
書籍:武器としての経営思考
著者:岩尾俊兵
出版社:PHP研究所

日々の仕事や生活の中で、「なぜ、こんなに理不尽なことが起きるのか」と頭を抱えたことはありませんか?上司からの不条理な要求、顧客からの無理難題、家庭内での意見の食い違い……。
私たちは、不条理と不合理に満ちた世界を日々生き抜いています。上司の意味不明な要望に振り回され、顧客への対応に奔走し、深夜まで残業して帰宅すれば、家族との約束を破ったことで妻は口をきいてくれない。こうした経験は、誰しもが一度は、あるいは日常的に直面している切実な課題ではないでしょうか。
多くの人は、こうした状況を前に、あきらめたり、ただ耐え忍んだり、あるいはどちらか一方を切り捨てる「トレードオフ(二者択一)」の決断を強いられてきました。しかし、それでは根本的な解決にはならず、また新たな矛盾や葛藤が生まれるだけです。
では、どうすればいいのでしょうか。 その答えが、本書『武器としての経営思考』(岩尾俊兵 著、PHP新書)にあります。「経営思考」と聞くと、多くの人は「MBA(経営学修士)を取得したエリートが使う、企業の金儲けのためのフレームワーク」を思い浮かべるかもしれません。あるいは、冷徹な論理で効率を追求する、血の通わない思考法というイメージを持つ人もいるでしょう。
しかし、本書が提唱する「経営思考」は、そうした既存のイメージを180度転換させるものです。著者の岩尾俊兵氏は、経営思考を「不条理と不合理に満ちた世界を生き抜くための、高度な選択と決定の技術」と定義します。
つまり、経営思考は一部の経営者やエリートのものではなく、現代を生きる私たち一人ひとりが、自分の人生をより良く、より幸せにするための、まさに「生きるためのOS」なのです。
そう考えると、経営とは決して大それたものではありません。無から有を生み出さずとも、すでにあるヒト・モノ・カネを、人がより幸福を感じられる場所へと届け直すことだけで実現可能になるのです。
決断や選択を迫られるのは、何も「職業としての経営者」だけではありません。人は、生きている限り、何かを選び、何かを決め続けなければならない生き物です。今日のランチから、キャリアの方向性、家族との向き合い方まで、人生は選択と決定の積み重ねであり、その一つひとつの質が、私たちの人生の質を大きく左右します。
人間が人間として生きるとは、このように何かを選び、決め続けることにほかなりません。しかし、正解の見えない難しい選択を前にしたときほど、人は立ち尽くしてしまいます。 本書が扱うテーマは、急速にAI(人工知能)が普及する現代において、いっそうその重要性を増しています。
AIは、過去のデータに基づき、論理的で効率的な「正解」を導き出すことには長けています。データとアルゴリズムに基づく意思決定において、人間はもはやAIに勝てません。
しかし、矛盾や葛藤、不条理といった人間的な要素を含んだ、正解のない「複雑なジレンマ」に対しては、AIだけでは対応しきれないのです。AIは、論理的な思考は得意ですが、その選択がもたらす意味を解釈し、そこに人間としての価値を「意味付け」することはできません。
AかBかの二者択一ではなく、AもBも両立させる、あるいはAとBを統合して新たな価値Cを生み出す。こうした創造的な思考こそが、AI時代における人間の価値であり、本書でいう「真の経営思考」なのです。
本来の経営とは、奪い合いのマネーゲームではなく、対立や矛盾を乗り越え、「奪い合い」を「創り合い」へ転換し、新たな価値を生み出す営みです。「何を切るか」「何に集中するか」を考える技術とは正反対のベクトルを持ちます。
経営とは限られた資源を組み替え、これまで存在しなかった価値や選択肢、第三の道を生み出す「創造的な営み」なのです。
対立と葛藤を「価値創造の種」に変え、誰も気づかなかった「第三の解」を生み出すためのフレームワーク。手段の対立から抜け出し、究極の目的への役立ちに第三の道を見出す「創り合い」の技術を、本書は授けてくれます。矛盾だらけの世界を軽やかに前進するための、生き方の土台となる一冊です。
この記事でわかること
・カネ儲けだけではない、「経営思考」の真の意味と、奪い合いから創り合いへの転換
・小説家・上田岳弘氏が指摘するデータ至上主義の限界と、「コピー&エラー」がもたらす価値
・野中郁次郎氏が語る二項動態経営と実践知の重要性
・浜崎洋介氏が指摘するギバーの成功哲学
・NTT澤田純会長に学ぶ、二律背反を超える「パラコンシステント(矛盾許容論理)」の思想
・yutoriの片石貴展氏が語る、AI時代の「未加工の感情」の価値と「波動」のある言葉
・対立と葛藤を「価値創造の種」に変える「問題解決の三角形」と「パズル」としての経営
・つらい過去に支配されず「次の手」を考える思想と、「回り道」としての失敗の捉え方
30秒でわかる本書のポイント
【結論】
・「経営思考」は企業の金儲けの道具ではなく、すでにあるヒト・モノ・カネを人がより幸福を感じられる場所へ届け直す「高度な選択と決定」の技術である。
・対立を「問題解決の三角形」や「パラコンシステント」の思考で解きほぐし、「第三の解」を導くことで、つらい過去に支配されず「次の手」を考える生き方の土台となる。
・私たちは誰もが「自分自身の人生」の経営者(CEO)であり、日々の選択と決定の質を上げることが人生の質を高めることに直結する。
【原因】
・多くの人が経営学を「カネ儲けの学問」と誤解し、自分には無関係だと思い込んでいる。
・西洋的な合理主義に基づく二者択一(トレードオフ)や、データ至上主義に支配され、主観や感情がないがしろにされている。
