晴れのシーンを撮る日に、雨が降ったら?: 何が起きてもうまく解決できる人の考え方
飯塚健
サンマーク出版

晴れのシーンを撮る日に、雨が降ったら?: 何が起きてもうまく解決できる人の考え方(飯塚健)の要約
予測不能なトラブル、苦手な人、変わらない日々。私たちはつい避けたくなりますが、そこにこそ成長の種があります。臨機応変に動き、壁に向き合い、ルーティンを壊すこと。付き合う人や読む本を変えるだけでも、思考は驚くほど広がります。本書は、予想外の雨の日にも良いシーンを撮るための“適応力”の重要性を教えてくれます。変化を恐れず踏み出す一歩が、未来を切り開く力になるのです。
臨機応変力が重要な理由
筋書き通りにいかない今の時代に、何より大事なのは「臨機応変力」だ。「臨機応変力」とは、あたかも想定外の事態が想定内だったように、組み直していくことだ。 「晴れ用」に書いた脚本、「晴れ用」に準備した機材や設営を、すべて「雨用」に組み直す。(飯塚健)
ビジネスの現場では、予測不可能な事態が突如として発生することがあります。進行中のプロジェクトに仕様変更が入り、直前の会議でデータの不備が判明し、頼りにしていた担当者が急に不在になる。こうした想定外の出来事は、もはや例外ではなく日常の一部になりつつあります。
計画が緻密であるほど、わずかなズレが大きな混乱を引き起こすという現実があります。混乱の原因が必ずしも事態そのものではなく、「計画とのギャップ」に対する現場の反応にあるというのは、多くのビジネスパーソンにとっても思い当たる点ではないでしょうか。
私自身、広告会社でCM撮影や番組の収録に携わってきた中で、そうした場面を幾度となく経験してきました。ロケ地のコンディションが事前と異なる。出演者のスケジュールが直前で変更になる。天候が予報と大きく食い違う。むしろ計画どおりに進む現場の方が稀でした。 そうした状況下で本当に求められるのは、完璧な準備ではなく、その場での判断力と柔軟性です。
段取りや資料が役に立たない状況に直面したとき、重要なのは思考を止めず、今の条件で何ができるかを即座に見極める姿勢です。つまり、臨機応変に状況を受け止め、その都度ベストを再定義できるかどうかが、プロジェクトを前進させられるかどうかを分けるポイントになるのです。
映画監督の飯塚健氏による晴れのシーンを撮る日に、雨が降ったら?: 何が起きてもうまく解決できる人の考え方では、まさにこの「臨機応変力」がテーマとして語られています。著者は、想定外の事態に対し、ただ気合いや根性で乗り切るのではなく、冷静に状況を観察し、その中から最適な手段を組み立てていく姿勢の重要性を説いています。
雨が降れば、その雨を生かした演出に切り替える。スケジュールが狂えば、順番を再構成する。そうした柔軟な発想は、映画という限られた条件の中で最大限の成果を出すために磨かれてきた技術であり、同時に、私たちの日常やビジネスにも応用可能な普遍的な考え方です。
印象的なのは、著者が「第2案」という考え方を否定している点です。最初に用意していた「ベスト」プランが崩れたときに、その案を少し調整した程度のものは「劣化版」にすぎないと言います。真の対応とは、「晴れ用」の脚本と機材を、すべて「雨用」に切り替えるような、ゼロベースの再構成に他なりません。
実際、私も現場でこの感覚を何度も経験してきました。中途半端な代替案ではなく、真逆からプランを組み直す発想が、混乱を収束に向かわせる鍵となるのです。
さらに、どんな状況であっても「ユーモアを忘れないこと」が大切だと著者は述べています。ピンチの際、深刻になりすぎると、かえって状況が硬直してしまいます。笑いや余裕があることで、人は冷静さを取り戻し、物事を前向きに捉えることができる。これは、感情に流されやすい局面でこそ、役立つ視点だと感じます。
現場でも、深刻な空気に飲み込まれそうになるたびに、誰かの軽いひと言が全体の空気を変え、解決への第一歩になる瞬間を幾度も目にしてきました。
嫌いな人間から学ぶということ
人生に「嫌いな人間」は必要だ。悪い見本と出会わなければ、いい人間のありがたさがわからない。人生はイヤな人と出会ったほうが得をする。その人の振る舞いや言動から、「何をどうすると、どういけないか」が学べる。そしてイヤな人とのつき合い方、いなし方、かわし方、ぶん投げ方、学ぶべきものをしっかり吸収すればいい。
悪い見本があるからこそ、良い人間の価値が際立ちます。人は比較によって気づきを得る生き物です。無意識のうちに感謝すべき人の存在を当然視してしまいがちですが、反面教師のような相手と接することで、そのありがたさを実感できるようになります。
もちろん、嫌な人と向き合うのは簡単なことではありません。否定的な言動や理不尽なふるまいに直面すると、感情が先に立ち、建設的な思考が後回しになりがちです。しかし、だからこそそこに学びの余地があります。
