世界を解き明かす 地政学
田中孝幸
日経BP 日本経済新聞出版

本書の30秒でわかる要点
結論: 地政学とは「国家の行動は、変えられない地理的条件によって規定される」という冷徹なリアリズムに基づき、国際情勢を「生存戦略」として読み解く学問である。
原因: ロシアの軍需依存や中国の海洋進出、米国の戦略的利己主義など、各国が地理的制約と強迫観念に突き動かされ、国際秩序のバランスが崩壊しつつある。
対策: 侵略の本質は領土のみならず「民族の魂の消去」にある。言語、歴史、伝統的な血統を守り抜くとともに、安易な参政権付与による内側からの浸食を防ぎ、力による抑止力を構築し続けることが不可欠である
本書の3行要約
中露等の大陸国家は内乱防止のため強権化し、米国の内向き姿勢に乗じて周辺地域への浸食を狙っています。侵略の本質は言語や歴史、伝統の破壊による「民族の魂の消去」にあり、支配された側は例外なく二級市民として苛烈な扱いに晒されます。現在の日本を存続させることは、私たちの生存そのものを守る戦いなのです。
おすすめの人
・国際ニュースの裏側に隠れた「国家の本当の狙い」を冷静に理解したい方。
・台湾有事やウクライナ情勢が、日本の安全保障や日常生活にどう直結するかを知りたい方。
・歴史的背景を踏まえた、地に足の着いたリアリズム(現実主義)的な世界観を養いたいビジネスパーソンや学生。
読書が得られるメリット
・多角的な分析視点: 地理・歴史・経済を統合し、表面的な報道に惑わされない構造的な洞察力が身につく。
・危機管理意識の向上: 情報戦や人口動態の変化など、目に見えにくい「静かな侵略」に対する解像度が上がる。 ・日本の立ち位置の再確認: 同盟国への依存のリスクを知り、自立した安全保障の重要性を理解できる。
地政学におけるアクターとシアター:国際秩序の主役と舞台
地政学とは、主に地理に重点を置いて国際関係を考えることを指します。(田中孝幸)
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、地政学への注目が一気に高まり、メディアやインターネット上には多くの関連情報があふれています。私もこれまでに地政学に関する書籍をいくつも読んできましたが、なかでも田中孝幸氏の解説は特にわかりやすいため、継続的に氏の発信する情報に注目しています。 地政学は、政治・経済・地理といった要素を総合的に捉え、外交やビジネスなどの実社会でも応用できる実践的な学問です。
そうした視点を深く理解するうえで参考になるのが、田中氏による世界を解き明かす 地政学です。この書籍は、日経新聞電子版で連載されていたコラムをもとに構成されており、国家の行動は地理的条件によってある程度規定されるという、冷静かつ現実主義的な見方が貫かれています。政治体制や指導者が変わっても、山の位置や海の広さといった地理的条件は変わりません。
なぜロシアは領土拡大を目指すのか、なぜ中国は海洋進出を急ぐのか。これらの動きを「善悪」で判断するのではなく、「生存戦略」として読み解く視点を本書は提供してくれます。
地政学では、国際社会の中で影響力を持つ存在を「アクター」と呼びます。とくに最重要のアクターとして位置づけられているのは、国連安全保障理事会の常任理事国でもあり、核大国でもあるアメリカ、中国、ロシアの3カ国です。イギリスとフランスも常任理事国として主要なアクターですが、いずれもアメリカの軍事力に依存しており、影響力の面ではやや劣る立場にあります。
アクターという立場は、国際秩序の形成に直接関与できることを意味し、他国との交渉や多国間協議において明らかに有利に働きます。