・過去のつらい経験を無理に肯定しようとしたり、恨み続けたりすることで、過去の出来事に「今と未来」を支配されてしまっている。
【対策】
・小説家や思想家、経営学者など、7人の賢人との対話から、矛盾を統合する独自の思想や「データでは測れない世界の見方」を学ぶ。
・AかBかではなく、経営思考を用いてパズルのように資源を組み替え、新たな選択肢である「第三の道」を創り出す。
・自己変革のために「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」と二項動態し、つらくても試行錯誤の「回り道」を厭わない。
・他者との関係性を調和させる「人格(いき)」を磨き、長期的視点で「ギバー(与える人)」としての経営を実践する。
本書の要約
『武器としての経営思考』は、経営学を「カネ儲けの学問」という狭い定義から解放し、不条理と不合理に満ちた現代社会を生き抜くための「生きるための哲学」として捉え直す野心的な試みです。著者の岩尾俊兵氏は、経営学のフレームワークは企業の利益追求だけでなく、個人の人生における「高度な選択と決定」にこそ適用すべきだと主張します。
人生は選択の連続であり、誰もが「自分という人生」の経営者(CEO)であるという前提に立てば、経営思考は一部のエリートのものではなく、現代人必須の教養となります。 本書の核心は、日本を代表する経営者(NTT澤田純氏など)、小説家の上田岳弘氏、思想家の内田樹氏、文芸批評家の浜崎洋介氏、yutori代表取締役の片石貴展氏、そして経営学者の野中郁次郎氏など、7人のプロフェッショナルとの対話にあります。
一見、経営とは縁遠い分野の賢人たちへのインタビューを通じて、彼らが人生や仕事における複雑な矛盾、理不尽なジレンマ、手段の対立にどのように向き合い、どのような「世界の見方(思想)」によって乗り越えてきたのかを深く掘り下げます。
この知的格闘の記録は、西洋的な合理主義に基づく二者択一の発想やデータ至上主義を超え、矛盾をより高い次元で統合して新たな価値を創造する「真の経営思考」のあり方を提示してくれます。 経営とは限られた資源をパズルのように組み替え、これまで存在しなかった価値や選択肢、第三の道を生み出す「創造的な営み」です。
対立と葛藤を「価値創造の種」に変え、誰も気づかなかった「第三の解」を生み出すためのフレームワーク「問題解決の三角形」の解説は秀逸です。
手段の対立から抜け出し、究極の目的への役立ちに第三の道を見出す技術を授けてくれます。 さらに、つらい過去を無理やり「良かったこと」にするのではなく、過去に人生を支配させないために「次の手」を考える思想にも言及しています。傷があることを認め、立ち上がるための「七転八起」の生き方、そして人生の「回り道」を肯定する思考法です。
本書は、読者の思考の枠組みを広げ、人生のジレンマを創造的なエネルギーへと変換するための強力な武器となる一冊です。
こんな人におすすめ
・複雑で矛盾する状況下において、質の高い意思決定を行いたいビジネスパーソン
・データやファクトだけでは測れない「主観」や「感情」の価値をビジネスに活かしたい人
・手段の対立や葛藤から抜け出し、誰も気づかなかった「第三の解」を見出したい経営者やマネージャー
・つらい過去に支配されず、幸福な未来を切り拓くためのメンタルの武器を求めている人
・「テイカー(奪う人)」ばかりの世界に疲れ、「ギバー(与える人)」としての成功法則を知りたい人
・人間関係の摩擦に悩み、「媚態・意気地・諦め」のバランスを取る「いき」の思想を学びたい人
・市場性(資金調達)と公共性(志)のバランスに悩む起業家やスタートアップ関係者
・知識創造理論(SECIモデル)の本質や、野中郁次郎氏の「実践知」に触れたい人
本書から得られるメリット
・矛盾やジレンマを創造的なエネルギーに変換し、新たな選択肢を創り出す新しい視点
・対立と葛藤を「価値創造の種」に変え、第三の道を導き出す「問題解決の三角形」の習得
・二律背反を超え、一段高いメタ視点から物事を抽象化して捉え直す「パラコンシステント」の思考法 ・「文学」や「未加工の感情」を通じて、データの海から真の「意味」を汲み出す力 ・完全な複製(コピー&ペースト)ではなく、ズレ(コピー&エラー)を許容し、組織を進化させるマインド
・「自己犠牲」ではなく「他者志向」のギバーになることで、長期的な成功と信頼を築く方法
・不条理な世界を否定せず肯定し、失敗を「成功へ至る回り道」と捉えるしなやかなマインドセット

経営学のイメージを変える『武器としての経営思考』
経営学者が、現場経験を一切もたないまま、理論とデータだけで理論をつくったとしても、おそらくそれは「知っているけれどできない」学問になってしまう。(岩尾俊兵)
「経営学」という言葉を聞いて、あなたはどのようなイメージを持ちますか? 企業の売上や利益を上げること、組織を効率的に管理すること、競合他社に勝つための緻密な戦略を練ること……。多くの人は、こうした「企業の金儲け」に直結するイメージを抱くでしょう。
企業の利益を守るか、従業員の待遇を改善するか。こうした問いに対し、優先順位を決め、何かを諦めるのが経営者の仕事だと考えられがちです。「損の大きいほうを切り、得の大きいほうを選べばよい」と損得で割り切れば意思決定は速く、一見すると合理的でロジカルに見えます。
しかし、本書『武器としての経営思考』は、こうした既存の経営学のイメージを根本から覆します。著者の岩尾俊兵氏は、経営思考を「不条理と不合理に満ちた世界を生き抜くための、高度な選択と決定の技術」と再定義しています。
