書籍:「予想外」を予想する方法
著者:キット・イェーツ
出版社:草思社
ASIN : B0G92NNC5K
30秒でわかる本書のポイント
【結果】:ベイズの定理と数学的思考を身につけることで、認知バイアスに騙されなくなり、「予想外」に見える出来事の多くを予測可能にして、不確実な時代に合理的な意思決定ができるようになる。
【原因】:私たちの脳は、日々の生活で絶えず直面する「確率」と「非線形性」という2大現象を直観的に処理するのが苦手だ。アレアトリック(偶然的)な不確かさとエピステミック(認識的)な不確かさを混同し、線形バイアス・正常性バイアス・パターン化特性・報告者バイアスに絶えず引きずられ、数学的には驚くほどでもないことに繰り返し驚かされている。
【対策】:ベイズの定理の三教訓(①新しい証拠がすべてではない ②異なる視点を考慮する ③自分の意見を徐々に変える)を日々の意思決定に実践する。確率論・カオス理論で予測の限界を正しく把握し、未来を予測するようにする。
本書の要約
本書は、古今東西の予測にまつわる奇妙な実話を数学で読み解く一冊です。ブルガリアの宝くじで2回連続同じ数字が当選した事件、タコのパウルがサッカーW杯の8試合を全て的中させた話、航空機事故の「予言」など、信じがたい偶然の裏には隠された数理的な仕掛けがあります。私たちが日々の生活で絶えず直面し、狼狽し、理解に苦しんでいる2大現象、それが「確率」と「非線形性」です。私たちの脳は確率を直観的に理解することが苦手で、数多くの認知バイアスに支配されています。著者のキット・イェーツは、これらのバイアスを数学の力で解きほぐし、数学をもってしても予測に限度があることを正直に認めながら、「予想外」を予想する方法を私たちに教えてくれます。
おすすめの人
・不確実な時代に合理的な意思決定をしたいビジネスパーソン
・データや統計に騙されないリテラシーを身につけたい人
・確率やリスク管理の考え方を実践に活かしたい経営者
・「なぜ予測は外れるのか」を科学的に理解したい人
・数学は苦手だが、思考法としての数学的センスを磨きたい人
読書から得られるメリット
・認知バイアスの正体と、それを克服する数学的思考法が身につく
・確率論とベイズ推定の基礎を実例で直感的に理解できる
・ゲーム理論を使った交渉・戦略立案の視点が得られる
・「予測の限界」を正しく把握し、過信を防ぐ習慣が身につく
・フェイクニュースや詐欺から身を守る統計リテラシーが鍛えられる

認知バイアスに惑わされずに、予想外を予測する方法
日々の生活でわたしたちが絶えず直面し、狼狽し、理解に苦しんでいる2大現象、それが「確率」と「非線形性」である。わたしたちには生まれつき、不確かさ の霧を見通す力や角を曲がった先にあるものを見抜く力が備わっているわけではない。(キット・イェーツ)
予定外の出来事、想定外の展開、偶然の一致、思わぬ巡り合わせ――ビジネスの現場では、こうした「予想外」がそのままコストとして現れます。計画は崩れ、意思決定は揺れ、リスクは顕在化し、対応の遅れが損失を増幅させます。
けれど問題は、現実が不条理だからではありません。それを見る私たちの認知が、都合よく単純化され、偏っているからです。 現実世界が「おかしい」からではなく、それを見る私たちの認知が「おかしい」――より正確に言えば、偏っているのです。
「線形バイアス」や「生存バイアス」など数多くの認知バイアスのせいで、私たちは数学的に考えれば驚くほどでもないことに、しょっちゅう驚かされています。
数学を使わない限り、世界を正しく認識することも、正しく予測することも、自分と世界を安全に保つことも難しくなります。さらには、人間の認知の偏りを知り尽くした相手に騙され、つけ込まれる危険さえあります。
数学者のキット・イェーツの「予想外」を予想する方法世界中から「予想外」の出来事の実話を数多く集め、数学的に解説し、私たちのバイアスを解きほぐしてくれます。
不確かさは、大きく二つに分類することができます。ひとつ目は、アレアトリック(aleatoric)な不確かさです。語源は、サイコロ賭博師を意味するラテン語 aleator にあり、ここで言う不確かさは「偶然そのもの」に由来します。