たとえば2025年、トランプ政権はEUや日本との関税交渉を優位に進めることができましたが、中国やロシアとの交渉では成果を出せずに終わりました。これは両国が同じアクターとして対等の立場にあり、一方的な譲歩を引き出すことが困難だったからです。
最重要アクターとしての地位を維持するには、核戦力の存在が不可欠だと著者は指摘します。ロシアは経済規模では日本やドイツに劣りますが、核保有国であり、戦勝国としての歴史的立場を背景に、国際政治の舞台では依然として強い影響力を持っています。他国に防衛を依存せず、独自に軍事力を維持できていることが、その発言力を支えているのです。
一方、日本のように経済力がありながら核を保有せず、防衛面でアメリカに依存している国は「シアター」として位置づけられます。シアターとは、アクターの戦略が実行される舞台のような存在であり、自ら秩序を作る側ではなく、秩序の影響を受ける側です。こうした立場の違いは、国際社会における発言力や交渉力にも大きな差を生みます。
ウクライナの危機も、日本にとって無関係な遠い国の話ではありません。アメリカが強敵との駆け引きの中で、同盟国を犠牲にするような判断を繰り返すようであれば、将来的に日本がその割を食うことは避けられないでしょう。
民主主義や人権問題という面でのアメリカの指導力の弱体化は、世界中の専制国家にとって大きな追い風です。超大国からの制裁を受ける心配をせずに、心おきなく反対派の市民を弾圧して権力を固められるからです。
アメリカの影響力が低下すれば、それをチャンスと捉える中国やロシアといった先制国家が台頭しやすくなります。国際的な非難や制裁を受けるリスクが小さくなれば、国内での反対派の弾圧や強権的な統治に対するブレーキが弱まり、権力の集中が一層進んでしまいます。こうした構造の変化は、国際秩序全体の安定性を揺るがす要因となります。
だからこそ今、どの国がアクターとして戦略の主導権を持ち、どの国や地域がその影響を受けるシアターに位置しているのかを見極めることが重要です。その力学を理解しないままでは、日本の外交や安全保障における選択肢は著しく限られてしまいます。冷静な分析と構造的な理解が、これからの国際社会を読み解く鍵になるのです。
中国が台湾統一した場合の日本への影響
中国もいわば国内の現状維持を求めて強くなろうとするあまり、自国の周辺で侵略的な行動に及んでいるのです。
中国やロシアのランドパワー(大陸国家)の特徴のひとつは、民主化が進みにくいことです。大陸国家は多数の民族や宗教、言語を抱えており、歴史的に陸続きの周辺国と戦乱を繰り返してきました。中国には55の少数民族が、ロシアには100を超える民族が存在し、常に分裂のリスクを抱えています。
そのため、秩序の維持が最優先され、市民の権利や自由は後回しにされがちです。国民間に共通基盤が乏しい状況で政治的自由を認めると、内乱が発生し、国家の解体につながるという危機感が背景にあると著者は指摘します。
多くの侵略的行動は、自国を守るために不可欠だという強迫観念から生まれています。中国は19世紀から20世紀にかけて、欧州列強に国土を蹂躙された苦い経験を持っています。こうした歴史を経て、中国の指導者は「信じられるのは力だけだ」という認識を持つようになりました。
現状維持を重視するあまり、周辺国への強硬な姿勢へとつながっているのです。これは経済よりも国家防衛や国内の安定を優先する考え方とも言えます。
シーパワーと呼ばれる海洋国家は世界のどこにでも戦力を展開できるのが特徴です。歴史的に見ても、覇権を握った国は例外なく強い海軍を持っていて、遠く離れた場所に兵力を送る力、いわゆる「戦力投射能力」が鍵を握ってきました。
