「ヒットの達人」の頭のなか (中村直文)の書評

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「ヒットの達人」の頭のなか
中村直文
日本経済新聞出版

30秒でわかる本書の要点

結論:ヒットとは、生活者が無意識に抱いている「言葉にならない不満や期待」を正確に射抜き、新しい常識として提示した結果である。
原因: 市場の成熟により、機能やスペックの向上だけでは消費者の心を動かせなくなった。データによる正解探しが、かえって「どこかで見たような商品」を生む原因となっている。
対策: 現場での「違和感」を起点に、分析(左脳)と感性(右脳)を融合させる。最初から完璧を求めず、市場の反応を見ながら形を柔軟に変え続ける「継続的な修正」を前提とする。

本書の3行要約

ヒット商品を生み出すためには、日常の些細な「あるある」の中に潜む未解決の課題や憧れを掘り起こし、既存の価値観に縛られない独自の解釈を加えることが重要です。顧客の喜び、収益、社会への影響、そして作り手の成長という4つの条件が揃ったとき、企画は世の中を動かす強力な推進力を持ち始めます。

おすすめの人

・データ分析に頼りすぎて、新しいアイデア作りに悩んでいる企画者
・既存ブランドの価値を保ちつつ、今の時代に合う形へアップデートしたい経営者
・日常の「ちょっとした不満」を宝の山に変えたい人

読者が得られるメリット

・視点の切り替え: 常識を疑い、顧客の「本音」にリーチするための思考の型が身につく。
・市場創出のヒント: 曖昧な現象に「名前」をつけ、世の中に定着させるプロセスの重要性がわかる。
・リスクへの向き合い方: 失敗を讃え、次の改善へつなげる組織のあり方が理解できる。

ヒット商品を生み出すための、企画づくりに欠かせない4つの条件

「企画作りには4つの条件がある。お客さんが喜ぶ、もうかる、世の中を変えられる、そして社員が成長できる。(増田宗昭)

CCCの増田宗昭氏の言葉は、ヒットが出にくくなった時代の商品開発者やマーケターにとって欠かせぬチェックリストとして機能します。

市場が成熟し、情報が均質化し、誰もが「それっぽい正解」に近づけるようになった結果、商品は改善されても、消費者の心は動かなくなりました。だからこそ企画は、機能を足す仕事ではなく、人の本能をくすぐり、推しと沼をつくり、他者に寄り添う形で「選ばれる理由」を設計する仕事へと変わってきています。

中村直文氏の「ヒットの達人」の頭のなかは、プロダクト開発の現場で起きている変化を、ヒットメーカーたちの思考プロセスから解体して見せてくれる一冊です。読み進めるほどに、マーケティングの解像度が一段上がっていく感覚があります。

中村直文氏は、日本経済新聞社で長年にわたりマーケティングや消費トレンドを取材してきた編集者で、日経MJの編集長も務めた人物です。

本書は、日経電子版で連載されてきた「ヒットのクスリ」を再構成し、加筆したものでもあります。現場を見続けてきた編集者ならではの視点が、各事例の素晴らしさを引き出しており、私たちはここからヒット商品を生み出すヒントを学べます。

中村氏のメッセージは明快です。人が日常で感じている悩みや不満、そして憧れといった、いわゆる「あるある」に目を向け、それを常識とは異なる角度から捉え直すこと。そこからヒット商品は生まれます。

酒瓶が入る女性服や、高額なシャープペンシルといった事例は、ヒットが感覚やひらめきによって生まれるものではないことを示しています。起点にあるのは、生活者が抱えるペインや、まだ言葉になりきらない憧れへの気づきです。その違和感を見逃さず、丁寧にすくい上げていく姿勢が重要になります。

アイデアを思いついたら終わりではありません。そこから仮説を立て、検証を重ね、必要な情報を過不足なく伝え続ける。その積み重ねによって、ヒット商品は生まれます。そして顧客からの支持を得ることで、やがては一過性ではないロングセラーへと育っていくのです。

「ユニークなアイデアを生む経営者には共通点がある。当たり前の常識や概念に対して新しい解釈を作り出すことだ」。中村氏のこの言葉は、本書の本質を端的に表しています。 読み進めて腑に落ちるのは、達人たちが単なる課題解決にとどまっていない点です。

もちろん生活者の不便は潰しています。しかし彼らが見ているのは、合理性そのものではありません。常識を軽やかに越える発想と、顧客を喜ばせたいというマインドです。正しいかどうかより、気持ちが動くかどうか。その視点が、結果として人を動かしているのです。

