スティーブ・チャンドラーのあなたの夢が現実になる小さな100のステップの中で
最も共感したのが「愛とと死とともに散歩する」で
この章(99ステップ目)を何度も読み返しています。
スティーブ・チャンドラーが私と同じアルコール依存症で
それを克服していく様子がこのチャプターに赤裸々に書かれています。
私も断酒当初の1年間は
もっと早くこの文章に出会えていれば、もうすこし楽に断酒ができたかもしれません。
(青字は本書からの引用となります)
私はアルコールによってなりたい自分になれることを発見した。しかしまもなく、この「素晴らしい発見」が中毒になり、アルコール依存症になってしまった。この状態を経験した人ならだれでも身にしみてわかっていることだが、その数年間は成長や充実感とは無縁の生活だった。まもなくアルコールは耐え難い悪夢となった。
アルコールは最初は素晴らしい効果があるのですが
やがては生活を破綻に追い込みます。
体調が崩れ、意識が朦朧となり、成長とは無縁の人生が訪れるのです。
幸いにも私は回復した。アルコールに頼らなければならなくなったとき以来、十六年が過ぎ去っていた。私はしばしば困難を伴う回復期間中に、アルコール依存症から回復しつつあった仲間たちに支持されていたある祈りを覚えた。それは「穏やかな心の祈り」と呼ばれるもので、次のような言葉で始まる。 「変えられないものを受け入れる穏やかな心、変えることができるものを変える勇気、その違いを知る知恵、私は神からその三つを与えられた」 すべての人が祈りから得ようと思っているもの、それは穏やかな心である。だから、この祈りが「穏やかな心の祈り」と呼ばれているのだろう。
2007年に私も20年以上続いたアルコール依存の生活にサヨナラしたのですが
再び飲み始めないように、スタート時には様々なルールを作って、自分の意志の力を鍛えました。
「今日も飲まずに一日を送れたことを感謝します。
明日もアルコールとは無縁の人生にします。」と
毎晩祈りながら、炭酸水を飲み続けて、アルコールを断つ努力を続けました。
この祈りは一年ほど習慣化し、今は別の感謝の言葉を眠る前の習慣にしています。
突然、アルコールを断つと、心は穏やかさとはほど遠い状態に陥る。もちろん、日に日によくなってはいたのだが、私はこの祈りにしがみつくような毎日を送った。しかし、アルコールを断って効果が出はじめてきたころ、まだ欠けているものがあることに気づいた。穏やかな心を得る以上に、臆病者という根深い自己イメージを拭い去ることが必要だったのだ。そこで、祈りの二行目に着目した。私の心の中では、それはもはや「穏やかな心の祈り」ではなく「勇気の祈り」になっていた。私に欠けていたのは勇気であり、自分は臆病者だという気持ちが、私の自己イメージを支配し、全人格を形成していた。
当時の私も著者のチャンドラーが同様に臆病者で、いつもお酒に逃げていました。
お酒に人生をコントロールされ、アクションを起こせずに
いつも言い訳ばかりを考えて、勇気を心の中に閉じ込めていたのです。
友人からナポレオン・ヒルの本をもらったとき、「勇気の祈り」に対する答えが得られはじめた。自分の中に勇気がないのなら、それを創造すればいいのだ。そう思った瞬間、理想の自分をつくるプロセスが本格的に始まった。私の恐怖心の対象はいくつもあった。それらをいかに克服したかを具体的に説明しよう。前述したように、私は人前で話すことに恐怖心を持っていた。後に、人前で話すことに恐怖心を持っているのは私だけではないことを知った。それは現代人にとって死ぬことよりもさらに怖いもので、恐怖心の最大の対象と考えられているのだ。私にとって、それは自分の全人格を構成する根深い恐怖心を表していた。「私は暗闇が怖いし、太陽の光に恐怖を感じる」と言ったウッディー・アレンの心境が私には痛いほどよくわかった。
恐怖心を捨て去るためには、その恐怖の正体を明らかにすることです。
お酒を飲んでいるときに、私はいつも漠然とした不安を感じていました。
私は断酒したときに、アンソニー・ロビンズのオーディオブックを購入し
歩きながらひたすらアンソニーのパワーをインプットし
行動の重要性を脳に刷り込み、お酒を断つことに成功しました。
私はアンソニーのメッセージと声から勇気をもらえたのです。
私は今でも恐怖心を持っているが、もはや恐怖心のかたまりではない。私はもはや自分を臆病者だとは思っていない。人から勇気のいることをしたとほめられても、そのほめ言葉を見当違いだとは思わない。私が自分の邪魔をする恐怖心を克服するために使っている方法がある。この方法は今までだれにも話したことがない。変な呼び名がついているからである。私はそれを「愛と死とともに散歩する」と呼んでいるのだ。 私は何かを乗り越えたり、直面したり、勇気ある行動計画を創造したりする必要があるとき、よく散歩に出かける。かなり遠くまで散歩すると、解決法が必ず出てくる。その結果、最も創造的な行動をとることができる。アンドルー・ワイル博士は、歩くことの効用を次のように述べている。「歩くと、両手両足が交差しながら動く格好になる。右手と左足が同時に出て、そして左手と右足が同時に出る。この種の運動は脳の中に電流を発生させ、それが中枢神経系に良好な影響をもたらす。 これは他の運動では得られない散歩特有の効用である」私がそれを「愛と死とともに散歩する」と呼んでいるのは、愛と恐怖心は反対語だからである(愛の反対語は憎しみだと思っている人がほとんどだが、それは正しくない)。究極の創造性は愛の精神から生まれる。「愛はつねに創造的であり、恐怖心はつねに破壊的である」というエメット・フォックスの言葉のとおりである。
散歩することで、何かを乗りこられる勇気をもらえますし
意志を強くすることもできます。
また、脳がポジティブに動きだし、不安を打破する解決策が生まれてくるのです。
「愛と死とともに散歩する」というチャンドラーのスタイルを
私もいつの間にか自分の人生に取り入れていました。
これで脳を活性化できれば、アルコールは最早必要なくなるのです。
さらに、私が「死とともに散歩する」と言っているのは、自分の死を意識し受け入れてこそ、人生が感動的であるために必要な明晰さが加わるからである。散歩はしばしば長時間に及ぶ。散歩をしていると、自分が直面している挑戦的課題がさまざまな角度から見えてくる。散歩の本当の効用は、散歩をしているときに自分と本当に向き合えることである。電話もかかってこないし、人と話すこともない。私にはそのような時間があまりにも少ないので、散歩の時間がいかに有意義であるか、いつも驚いている。 散歩に出かけるときは、今抱えている挑戦的課題もいっしょに連れて行こう。脳の中で発生した電流が中枢神経系に良好な影響をもたらしているときに、やる気がわいてくることを実感しよう。あなたは自分に問題を解決するだけのパワーがあることをまもなく事実として知ることになる。「変えることができることを変える勇気をください」と祈る必要はなくなる。散歩をしながら、自然と勇気がわいてくるのだから。
散歩の効用は自分と向き合えることというのは事実です。
私も毎朝、40分のウオーキングを日課にしていますが
この時間で課題について考えると、答えが見つかるようになるのです。
また、その際にオーディオブックで読書をすれば
書籍からパワーや勇気をもらえます。
これが私の最近のウオーキングの流儀です。
今日も読んでいただき、ありがとうございます!
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