経営思考は、一部の経営者やエリートだけが使う特別なものではありません。私たち一人ひとりが、自分の人生をより良くするための「生きるためのOS」だと考えることができます。 私たちが対立や行き詰まりに陥る背景には、「価値には限りがあり、誰かが得をすれば誰かが損をする」という発想があります。著者はこれを「価値有限思考」と捉えます。
限られたパイを奪い合うという前提に立てば、どうしても「自分か相手か」「利益か幸福か」「効率か人間性か」という二者択一になります。
しかし、現実の経営や人生には、単純な二択では解けない問題が数多くあります。 合理的に物事を分解し、矛盾をなくして最適解を選ぶ方法は、単純な問題には有効です。
一方で、人間の感情や利害、歴史、価値観が絡み合う複雑な状況では、「AかBか」を選ぶだけでは、かえって対立を深めることがあります。 そこで必要になるのが、「AかBか」ではなく、「AもBも生かす方法はないか」と考える経営思考です。 本来の経営とは、限られた価値を奪い合うことではありません。
経営の重要な役割の一つは、対立しているものや一見関係のないものを組み合わせ、新しい価値を生み出すことです。 人、モノ、カネ、時間といった資源そのものには限界があります。しかし、その資源をどのように組み合わせるかによって、生み出される価値は大きく変わります。
ここに、「価値有限思考」から「価値無限思考」へ転換する意味があります。 経営を別の言葉で表現するなら、「資源を編集すること」に近いと言えます。 ある場所ではほとんど価値を持たないものでも、それを必要とする人や場所へ移せば、新しい価値が生まれます。今は必要とされていない資源でも、環境やタイミングが変われば、重要な役割を果たすかもしれません。
同じ素材であっても、組み合わせる相手や使い方を変えることで、まったく異なる商品やサービスを生み出すこともできます。 つまり、価値はモノそのものに固定されているわけではありません。
「何を、誰と、どこで、いつ、どのように組み合わせるか」によって、価値は何度でもつくり直すことができます。 経営とは、すでにある資源の意味や可能性を読み取り、それらの関係を編み直しながら、これまで存在しなかった価値を生み出していく営みなのです。
そして、この考え方は、モノや資源だけに当てはまるものではありません。人と人、技術と市場、企業と地域、利益と社会性など、一見すると異質だったり、ときには対立したりするものを結びつけることで、新しい可能性が開かれます。
限られた資源から無限の価値を生み出す。その鍵は、資源の「量」ではなく、「組み合わせ方」と「関係性の編集」にあるのです。
人間についても同じことが言えます。 一人の人間だけを見れば、誰にでも強みと弱みがあります。すべてに優れた人など存在しません。 大切なのは、一人ひとりの弱みをなくすことではなく、互いの強みを組み合わせることです。
Aさんが苦手なことをBさんが補い、Bさんが苦手なことをCさんが補う。そしてCさんの弱みをAさんが補う。そうすることで、一人ではできなかったことが、チームとしてできるようになります。
例えば、文章を書くのは得意でも絵を描くのが苦手な人と、文章は苦手でも絵を描くのが得意な人が協力すれば、一人ではつくれなかった優れた絵本を生み出せます。 人が組織をつくる意味は、ここにあります。 組織とは、優秀な人間だけを集める場所ではありません。それぞれ異なる強みや弱みを持つ人間を組み合わせ、一人では生み出せない価値をつくる仕組みなのです。
この考え方は、ピーター・ドラッカーが重視した「強みを生かす」という経営思想にも通じます。個人の弱点を矯正することに多くのエネルギーを使うのではなく、一人ひとりの強みを生かし、互いの弱みを補完することで、組織全体の成果を高めていくのです。
さらに本書は、経営における「人間そのもの」に目を向けます。 近年の経営学では、データや数字、客観的な事実がますます重視されるようになりました。もちろん、データは意思決定に欠かせません。しかし、人間を数字だけで理解しようとすると、重要なものを取りこぼしてしまいます。
人は、必ずしも合理的に行動するわけではありません。 感情があります。誇りがあります。不安も嫉妬もあります。数字では説明できない希望や葛藤も抱えています。 そこで著者が注目するのが「文学」です。 文学は、人間の心の揺れや、論理だけでは説明できない矛盾を描き出します。データだけでは見えない人間の感情や関係性を理解するために、文学的な視点が役立つというのです。 経営とは、数字を管理するだけの仕事ではありません。
生身の人間と向き合い、その人が何を大切にし、何に悩み、何を望んでいるのかを理解する営みでもあります。 論理とデータに加えて、人間の主観や感情を捉えること。そこから、より人間的な経営が始まります。
この点で、本書に登場する野中郁次郎氏の「実践知」の考え方も重要です。 野中氏は、知識を持っていることと、現場で実際に行動できることは別だと指摘します。 経営学の理論をいくら知っていても、それを現場で使えなければ価値は生まれません。優れた戦略を説明できても、人を動かし、顧客に価値を届けられなければ経営にはなりません。
だからこそ必要なのが、「知る」と「行う」を結びつけることです。
・現場に入り、人と話し、実際に試してみる。
・うまくいかなければ修正する。
・そして、再び行動する。
この往復運動のなかでしか、実践的な知恵は育ちません。 つまり、経営とは、頭の中だけで完成するものではないのです。 人と関わり、現実に働きかけ、試行錯誤しながら価値を生み出していく。そこに経営学の本来の役割があります。