たとえばサイコロの出目、コインの表裏、短期的な需要のブレのように、条件をどれだけ揃えても結果が揺れるタイプです。原因を追加で調べたり、情報を増やしたりしても、ゼロにはできません。できるのはせいぜい、試行回数を増やして分布の形をつかみ、起こりうる範囲を確率として扱うことです。
2009年、ブルガリアの宝くじ抽選で、1等当選の数字が2回連続で同じになる出来事がありました。当然ながらメディアはこれを大きく報じます。しかし数学的に考えると、これは決して「ありえない」出来事ではありません。「真に大きな数の法則」によれば、サンプル数が十分に大きければ、確率が非常に低い出来事でも、いずれ起こります。
私たちが見誤るのは、「起こりにくさ」そのものよりも、いくつもの要素が組み合わさって生まれる場合の数の大きさです。場合の数を過小評価してしまうせいで、真に大きな数の法則によって本来は起こりやすくなっている出来事が実際に起きると、私たちは往々にして過剰に驚いてしまいます。
「偶然では起きにくい」と直観した瞬間、私たちは因果のないところにまで原因を探しに行き、見当違いの探求に走りがちです。
2つ目はエピステミック(epistemic)な不確かさです。これは、知識や科学を意味する古代ギリシャ語の「episteme」に由来する言葉で、日本語では「認識的な不確かさ」と訳されます。
つまり、原理的には知り得るはずなのに、現時点では情報や知識が不足しているために生じる不確かさのことです。データを集め、研究を深め、理解を広げることで、この種の不確かさは縮小させることができます。
この二つの不確かさの区別を理解するだけで、リスク管理の精度は格段に上がります。なぜなら、偶然的な不確かさに対しては確率的なアプローチで備え、認識的な不確かさに対しては情報収集や学習によって対処するという、まったく異なる戦略が必要になるからです。
闇雲にリスクを恐れるのではなく、「この不確かさはどちらの種類なのか」と問いかけることが、より賢明な意思決定への第一歩となるのです。
認知バイアスの代表格が「線形バイアス」です。私たちの脳はあらゆるものが比例などの線形関係で増減すると思い込みがちです。しかし、この世界の多くの変化過程は線形ではありません。
イェーツが挙げる印象的な例があります——高速道路で時速50マイルから70マイルに上げると10マイルの道を4分半早く走れます。ところがさらに20マイル上げて時速90マイルにしても、同じ距離の短縮はわずか2分。速度と時間の関係は非線形であり、速度を上げるほど短縮時間の効果は逓減するのです。
また、線形への慣れ親しみと極端な出来事への不慣れが組み合わさると「正常性バイアス」が生まれます。タイタニック号の沈没はその典型例です。船が沈み始めても多くの乗客が「まさかそんなはずはない」と信じ、救命ボートへの乗り込みをためらいました。
呪われた氷山にぶつかってから数時間が経っても、ホワイト・スター・ラインの副会長すら「タイタニックが沈む恐れはありません。あの船は不沈なのです」と言い続けていたのです。差し迫った脅威の警告を、自らの経験から大きく逸脱しているからこそ信じられない——これがビジネスにおける致命的な判断ミスの温床にもなります。
タコのパウルがサッカーW杯で8試合すべてを的中させた――この有名な逸話も、「生存バイアス」でかなり説明がつきます。生存バイアスとは、選抜を生き残った“目立つ成功例”だけに注目し、その背後にある膨大な失敗例(外れた例)を見落とすことで、成功に過剰な意味を与えてしまう認知の歪みです。 ポイントは、「的中した」という事実ではなく、私たちの視界に残る情報の偏りにあります。
W杯ではパウル以外にも、犬・猫・タコ・サルなど多くの「予言動物」が試されました。しかし外し続けた存在はニュースになりません。ニュースにならない以上、私たちの記憶にも残らない。
結果として、「たまたま連続的中したパウルだけ」が世界的に取り上げられ、あたかも“特別な能力”があったかのように見えてしまいます。 これはビジネスでも同じ構造です。成功した企業や投資家、異常に当て続けた専門家は目につきますが、同じ条件で挑んで外れた多数派は可視化されません。
すると私たちは、「成功には必然がある」「あの人は特別だ」と物語を作り、再現性を過大評価してしまいます。生存バイアスが怖いのは、偶然を偶然として処理できなくし、次の判断(採用、投資、戦略)にまで歪みを持ち込む点にあります。本当に問うべきは“当たった理由”ではなく、当たらなかった無数の理由が見えなくなっていないかです。