中国が近年、海軍力を強化し、太平洋への進出を続けているのは、アメリカと肩を並べるために欠かせない国家戦略だからです。
このとき中国にとって最大の障壁が、日本と台湾の存在です。日本は宗谷・津軽・対馬という重要な海峡を押さえており、中国艦船の動きを封じることができます。しかし、米軍が駐留する日本を軍事的に制圧するのは現実的ではありません。だからこそ、台湾の制圧が優先されるのです。
台湾を手中に収めれば、中国は西太平洋に引いた第1列島線の内側での支配力を一気に高めることができます。そうなれば、アメリカの艦隊がこのエリアに入るのも難しくなり、南シナ海に展開する中国の原子力潜水艦が、アメリカ本土に届く核ミサイルを搭載して活動できるようになります。
もし中国が台湾を統一すれば、次に影響を受けるのは日本や韓国です。アメリカ軍の活動が制限され、アメリカが中国と太平洋を分け合う取引をする可能性も出てきます。そうなれば、日本は中国の影響下に置かれるか、自前で防衛力を大幅に増強して対抗するしかなくなります。どちらを選んでも日本にとっては厳しい未来が待っているのです。
中国にとって台湾統一は軍事戦略上の課題であると同時に、習近平国家主席の国内政治上の目標でもあります。実現すれば、毛沢東と並ぶ歴史的リーダーとされ、権力を死ぬまで維持する道が開けます。 中国軍は台湾東部の海域に空母を展開し、空軍戦力を先に無力化してから上陸作戦に入るという想定をしています。ただし、戦争が長期化すれば一人っ子政策の影響を受けた若者たちが犠牲になり、社会不安が爆発しかねません。
そのため中国は、アメリカを台湾から遠ざけ、市民の士気を下げ、抵抗を最小限に抑える「戦わずして勝つ」シナリオも準備していると著者は指摘します。
そして台湾の次に狙われるのが沖縄です。日本が台湾について強く発言するのはこのためであり、こうした背景を知らなければ、高市首相の姿勢や発言の意味を正確に理解することはできません。
ロシアが戦争をやめられない事情は、経済難と退役兵。
ロシアが戦争を止められない背景には、プーチン大統領が抱える深刻な国内事情があります。ウクライナ侵攻を経て、ロシア経済は国家予算の約4割を軍事に注ぎ込む「軍需依存体質」へと変貌しました。今さら停戦すれば、巨大化した軍需が冷え込み、国家を揺るがす深刻な不況を招くのは火を見るより明らかです。
さらに、戦地から戻る数十万人の退役兵が抱えるトラウマや社会不満は、政権にとって制御不能な不安定要素となります。ソ連崩壊時の混乱を想起させるこの内憂が、ロシアを「終わりのない戦い」へと駆り立てているのです。 その次なる矛先として、著者はバルト三国への危機感を募らせます。
なかでも「NATOのアキレス腱」と呼ばれるスバウキ回廊は、地政学的な火種そのものです。ポーランドとリトアニアの間に挟まれたこの細長い回廊をロシアが封鎖すれば、バルト三国は陸の孤島と化し、NATOの支援は遮断されます。
ロシアは既に同盟国ベラルーシに部隊や核兵器を配備し、ウクライナで磨き上げたドローン技術を武器に、視界の悪いこの回廊を一気に制圧する準備を整えています。対するNATO側もドイツ軍の駐留や国境封鎖で対抗しており、緊張は極限まで高まっています。
もしスバウキ回廊が陥落し、NATOの集団防衛が機能不全に陥れば、それはアメリカが主導する同盟システムの終焉を意味します。これは日本にとっても対岸の火事ではありません。
欧州での「約束の破棄」は、日米安保の信頼性をも根底から覆し、世界のパワーバランスを崩壊させる引き金になるからです。遠く離れたバルトの地の緊張は、私たちの安全保障の土台を直接揺さぶり始めているのです。
地政学のリスクが牙を剥く:覇権の交代期に日本が直面するリスクとは?