そして、この「価値を創る」という発想を、未来へ向けて整理したものが「未来創造の円形」です。 このフレームワークの出発点は、自分自身の欲望です。 まず、「自分は本当は何を望んでいるのか」を率直に考えます。他人からどう見られるかではなく、自分の内側にある欲求を明らかにします。 ただし、その欲望をそのまま追求するだけでは、誰かとの奪い合いになる可能性があります。
そこで次に、「奪う」から「創る」へと発想を変えます。 例えば、「もっとお金が欲しい」という欲望があるなら、誰かのお金を奪うのではなく、「人の役に立つサービスをつくり、その対価として収益を得る」と考えます。
さらに、その価値創造を「自分だけの利益」から「他者にも役立つもの」へ広げます。 「成功したい」という思いを、「自分の成功を通じて、周囲の人にも機会を生み出す」と変換するのです。
つまり、「未来創造の円形」が促しているのは、 自分の欲望を否定するのではなく、 欲望を価値創造のエネルギーへ変え、 その価値をさらに社会へ広げていくことです。
ここにも、「価値有限思考」から「価値無限思考」への転換があります。 誰かから奪わなければ自分が豊かになれないのではありません。 自分の強み、他者の強み、知識、資源、場所、時間といったさまざまなピースを組み合わせれば、これまで存在しなかった価値を生み出すことができます。
そして、自分だけでなく、顧客や社会にも価値が広がれば、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしにもつながります。
経営思考とは、結局のところ、「限られたものをどう奪うか」を考えることではありません。 限られた資源をどう組み合わせ、新しい価値を創り出すかを考えることです。
・対立を協働へ変える。
・弱みを強みで補う。
・欲望を価値創造へ変える。
・そして、知識を行動へ変える。
こうした思考を身につければ、経営学は企業経営のためだけの学問ではなくなります。 仕事、人間関係、キャリア、そして人生そのものをより良くしていくための「生きるためのOS」になるのです。
「コピー&エラー」とKPIが見落とす善意
組織もまた、完全な複製によっては進化しない。社員一人ひとりが言葉を少しずつ解釈し違え、微修正し、ときには失敗する。そのズレを許容する余白があって初めて、組織は「生き物」になる。
本書でとくに印象に残ったのが、小説家・上田岳弘氏との対話で語られる「コピー&ペーストではなく、コピー&エラーこそが生命の条件である」という視点です。 生命は、完全な複製によって進化するわけではありません。複製の過程で生じる小さなズレや変異が、新たな可能性を生み出します。
これは組織にも当てはまります。理念やルールを社員全員が寸分違わず理解し、同じように行動する組織は、一見すると効率的です。しかし、それだけでは環境変化に対応できません。
社員一人ひとりが言葉を自分なりに解釈し、現場に合わせて微修正し、ときには失敗する。その「ズレ」を許容する余白があるからこそ、組織は変化し続けることができます。組織を機械ではなく「生き物」として捉えるなら、エラーは排除すべきノイズではなく、進化の源泉なのです。
この考え方は、組織を支える人材についての議論にもつながります。 組織を本当に支えているのは、ジョブ・ディスクリプションに書かれた仕事だけをこなす人ではありません。誰かに命じられたわけでもないのに、現場で生じた仕事の穴を埋める人たちがいます。
いわゆる「アンサングヒーロー(隠れた英雄)」や、期待以上の貢献をする「オーバーアチーバー」だと内田樹氏は指摘します。 彼らは、マニュアルには書かれていない仕事を引き受けます。困っている同僚を助け、顧客のためにひと手間を加え、組織全体がうまく回るように行動します。
しかし、KPIや評価制度だけでは、こうした貢献を十分に捉えることができません。 組織を救っているのは、計測可能な成果だけではなく、制度からこぼれ落ちる善意でもあります。
だからこそ、フリーライダーを見つけて罰することだけに管理コストを使うより、オーバーアチーバーが気持ちよく働ける環境をつくるほうが生産的です。重要なのは、管理によって善意を強制することではありません。リーダー自身が理想を本気で掲げ、その理想に沿って行動することで、組織の内側から善意を引き出していくことです。
ここで重要になるのが「ギバー」の思想です。文芸批評家の浜崎洋介氏は、組織心理学者アダム・グラントの名著「Give&Take」の「ギバー」「テイカー」「マッチャー」と言う行動様式を紹介しています。
長期的に成果を上げるために重要なのは、自分を犠牲にし続けることではなく、自分の利益も守りながら他者に価値を提供する「他者志向型ギバー」であるという考え方です。
ギバーが増えることで、組織や社会に信頼感や安心感が生まれ、「他者は全員で一緒に幸せになる仲間だ」という意識が芽生えてくるのかもしれません。
経営を「奪い合い」から「価値創造」へ転換するためにも、ギブから始めるという発想には大きな意味があります。 限られたパイを誰が多く取るかという発想ではなく、まず相手に価値を提供する。そこから信頼が生まれ、
返礼が生まれ、関係性が強くなります。大きなビジョンや共通目標を掲げる前に、「この人たちは自分を利用する存在ではない」という安心感を組織の中につくることが重要なのです。
その象徴的な例として紹介されるのが、西国分寺の「クルミドコーヒー」です。 店主の影山知明氏は、単に商品と代金を交換するのではなく、価格以上の価値を顧客に提供することを重視してきました。顧客が「ここまでしてもらっていいのだろうか」と感じる体験をつくれば、今度は顧客側に「何かを返したい」という感情が生まれます。
