縛られる日本人-人口減少をもたらす「規範」を打ち破れるか
メアリー・C・ブリントン
中央公論新社
本書の要約
稼ぎ手である日本の男性を子育てに参加させるためには、日本の子育ての常識を変えるしかありません。日本の男性に育児休暇を強制的に取らせるなどの施策がなければ、この状況は打破できないかもしれません。保育園の整備と育児に積極的に男性が参加できる仕組みづくりが喫緊の課題です。
日本人の若い夫婦はなぜ幸福度が低いのか?
日本の人たちは人生への満足度が低い。そして、国際的な研究により、人生への満足度が高い人ほど、子どもをもうける確率が高いという強力な実証データが得られている。この点は、日本の政策立案者にとって重要な意味をもつ。日本政府は、どのように社会を変革すれば、20~40代の人たちの人生への満足度を高められるのかと考えたほうがよさそうだ。(メアリー・C・ブリントン)
人口減少が進む日本では、出生率が低いだけでなく、若い世代の幸福度も低くなっています。ライシャワー日本研究所社会学教授のメアリー・C・ブリントンは、日本、アメリカ、スウェーデンで子育て世代にインタビュー調査を行い、日本の若い夫婦だけが「規範」に縛られていることを明らかにしました。彼らは日本社会の子育てに対する規範に従うことで、自分達の幸福度を下げていたのです。
イタリアの人口学者レティツィア・メンカリーニらは、仕事と家庭の両立を支援するための制度や政策が充実している国では人々の幸福感が高まり、その結果として子どもの数も増えると考えています。この考え方の前提には、人は自分の願望が満たされていると感じるとき、人生の満足度が高まるという認識があります。
本書の冒頭でインタビューされた子育てママの「日本は、人間ファーストではなく、労働ファーストです」との答えが、日本の子育て世帯の悲惨な状況を表現しています。メンカリーニの説を信じるなら、日本の若い夫婦は労働ファーストという状況で、子育てに苦しみ、幸福感を感じられずにいます。
日本とアメリカでおこなわれた意識調査によると、いずれの国でも過半数の人たちは、できれば子どもを2人欲しいと考えていますが、日本の環境がこれを許してくれません。日本社会の労働ファーストいう空気や規範が、自分達の子どもを産むという願望の妨げになっています。
日本には、家族のあり方と、男性と女性のあるべき姿に関して強力な社会規範が存在するため、責任感をもって行動しつつも伝統に反する生き方を選んだ人たちは、自分が社会で受け入れられていないと感じてしまう。たとえば、カップルが結婚せずに子どもをもうけたり、男性がフルタイムの職に就いていなかったり、カップルが(少なくとも、自分たちと生物学的なつながりのある子どもをもっていないカップルが)最初の子どもとして養子を迎えたりした場合、そのような選択が社会的に受け入れられていないと感じる可能性が高い。
労働ファーストの日本の男性は、妻や子どもを養うために「よい職」に就かなくてはならないという厳しい要求を課されていて、これが妻に仕事やキャリアを諦めさせる原因になり、妻一人が子育てをすることを強いています。
日本、アメリカとスウェーデンの子育て世帯のアンケートによると、どの国でも子どもが小さいうちはできる限り、子どもと過ごす時間を確保するべきだと考えていました。スウェーデン人はその上で、夫婦両方が子育てに責任を持つべきだという意見を持っていたのです。
日本の若い世代とは異なり、スウェーデン人は、子どもが生まれたからといって、自分もパートナーも「人生の一部を諦める」べきではなく、子育てには夫婦がともに責任をもつべきだと答えています。両者が子育ての責任を果たすために仕事のスケジュールを調整すべきだと述べる人が多かったのです。
日本の子育ての常識を変えることが重要
日本には、家族のあり方に関する強力な社会規範と、男性と女性に──とりわけ男性に──期待される社会的役割に関する硬直的な固定観念が存在する。そのため、家族を築く際に個人が選べる選択肢がアメリカより少ない。いささか強い言葉で表現すれば、社会的制約のせいで人々の個人的選択が縛られている結果、21世紀の日本で家族をめぐり息苦しい状況が生まれているのだ。日本の婚姻率と出生率の低さは、そのあらわれのように思える。
日本の経済の低迷が続くことで、日本人の子育ての環境はより厳しいものになっています。お金がなければ、結婚も難しくなりますし、子育てもできません。多くの若い男女が結婚や子育てを諦めているのも、ここに問題があります。長年、日本政府は高齢者対策には予算を割いてきましたが、子育て夫婦への投資は冷遇されてきました。非正規労働者や低所得の家庭にとって、日本の高い教育費も子育てのハードルになっています。
日本のビジネスパーソンは会社からの評価を気にしたり、職場への迷惑を考える労働ファーストの考え方によって、子育てをあきらめたり、母親に負担を強いています。フルタイムで働くための保育園などの環境が整備されていないことも、子育てをあきらめる理由になっています。また核家族した日本では、親が遠くに住んでいたり、頼れる地域のコミュニティが不足しているため、家族が孤立していると感じている人が多いのも特徴になっています。
男性を稼ぎ手という狭い役割に押し込める発想は、ジェンダー本質主義とでも呼ぶべき考え方のあらわれと言える。家族本質主義は、「真の家族」とはいくつかの本質的的な特性(たとえば、男女のカップルと子どもで構成されること)をもっていなくてはならないと考える。それと同様に、ジェンダー本質主義は、男性と女性のあるべき姿がそれぞれいくつかの本質的な特性によって定義されるものと考える。日本の社会では、「女性のあるべき姿」の定義がこの数十年で大きく広がり、ワーキングマザーもその定義に含まれるようになった。