オアシスグループが手がけるストリートパジャマブランドのチルストリートは、その好例です。外出時に何を着るか悩む、着替える、その一連の面倒をいかに省くか。衣料品にできるだけ時間を使いたくないという、タイパ志向に真正面から応えています。「服のことをあまり考えたくない服」という矛盾したコンセプトは、生活者の本音を的確に言語化しています。

同じオアシスグループが2024年に立ち上げたMacqloも、発想の方向性は共通しています。掲げたのは、「ファッションの悩みなんて、すべて真っ黒に塗りつぶせ」。服選びは面倒だが、最低限おしゃれではいたい。その感情を、黒一色という極端なシンプルさで受け止めました。結果として、初年度の売上は想定を大きく上回ったといいます。

消費は、こだわりのある「これがいい」と、そこまで強い意思のない「これでいい」に大別されます。オアシスのパジャマとマックロには、その両方の感覚が同時に存在しているように見えます。強く選びにいく消費と、考えずに受け入れる消費。その間にあるグラデーションを、うまくすくい上げています。

男女、日常と非日常、公式と非公式。こうした相反する概念の境界線は、以前ほど明確ではありません。その線が曖昧になり、溶け合う場所にこそ、言葉になる前のニーズが潜んでいます。人は、正しいから買うのではありません。後から理由をつけられるほど、心が動いたから購入するのです。

本書を通じて印象に残るのは、「言語化できれば市場が生まれる」というメッセージです。例えば、「女子だけで飲んでいる集まり」が「女子会」という言葉を得た瞬間、それは一つの文化として市民権を持ち、関連するサービスやイベントが一気に広がりました。

加齢臭も同様です。それまでは「中高年の男性は何となく臭う」という曖昧な認識に過ぎなかったものが、「加齢臭」という言葉で共有された途端、「自分もそうなのではないか」と当事者意識が生まれます。

その結果、ドラッグストアには対策商品が並び、一つの市場として立ち上がっていきました。 曖昧だった違和感が言葉を得ることで、個人の感覚は社会的な課題へと変わるのです。

ヒットとは、新しい欲望を作り出すことだけではありません。すでに存在していた感情に名前を与え、共有可能な形にする。そのプロセスそのものが、市場を生み出していくのです。

ロングセラーからイノベーションを起こし、ヒット商品を生み出す方法

保守性×革新性でヒット

ロングセラーからイノベーションを生み出すための本質的なポイントは、保守性と革新性を対立させないことにあります。長く支持されてきた理由を壊さずに、どこに新しさを差し込むか。その設計ができるかどうかで、ブランドは更新され続けるか、固定化していくかが分かれます。

サラダコスモの「ペヤング 麺なし やきそば風もやし炒め」は、この関係を分かりやすく示しています。きっかけは社員同士の雑談でしたが、背景にはすでに「もやし麺」という生活者発の工夫が広がっていました。

ロングセラーブランドであるペヤングの味を変えずに、麺をなくす。変えたのは形であり、残したのは食体験です。その結果、糖質制限という健康需要と結びつき、想定を超える支持を集めました。

この事例が示しているのは、イノベーションが必ずしもゼロからの発明ではないという点です。既存ブランドが持つ意味や感情価値を借りながら、使われ方だけを更新する。その発想が、新規性と安心感を同時に成立させています。

ペヤング自身も、同様の商品開発を続けてきました。定番の味は変えず、「あの味を食べたい」という感情を守る。一方で、激辛や変わり種、異業種とのコラボといった実験を繰り返し、ブランドの世界を広げています。変えない軸があるからこそ、変化が許容される。このバランスが、約50年にわたる同社の成長を支えています。

永谷園の「パ・キット」も、ロングセラー企業によるイノベーションの典型です。「お茶漬けのり」や「即席みそ汁」で培った強みは、簡便さと味への信頼でした。そこに「一人分のパスタを作るのが面倒」という新しい不満を重ね合わせ、鍋を使わず電子レンジで調理するという解を提示しました。

発想自体はシンプルですが、実現には多くの試行錯誤が必要でした。それでも顧客視点を起点に改良を重ね、最終的に日常の負担を確実に減らす商品へと仕上げています。

これらの事例から分かるのは、ロングセラーとイノベーションは矛盾しないということです。むしろ、長く支持されてきたブランドほど、変えない価値を明確にできるため、変える余地を見つけやすい。重要なのは、新しさそのものではなく、「どこを動かし、どこを固定するか」という判断です。