私たちは、「何が示されているか」より先に、「何が示されていないか」を問う必要があります。目の前の情報は、たいてい断片であって、全体像を示しているわけではありません。その断片にたまたま光が当たっているだけかもしれないのです。
さらに注意が必要なのは、提示されたデータ自体が、すでに偏っている可能性があることです。たとえば、集め方が特定の層に寄っている、都合のよい期間だけを切り取っている、見せたい数字だけを強調している――そうした偏りが混ざっていると、結論も同じように偏ります。
この前提に気づけるだけで、ランダムな出来事を直感で扱うのが苦手な私たちでも、判断ミスを減らせます。なぜなら、偶然の結果に「特別な意味がある」と思い込みやすい場面で、立ち止まって「見えていない例はないか」「比較の条件は同じか」「外れたケースはどれくらいあるか」と確認できるようになるからです。
そして、それは他人の説明に流されにくくなることでもあります。成功例だけを取り上げて説得したり、都合の悪い例を省いて印象を操作したりする手口に対して、少なくとも鵜呑みにしない態度を持てるようになります。
ベイズの定理——不確かさの中で「信念を更新する」技術
ベイズの発想を煎じ詰めると、次のようになる。「最初の信念を新たなデータで更新することによって、新しい信念に至る」。現代風の用語を使うと、事前確率(最初の信念)とその新たなデータが観察される尤度(見込み)を組み合わせれば、事後確率(新たな信念)が得られる。
ベイズの定理とは、新しい証拠が手に入るたびに自分の予測(事前確率)を更新していく手法です。数式を見ると難しそうに感じますが、考え方はシンプルです——「今持っている信念×新しい証拠=更新された信念」という構造です。
イェーツは、ベイズの定理から導かれる三つの実践的な教訓を示しています。
教訓1 新しい証拠がすべてではない
新たな情報が入っても、それだけで結論を180度変える必要はありません。事前の確率(それまでの知識・経験)と新証拠の「重み」を合わせて判断することが肝要です。
教訓2 異なる視点を考慮する
ベイズ的思考は、自分とは異なる前提を持つ視点からも事象を捉え直すことを促します。「なぜ相手はそう考えるのか」を確率的に理解することで、より精度の高い予測が生まれます。
教訓3 自分の意見を徐々に変える
証拠が積み重なるにつれて、少しずつ信念を更新する。劇的な転換ではなく、段階的な修正こそがベイズ的合理性の姿です。これは「首尾一貫していない」のではなく、むしろ最も知的に誠実な態度です。 私たちの脳は確率を扱うとなると過度に一般化・単純化するきらいがあります。
方針転換は悪いことではない——イェーツはこう言い切ります。新しい情報が入ったら躊躇なく自分の予測を更新すること、それこそがベイズ的思考の本質であり、変化の激しい時代に生き残るビジネス戦略の要諦です。「確証バイアス」——都合のいい情報ばかりを集めて最初の信念を強化してしまう罠——の対極にあるのが、このベイズ的な「信念の逐次更新」の姿勢なのです。
ベンフォードの法則(数字の最初の桁は「1」から始まるものが最も多い)を使った不正会計の摘発や、ジップの法則・べき乗則など、世界には直観を裏切る数理的な秩序が潜んでいます。ベイズの定理はそうした「隠れた構造」を見抜くための道具でもあります。
結局のところ、私たちは常に「予想外」を予想できるわけではありません。未来は完全には読めないからです。 それでも、予測できない事柄を「起きないはず」と切り捨てず、「起こりうるもの」として受け入れられるようになると、無駄な驚きや過剰反応が減ります。結果として、判断は安定し、振り回されにくくなります。
そこで効いてくるのが数理です。数理は未来を言い当てる魔法ではありません。むしろ、直観が外れやすい局面を事前に示し、目の前に出ていないデータの存在を思い出させ、断定ではなく「更新(修正)しながら考える」態度へと導いてくれます。要するに、現実に対して無理のない判断をするための、実用的な補助線なのです。