世界の大半の国々にとって、安全保障とは陸続きの国境線を守ることを意味します。この点でアメリカは世界一といってもいいほど恵まれた位置にあります。
アメリカは、二つの大海に守られ、広大な国土と豊かな資源、そして安定した気候を享受するという、地政学的に圧倒的な「勝ち組」の条件を備えています。この天賦の利こそが、長らく超大国としての地位を支える盤石な基盤となってきました。
しかし、かつてのように世界を牽引する寛大なリーダーとしての姿はもはや過去のものです。現在のトランプ政権は、国際的な責任を最小限に抑えつつ、超大国としての特権だけを享受する「戦略的利己主義」を鮮明にしています。地政学的な優位性がある以上、多少の信頼を失ってもドルの基軸通貨体制は揺るがないという強気な計算が、そこには透けて見えます。
もう一つの大国である中国は、膨大な人口と軍事力を背景に猛追していますが、世界秩序を支える覚悟や通貨の信用力では、まだアメリカの背中は遠いのが実情です。そのためアメリカは、高関税などの対抗措置を講じて中国の台頭を封じ込め、トップの座を死守しようとしています。
特に2025年以降の内向きな姿勢は顕著で、2026年1月のベネズエラへの軍事介入に見られるような、国際法を軽視した一方的な力の行使が目立つようになりました。
こうした覇権国の独善的な振る舞いは、国際秩序を根底から揺るがし、他国の軍事行動を誘発する危険な引き金となりかねません。 覇権の交代期に動乱が起きるのは歴史の常ですが、核兵器が存在する現代における衝突は、人類存続に関わる破滅的なリスクを孕んでいます。
日本や欧州の首脳たちが、トランプ氏に対して融和的な態度を崩せないのは、米軍の関与が失われれば、世界秩序が完全に瓦解してしまうという切実な危機感があるからです。
現在は目に見える軍事衝突だけでなく、海底ケーブルや公海上の資源をめぐる水面下の争いも激化しており、地政学的な緊張はかつてないほど高まっています。私たちは今、法の支配が形骸化し、力による現状変更が常態化しかねない極めて危うい時代の分岐点に立たされているのです。
嫌がらせを受ける各国は積極的に対抗し、相手にとって大きな打撃があることを思い知らせるなど、抑止力を高める必要があります。ならず者や侵略者を押さえこめるのは、言葉ではなく力だけだというのは古来から変わっていないためです。
日本は中国やロシアなど、ドローン運用に長けた国々に囲まれています。しかし、対策はなお後手に回っている印象が拭えません。原子力発電所や自衛隊基地などの重要施設で、ドローン侵入が疑われる事案も相次いでおり、監視と迎撃の態勢強化は急務です。
ここで見落としてはいけないのは、脅威がドローンだけに限られない点です。情報戦が強度を増しています。中国側の発信には、沖縄の位置づけをめぐって疑義を差し挟むような論法が混じり、最近では「沖縄は中国のものだ」という外交当局者の発言があるなど主権や統治の正当性を揺さぶる典型的な手口が目立ちます。
侵略という行為の本質は、単なる領土の占領に留まらず、その民族の魂を根底から消し去ることにあります。まず着手されるのは、旧体制下で国家を支えてきた文化や社会の柱を一つひとつ組織的に解体していく作業です。長年紡がれてきた独自の言語を禁じ、支配者の言語を強制的に公用語化することで、人々の思考の枠組みそのものを変容させていきます。
これと並行して、知の集積である書物を焼き払い、歴史を物語る文化遺産を物理的に破壊し、従来の歴史教育を徹底して封印します。さらに、旧体制を精神的に支えていた知識人などのエリート層を弾圧の対象とし、王室や貴族社会が存在する場合には、その血統を文字通り根絶やしにします。伝統を体現する存在は、被支配者が再び結束するための象徴になり得るからです。
また、組織的な抵抗を未然に防ぐため、侵略国に忠誠を誓う入植者を大量に送り込み、古くからの住民を土地から追い出す人口動態の操作が行われます。
近年、国内で中国人やクルド人などの外国人が増加する中で、一部の政党が彼らへの参政権付与を主張する動きがありますが、こうした過去の歴史的教訓に照らせば、それが国家の意思決定権を内側から浸食される極めてリスクの高い行為であることは明白です。
私たち日本人にとって、現在の日本国が存続し続けることがいかに重要であるかは、こうした歴史の非情な教訓に照らせば疑いようがありません。侵略された側は例外なく二級市民として扱われ、苛烈な差別に晒されるのが歴史の常であるためです。
本書は、こうした複雑かつ残酷な地政学の構造を、過去の具体的な史実と重ね合わせながら克明に描き出しています。現代を生きる私たちが直面している静かな危機の正体を理解し、国家と文化を守る意義を再認識させてくれる、非常に示唆に富んだ一冊と言えます。
本記事は書評ブロガー・ビジネスプロデューサーの徳本昌大が執筆しました。
















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