その返礼は、再来店かもしれません。口コミかもしれません。友人を連れてくることかもしれません。 つまり、ギブは単なる善意ではありません。長期的な関係性を生み出す経営戦略でもあるのです。
この関係性のマネジメントを考えるうえで興味深いのが、浜崎氏との対話で取り上げられる九鬼周造の「いき」という思想です。 九鬼は「いき」を、「媚態」「意気地」「諦め」という三つの要素から捉えました。 相手に配慮し、関係をつくるための「媚態」は必要です。
しかし、相手に合わせてばかりでは主体性を失います。そこで自分の軸を守る「意気地」が必要になります。ただし、意気地が強くなりすぎれば独善に陥ります。そこで、自分の正しさを絶対視しない「諦め」が必要になります。 どれか一つに偏るのではなく、状況に応じて三つを行き来する。このバランス感覚こそが「いき」なのです。『ギバーとは人格者であり、「いき」な人物だ』という浜崎氏の言葉が響きました。
経営に置き換えれば、「理」と「情」のどちらかを選ぶのではなく、その両方を扱う能力だと言えます。優れた経営者とは、正しい答えを知っている人ではなく、多様な人々との関係の中で、その場をより良い方向へ導ける人なのでしょう。
だからこそ、経営者の「人格」は軽視できません。 短期的には、相手からできるだけ多くを奪う経営でも利益を上げられるかもしれません。
しかし、ビジネスは顧客、社員、取引先、地域社会など、多くの他者との関係によって成立しています。関係性を毀損する経営は、長期的には自らの事業基盤を壊します。 長期で考えれば、ギバーであることと合理的な経営は矛盾しません。 むしろ、信頼という見えない資産を蓄積することが、持続的な競争力につながります。
経営において、パラコンシステントが重要な理由
経営の現実では、矛盾する複数の真が同時に存在する。むしろ、その矛盾を高次の目的のもとで両立させるところに、価値創造の余地が生まれる。経営とは、矛盾を整理して消す技術ではない。矛盾を抱えたまま、人間が生きられる未来のかたちへと変える創造的な営みである。
「一見すると矛盾するものを両立させる」という考え方を、さらに発展させているのが、NTTの澤田純氏との対話です。 澤田氏は、「競争」と「公共性」のような、一見すると相反する概念を統合する思想として「パラコンシステント(矛盾許容論理)」を重視しています。
ベンチャー企業でも、この問題は頻繁に起こります。 市場から評価されることを優先しすぎれば、資金調達には成功しても事業の実体が伴わないことがあります。逆に、社会課題を解決したいという高い志があっても、市場性や成長戦略が弱ければ事業を継続できません。 「市場性か公共性か」という二者択一では不十分です。
必要なのは、「市場性も公共性も成立させるにはどうすればよいか」と問い直すことです。 ここで重要になるのが、一段高い「メタ視点」です。 目の前の対立に入り込んでいると、自分の主張と相手の主張のどちらが正しいかという議論になりがちです。
しかし、一段高い位置から眺めれば、双方が異なる前提や目的に基づいて話していることが見えてきます。 「AかBか」ではなく、「AとBを成立させる上位の目的は何か」と考えるのです。 ただし、「両方正しい」という考え方そのものを絶対化してはいけません。それでは、新たな原理主義を生み出すだけです。
必要なのは、相手の意見を認めながら、自分の意見も維持する「両存並立」です。 この考え方を実践に落とし込むのが、本書で紹介される「問題解決の三角形」です。
たとえば、インフレに苦しむ飲食店で、「値上げすべきだ」という意見と「値上げすべきではない」という意見が対立したとします。 通常の議論では、どちらが正しいかを争うことになります。 しかし、一段上の目的を考えると、双方が守りたいものは「店を存続させること」だと気づきます。
そこで問いを変えます。 「値上げするか、しないか」ではなく、「利益を確保しながら、常連客にも喜んでもらうにはどうすればよいか」。 問いが変われば、選択肢も変わります。 商品構成を変える、付加価値を高める、価格帯を複数にする、会員制度を設けるなど、第三の道が見えてきます。
対立は、排除すべきものではありません。適切な問いを立てれば、価値創造の起点になるのです。 そしてAI時代、この「正解のない問い」を扱う力はますます重要になります。
yutori代表の片石貴展氏との対話で印象的なのが、「未加工の感情」の価値です。 AIは、すでに言語化され、データ化され、ネット上に存在する情報を扱うことを得意とします。逆に言えば、まだ言葉になっていない感覚、違和感、直感、身体的な感情は、AIが簡単にはアクセスできない領域です。
「あれは何となく格好いい」 「こちらのほうがしっくりくる」 「説明できないけれど、何かが違う」 こうした曖昧な感覚こそ、これから価値を持つ可能性があります。
企業理念も同様です。 株主や金融機関に説明しやすい言葉だけを選べば、整ってはいるものの、人を動かさない理念になりがちです。必要なのは、ロジックとして正しい言葉だけではありません。社員や顧客の内側に届き、行動を引き出す「生きた言葉」です。 すべてを数字や言葉にできるという考え方には限界があります。
経営がオーバーアナリシスやオーバープランニングに陥れば、現場の身体感覚や直感が失われます。野中郁次郎氏が語る「野性の経営」が重要になるのは、そのためです。
・分析することと感じること。
・計画することと動くこと。