ゲーム理論は、相手がいる状況で人がどのように行動しやすいかを整理するための考え方です。重要なのは、当事者が誰で、どのような選択肢があり、選択の結果として何が得られ、何が失われるかです。さらに、当事者間で情報に差があるかどうかも影響します。
これらの条件が決まると、個人の性格とは別に、一定の行動が起こりやすくなります。そのためゲーム理論は、相手を言い負かす技術というより、状況の条件や手順を見直すために役立ちます。
この視点が必要になる典型が、コモンズの悲劇です。共有の資源があるとき、各人にとっては「自分だけ少し多く使う」ほうが得になりやすいです。しかし同じ行動が全員に広がると、資源が不足したり、混雑や負担が増えたりして、結果として全員が損をします。ここで問題なのは、誰かが悪意を持っているからではなく、各人が合理的に動いた結果として起きてしまう点です。
したがって解決には、我慢や精神論を求めるよりも、合理的に行動しても全体が悪い結果になりにくいように、ルールや仕組みを調整する発想が必要になります。 同じ考え方は、日々の個人レベルの問題にも応用できます。
たとえば新車購入時の価格交渉です。政治学者のブルース・ブエノ・デ・メスキータは、交渉のやり方そのものを変える方法を紹介しています。彼はショールームに出向かず、交渉を電話で進めます。店舗に行くと、移動や時間の負担が発生します。その負担があると、売り手には「買い手は購入意欲が高い」と受け取られやすくなります。すると売り手は、値下げに慎重になりやすいです。つまり、買い手が不利になりやすい条件が先に整ってしまいます。
そこで彼は、まず欲しい車の仕様を正確に決めます。次に、その車を扱う近隣のディーラーを確認します。各店の参考価格を把握したうえで、電話をかけて見積もりを取ります。その際、同じ地域の複数店に同条件で確認していることと、最も安い価格を提示した店で購入するつもりであることを率直に伝えます。そのうえで「いくらまで下げられますか」と尋ねます。
こうすると、交渉は一店舗の都合に閉じにくくなります。買い手は複数の選択肢を維持したまま比較できますし、売り手は価格を提示するかどうかを明確に判断しやすくなります。 場合によっては「電話では価格を言えないので、店に来てほしい」と言われることもあります。これは、買い手に来店の負担を発生させることで、他店との比較や交渉の打ち切りをしにくくする意図が含まれることがあります。
メスキータは、そのような店舗が価格競争に自信を持っていない可能性もあると見ます。そのため、候補となる店舗が他にも残っているなら、その店舗との交渉を続けない判断も合理的になります。 この方法の要点は、値引きの言い方ではなく、交渉の条件を変えることです。
売り手にとっても、長時間の対面交渉に時間を使わずに済みますし、受け入れ可能な範囲で価格を提示するかどうかを早く決められます。買い手にとっては、比較の前提が揃いやすくなり、より有利な条件を得やすくなります。
ゲーム理論の視点が示すのは、人を説得して行動を変えさせる前に、条件や手順を変えることで結果が変わりうるという点です。
コモンズの悲劇が当事者の善意だけでは解きにくいのと同様に、価格交渉も当事者の気合いだけで改善しにくいです。どのような条件なら、各人が合理的に行動しても望ましい結果に近づくのかを考えることが重要です。ゲーム理論は、その検討を進めるための枠組みを提供します。
イベントの出席率を高めたいなら、無料にするよりも、たとえ少額でも有料にしたほうが効果的です。チケット代を支払った参加者は、その支出を無駄にしたくないと考えやすくなります。そのため当日になってから参加を判断するのではなく、事前に参加を前提として予定を組む可能性が高まります。 多くのイベントでは、わずかな入場料を設定するだけで、気まぐれに登録する人や内容への関心が薄い人を減らせます。
その結果、主催者にとっては出席率が上がり、参加者にとっても、関心の近い人が集まりやすくなるため満足度が上がりやすくなります。少額の料金は、参加意思をはっきりさせる仕組みとして働くのです。
このように、条件やルールを少し変えるだけで結果が変わる状況は少なくありません。工夫を重ねれば、関係者すべてにとって利益になる解決策を見いだせない場面はほとんどないと言えます。言い換えれば、私たちが手を入れられない「変えられないゲーム」は、実際にはそう多くないのです。
予測の限界を知る!
