老いと死をファクトで考えてみた (出口治明)の書評

書籍:老いと死をファクトで考えてみた
著者:出口治明
出版社:扶桑社
老いと死をファクトで考えてみたの書影

人生100年時代と言われ、社会の不確実性がかつてなく高まる現代。ビジネスパーソンにとって「学び続けること」の重要性は、誰もが痛感していることでしょう。しかし、日々の業務に追われる中で、読書や勉強を習慣化するのは容易ではありません。

「今日は疲れたから」「週末にまとめてやろう」と、つい自分に言い訳をしてしまう経験は、誰にでもあるはずです。

今回ご紹介するのは、ライフネット生命の創業者であり、稀代の読書家・歴史家としても知られる出口治明氏の哲学が詰まった一冊です。

出口氏は、脳出血により半身麻痺という重い障害を負いながらも、壮絶なリハビリを経て見事に復帰を果たしました。

本書は、その身体的な変化と闘う中で見出された「老い」と「人生」に対する深い洞察であり、同時に変化の激しい時代を生き抜くための実践的な戦略書でもあります。

本書の根底に流れているのは、「意志の力はあてにならない」という冷徹な事実です。学び続けられる人とそうでない人の差は、才能や気合ではなく、意志が介在する「交渉の余地」をなくした強固な「習慣」を持っているかどうかに過ぎません。

さらに本書では、人生を豊かにしてくれるものとして「人、本、旅」の三つが挙げられています。これらはすべて、自分の中にある「器の中身を入れ替える」ための確実な手段です。

私たちが陥りがちな過去の成功法則への妄信を打ち砕き、環境変化への「適応」の本質を突いています。適応とは我慢して耐えることではなく、古い在庫や過去の物差しを捨て去ることです。

そして、人生を左右する「運」はランダムに降ってくるものでありながら、実は「人の形をしてやってくる」という真理を解き明かします。

AIやテクノロジーが爆発的に進化し、昨日までの正解が今日には陳腐化する現代。私たちは、常に知識をアップデートし、思い込みに騙されることなく、自らの頭で考え続けなければなりません。本書が提示する「一生学び続けるための道具と場所の哲学」は、AI時代において人間にしかできない「大局的な判断の質を上げる」ための、強力な羅針盤となるはずです。

本記事では、著者の揺るぎない習慣術から、運を引き寄せる人付き合いの極意、そして年齢に縛られない「オール・サポーティング・オール」の社会像まで、本書の核心を徹底的に紐解き、私たちの仕事や人生にどう実装していくべきかを考察します。 

この記事でわかること

・意志の力に頼らず、無意識レベルで学びを継続する「習慣化」のメカニズム
・過去の成功体験を捨て去り、自分を柔らかく作り変える「真の適応力」 
・脳の「省エネ」を防ぎ、器の中身を入れ替えるための「旅」と「読書」の効用 
・同質性の罠から抜け出し、世代や立場を超えた「人の縁」から運を引き寄せる方法
・年齢による区切りをなくし、消費さえも社会参加と捉える新しいキャリア観 

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・学び続けるために必要なのは、強靭な意志ではなく「交渉の余地のない習慣」である。 人生を豊かにするには、「人・本・旅」を通じて絶えず器の中身を入れ替え続ける必要がある。
・運は人の形をしてやってくるため、世代や立場を混ぜた交流を通し、人との縁を絶やさないことが重要である。
【原因】
・人間の意志は脆く、同じ景色ばかりを見ていると脳は「省エネ」モードになり鈍っていくから。
・同世代や同じ業界など、同質な集まりの中では楽だが、器に新しい水がほとんど入ってこないから。
【対策】
・歯磨きのように「やらないと気持ち悪い」レベルまで日々の学びをルーティン化する。
・古い体験や出世という物差しを捨て、空いた場所に新しい状況に見合ったものを入れる(適応する)。
・年齢で区切る思考から脱却し、働き、あるいは消費することで、社会を回す側に立ち続ける。

本書の要約

本書は、脳出血による重い後遺症を乗り越えた出口治明氏が、自身の身体的変化と豊かな歴史的知見を交えながら綴った人生と学びの哲学書です。著者は、学び続けるための秘訣を「意志の力」ではなく「習慣」であると断言します。