・理性と感性。
どちらかを捨てるのではなく、両者を往復する必要があります。
片石氏との対話から、もう一つ興味深いキーワードが浮かび上がります。 「他者巻き込み型ナルシスト」です。 経営者には、「自分はこれを実現したい」という強い自己確信が必要です。しかし、それが自分の内側だけで完結すれば、単なるナルシシズムになります。 重要なのは、そのエネルギーが他者に伝わることです。
スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションが多くの人を惹きつけたのも、情報を説明したからだけではありません。本人が自分の描く未来を信じ、その熱を言葉や身体を通じて伝えたからです。 経営者の役割の一つは、言葉によって人のエネルギーを引き出すことです。
その意味では、経営は即興演奏に近いのかもしれません。 あらかじめ用意された楽譜を正確に演奏するだけではありません。その場の状況を感じ取り、周囲の反応を受け取りながら、次の音を選んでいく。 経営も同じです。 市場、顧客、社員、取引先、社会の変化に耳を澄ませ、自分たちの意思を示しながら、その場で次の一手をつくっていく必要があります。
AIが高度化するほど、情報量や論理性だけでは差別化できなくなります。 だからこそ、人間が担うべき役割として、「何を信じるか」「何を大切にするか」「誰とどのような未来をつくるか」という意味づけの価値が高まります。
二項動態から自分と経営をアップデートする!
過去と未来のつながりやせめぎ合いのなかで、動く現実に身を置き、「あれかこれか」ではなく「あれもこれも」と二項動態して、新しい変化を自ら創造するのです。決して楽なことではありませんが、つらくても試行錯誤していくなかで、価値が生まれるのです。
最後に、本書は自己変革と生き方について、非常に重要な視点を提示しています。自己変革とは、過去の自分を否定し、すべてを捨て去ることではありません。むしろ、これまで積み重ねてきた経験や失敗、成功体験を抱えながら、未来とのつながりやせめぎ合いのなかで、自分自身を少しずつ更新していく営みです。
私たちはつい、「過去を捨てるか、未来を選ぶか」「守るか、変えるか」といった二者択一で考えがちです。しかし、現実の経営や人生は、それほど単純ではありません。
必要なのは、「あれかこれか」ではなく、「あれもこれも」と考える二項動態の姿勢です。過去から学びながら未来を選び、守るべきものを守りながら変えるべきものを変える。その矛盾を抱えたまま前に進むところに、自己変革の本質があります。 当然、そのプロセスは一直線ではありません。
うまくいかないこともあれば、遠回りをすることもあります。期待した成果が出ず、判断を修正しなければならない場面もあります。しかし、そうした試行錯誤の積み重ねこそが、新しい価値を生み出します。効率だけを追求して最短距離を進むことが、必ずしも最善とは限りません。
回り道の途中で出会った人や経験、思いがけない失敗が、後になって大きな意味を持つこともあります。 私たちはみな、「一回性」のなかに生きています。同じ条件で人生をやり直すことはできませんし、企業経営もまったく同じ環境で再挑戦することはできません。
だからこそ、変化も成長も避けることはできません。 一方で、個人にも組織にも強い慣性が働きます。人は慣れ親しんだやり方を続けたがり、組織は過去の成功体験を手放すことを嫌います。
以前うまくいった方法ほど、変化を妨げる要因になりやすいのです。環境が変わっているにもかかわらず、過去に成功した戦い方に固執すれば、現実とのズレは次第に大きくなります。
だからこそ、経営では「成功体験を疑う力」が重要になります。 かつての成功が、次の成功を保証してくれるとは限りません。むしろ成功体験が強いほど、「以前はこれでうまくいった」という思い込みが、環境変化を見えにくくすることがあります。環境の変化を感知できず、過去の成功モデルに過剰適応した日本軍の失敗を、企業も個人も繰り返してはいけません。
経営の本質とはやはり「回り道」と「パズル」なのだ。
本書を読み進めると、経営の本質とは、結局のところ「回り道」と「パズル」なのではないかと思えてきます。 人生では、計画どおりに進まないことのほうが多いものです。思いがけない出会いもあれば、突然の失敗もあります。期待していたチャンスを失うこともあれば、当初は望んでいなかった出来事が、新しい可能性につながることもあります。
ある時点では幸運に見えた出来事が、後から振り返ると別の問題を生み出していたり、反対に、そのときは不運としか思えなかった経験が、数年後には大きな転機になっていたりします。出来事の意味は、その瞬間には確定しません。時間の経過と、その後に自分がどのような行動を選ぶかによって、意味は変わっていくのです。
だからこそ、人生も経営もパズルに似ています。 最初から完成図が見えているわけではありません。手元にある経験、人間関係、能力、失敗、偶然といったピースを組み合わせながら、その都度、次の形をつくっていくしかありません。
最初は無関係に見えたピースが、後になって重要な役割を果たすこともあります。 この意味で、回り道は無駄ではありません。 予定どおりに進めなかった時間も、失敗した経験も、人との衝突も、その後の判断材料になります。重要なのは、それをどのように意味づけ、次の行動につなげるかです。
ただし、ここで注意したいのは、つらい過去を無理やり「良かったこと」に変える必要はないということです。 過去の悲しい出来事や失敗を、後付けで美談にする必要はありません。「あの経験があったから今がある」と無理に肯定しなくてもよいのです。傷ついた事実は傷ついた事実として認めればよい。