今後何が起きるのかを判断できる場合を知るのと同じくらい、何が起きるのかを判断できない場合を知ることが、重要なのだ。間違った予測を誤って信用することのほうが、まったく予測がつかず慎重に振る舞うことよりも、ほぼ間違いなくまずい。おそらく、予測する方法の科学を理解することよりも、どのような時に予測不能なのかを理解することのほうが、重要なのかもしれない。
また本書は、予測の精度そのものだけでなく、予測が社会に与える影響、そして予測には原理的な限界があることも丁寧に扱っています。とくに示唆的なのが、フィードバックループが介在するケースです。
2007年のノーザンロック銀行の取り付け騒ぎは、「救済が公になったこと」が状況を悪化させた例として説明できます。ノーザンロックがイングランド銀行の緊急流動性支援を必要としていることが報じられると、預金者は「資金が安全ではないかもしれない」と判断し、引き出しに動きます。その引き出し自体が流動性をさらに圧迫し、もともとの資金繰りの弱さを現実の危機へと押し上げてしまいました。
結果として、発表や報道が、人々の行動を通じて事態を加速させる方向に働いたのです。 このノーザンロックのケースは、まさに「予測や公表が現実に影響し、現実がそれに反応する」タイプのフィードバックが起きた事例です。
これとは逆の方向に働くこともあります。コロナ禍のイギリスでは、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームが2020年3月の報告書で、「何も対策を取らない」場合には英国で約50万人規模の死亡が起こり得る、という厳しい見通しを示しました。
この種の予測が重要なのは、予測が単なる説明にとどまらず、政策と行動の判断材料になり、現実を動かし得る点です。人々や行政が警告を重く受け止め、接触削減やロックダウンなどの対策を実施すれば、感染拡大は抑えられ、死者数は「対策をしなかった場合の想定」より大幅に少なくなります。
すると表面的には「予測は外れた」と言われかねませんが、実際には、予測が行動を変え、その行動が結果を変えたということです。 ここでは、予測が成功したからこそ、示された数字が現実にならなかった、という関係が生じます。
予測は当てるための作業であると同時に、望ましくない未来を回避するための判断材料にもなります。したがって、予測を評価するときは「当たったか外れたか」だけでなく、「その予測が行動に影響し、結果を変えた可能性があるか」まで含めて見る必要があるのです。
数学は、非線形で先の読みにくい世界を進むうえでの道具になります。冷徹で論理的な数学を味方につけることで、私たちが直感的に取りたがる思考の近道を避け、根拠のある推論に近づけるからです。直観が頼りになりにくい局面ほど、数理は判断の質を底上げします。
しかし、その数学をもってしても、世界の複雑さを完全に手なずけることはできません。不確かさを排除したと思っているシステムにも固有の制約があり、今後何が起きるかを常に完璧な精度で、どこまでも遠い未来まで見通すことは不可能です。
ここで大事なのは、予測が当たるか外れるかの二択ではなく、「どの範囲なら予測可能で、どこから先は原理的に難しくなるのか」という境界を理解することです。 カオス理論が示す通り、初期条件のわずかな違いが最終的に大きな差を生む系では、長期的な予測は原理的に難しくなります。
とりわけ天気予報が難しいのは、人々が確率を直感的に扱いにくいことに加えて、対象そのものが複雑で、わずかな条件の差が大きな結果の差につながりうる点にあります。
天気予報が短期的には比較的正確でも、2週間先になると精度が急落するのはこのためです。予測の不確かさは、計算能力や努力の不足というより、対象の性質に根ざしています。
にもかかわらず、私たちは普段の経験の延長で見通せる範囲に慣れすぎていて、複雑な動力学や不確かさを本質的に含む状況に直面すると、対応の手がかりを失いやすくなります。
そのときに生じる無力感は、「情報が足りない」だけではなく、「世界の扱い方が合っていない」ことからも生まれます。 さらに現代人が陥りやすい罠として、「指数的成長バイアス」も挙げられます。感染症の拡大、技術の普及、情報の拡散など、指数関数的に変化する現象を、私たちは直感的に過小評価しがちです。