やる気のある日もやる気のない日も、言い訳をする隙(交渉の余地)を与えない仕組みを作ることが、一生学び続けるための唯一の道だと説きます。

また、人生の器の中身を入れ替える強力な手段として「人、本、旅」の重要性が語られています。日々の暮らしは安心をもたらす一方で、脳を省エネ化させ鈍らせます。だからこそ、居心地のよい巣から抜け出し、勝手の違う世界へ身一つで飛び込む旅が必要なのです。 

さらに本書の大きな柱となるのが、「環境への適応」と「運の受容」です。適応とは我慢することではなく、古い中身を捨てて自分を作り変えることです。運はランダムに降ってきますが、それを見極め、自分を作り変える柔軟さこそが唯一の「備え」となります。そして、運はたいてい人の形をしてやってくるため、同質な集まりに安住せず、世代や立場を超えた多様な人との縁を絶やさないことが求められます。 

終盤では、これからの社会のあり方として「オール・サポーティング・オール(みんながみんなを支える)」というビジョンが示されます。年齢で高齢者を区切るのではなく、能力と意欲に応じて働き、消費という形でも経済に参加し続けることで、いくつになっても楽しい人生を過ごせるのだとエールを送ってくれます。 

こんな人におすすめ

・過去の成功体験やプライドが邪魔をして、権限移譲ができずチームを停滞させている経営者・マネージャー
・「他人に迷惑をかけてはいけない」と一人で仕事を抱え込み、プレッシャーで疲弊しているビジネスパーソン
・自身の老いに対して、漠然とした強い不安を抱えている人
・病気や挫折などで、これまでの人生設計の大幅な変更を余儀なくされている人
・変化の激しい時代において、何を捨て、何を残し、次世代に何を託すかの判断軸(戦略)を求めているリーダー

本書から得られるメリット

・自分の現状や弱さを客観視し、フラットに受け入れる「受容力」が高まる
・「サンクコスト(埋没費用)」に縛られず、合理的で前向きな意思決定ができるようになる
・組織やチームにおいて、他者に適切に頼る「相互依存(心理的安全性)」のスキルが身につく
・避けられない「老い」や「病気」に対する恐怖が薄れ、未来への過度な不安を手放せる
・「健康のため」ではなく、純粋な「意欲」を原動力にして毎日を生きる活力が湧く

「習慣」こそが最強の武器である理由

意志に頼らないことです。頼るべきは習慣です。(出口治明)

やりたいことがあるのに、ついSNSを見たり、テレビを眺めたりして、気づけば時間だけが過ぎていた。そんな経験がある人は少なくないでしょう。 「本を読みたい」「勉強したい」「新しいことを学びたい」と思っていても、疲れていたり、忙しかったりすると、つい楽なほうへ流れてしまいます。

本書の前半で強く打ち出されているのは、そこで自分の意志の弱さを責める必要はない、という考え方です。学びを続けるために、本当に必要なのは強い意志ではありません。 むしろ問題なのは、毎日のように「今日はやるか、やらないか」を自分に問いかけてしまうことです。

「今日は疲れたから休もう」 「仕事が忙しいから明日にしよう」 「平日は無理だから、週末にまとめてやろう」 こうして毎回判断していると、そのたびに楽な選択肢が入り込んできます。

そして一度先送りすると、それが次の先送りを呼び、学びは少しずつ日常から消えていきます。 だからこそ重要なのは、やる気が出るのを待つのではなく、「やるかどうかを考えない状態」をつくることです。学びを意志の問題にするのではなく、生活の中に組み込み、当たり前の行動に変えていく。そこに、継続のコツがあります。

だからこそ重要なのは、学ぶかどうかを毎回判断しないことです。出口治明氏は、10代の頃から65年以上にわたり、「新聞2紙を読む」「夜はNHKニュースを見る」「原稿は手書きで書く」といった習慣を続けてきました。 これは、特別に意志が強いからできたという話ではありません。毎日の生活の中に行動が組み込まれ、「やらないと気持ちが悪い」と感じるほど習慣化されているのです。

