世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器
長沼伸一郎
PHP研究所
世界史の構造的理解 現代の「見えない皇帝」と日本の武器の要約
日本がさらなる成長と国際的な影響力を持つためには、「知的制海権」の制覇が必要になります。これを実現するためには、ビジョナリー、開明派官僚、各地の自発的学習者、文系出身の「伝道者」をチームにした現代の「理数系武士団」が欠かせません。課題先進国の日本は彼らの能力と知識をフルに活用する必要があるのです。
教養としての世界史をどう学ぶか?
過去の思想の古典のなかから、現代の大衆社会を正確に予言していたものを選び出し、それを物理の視点で抽象化してさらに未来に延長することだった。それによってみえてきた未来はある意味衝撃的なもので、表面的には民主制度やそれなりに平和な世界が維持されつつ、実質的には巨大マーケットとメディアのなかに発生する、世界を画一的に統合化しようとする非人格的な力によって一種の専制帝国化が進み、人類の世界史はそこで終わるのではないか、というものである。(長沼伸一郎)
世界史を学ぶことは、教養を深め、AI時代における思考力や人間性の探求に大いに役立ちます。世界史を知ることは、教養を身につけるだけでなく、確固たるビジョンを持つための重要な武器にもなります。しかし、実際に世界史を学ぼうとすると、膨大な歴史知識に直面し、どこから手を付けて良いのか悩むことが多いです。
その課題を解決するためのヒントを在野の物理学研究者の長沼伸一郎氏が教えてくれています。世界史を学びたいと考える人々が、歴史の膨大な情報をどのように理解し、自分の知識として取り入れることができるかについての指南書となっています。
本書では「現代の『見えない皇帝』」というキーワードが取り上げられています。これは、現代の世界において力を持ちながらも目に見えない存在であるグローバルな権力や影響力を指しています。
著者はこの「見えない皇帝」が世界史においてどのような役割を果たしているのかを分析し、その影響力を解説しています。 この考察は、過去の思想の古典から現代の大衆社会を予言した内容を物理的な視点で抽象化し、さらに未来に展望することを目的としています。
その結果得られた未来像は、表面上は民主制度や平和が維持されているように見えるが、実際には巨大なマーケットとメディアによって支配される、非人格的な力による専制帝国化が進行しているというものです。この非人格的な力は、現代世界の「見えない皇帝」として機能しています。
著者は、人間が短期的な快楽を求める「コラプサー状態」に陥り、それが現代社会における「アヘン窟」のような状況を生み出し、実質的には世界史の終焉を意味すると指摘しています。また、西欧社会は認めたくはないだろうが、過去に少なくとも2度、この「コラプサー化」の危機に直面していたと言います。その2回ともイスラム文明の影響によって、その危機から脱出することができたのです。
逆に、イスラム世界は西欧が発展させた微積分学を取り入れることができず、結果的に西欧に後れを取ることになってしまったのです。
著者は物理や数学が、歴史の転換点のきっかけになり、世界の覇権にも影響を及ぼしていると指摘します。これは、科学技術の発展が国家の力と経済的な繁栄に直結していることを示しています。物理や数学の知識やテクノロジーは、新たな発明や革新を生み出し、競争力を高めることができます。西欧は産業革命以降、知財やテクノロジーを武器に覇権を握っていったのです。
現代社会においても「見えない皇帝」の存在は否応なく現れており、その影響力を正しく理解することは、私たちの将来を考える上で重要な課題となっています。
明治維新以降の国難を乗り切れた理由
日本の歴史においては、国難の折に「理数系武士団」と呼ぶべき集団がまとまって出現し、彼らが、国が普段はもたないような大きな力を与えていたのではないか、ということである。
明治維新以降の国難を乗り切れた理由の一つが、著者は「理数系武士団」と呼ぶ集団の存在だと指摘しています。この集団は、当時の日本において「戦闘力」よりもむしろ「戦略力」の力が重要視されていたことを示しています。
幕末や戦国時代において、日本は農業国から軍艦を自力で建造する海軍大国へと変貌を遂げるような独創的なビジョンを掲げ、国を先導しました。このビジョンは当時の一般常識を超えたものであり、歴史を変える力となりました。
また、理数系の学者や武士の間には密接な関連があり、蘭学者で医者の大村益次郎が長州藩の参謀として近代戦に貢献したことや、士族出身者が多くを占めた長崎の海軍伝習所のような例が、日本独自の特徴を示しています。
明治維新期には、4つの異なるタイプの人物たちが特定の役割を果たしていました。第1のタイプは島津斉彬や勝海舟のようなビジョナリーで、彼らは通常の日本社会の常識を超えた画期的なビジョンを提案しました。これら通常では受け入れがたいようなビジョンは、第2タイプの人物たちによって保護され、組織内での生存基盤を確保しました。
一方で、第3タイプに分類される緒方洪庵や福沢諭吉のような教育者たちは、重たい政府の代わりに質の高い人材の育成を担いました。そして最後に、第4タイプの人物たち(西郷隆盛や豊臣秀吉)は、理系と文系の橋渡しを行い、通常は日本社会に受け入れられにくいこれらの新しい動きを、より広く社会に受け入れさせ、融和させる重要な役割を担っていたのです。
日本において理系の集団は、日常的には社会から孤立しており、文系主導の社会において高度な技術を持つ職人として利用されがちでした。彼らの真の力を発揮するためには、このような特殊な暗黙の分業体制に基づく結束が不可欠でした。
しかし、歴史の中で「理数系武士団」の役割を考えると、その影響はこれにとどまりません。 実際には、彼らが自発的に連携を築くことで、外部からはその存在が把握しにくい状況が生まれました。この隠れた連携は、結果として戦略的に大きな意味を持つようになります。彼らの集団が形成するネットワークや活動は、明確に表面化することなく、より広い社会の変革や革新に重要な役割を果たしていたのです。
著者は太平洋戦争開戦時に、日本がイギリス海軍を打ち破れたのは、この理数系武士団の存在抜きには語れないと述べています。
現代の経済戦争においては、従来の制海権に相当する力が「ルールを制定する力」として現れています。表面上はビジネス界や政界のロビー活動が重要な役割を果たしているように見えますが、これは実際のところ低次元の活動に過ぎません。より大局的に考えると、単なるビジネスの枠を超えた「人類の思想を動かす力」がなければ、経済戦争において勝利することはできません。
これは「知的制海権」とでも呼べるもので、その制覇には物理学の宇宙観を含むような学問の世界の覇権が必要となります。政治家や企業などの「陸側」の勢力や文系の思考だけでは対応しきれない領域です。 日本がこの「知的制海権」を保有していないことが、国際社会における大きな弱点となっています。
日本が今後成長するためには、この知的制海権の確保が重要です。そのためには、理数系武士団を動かす必要があります。
理数系武士団は、①独創的な発想力をもつ思想家、②開明派官僚、③各地の自発的学習者、④日本特有の文系出身の「伝道者」(坂本龍馬などがその代表)で構成される。 ディアが非常に発達した現代社会では、最後の④として女性がメディアという「空の世界」に占位して、「海の勢力」である理数系武士団の頭上を護衛するという構図も考えられる。
この理数系武士団分業体制を再構築することで、日本は再び成長軌道に乗ることが可能という著者の指摘に共感を覚えました。長沼氏の新しい世界史の解釈から、多くの学びを得られました。
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