初期の伸びが小さく見えるほど、変化の速度を見誤り、対策が後手に回りやすくなります。予測の失敗は、計算の問題だけでなく、変化の形を直感が理解しにくいという問題でもあります。 自己成就的予言と自己破壊的予言という概念も、本書の議論を現実の意思決定に接続してくれます。
予測すること自体が未来を変えてしまうというパラドックスは、リーダーの発言が組織や市場に与える影響を考えるうえで重要です。伝えるべきことを隠すべきだ、という話ではありません。むしろ、言葉が行動を誘発し、行動が結果を作るという構造を理解したうえで、予測の提示方法や不確かさの伝え方を設計する必要があるということです。
そして結論として、本書が促すのは「予測の限界を知ることは弱さではない」という態度です。何を知っていて、何を知らないのか。どこまでが推論可能で、どこからが不確かさとして残るのか。それを正確に把握し、必要なら判断を更新していくことこそが、現実的なリーダーシップの条件になります。予測を過信しないことは諦めではなく、複雑な世界に対して誠実に意思決定するための前提なのです。
コンサルタント 徳本昌大のView
本書を読んでいちばん衝撃だったのは、私たちが日常的に「数学的に間違った判断」をしている、という事実でした。ビジネスでも私は、「なんとなく上手くいきそう」「この流れは続くはずだ」といった直感に寄りかかって決めてきた場面があります。
けれどイェーツは、その直感の多くが認知バイアスに支配されており、しかも本人はそれに気づきにくいと実例を見せながら指摘します。
とくに刺さったのが「線形バイアス」です。フォロワーが増えているから今後も増える、売上が右肩上がりだから来年も大丈夫だ――こうした見立ては気持ちがいいのですが、現実の変化はしばしば指数的で、非線形です。だから「昨日までの延長」を描いた瞬間に、危険な楽観が混ざります。
イェーツが紹介する「速度と所要時間の非線形な関係」は、この錯覚を手早く壊してくれます。速度を上げれば時間は短くなりますが、上げれば上げるほど短縮効果は小さくなる。にもかかわらず私たちは、努力や投資も同じように「増やした分だけ成果が比例して増える」と期待しがちです。ここで判断が狂います。
タイタニックの例で語られる「正常性バイアス」も、他人事ではありません。「まさか」と思う気持ちは、危機を直視するコストを先送りしてくれます。その結果、兆候が見えているのに対処が遅れ、取り返しがつかなくなります。これは危機管理の失敗というより、「脅威を過小評価する認知のクセ」が生む失敗です。
線形バイアスと正常性バイアスは、組み合わさると特に厄介です。変化は急に跳ねるのに、こちらはゆっくりしか動かないからです。
ベイズの定理の重要性も再認識できました。新しい情報が入ったら、最初の見立てを少しずつ更新する。別の仮説も同じ土俵で検討する。確信ではなく確率として扱う。こうした態度が、結果的に誤りを小さくします。
現場では「意見を変える人」が優柔不断に見えがちですが、ベイズ的にはむしろ逆です。証拠に応じて判断を更新できる人のほうが、知的に誠実です。確証バイアスに引きずられないための、現実的な作法でもあります。
ゲーム理論の章も同じ方向を向いています。争い方を工夫するのではなく、ルールや前提を調整して、双方が合理的に動いても良い結果に近づく形にするのです。ゼロサムを前提にするより、「条件を変えれば結果が変わる」ことに目を向けたほうが、現実の交渉や設計はうまくいきます。ここは、ビジネスの実務感覚とも噛み合います。
そして本書の最大の贈り物は、「予測の限界」を正面から認めるところにあります。数学は直感の誤作動を減らし、推論の精度を上げてくれます。けれどそれでも、世界は不確実で、非線形で、完全には見通せないのです。
だからこそ必要なのは、何でも当てにいく傲慢さではなく、「わかっていること」と「わかっていないこと」を切り分け、更新可能な判断として運用する姿勢です。数学が苦手な人でも、具体的なエピソードを通じてその価値が理解できる構成になっています。「予想外」に振り回されないための教養として、実務家ほど刺さる一冊です。
















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