歯磨きをするたびに、「今日は磨こうか、それともやめようか」と考える人はほとんどいません。それと同じように、読書や学習も生活の一部にしてしまえば、意志の力を消耗する必要がなくなります。 学びを続けたいのであれば、「頑張って続ける」のではなく、「やるのが当たり前の状態」をつくることです。時間と場所を決め、同じ行動を繰り返し、自分に交渉の余地を与えない。この仕組みこそが、学びを長く続けるための強力な方法になります。

私自身も、朝一番にこの書評ブログを書くことを長年習慣にしています。朝起きてから「今日は書くかどうか」を考えるのではなく、書くことを一日のスタートに組み込んでいます。その結果、書くことは努力して続ける対象ではなく、生活のリズムそのものになりました。

出口氏の実践から学べるのは、継続とは意志力の問題ではなく、習慣設計の問題だということです。学びを続けたいなら、自分を鼓舞するよりも先に、「考えなくても行動できる環境」をつくる。そのほうが、はるかに再現性の高い方法なのです。

AI時代においては、新しいツールや概念が次々と登場します。特定の時間に特定の場所で、自分に合った「道具」を使って必ずインプットを行う。この機械的なルーティンこそが、長期的なキャリアを支える無敵のインフラとなるのです。

著者は、適応とは我慢して耐えることではないと断言します。むしろ、適応とは「変わること」です。環境が変わったのに古い常識を抱えたままでいること、出世という過去の物差しを捨てきれないことこそが、適応できない原因になります。

年をとって、体が動かなくなったのなら、動く体を前提にした計画を捨てる。そして、空いた場所に新しい状況に見合ったものを入れる。この入れ替えの速さこそが適応の速さなのです。 

運はランダムに降ってきます。良い運も悪い運も確率でしかありません。人間にできるのは、降ってきたものを正確に見て、自分を作り変えることだけです。いつ変化が来ても自分を作り変えられる柔らかさを保っておくことこそが、貯金や保険以上に大切な真の「備え」となります。 

老いと死をファクトで考えてみたの書影

「人・本・旅」が脳の省エネを防ぐ。未知の世界への飛び込み方

人は、自分ひとりでは、自分を知ることができません。だから、人に会うことで、自分の新たな一面を知ることもできるのです。

著者は、人生を豊かにしてくれるものとして、「人、本、旅」の三つを挙げています。共通しているのは、自分の中に新しいものを持ち込み、これまでの思考や常識を更新してくれることです。

私たちは、慣れた環境に長くいるほど安心して過ごせます。しかし、その快適さには落とし穴があります。同じ場所で、同じ人と会い、同じ情報ばかりに触れていると、脳は新しい刺激として処理しなくなります。

すでに知っている世界の中だけで暮らしていると、ものの見方も固定されやすくなります。 そこで有効なのが「旅」です。 知らない土地に降り立つと、日常では無意識に処理していることを、一つひとつ意識するようになります。

街の構造、食文化、人の振る舞い、言葉、歴史、価値観。見慣れないものに触れることで、それまで当然だと思っていた前提が揺さぶられます。

旅の価値は、単に気分転換になることではありません。自分が暮らしている世界を相対化できる点にあります。 普段の環境では「当たり前」だと思っていたものが、場所を変えると決して当たり前ではないと気づきます。

この経験が、凝り固まった思考をほぐし、自分の中に新しい視点を取り込んでくれるのです。 本も同じ役割を果たします。著者が重視する「タテヨコ算数」のように、歴史や世界を時間軸と空間軸で捉え、さらに数字で確認していくことで、目の前の出来事を感覚だけで判断せず、大きな構造の中で理解できるようになります。

ただし、数字や歴史を学ぶだけでは十分ではありません。 世界の仕組みを理解するためにはデータや歴史が役立ちますが、人間の感情や葛藤まで数字だけで理解することはできません。

そこで著者が勧めているのが、小説、映画、絵画などに触れることです。 映画や文学には、データには表れにくい人間の欲望、嫉妬、愛情、弱さ、矛盾が描かれています。異なる時代や文化を生きた人々の物語に触れることで、私たちは自分とは異なる価値観を疑似体験できます。

