イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ~残酷な時代を乗り切る10のレッスン
デビッド・オマンド
本書の要約
私たちはインテリジェンスの知識を身につけることで、事実と思えるものを見つけ出し、正しい心象風景をつくり上げることができます。事実をそれぞれ関連づけながら配置し、記憶をたどれば、これまでの知識から詳細を埋められるようになります。
インテリジェンスの知識を身につけ、正しい判断を行おう!
歴史家は、概して自分がほしい事実を手に入れようとする。歴史とは解釈である。(E・H・カー)
ロシアとウクライナの戦いを見ていると同じ事実を前にしても、正反対の解釈が成り立つことがわかります。 どちらの視点に立つかによって、人は異なる解釈を行い、それが正しいと判断し、行動を開始します。
私たちが自分自身の行動の解釈を見誤ることがある理由の1つは、自分が望んでいる情報や事実を見つけようとすることにあります。完全に中立の立場で、事実にフォーカスすることはそれほど難しいことなのです。
事実は一つでも、解釈を加え、情報として処理するあいだにその内容が変わっていきます。私たちは、その一部をとらえているにすぎないのです。ロシア側の立場に立てば、この戦争は西側が見ている景色とは、全く異なるはずです。
本書の著者のデビッド・オマンドは、イギリスのGCHQ(イギリス政府通信本部・諜報機関)に勤務した後、防衛省を経て、GCHQ長官を務めた「スパイの親玉」的存在です。私たちはインテリジェンスの知識を身につけることで、事実と思えるものを見つけ出し、正しい心象風景をつくり上げることができます。事実をそれぞれ関連づけながら配置し、記憶をたどれば、これまでの知識から詳細を埋められるようになります。
事実の選択は中立ではなく、特定の説明に偏っているかもしれないと考えることで、選択が変わります。それぞれの説明が真実である可能性がある仮説として扱い、それを吟味する習慣を身につけましょう。
事実は、往々にして異なる意味を持つため、誤った解釈をする危険があります。大ぶりの肉切り包丁を買いたいという若者がいた場合、店主は、その若者がギャングの一員なのか、あるいは精肉店の見習いなのかを考えることで、事前にトラブルを防げます。
事実の意味は、状況に合わせて推測する必要がある。(デビッド・オマンド)
客観的な事実を示しながらも、人は感情から生まれる期待や不安に左右されます。 情報分析官は「客観的」になり、「偏見」を持たないように細心の注意を払っています。
著者が開発した「SEES分析」を使えば、さまざまなレベルから得た4種類の秘密情報を読み解くことができるようになります。
【第1段階】状況認識(Situational awareness) 何が起こっているのか、何に直面しているのか?
実際に何が起こっているのかをできるだけ正確に知ることを目指します。
【第2段階】事実説明(Explanation) いま目にしているものをなぜ見ているのかという関係者の動機
実際に何が起こっているのかを「事実説明」します。
【第3段階】状況予測(Estimates) 事態が異なる状況のもとでどう進展するか?
時間の経過による変化を「状況予測」します。
【第4段階】戦略的警告(Strategic notice) 何がいずれ問題になりそうか?
長期にわたる「戦略的警告」を発することで、危機を防げます。
著者の近代史におけるSEES分析を読むことで、インテリジェンスの思考法を理解するだけでなく、リーダーに対してそれをどう伝えれば良いかを学べます。フォークランド紛争やユーゴスラビアのケーススタディから正しい情報を選択する術を身につけられます。
なぜ、今回のウクライナ危機を防げなかったのか?
脳は、内面を映し出した感情的枠組みのなかで事実を解釈する。
深夜の海外の空港で外見が怪しい若者と2人きりになると、異常に緊張し、的確な判断をくだせなくなります。男から危険を感じるのは、若者の外見や振る舞いから疑念を感じ、本能的に自分の思考の枠にはめてしまうからです。構成されつつある心象風景に「危険なことが起こるかもしれない」という不安が含まれることで、若者を怪しい存在に変えてしまうのです。しかし、若者をしっかり観察すれば、その疑念を消せるのです。
同じ内容でも表現によって影響が異なる「フレーミング効果」は、私たちの心が見たり、実際に感じたり、思い出したりすることに反応して、内面から生じる。
多くのメディアは人々が理性ではなく感情によって反応するメッセージを送っています。私たちは送り手の情報に感情で反応することで、判断を誤ってしまうのです。今回のコロナ禍でワイドショーが送り出す恣意的な情報に、政治家や官僚だけでなく、国民も反応し、間違った行動をとった可能性が高いと考えています。
では、どうすれば、私たちは正しい情報を見つけられるようになるのでしょうか?著者は新しい証拠に照らして仮説の信頼度を調整する科学的手法の「ベイズ推定」を活用すべきだと指摘します。手持ちの証拠からさかのぼって、その証拠が生じることになる可能性が最も高い状況を推測することで、正しい答えを見つけられるようになります。
いずれかの仮説に考えられるすべての説明を当てはめ、証拠を集め、検証することが必要になります。「解空間を埋め尽くす」と言うステップによって、正しい答えが得られます。魅力的な情報であっても、この作業によって、排除されることがありますが、感情を揺さぶる情報を優先するのではなく、検証結果から正しい判断を行うようにすべきです。
情報源の種類、信用性、関連性と仮説と証拠を集め、事実を探し出す「ホイヤーの表」を活用することで、正解が見つかるようになります。「ホイヤーの表」は、CIAのリチャーズ・J・ホイヤーの名前から命名されています。横の行に個々の仮説、縦の列に各証拠を示すことで、矛盾が明らかになり、どの仮説が正しいかを明確にできます。
どんな場合でも、相反する証拠は存在すると考えられるので、最後に重要性を比較する必要がある。科学的手法の考え方に従えば、有利な証拠が最も多い仮説ではなく、不利な証拠が最も少ない仮説を選択するべきだ。そうすれば、無意識のうちに気に入った仮説を裏づける証拠を集めてしまうことを避けられる。
日々の意思決定でも「ホイヤーの表」のように、仮説を支持する証拠と否定する証拠を検討し判断することで、選択する際の間違いを減らせます。不利な証拠が最も真実に近い可能性が高いと考え、さまざまな仮説を洗い出しましょう。
ソ連の歴史を振り返れば、彼らが合理的な判断を捨てて、武力を使うことがわかっています。1968年には民主化が進むチェコスロバキに、ソ連があえて侵攻した理由を本書から学べます。
現代でもロシアはソ連時代と同じ戦略を用いて、EUに傾くウクライナを阻止した。ところが西側の情報分析官は、ソ連の歴史を理解していながら、ロシアのクリミア半島併合やウクライナ東部への軍事介入を予測できなかった。
欧米の常識が強用しないという前提を持ち、この数年のロシアの動きをしっかりと分析できていれば、今回のプーチンの動きを阻止できたかもしれません。逆にプーチンも間違った情報を信じたことで、戦争を開始した可能性もあります。未来を予測する際に、自分の都合のよい仮説ばかりを信じていると大きな落とし穴に陥ることを、今回のウクライナ危機が教えてくれました。
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