集団に流されず個人として生きるには(森達也)の書評

 

person taking photo of people walking across pedestrian集団に流されず個人として生きるには
森達也
筑摩書房

集団に流されず個人として生きるには(森達也)の要約

森達也氏は、メディア・社会・政治は三位一体であり、メディアの機能不全が国全体に悪影響を及ぼすと指摘します。SNSでは空気に同調しやすく、意見が均質化されがちですが、実名で発言し「一人称単数」の視点を持つことが重要です。多様な見方を認め、メディア・リテラシーを身につけることで、世界の本質に気づけると説いています。

同調圧力の罠とメディアの危うさ

メディアを考える作業は、自分たち自身を考えることに重なる。(森達也)

映画監督で作家の森達也氏の集団に流されず個人として生きるにはでは、現代社会におけるメディアの役割とその影響力について深く語られています。メディアが正常に機能しなくなると、その影響は直接的に国民に波及します。報道が偏ったり、情報が操作されたりすることで、人々の意識や価値観も歪められ、やがて社会全体がメディアの空気に染まっていくのです。

そして、そのような同質化した国民が選挙で政治家を選ぶことになれば、政治もまたメディアと同じレベルに引き寄せられていきます。これはつまり、メディア、社会、政治が互いに切り離せない関係にあり、三位一体であることを意味しています。どれか一つが崩れれば、残りの二つにも連鎖的に影響が及ぶのです。

健全に機能するメディアを持ちながら国民の教養や判断力が著しく低い国など存在しないと著者は指摘します。政治の質が非常に高いのに、メディアが極めて劣悪である国も存在しないのです。

また、国民の意識が素晴らしいのに、政治がどうしようもないということもあり得ません。 この三つの要素は互いに連動しており、どれか一つを変えることで全体が変化していきます。たとえ今、治安が悪く、経済格差が広がり、差別が横行し、政治家が自己利益に奔走し、賄賂が常態化しているような国であっても、メディアが健全に機能し始めれば、その国は確実に変わります。

だからこそ、メディアの存在について真剣に考えることが不可欠なのです。 さらに、現在のメディア環境はかつてとは大きく異なります。テレビや新聞が主流だった時代を過ぎ、いまやSNSなどを活用することで、私たち一人ひとりが情報を受け取るだけでなく、発信する側にもなっています。情報の流れが一方向だった時代とは異なり、私たちは常に双方向のメディア環境の中で生きているのです。 

集団内にいる人は、自分が集団内で異物になることを何よりも恐れるから、必死で周囲に同調しようとする。同調するためには周囲の動きを知らなければならない。つまり空気を読まなければならない。でも周囲の動きばかりに気をとられていると、自分たちがどこに向かっているのかわからなくなる。周りはみな同じ速度で動いているから、自分のスピードもわからなくなる。気がつけば全速力。こうして集団は暴走する。

集団の中にいると、人は無意識のうちに「異物」になることを避けようとします。周囲から浮くことを恐れ、必死に同調しようとするのです。そのためには、まわりの空気を読み、場の雰囲気を敏感に察知する必要があります。誰かが言った一言、沈黙の間、表情の変化すらも見逃さず、周囲の動きを追い続けます。

しかし、空気を読みすぎることで、自分がどこに向かっているのかがわからなくなってしまいます。まわりと同じ速度で進んでいると、自分のスピードすら見失ってしまうのです。気づけば、全速力で走っている状態が「普通」になっている。そうして集団は、誰にもブレーキをかけられないまま暴走していきます。 これは、メディアの世界とも重なります。ある意見が「正しい」とされると、それに異を唱えることが難しくなり、異論は排除されていきます。

こうした集団の暴走について、著者は社会心理学者アーヴィング・ジャニスの「集団思考」の理論を紹介します。ジャニスは、集団が誤った意思決定をしやすくなる環境として、三つの条件を挙げています。

第一に、その集団が強い結束力を持っていること。第二に、下位の立場からの異論や批判が通りにくいこと。そして第三に、集団が不安や恐怖など、強いストレス下に置かれていることです。

この三つの条件は、過去に社会を震撼させた事件にも当てはまります。連合赤軍やオウム真理教といった集団は、政治的な思想や宗教的信念こそ異なりますが、構造的にはジャニスが指摘した要素をすべて備えていました。そしてその結果、方向を誤りながらスピードを上げ、誰も止められないまま暴走していったのです。

全員が同じ方向に走っていると、今の速度や行き先すら見えなくなる。ただ必死に走り続ける。それが集団の怖さであり、思考停止の恐ろしさなのです。

また、社会心理学者エーリッヒ・フロムも、集団が暴走する心理のメカニズムについて鋭く洞察しています。彼は、「人は自分よりも強い権威に対しては無条件に服従し、自分より弱い存在や異物に対しては攻撃的になる」と述べています。一見、矛盾するように見えるこの二つの傾向は、実は共存するものです。 不安や恐怖が高まると、人は自らの判断を放棄し、権威に頼るようになります。