現在は配信サービスを通じて、過去の名作映画にも簡単にアクセスできます。新作だけを見る必要はありません。白黒映画であっても、何十年も前の作品であっても、人間そのものを描いた作品の価値は失われません。

むしろ、古い作品には、その時代の社会、人間関係、家族観、仕事観などが映し出されています。現代との違いを比較することで、歴史や社会への理解も深まります。

さらに面白いのは、本、映画、旅を別々のものとして扱わず、つなげていくことです。 映画で興味を持った人物について本を読む。小説を読んだ後に映画を見る。歴史を学んだ後、その舞台となった土地を訪ねる。同じテーマを異なるメディアや体験から追いかけることで、理解は一段深くなります。

学びは、一つのテーマから次のテーマへと連鎖していきます。 一本の映画から一冊の本へ。一冊の本から一人の人物へ。その人物から一つの都市へ。その都市から歴史へ。興味を起点に学びをつないでいけば、知識は点ではなくネットワークとして広がっていきます。

そして、ここに「人」が加わります。 著者が繰り返し強調しているのが、人との縁の重要性です。人生の転機や新しい仕事、思いもよらなかった情報や機会は、多くの場合、人を通じて運ばれてきます。

「運は人の形をしてやってくる」と考えるならば、行動量を増やし、人と出会う回数を増やすことには大きな意味があります。 誰と出会うかを完全にコントロールすることはできません。

しかし、人に会う、誘いに応じる、知らない場所に出かけるという行動は、自分で増やすことができます。 つまり、運そのものを操ることはできなくても、運が入り込んでくる入口を増やすことはできます。 ただし、そこで気をつけたいのが、似た者同士だけで集まることです。

人間は自然に、同じ年代、同じ業界、同じ会社、似た価値観の人と付き合うようになります。話が通じやすく、説明の必要もないため快適です。 しかし、その快適さに依存すると、新しい視点が入りにくくなります。

だからこそ、世代、職業、地域、立場の異なる人と意識的に付き合うことが重要になります。若い世代から新しいテクノロジーや価値観を学ぶこともあれば、異なる業界の人との会話から、自分の仕事の常識を疑うきっかけを得ることもあります。 会社だけを人間関係の中心にしないことも重要です。

図書館、地域の店、大学、勉強会、コミュニティなど、肩書きとは関係なく人が集まる場所を持つことで、仕事とは異なる文脈から刺激を受けられます。こうした「弱いつながり」が、思いがけない情報や機会を運んでくれることもあります。

人、本、旅は、すべて自分の外側にあるものです。 だからこそ、自分だけで考えていては得られない視点を与えてくれます。

見たいものには、賞味期限があるのです。体の条件は、これから良くなるより悪くなる公算の方が大きい。だとすれば、「いつか見たい」の「いつか」の中で、いちばん条件がいいのは、常に「今」です。見たいものは、貯金できませんから。

そして重要なのは、「いつかやろう」と先送りしないことです。行きたい場所がある。会いたい人がいる。読みたい本がある。見たい映画がある。それなら、できるだけ早く行動に移すべきです。 「次の機会があるだろう」という考えには、何の保証もありません。 人生を豊かにするのは、知識をため込むことだけではありません。

人に会い、本を読み、旅に出て、自分の外側から新しいものを取り込み続けることです。 行動量を増やせば、それだけ偶然との接点も増えていきます。

その偶然の中から、新しい仕事、新しい人間関係、新しい学びが生まれてきます。 人生の器を満たし続けるために必要なのは、同じ水を守ることではありません。人・本・旅を通じて、常に新しい水を流し込み続けることなのです。

本書の終盤では、高齢化社会に向けた極めて明るく合理的な提言がなされます。それは、年齢で区切ることをやめる「オール・サポーティング・オール(みんながみんなを支える)」という考え方です。 

