間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―(松尾太加志)の書評

a man with glasses is looking at a laptop

間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―
松尾太加志
新潮社

間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―(松尾太加志)の要約

松尾太加志氏はヒューマンエラーが起こった際に、人を責めてはいけないと言います。仕事における「ゼロリスク」には限界があると言い、「レジリエンス」の重要性を強調しています。人間のミスを前提に、組織や社会が健全に機能し続ける新たな指針を提示。ミスから学び、迅速に回復する能力=レジリエンスが重要だと指摘します。

ヒューマンエラーをシステム全体として捉える!

なぜ間違っていることに気づかないのだろうか。それは、その人の素質の問題なのだろうか。知識やスキルがないからだろうか。あるいは注意深さが足りないからだろうか。そうではない。ヒューマンエラーをするのはその人がおかれた状況がそうさせてしまっていることが多い。(松尾太加志)

手術患者の取り違え、投薬ミスによる死亡事故、手動遮断機の操作ミスで起きた踏切事故――このような「ミス=間違い」は、人が関わることで生じています。しかし、生身の人間である以上、間違いを100%なくすことは不可能です。

この現実に正面から向き合い、新たな視点を提示する一冊として注目を集めているのが、北九州市立大学特任教授松尾太加志氏による間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―です。

本書は、人間のミスや間違いに対する従来の考え方を根本から見直し、より現実的かつ効果的なアプローチを提唱しています。松尾氏は、ミスを個人の責任に帰するのではなく、システムや状況の改善に焦点を当てることの重要性を説いています。

本書の中心的なテーマは、「ゼロリスク」と「レジリエンス」という2つの概念です。著者は、ミスを完全になくすことを目指す「ゼロリスク」の考え方の限界を指摘しています。代わりに、ミスから学び、迅速に回復する能力である「レジリエンス」の重要性を強調しています。この視点は、人間が必然的に犯すミスを前提としつつ、それでも組織や社会が健全に機能し続けるための新たな指針を示しています。

松尾氏の主張の核心は、ミスを個人の責任追及で終わらせるのではなく、ミスを引き起こした要因が何かを明らかにし、状況や環境の改善に注目すべきだという点にあります。

ヒューマンエラーは、往々にして不完全なシステムを使うことを余儀なくされた人間が起こしてしまうものである。普段はなんとかだましながら調整して行っていたのだが、ちょっとしたひずみが生じたときに、うまくいかなくてエラーを起こしてしまうのである。

例えば、医療現場での患者取り違えや投薬ミスの場合、単に担当者を非難するのではなく、なぜそのようなミスが起こりやすい環境があったのかを分析し、システム全体の改善につなげるというアプローチです。

同様に、開かずの踏切における事故においても、操作担当者個人の責任を追及するだけでなく、ヒューマンエラーが起こりにくい設備や仕組みの導入を検討するといった視点が重要になってきます。個人への罰則を強化するのではなく、全体のシステムからヒューマンエラーを捉えるべきなのです。

本書は、現代社会におけるリスク管理の重要性を認識しつつ、なぜ重大事故がなくならないのかという根本的な問題に取り組んでいます。著者は、従来のリスク管理手法の限界を指摘し、より柔軟で適応力のある新しいアプローチの必要性を説いています。

人は知識やスキルを身につけ、注意深く行動しようとしても、時に間違いを犯してしまいます。さらに厄介なのは、その間違いに気づいていないことも多いという点です。 ヒューマンエラーの解消に向けた第一歩は、気づいていない間違いに気づくことです。しかし、単に「自分の行動をよく観察しなさい」という精神論では効果がありません。

重要なのは、間違いに気づくための工夫を凝らすことです。 この工夫の一つが「外的手がかり」です。外部からの刺激や仕組みを通じて、自分の間違いに気づかせる手法です。適切に設計された外的手がかりは、ヒューマンエラーの防止に大きく貢献します。