そのうえで、その出来事にこれからの人生まで支配させないことが重要です。 過去そのものは変えられません。しかし、過去の意味は、これからの行動によって変えることができます。 だからこそ必要なのは、「次の手」を考えることです。 失敗したら、次に何を試すのか。
期待どおりに進まなければ、どこを変えるのか。 失ったものがあるなら、残された資源をどう組み替えるのか。 経営思考とは、この「次の手」を考え続ける力でもあります。 倒れないことが強さなのではありません。
倒れたあとに、自分の意思でもう一度立ち上がる。その決断を何度も積み重ねることが、強靭な経営思考をつくっていきます。 これが、本書が示す「七転八起」の生き方です。
七転八起とは、失敗を美化することでも、根性論で耐え続けることでもありません。失敗や不運を現実として受け止め、その都度、自分の立ち位置を見直し、次の一手を選び直すことです。状況に合わせて仮説を修正しながら前進する、極めて実践的な態度だと言えます。
そして、この姿勢こそ、経営学の存在意義につながります。 経営学は、知識を増やすためだけの学問ではありません。重要なのは「知行合一」、つまり知識を行動へとつなげることです。 立派な理念を掲げるだけでは意味がありません。どこかで聞いた言葉や、他社から借りてきた価値観を並べても、人は動きません。
必要なのは、自分が何を信じ、どのように行動するのかを、自らの生き方を通じて示すことです。 経営とは、正解を知っている人が他者を導くことではありません。
不確実な現実のなかで、試行錯誤を続け、失敗から学び、他者とともに次の価値をつくっていく営みです。回り道を恐れず、パズルのように手元の資源を組み替えながら、倒れても再び立ち上がる。 その積み重ねこそが、個人にも組織にも、変化を生み出す力を与えてくれるのです。
コンサルタント 徳本昌大の view
私自身、スタートアップの経営者や投資先、大学の学生など、さまざまな人たちと関わるなかで、経営学のフレームワークは企業だけのものではないと感じています。 私たちは誰もが、時間、能力、人間関係、資金といった限られた資源を持っています。
それらをどのように組み合わせ、どのような価値に変えていくのか。 これは企業経営だけではなく、キャリアや人生そのものに共通する問いです。
本書『武器としての経営思考』の価値は、経営学を単なる「利益を増やすための技術」から解放し、「より良く生きるための思考法」へと拡張したところにあります。 とりわけ重要なのが、KPIやデータだけでは捉えられないものへの視線です。 経営には数字が不可欠です。
しかし、数字だけでは、顧客の感情、社員の善意、経営者の覚悟、組織の空気、まだ言葉になっていない未来の可能性を十分には捉えられません。 野中郁次郎氏が重視した「実践知」も、まさにその領域にあります。
スタートアップの経営者を見ていても、イノベーションは理論を理解しただけでは生まれません。顧客に会い、仮説を外し、失敗し、修正する。その泥臭い「回り道」の中からしか、本当に重要な知恵は生まれてきません。
ギバーの思想も同様です。 短期的な損得だけを考えれば、相手からできるだけ多くを取るほうが合理的に見えることがあります。 しかし、事業を長い時間軸で捉えると、信頼という資産が決定的な意味を持ちます。
顧客、社員、取引先に先に価値を提供することで返礼の連鎖を生み出す。クルミドコーヒーの事例は、「ギブ」が単なる美徳ではなく、持続的なビジネスモデルになり得ることを示しています。
そして、澤田純氏の「パラコンシステント」の思想も、現代の経営には欠かせません。 スタートアップでは、「市場性」と「社会性」、「成長」と「収益性」、「スピード」と「品質」など、さまざまな矛盾に直面します。 優れた経営とは、どちらか一方を選ぶことではありません。
一段高い視点から問いそのものを組み替え、両方を成立させる方法を探ることです。 AI時代には、この能力がさらに重要になります。 AIは論理的な選択肢を大量に提示してくれます。
しかし、その中からどれを選ぶかは、人間の仕事として残ります。 そこで重要になるのが、片石貴展氏が語る「未加工の感情」であり、まだ言語化されていない違和感や直感です。 これからの人間の競争力は、情報を持っていることではなく、情報に自分なりの意味を与えられることに移っていきます。
AIが論理を担うほど、人間には感性、身体性、物語、信頼、そして他者を巻き込む熱量が求められます。 誰もが、自分自身の人生を経営しています。 MBAを持っていなくても、経営思考は身につけられます。
日々、小さな仮説を立てる。 行動する。 失敗する。 修正する。 異なる意見に出会ったら、どちらが正しいかを決める前に、より高い目的を考える。 困っている人がいれば、先に価値を提供してみる。
こうした小さな実践の積み重ねが、「決断の質」を高めていきます。 経営思考とは、正解を当てる技術ではありません。 不確実な世界の中で、矛盾を抱え、他者と関わり、失敗を修正しながら価値をつくり続ける力です。
糸井重里氏の「カネよりヒト」という視点も、本書の思想と重なります。 金銭的な損得だけで世界を見るのではなく、人と人との関係の中から意味や価値を生み出していく。
誰もが自分の人生のCEOとして、この経営思考を身につけることができれば、企業だけでなく、私たちの社会そのものも、より豊かな方向へ変わっていくはずです。
FAQ
Q1. 「経営思考」は、経営者や管理職などリーダー層だけに必要なのでしょうか?