年齢による優遇もやめる代わりに、能力と意欲と体力に応じてみんなが働き、給付は年齢に関係なく、シングルマザーでも若者でも「本当に困っている人」に集中させます。高齢者が増えること自体は何の問題でもなく、支える側と支えられる側は年齢ではなく、そのときの状況で決まるべきなのです。人類の長い歴史から見れば、年齢で人を区切るという発想そのものがごく最近の奇妙な発明にすぎません。

さらに、著者は「働く」という定義を大きく広げています。雇われて給料をもらうことだけでなく、シルバー人材の仕事も、家業の手伝いも、地域の役割も立派な労働です。あるいは、元気に消費することさえも、誰かの雇用の一部となる立派な経済への参加です。

「もう社会のお荷物だから」などという考えは捨て、使えることの全部が次の世代の土台になるという矜持を持つこと。現役時代と同じ量と速さで働く必要はなく、無理せず、嫌々やらない範囲で社会を回し続けること。これが、これからの時代を生きる全員にとっての希望の戦略となります。 

コンサルタント 徳本昌大のView

出口治明氏の言葉には、常に歴史という途方もなく大きな時間軸と、深い人間観察に裏打ちされた説得力があります。本書で紹介される「古い在庫や物差しを捨てる」という考え方は、単なる整理術ではありません。変化する環境に適応するために、自分の中に蓄積された古い常識や成功体験を意識的に手放す、極めて実践的な思考法です。

これは、私が日頃コンサルティングの現場で経営者にお伝えしている「事実と解釈を分ける」「サンクコストを捨てる」という基本動作とも重なります。企業が変化できなくなる大きな理由の一つは、過去に成功した方法を正しいものとして持ち続けてしまうことです。

かつて売れた商品、かつて機能した営業手法、かつて成果を生んだ組織体制。それらは過去には正解だったとしても、現在も正解であるとは限りません。にもかかわらず、「これまでこうしてきたから」という理由だけで従来のやり方を続ければ、市場とのズレは徐々に大きくなります。

だからこそ、変化の激しい時代には、何を新しく始めるか以上に、何を捨てるかを決めることが重要になります。古い物差しを手放すことで、初めて新しい現実を正しく見ることができるからです。

私自身、月の半分ほどを出張しながら働き、地方の企業やさまざまな地域社会と関わっていますが、そこで強く感じるのが、出口氏が指摘する「移動が脳の省エネを防ぎ、器の水をかき回す」という効果です。

同じ場所にとどまり、同じ人と会い、同じ情報に触れていると、人間の思考はどうしても固定化します。一方、知らない土地に行けば、風景も文化も価値観も変わります。普段なら会わない人と会い、自分とは異なる考え方に触れることになります。 こうした体験は、知識を増やすだけではありません。

現地で人と話し、空気を感じ、自分の目で確かめることで、情報が「体でわかる知識」へと変わっていきます。デスクの上で得た知識と、実際に現場を歩いて得た知識では、意思決定の質も変わります。 移動とは、単なる場所の移動ではありません。自分の固定観念から離れる行為でもあります。未知の環境に身を置くことで、自分の常識が相対化されます。それが、自分自身を作り変えるための「備え」になるのだと思います。

また、大学で特任教授として若い学生たちと接したり、社外取締役やアドバイザーとしてスタートアップの起業家たちと議論を交わしたりする中で、出口氏が語る「世代や立場を混ぜる」ことの価値も実感しています。 人は、自分と似た経験や価値観を持つ人と一緒にいると安心できます。

しかし、同質性の高い集団に長くいると、新しい発想は生まれにくくなります。器の中の水が動かなくなるからです。 世代、職業、地域、価値観の異なる人たちと交われば、自分の前提が揺さぶられます。若い世代からデジタルや生成AIの感覚を学ぶこともあれば、地方企業の経営者から現場に根差した知恵を教えられることもあります。

経験豊富な経営者の言葉から、時間をかけなければ得られない判断軸を学ぶこともあります。 このような異質な人々が対等に交流できるサードプレイスを持つことは、これからますます重要になるでしょう。

そして、ここで重要になるのが「運」に対する考え方です。出口氏が語るように、運は人の形をしてやってきます。しかし、運はただ待っていれば訪れるものではありません。 多くの人と会い、多くの場所へ出かけ、多くの対話を重ね、多くの挑戦をする。つまり、行動量を最大化することで、偶然の出会いや予想外の機会に遭遇する確率そのものを高めることができます。