ロングセラーを更新するとは、顧客の「文句」を拒まず、既存の強みに結びつけて再設計すること(=文句の叫びを重視すること)です。その積み重ねが、ブランドを過去の成功に縛りつけるのではなく、未来へとつなげてい区のです。

失敗を前提に設計し、顧客の深層心理から体験価値を磨く

消費ビジネスで重要なのは表に出てこない消費者の「本音」、深層心理をつかむことだ。

消費ビジネスで本当に重要なのは、消費者にとっての「正解」を見つけることではありません。表に現れにくい本音や弱さに、どこまで誠実に向き合えるかです。人は合理的に判断しているようで、実際には感情や面倒くささ、不安といった要素に背中を押されて行動しています。ヒットは、理想化されたユーザー像からではなく、不完全な人間理解から生まれます。

RIZAPが真正面から向き合ったのは、「三日坊主」という人間の弱さでした。瀬戸社長自身が面倒くさがりだからこそ、努力や根性に頼らず、どうすれば人は続けられるのかを突き詰めてきたと言います。RIZAPではトレーナーが伴走し、心が折れそうになる瞬間を支え続けます。続かないのは意志が弱いからではなく、設計が間違っているからだという前提に立っています。

一方で、同じ会社が展開するチョコザップは、まったく異なる解を提示しました。圧倒的な気軽さと安さ。着替えも予約も不要で、頑張らなくてもいい。継続を意志の強さに委ねるのではなく、生活動線の中に自然と組み込むことで成立させています。

さらにチョコザップは、自らを「美容と健康のコンビニ」と再定義し、歯のホワイトニングやマッサージ機などもセルフ型で導入しました。専門家ほど「ジムはこうあるべきだ」と定義を固定しがちですが、その前提を意図的に外しています。

RIZAPが「結果にコミットする」サービスであるのに対し、チョコザップは、結果を強く求めない人を対象にしています。同社の強さは、顧客のために考えるのではなく、顧客の立場に立って考える点にあります。

重要なのは、どちらが正解かという議論ではありません。同じ組織が、異なる仮説を立て、試し、更新し続けているという事実です。

顧客体験を重視する姿勢は、ジンズにも共通しています。会長兼CEOの田中仁氏は、事業が再び成長軌道に戻った理由について、「ジンズは顧客の悩みを解消して伸びてきた会社だという原点に立ち返ったからだ」と語っています。

その結果として生まれたのが、目が小さく見えないメガネや、乱暴に扱っても壊れにくいメガネといった商品です。顧客の違和感や不満を起点に発想することで、品ぞろえは広がりながらも在庫は抑えられ、サプライチェーン改革も同時に進んでいます。顧客体験を軸に据えることが、商品開発と経営効率の両立につながっている点が示されています。

同時に田中氏は、組織からアイデアが生まれる条件についても言及しています。社員が自分の好きな仕事をできているかどうか。業務としてこなしている限り、仕事は面白くならない。熱中できるからこそ、人は考え、試し、失敗します。イタリア人は好きな仕事しかしないから、短い労働時間でも生産性が高いのかもしれない。挑発的ですが、創造性と生産性の関係を鋭く突いた指摘です。

RIZAPもジンズも、成功談だけを積み重ねてきた会社ではありません。失敗を繰り返すことを、組織として許容してきました。失敗を個人の責任や恥として処理するのではなく、次の仮説を磨くための材料として扱ってきた点が共通しています。ヒットは、成功の延長線上にあるものではありません。

仮説を立て、検証し、外したら修正する。その循環をどれだけ速く、誠実に回せるかで結果は決まります。失敗を避ける組織からは、無難な改善しか生まれません。失敗を前提に設計し、学習に変えられる組織だけが、人の本音に近づいていきます。

その先に見えてくるのが、冒頭に紹介した増田氏が示した企画づくりの4つの条件です。お客さんが喜ぶこと。事業としてもうかること。世の中を少しでも動かせること。そして、社員が成長できることです。 どれか一つだけでは足りません。同時に満たされて初めて、企画は強度を持ちます。

最初から4つすべてを完璧にそろえる必要はありません。試し、外し、直す過程の中で、条件同士のバランスを取り続けることが重要です。

失敗を正しく扱い、次の一手に変えられるかどうか。その姿勢こそが、ヒットを偶然ではなく必然に変えていきます。 お客さんが喜び、事業が成立し、世の中に変化が生まれ、社員が育つ。その循環を回し続けられる企画だけが、変化の激しい時代においても、きちんと刺さり続けるのだと思います。

最強Appleフレームワーク


この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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