その人がなぜ自分にとって「嫌な存在」なのかを冷静に分析していくと、自分自身の価値観や許容範囲、あるいは未熟な部分が見えてくることがあります。 嫌な人の言動から、「何をどうすると、どんな結果を招くのか」を学ぶことができます。直接的なアドバイスよりも、時にそうした“逆モデル”の方が、記憶に深く刻まれるのです。
どう受け流し、どう距離を取り、どう関係性を再構築するか。いなし方やかわし方を身につけることは、ビジネスにおいても人間関係の大きな武器になります。 壁の存在もまた、人生に必要なものだと私は考えています。
広告会社に在籍していた頃、私の周りには越えにくい壁のような存在が何人もいました。彼らのクリエイティブな発想や思考のスピードについていけず、何度もビジネスの現場で自信を失いかけた記憶があります。自分には無理なのではないかと感じる瞬間もありましたが、それでも踏みとどまることを選び続けました。
今思えば、その壁こそが、私の思考と行動を磨くためのトレーニングだったように感じます。社内であれ社外であれ、自分の価値観やスキルでは太刀打ちできないような相手と出会うことは、確かに苦しい体験ではありますが、その苦しさの中にしか得られない成長も確かに存在します。
あえて自分の前に高くてハードな壁を設定する。それを乗り越える過程にこそ、自己変革のきっかけが潜んでいると私は考えるようにしています。
環境が変わったからではなく、自分の捉え方が変わったことで、かつて苦手だった相手とスムーズに対話できるようになるのです。
そうした体験を、私は過去に何度もしてきました。 一時は対立していた人と、やがて同じ目的に向かって並走する関係になる。意見の違いがむしろ自分の価値の幅を広げ、相互理解が深まる中で、かつては敵に見えていた相手が、いつの間にか「同志」と呼べるような存在に変わっていく。人間関係において、これほど大きな変化はないかもしれません。
嫌いな人を遠ざけることは簡単です。しかし、そこで距離を取るだけでは、自分の視野もまた狭くなってしまいます。あえてその存在に向き合うことで、自分の思考の癖や反応のパターンに気づけることもあります。
つまり、苦手な相手とは「成長の鏡」のような存在なのです。 人生の景色を単調なものにしないためにも、自分にとって不快な相手や状況を排除するのではなく、そこに何を見出せるかを問い直してみることが必要なのかもしれません。表面的な好き嫌いを超えた先に、思いがけない発見や転機が待っていることは、少なくないのです。
昨日と同じルーティンをしていても、物事は動かない。動いて、ルーティンを変えれば、ふわっとした悩みは消えていく。ルーティンを壊して、いつもと違う行動をする必要がある。
そして、もうひとつ意識したいのは、日々のルーティンそのものです。昨日と同じ行動を繰り返していても、物事はなかなか動きません。
日々のルーティンを壊し、意図的に違う行動を取ること。たとえば、いつもと違う場所に足を運んでみる、ふだん会わない人と会話してみる、これまで手に取らなかった本を読んでみる。そうした小さな「逸脱」が、新しい視点と変化のきっかけをもたらします。
付き合う人や触れる情報の質を変えるだけでも、自分の思考は驚くほど刺激を受けます。固定された人間関係や情報源の中だけで過ごしていると、無意識のうちに思考が閉じてしまいます。だからこそ、意識的にルーティンを壊す。それは環境だけでなく、自分自身の可能性を広げるための、ひとつの習慣かもしれません。
本書は、映画という制約の多い世界で磨かれた判断力と創造性が、どのように発揮されているのかを知る上で興味深いだけでなく、そのエッセンスをビジネスや日常生活に応用するヒントも多く含んでいます。
著者は、「正解を出すこと」よりも、「考える→実践する→考える→実践する」ほうがはるかに重要だと語っています。どれだけ思考を重ねても、完璧な答えにはなかなかたどり着けません。だからこそ、不完全でも一歩を踏み出し、その結果を踏まえて次の一手を考える。このプロセスこそが、変化の激しい時代において有効なアプローチなのです。
正解を探し続けて立ち止まるのではなく、動きながら修正していく。この考え方は、正解主義にとらわれがちな私たちへの、新しい選択肢の提示でもあります。
人生には「晴れのシーン」を撮るつもりで準備したのに、当日になって雨が降ることがあります。そのとき、ただ傘をさして立ち尽くすのか、それとも雨の中で何を撮れるかを考えるのか?本書は、後者の思考法こそが、これからの時代をしなやかに生き抜く力になると教えてくれます。

















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