A1. いいえ。本書が主張する「経営思考」は、企業の金儲けや組織管理の道具ではなく、誰もが人生の不条理を生き抜き、幸福になるための「高度な選択と決定の技術」です。「誰もが自分自身の人生という組織の経営者(CEO)」であるという視点に立てば、経営思考は現代人必須の教養であり、人生の幸福度を上げるための「生きるためのOS」と言えます。
Q2. データ至上主義や合理的な意思決定だけでは、なぜダメなのでしょうか?
A2. 小説家の上田岳弘氏も指摘するように、データと科学を追求するあまり、経営の本来の目的である「人の幸福(主観)」が排除され、目的と手段が転倒してしまうからです。AI時代においては、yutoriの片石氏が語るようなデータになる前の「未加工の感情」や、人間ならではの「解釈違い(コピー&エラー)」こそが新たな価値を生み出します。KPIなどの目標だけでは測れない、組織を支える「善意」を見落とさないためにも、主観と身体性の回復が不可欠です。
Q3. 組織における人間関係の摩擦を減らし、信頼を築くにはどうすればいいですか?
A3. クルミドコーヒーの影山氏の事例のように、まずは「ギバー(与える人)」として振る舞い、相手の「お返しをしたい」という返礼の思いを引き出すことが重要です。また、浜崎洋介氏が語る「いき」の思想(媚態・意気地・諦めのバランス)を持ち、その場を調和に導く「人格」を磨くことが、長期的な信頼関係の構築に繋がります。野中郁次郎氏が語るように、個人の弱みをチームの強みでパズルのように補い合うことも重要です。
Q4. スタートアップが直面する「市場性(資金調達)」と「志(公共性)」の板挟みをどう乗り越えればいいですか?
A4. NTTの澤田純会長が提唱する「パラコンシステント(矛盾許容論理)」の思考が役立ちます。どちらか一方を選ぶトレードオフや二元論ではなく、二律背反を許容し、一段高いメタ視点から矛盾を統合することで新たな価値(第三の解)を生み出す舵取りが求められます。相手の立場を排除せず、自分たちのあり方も譲らない「両存並立」の覚悟が重要です。試行錯誤という「回り道」を恐れず、「あれもこれも」と二項動態で進む姿勢が求められます。
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本書の著者・岩尾俊兵氏は、経営の目的を短期的な利益の最大化に限定して考えるべきではないと指摘します。本来の経営とは、新たな価値を生み出し、人の自己実現を支え、社会をより豊かにしていく営みです。 だからこそ、経営は企業だけのものではありません。私たち一人ひとりが「人生のCEO」として、自分の時間や能力、人との関係をどう活かし、どのような価値を生み出すかを考えることもまた、経営なのです。
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【書評】経営教育 人生を変える経営学の道具立て (岩尾俊兵)
本書で紹介される「価値創造のための三種の神器」は、業務改善や経営指導に活用できる実践的な思考フレームワークです。「未来創造の円形」「問題解決の三角形」「七転八起の四角形」を使い分けることで、対立を建設的な議論へ変え、課題の本質を捉え、失敗から学びながら解決策を磨いていきます。目先の問題処理にとどまらず、個人や組織の成長を促し、より良い未来と新たな価値を創り出すための考え方です。
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経営とは、単なる利益追求ではなく、矛盾や葛藤を抱えながら最善の道を探る「生き方」そのものです。二項動態経営は、相反する要素をどちらかに決めつけず統合する実践であり、SECIモデルは組織に知を生み出す仕組みです。さらに、感性や対話を重視する「ヒューマナイジング・ストラテジー」を取り入れることで、人間の可能性を生かし、組織の知恵を価値へと変えながら、持続的な成長を実現する人間中心の経営を再構築できます。 →リンクはこちらから







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