ワーキングマザーに犠牲を強いる一方、日本の社会、日本の企業は、男性の社会的役割が著しく狭く定義されています。男性は育児休業をとるよりも働くことを優先し、育児では副次的な役割しか果たさないのが当然だという空気がつくられています。
育児休業は女性が取得するのが当たり前だという発想が日本の男性と女性、そして企業に浸透しているために、ジェンダー本質主義的な発想がますます強まっています。
日本では、女性の労働時間に占める無償労働の割合が男性よりもきわめて高いことが明らかになっています。2017年の時点で日本の男性は家庭で家事と育児の15%しか分担していません。(日本の家庭では家事と育児の85%を女性が担っています)。
ノルウェー、スウェーデン、デンマークでは、男性が家事と育児の40%以上を担っています。アメリカの男性の家事と育児の分担割合は、北欧諸国ほど高くはありませんが、40%近くには達しています。これは、日本の男性の2.5倍以上になります。
日本の女性は日々、男性と同じくらい長い時間働いていますが、その労働時間のなかで家事と育児の占める割合が非常に高くなっていますが、このような労働は目に見えにくく、金銭的報酬も受け取れません。しかも、家事や育児の経験が企業から「職務経験」として認められることもないのです。
世界の国々のデータを見ると、男性が育児や主要な家事(料理、掃除、洗濯など)を分担している割合が大きい国ほど、出生率が際立って高いことがわかっています。日本と韓国は、女性の労働時間に占める無償労働の割合が男性の数倍にも達しているだけでなく、出生率がきわめて低いことでも極立っています。アメリカとスウェーデンは日本や韓国に比べれば、労働時間に占める無償労働の割合の男女差が小さく、出生率も格段に高いのです。
研究によると、夫が家事や育児に深く関わるほど、夫婦が2人目をもうける確率が高まることがわかっています。妻が職をもっている場合、夫が家事労働に携わることの効果が大きいという研究結果もあります。夫が家事と育児に積極的に参加すれば、妻が仕事と家庭を両立しやすいことがその理由です。
加藤承彦氏、隈丸拓氏、福田節氏の2018年の研究によると、夫が育児休業を取得して幼い子どもと一緒に過ごすことはで以下の2つの効果を得られます。
①家庭内のジェンダー平等が向上し、妻が職場で貢献するために費やせる時間が増える。
②1人ではなく、2人以上の子どもをもつ夫婦が増える。
日本では、妻が有償の労働市場でどれくらいの時間働いているかとは無関係に、家事と育児はいまだにおおむね女性の役割と位置づけられていることが問題です。 多くの日本のワーキングウーマンは家庭を優先させるために、自分が仕事を調整しなくてはならないと考えていたのです。
日本の政府や企業は、職をもつ母親たちのニーズに対応する一方で、父親たちには昔のままの硬直的な扱いを続けることにより、意図せずして、2人以上の子どもをもうけようとする夫婦が増えることを妨げているのかもしれない。女性の待遇だけ改めて、男性に同様の権利を認めなければ、共働き夫婦では、男性が仕事にすべてのエネルギーを注ぎ込んで疲れ果て、女性が有償労働を続けつつ、家事と育児の80~100%を担うことにより疲れ果てることが避けられない。
ヨーロッパの著名な社会人類学者であるミッコ・ミルキュスラ、ハンス=ペーター・コーラー、フランチェスコ・C・ビラリによると日本と韓国は、ジェンダー平等を後押しし、仕事と家庭の両立を支援する仕組みをつくれずにいるために、経済発展のレベルがきわめて高いにもかかわらず出生率が著しく低くなっていると指摘します。
子どもがいる夫婦の場合、夫が単身赴任すれば、妻はシングルマザーと変わらない状態になります。夫の単身赴任や転勤という制度がワーキングマザーを苦しめています。結果、妻が仕事を辞めるか、子どもをもうけるのを遅らせたり、諦めてしまうのです。
日本の労働環境は概して、アメリカよりも厳しく、スウェーデンと比べれば著しく過酷になっています。長時間労働と柔軟性の乏しい勤務時間、そして、キャリア開発の機会が乏し く、働き手の主体性が十分に認められていない環境は、男性と女性の両方に悪影響を及ぼしています。
日本の男性の役割は第一が稼ぎ手、第二がケアの担い手、女性の役割は第一がケアの担い手、第二が稼ぎ手という常識が少子化を加速させています。「男性稼ぎ手モデル」の日本が子どもを減らす一方で、「共働き・共育てモデル」のアメリカやスウェーデンの出生率は高くなっています。
■日本・・・社会政策は強力だが、社会規範が脆弱
■アメリカ・・・社会政策は脆弱だが、社会規範が強力
■スウェーデン・・・社会政策と社会規範の両方が強力
スウェーデンでは社会政策と社会規範の両方が優れています。スウェーデンでは、日本よりも男性の育児休業取得率が高く、家庭と職場でジェンダー平等が進展している結果として、日本よりも大幅に高い出生率を維持できているのです。
著者は日本の出生率を高める4つの政策提案を行なっています。
①子どもを保育園に入れづらい状況をできる限り解消。
②既婚者の税制を変更する。女性が年収を抑える仕組みをなくす。
③さらなる法改正により、男性の家庭生活への参加を促す。
④ジェンダー中立的な平等を目指す。
稼ぎ手である日本の男性を子育てに参加させるためには、日本の子育ての常識を変えるしかありません。日本の男性に育児休暇を強制的に取らせるなどの施策がなければ、この状況は打破できないかもしれません。保育園の整備と育児に積極的に男性が参加できる仕組みづくりが喫緊の課題です。
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