政治家や有名人、インフルエンサーなど、強い影響力を持つ人物の言葉に人々が過剰に反応し、それを疑うことなく受け入れてしまう場面が増えています。それはつまり、自分自身の判断を放棄し、個としての思考を手放してしまうということです。そうなると、複雑な現実を理解しようとする努力をやめ、世界を「陰謀論」といった単純な枠組みに押し込めてしまうようになります。

やがて、自分が属する集団の価値観こそが社会全体の常識だと錯覚するようになり、それに反する意見や立場を「敵」と見なして攻撃する傾向が強まっていきます。外国人や少数民族、貧困層といったマイノリティへの排除の動きも、そこから生まれています。

森氏は、こうした現象がドナルド・トランプ氏とその熱狂的な支持者たちの動きに顕著に表れていると指摘しています。彼らの言動は、過去に見られた集団の暴走と数多くの共通点を持っており、深刻な危機感を抱かざるを得ないと語っています。

権威への無条件の服従、異論への攻撃、そして空気に従うことを強く求める同調圧力。森氏は、これらの動きが今まさに現実の中で進行しており、見過ごすことはできないと警鐘を鳴らしています。

また著者は、この状況を特定の国や政治体制の問題として片づけるのではなく、私たち一人ひとりの「個としての在り方」の問題として捉えるべきだと述べています。集団に属しながらも、「一人称単数」の視点を手放さないこと。それが、暴走する空気に巻き込まれず、自分を見失わないために欠かせない姿勢だと強調しています。

いまの社会では、空気を読むことが過剰に求められ、同調しない人が排除されやすい傾向があります。だからこそ、私たちは空気の正体を見極め、適切な距離を保ち、自分の言葉で考える力を育てる必要があります。それこそが、変化の激しい時代を生き抜くために最も大切なことなのです。

メディアリテラシーを身につけよう!

匿名掲示板やSNSなどネット上では、日本人の群れる傾向が顕著に表れる。名前のない集団の1人として誰かを気軽に罵倒する。自覚ないままに傷つけ、死の間際まで追いつめる。もしも問題になったとしても、みんなで赤信号を渡っているのだから、責任は分担される。だから集団は多ければ多いほどいい。自分が悪いのではない。みんなが悪いのだ。

SNSでは特に、空気に合わせることが無言の前提となり、意見が次第に均質化していく傾向が強まっています。本来、情報とは多様であるべきで、それぞれの視点から自由に語られることに価値があるはずです。しかし、多くの人が「同じ方向」に向かうことで、そこに危うい一体感が生まれてしまうのです。

著者は、こうした空気に流されずに議論を健全に保つためには、「実名で発言する」という姿勢が重要だと述べています。匿名性に隠れたままでは、無責任な言葉が飛び交い、建設的な対話が生まれにくくなります。実名を示したうえで、相手の意見に対して批判し、反論する。そうした言論空間が実現すれば、SNSもまた、有益で前向きな議論の場として機能するはずです。

また、森氏は「一人称単数の主語を使う」ことの大切さを繰り返し説いています。「私」や「僕」という主語を意識的に使うことで、発言の責任が自分に返ってきます。そうすると、語尾が変わり、語尾が変われば思考が変わります。視界が広がり、見える景色が変わっていくのです。

世界は、単純ではありません。多面であり、多重であり、多層でもある。だからこそ、豊かで、時に優しさにも満ちているのだと、森氏は気づかせてくれます。

だからこそ、負の歴史をしっかりと見つめ、記憶すること。そして、メディア・リテラシーを身につけ、メディアの持つ力と、その弊害の両方を理解することが必要なのです。

森氏は、情報に「絶対的な事実」があるのではなく、すべてが解釈であるという視点が、現代を生き抜くためには不可欠だと強調しています。さまざまな視点が存在し得るという前提に立つことで、私たちはより柔軟で寛容な思考を持つことができるのです。

日本の教育では、こうした「読み解く力」や「自分の言葉で考える力」がまだ十分に重視されていません。しかし、情報があふれ、空気が加速する現代だからこそ、「一人称単数」の視点を持ち続けることの意味は、これまで以上に大きなものとなっています。

森氏は最後にこう語りかけます。どんな小さな出来事にも、必ず複数の見方があるということを忘れないでほしいと。ニュースやSNSの投稿に出会ったとき、「これは一つの視点にすぎない。他にもきっと、異なる視点がある」と考える習慣こそが、想像力を育む第一歩なのです。

最強Appleフレームワーク
この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
株式会社INFRECT取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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