一度の行動で大きな成果を狙うより、小さな行動を数多く積み重ねる。その中から、思いがけない人との縁や仕事、新しいアイデアが生まれてきます。運をコントロールすることはできません。しかし、運と出会う回数を増やすことはできます。

そう考えれば、運とは完全な偶然ではなく、「行動の最大化によって呼び込むことのできる偶然」と捉えることもできます。 年齢を重ねるほど、過去の人脈や経験だけで生きようとしがちです。しかし、それでは新しい運が入ってくる余白がなくなります。だからこそ、年齢や役職の壁を越えて人と会い、自ら動き続けることが重要です。

本書に登場する「オール・サポーティング・オール」という考え方も、これからの企業経営や個人のキャリアを考えるうえで重要な視点です。 これまでの社会では、肩書きや所属する組織が個人の価値を大きく規定してきました。

しかし、人生100年時代には、一つの会社や一つの役職だけで人生を完結させることは難しくなっています。 過去の肩書きや成功体験に執着するのではなく、その時々の自分にできる形で社会と関わり続ける。ある時は支える側になり、別の場面では支えられる側になる。その関係が循環する社会のほうが、変化にも強くなります。

人生の後半戦において重要なのは、過去に積み上げたものを守り続けることではありません。必要であれば手放し、新しい人と出会い、新しい場所へ行き、新しい経験を増やし続けることです。 そして、考えるだけで終わらず、行動量そのものを増やしていく。行動すれば、失敗も増えます。しかし同時に、学びも出会いも運も増えていきます。

「捨てる」「移動する」「混ざる」「行動する」。 この4つを繰り返すことで、人は年齢に関係なく、自分自身を更新し続けることができます。

本書は、人生の後半戦をどう生きるかを考えるための指針であると同時に、変化の激しい時代に適応するための実践的な戦略書でもあります。 過去の成功にしがみつくのではなく、不要なものを捨て、人と交わり、場所を移し、行動量を増やす。その積み重ねが、新しい可能性と運を引き寄せます。

変化の時代を軽やかに、そしてしたたかに生き抜くための一冊として、すべてのビジネスパーソンにおすすめしたいと思います。

FAQ

Q1: 環境の変化が激しく、どう適応すればいいか不安です。

A1: 適応とは我慢して耐えることではなく、自分を変えることです。過去の成功体験や「こうあるべき」という古い在庫・物差しを捨て去り、空いた場所に新しい状況に見合ったものを入れることが真の適応です。変化が来たときに自分を作り変えられる「柔らかさ」を保つことこそが、最高の備えになります。 

Q2: 新しいチャンスや「運」を掴むにはどうすればいいですか?

A2: 運はランダムに降ってきますが、たいていは「人の形をして」やってきます。新しい仕事も転機も人が運んできます。したがって、人との縁を絶やさず、誘いや面会を断らないことが運の通り道を広くします。特に、同世代や同じ業界など「同質な集まり」から抜け出し、世代や立場が違う人と交流する場を持つことが重要です。 

Q3: 「あきらめる」と成長が止まってしまいませんか?

A3: 本書が提唱する「あきらめる=明らかにする」は、成長の放棄ではありません。大人の成長とは容量を増やすことではなく、中身を入れ替え続けることです。変えられない現実への無駄な執着を捨て、今本当にできることにリソースを集中させるための「戦略的撤退」です。古い中身を捨て、過去を忘れる勇気こそが、個人や組織のパフォーマンスを最大化させます。

Q4: 定年後のキャリアや社会との関わり方に悩んでいます。

A4: 年齢で区切る「敬老思想」を捨て、「オール・サポーティング・オール」の視点を持ちましょう。雇われて給料をもらうことだけが労働ではありません。地域の役割や家業の手伝い、さらには「元気に消費して経済を回すこと」さえも、立派な社会への参加であり、誰かの雇用を支えています。現役時代と同じ量と速さで働く必要はないので、無理なく楽しい形で社会を回す側に立ち続けてください。 

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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