ただし、多くの場合、ヒューマンエラーに気づくのは、それが発生した後です。このため、「もう遅いのではないか」と考えてしまいがちです。確かに、事前に防ぐことができれば理想的ですが、ヒューマンエラーを完全になくすことは不可能です。

そこで重要になるのが、エラーが発生しても大きな被害につながらないようにする対策です。間違いに気づき、迅速に対処することで被害を最小限に抑えることができます。これは「レジリエンス」と呼ばれる考え方で、絶対に失敗しないという「ゼロリスク」の追求よりも現実的なアプローチです。

エラーは避けられないものという前提に立ち、その影響を管理可能な範囲に抑える。そして、起こってしまったエラーから学び、システムを改善していく。このような姿勢が、現代社会におけるヒューマンエラー対策の核心となっています。 松尾太加志氏の著書「間違い学」は、こうしたヒューマンエラーへの新しいアプローチを提唱しています。

従来の「ゼロリスク」志向から脱却し、「レジリエンス」の考え方を取り入れることで、より効果的なエラー対策が可能になると説いています。

ヒューマエラーを防ぐレジリエンスという考え方

ヒューマンエラーの原因の多くは、むしろ、モノや機器の問題のほうの要因が大きい。そのため、その防止・解決で重要なのは、実は人間が関わるモノや機器の改善のほうなのである。

ヒューマンエラーという言葉を聞くと、多くの人は人間の不注意や能力不足を想像しがちです。しかし、実際にはヒューマンエラーの原因の多くが、人間が扱うモノや機器の問題に起因していることが明らかになっています。 この認識は、ヒューマンエラーの防止と解決に向けた取り組みに大きな変革をもたらしています。

ヒューマンエラーの防止は、安全で効率的な職場環境を実現する上で極めて重要です。著者が提案する5つの外的手がかりに基づいた防止策は、現場で実践することで大きな効果が期待できます。

まず、「対象」に関する工夫から始めます。作業対象となるモノや機器自体を改良することでエラーを減らせます。例えば、似た部品の形状や色を変えて区別しやすくしたり、誤った組み立てができないよう設計を工夫したりします。重要な部分を目立つ色で塗装するのも効果的です。

次に「表示」の工夫です。作業手順や警告の表示方法を改善し、情報伝達のミスを防ぎます。複雑な手順をイラストや図表で視覚的に示したり、重要な警告を目立たせたりします。

3つ目は「文書」の改善です。マニュアルや作業指示書を分かりやすくし、情報の理解ミスを減らします。専門用語を避け、平易な言葉で説明することや、重要ポイントを明確に示すことが大切です。必要な情報にすぐアクセスできる構成も重要です。

4つ目は「電子アシスタント」の活用です。コンピューターシステムやAIを使って人間の作業をサポートします。入力ミスを自動チェックするシステムや、作業手順を音声ガイドするアプリなどが役立ちます。センサーで異常を自動検知し警告を発するシステムも有用です。

最後に「人」に関する工夫です。作業者自身や周囲の人々の行動や意識を改善します。定期的な安全教育やトレーニング、チームでのダブルチェック体制の確立が効果的です。エラーを報告しやすい雰囲気づくりや、互いに注意し合える関係性の構築も大切です。

これら5つの防止策を総合的に実施することで、ヒューマンエラーのリスクを大幅に低減できます。ただし、個別に実施するのではなく、相互に連携させ、現場の特性に合わせて最適化することが重要です。また、定期的に効果を検証し、必要に応じて改善を加えていく必要があります。

 著者はSafety-IとSafety-IIという考え方を紹介し、Safety-IIがヒューマンエラーを防ぐことに効果があると言います。

Safety-Ⅱでは、人間は危機的な場面に遭遇したときにそれに対処できる存在だと考える。もちろん、それにはスキルがあることが前提であるが、うまくやっていくことができる存在として扱う。

