としてあなたに与えたものについても言える。社会階層の場合と同じく、遺伝くじの結果もまた、社会の中でわれわれが大切に思うもののほとんどすべてについて、人々がどれだけのものを手に入れるかを左右する、制度的な力なのである。(キャスリン・ペイジ・ハーデン)

ある子どもは、生まれつき本を読むのが得意で、数学の問題をすんなり理解します。一方で、同じ年齢であっても、読み書きや計算に困難を感じる子どももいます。そうした違いを、私たちは長らく「努力」や「環境」のせいにしてきました。

しかし近年、行動遺伝学の発展により、もうひとつの大きな要因=遺伝が注目されつつあります。遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる―(原題: The Genetic Lottery: Why DNA Matters for Social Equality) の著者キャスリン・ペイジ・ハーデンは、テキサス大学の心理学教授であり、行動遺伝学の第一人者として知られています。双子研究やゲノムワイド関連解析(GWAS)を駆使し、人間の行動や能力にどのように遺伝が関わっているのかを、科学的に解き明かしてきました。

本書では、個人の努力や環境だけでは説明できない成果の違いに注目し、そこに遺伝的要因がどのように作用しているかを明快に論じています。その上で、こうした知見をどのように平等な社会設計へと活かしていけるかを、読者に示しています。

人は生まれるとき、2種類のくじを引かされると著者のハーデンは語ります。ひとつは、親の経済力や地域の環境を決める社会的なくじ。もうひとつは、生殖の過程で混ぜ合わされ、子に渡されるゲノムという遺伝的なくじです。

教育水準の高い親のもとで育つ、あるいはそうでない環境で育つ。安全で清潔な環境で成長する、あるいはそうでない環境で成長する。これらはすべて、子ども自身が選ぶことのできない社会的偶然です。同時に、遺伝的な偶然も存在します。それは、どのような遺伝的バリアントを受け継ぐかという点です。

遺伝的バリアントとは、DNAの配列に生じるわずかな違いであり、その違いが人の外見や認知能力、さらには病気へのかかりやすさなどに影響を及ぼします。家庭や地域といった社会的環境と並んで、遺伝子の構成もまた、生まれながらにして人が引かされる「くじ」のひとつなのです。

学歴達成度に関連する「ポリジェニックスコア」、すなわち複数の遺伝的変異の影響を数値化した指標によれば、最上位の四分位群に属する人々は、最下位の群に属する人々よりも、大学を卒業する確率が約4倍高いというデータがあります。

この事実は、教育における成果に関して、努力や環境だけでは説明しきれない見えない力が確かに存在することを示しています。社会階層に関するデータが不平等の証拠とされるのと同じように、ポリジェニックスコアによる差異もまた、人々の生き方や可能性を規定する「偶然」のひとつとして理解されるべきです。

遺伝学を政策に活用すべき理由

人の遺伝子が、その人の教育や金銭に関係する運命を決定したりはしない。しかしその一方で、遺伝子と教育との関係を、取るに足りないつまらないことだとして、まじめに受け止めないのも間違いだろう。

2020年に発表された研究では、学歴ポリジェニックスコアが低い人々は、高い人々に比べて退職時に平均で47万5千ドルも資産が少ないことが示されました。同じ教育年数を持つ人々を比較しても、スコアが標準偏差1ポイント高いと富が8%多いという差が見られました。

さらにダン・ベルスキーらが行った国際的な研究では、同じ親から生まれた兄弟であっても、教育関連の遺伝的バリアントを多く受け継いだ方が引退時により多くの富を持つ傾向が明らかになりました。これは、遺伝的なくじが個人の経済的帰結にも影響を及ぼしていることを示唆しています。

もちろん、遺伝子が人生を一義的に決定するわけではありません。ハーデンは、遺伝子が教育や経済の成果を完全に左右するものではないと明言します。未来は固定されておらず、人間の努力や社会の介入によって変わり得ます。しかし同時に、遺伝と教育との関係を取るに足らないものとして無視するのも誤りです。遺伝が成果に及ぼす影響を冷静に受け止めることは、不平等を減らすための制度や政策を設計するうえで欠かせません。

遺伝的性質は人生における運の問題です。その理解が進めば、十分な学業成績を上げられなかった人や経済的に成功できなかった人に向けられる非難は減少し、社会的資源を再分配するための議論にも説得力が増します。

逆に、遺伝の影響に耳を塞ぐことは、意図せぬ形で弱者への非難を強める危険を伴います。限られた研究資源を有効に活用し、子どもの未来を改善できる介入を見極めることは、社会にとって緊急の課題です。

人生において教育の成功や高い所得、安定した職業、健康、幸福を享受できる人は、その分だけ幸運に恵まれていると言えます。人間の違いにおいて遺伝の影響を免れたものはなく、人々が自分の努力だけで報われる仕組みを構築することはできません。

だからこそ、ハーデンは「遺伝くじ」を真正面から捉えるべきだと訴えます。豊かな語彙や処理速度の速さ、規律正しさ、忍耐力、学業の成果などは、偶然の結果として与えられたものであり、自分の純粋な功績ではありません。

結局のところ、社会は自然の秩序として与えられるものではなく、人間が想像し、作り上げていくものです。哲学者ロベルト・マンガベイラ・アンガーの言葉を借りれば、社会は人間が生み出す創造物にほかなりません。望ましい社会を築くためには、遺伝学という自然に関する知識を敵視するのではなく、積極的に取り込む必要があります。

遺伝を理解することは、人間の違いを認め合い、平等で持続可能な未来を構想するための最重要の手がかりになります。本書はその道筋を示し、私たちに「もう一つの途」を提示しているのです。まさに原題が示す通り『The Genetic Lottery』、遺伝のくじ引きという偶然をどう受け止め、そこからいかに社会的平等を実現していくかが、本書全体を貫く核心となっています。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
株式会社INFRECT取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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