人間は誰しもエラーを犯す存在です。しかし、それ以上に困難に対処する能力を持っています。この視点に立脚したSafety-IIという新しい安全管理の考え方が注目を集めています。Safety-IIは、人間のエラーを完全になくすことを目指すのではなく、むしろ人間の持つ困難への対処能力を評価し、うまく物事を進めていく機会を増やすことを目指しています。

Safety-IIの中核をなす概念が「レジリエンス」です。レジリエンスとは、回復力や弾力性を意味し、困難な状況に直面しても柔軟に対応し、元の状態に戻る力を指します。従来のSafety-Iがエラーの撲滅に主眼を置いていたのに対し、Safety-IIではこのレジリエンスを活用し、うまく物事を進めていく能力が重視されます。

レジリエンスは、Safety-IIを実現する上で不可欠な要素です。なぜなら、レジリエンスがあれば、たとえエラーが発生しても、迅速に元の状態に戻したり、柔軟に対応して難局を乗り切ったりすることができるからです。それはまるで、強靭な復元力を持つばねのようなものです。 実践面では、デジタル技術の活用やユーザビリティテストの実施が提案されています。

例えば、予期せぬ機器の故障が起きたとき、マニュアルにない状況でも臨機応変に対応し、システムを安定させることができるのは、このレジリエンスがあるからこそです。 Safety-IIの考え方は、人間の失敗を否定的に捉えるのではなく、むしろ人間の持つ柔軟性や創造性を肯定的に評価します。

このアプローチは、完璧を求めるのではなく、現実的な対応力を重視するものです。そして、この考え方は単に職場の安全管理だけでなく、日常生活や社会のあり方にも応用可能な、広い射程を持っています。

レジリエンスを高めることで、私たちはより柔軟に、そしてより効果的に様々な課題に対処できるようになります。それは単にエラーを減らすだけでなく、新たな可能性を切り開くことにもつながるのです。

例えば、新型のウイルスが発生した場合、既存のマニュアルだけでは対応しきれません。そのような時、医療従事者や政策立案者は、限られた情報の中で最善の判断を下す必要があります。これこそが、Safety-IIが重視する「大局的見地からの対処」なのです。

この新しい安全管理の考え方は、現代の複雑なシステムに適しています。失敗を防ぐだけでなく、成功を促進し、予期せぬ状況に適応する能力を高めることで、より安全で効果的なシステムの構築が可能になるのです。

人間に求められるのは、ヒューマンエラーを絶対にしないことではない。ITやDXが進展した時代では、機械のほうが正確に効率よくいろいろなことをこなしてくれる。機械的な細かい業務や作業は機械に任せ、人間はもっと大局的な見地から、想定されないことが生じたときにどう対処できるかが求められていると考える。

著者は、ヒューマンエラーを単に個人の注意力の問題として片付けるのではなく、システム全体の問題として捉えることの重要性を強調しています。個人の努力だけでなく、組織やシステムの設計によって、エラーの発生を減らし、発生した場合の影響を最小限に抑えることができるのです。

完璧を求めるのではなく、失敗から学び、柔軟に対応できるシステムを構築することの重要性を説く本書は、安全性と効率性の向上を目指す全ての人々にとって、貴重な指針となるでしょう。

ミスを完全になくすことを目指すのではなく、ミスから学び、迅速に回復する能力であるレジリエンスを育むという著者の視点は、今後の組織運営や社会システムの設計に大きな影響を与える可能性を秘めています。

個人の責任追及から脱却し、システム全体の改善に目を向けるという著者の主張は、より安全で効率的な社会の実現に向けた新たな指針となります。

さらに、エラーから学び、再発を防ぐ組織文化の醸成が大切です。失敗を隠さず、オープンに議論し、その教訓を業務改善に活かす姿勢が求められます。 これらの要素を組み合わせることで、個人の責任追及から脱却し、システム全体の継続的な改善が可能になります。この アプローチは組織のレジリエンスを高め、予期せぬ事態にも柔軟に対応できる強さを育てることにつながるのです。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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