AIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティング (佐藤尚之)の書評

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AIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティング
佐藤尚之
日経BP

AIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティング (佐藤尚之)の要約

AIの登場により、マーケティングはB to CからB to A to w Cへと構造転換し、企業はAIと人の両方に選ばれる必要が生まれました。その中核となる指標が、顧客満足度やNPSを超える「顧客幸福度(CWS)」です。顧客幸福度は推奨意向や継続意向、生涯ファン意向と高い相関を示し、ファンとの関係性を測定可能な経営資源へと変えます。顧客幸福経営は、AI時代に持続的な価値を生む合理的な経営アプローチです。

AI時代のマーケティングはどう変化する?

AIと一心同体のように生きていく生活者を、本書では「世界一賢い生活者」と呼びたい。 (佐藤尚之)

AIの登場によって、マーケティングの世界は確実に変化しています。企業がどれだけ丁寧にメッセージを設計し、広告やプロモーションを展開しても、生活者はそれをそのまま受け取る存在ではなくなりました。何かを選ぶ前にまずAIに相談し、情報を整理してもらったうえで判断するという行動が、特別なものではなくなりつつあります。

この変化は、単なる手法のアップデートではありません。マーケティングの前提そのものが変わったことを意味しています。これまでのマーケティングは、企業が多くの情報を持ち、それを生活者に伝えることで成立していました。

インターネットの普及によって双方向性は高まりましたが、それでもなお、情報の主導権は企業やブランド側にあり、生活者は与えられた情報をもとに判断する立場にありました。 しかし、AIが生活者の横に付き添い、常に意思決定を補助する存在になることで、この構図は一気に崩れます。生活者はAIを通じて、世界中の商品やサービスの情報を瞬時に収集し、比較し、整理し、自分にとっての最適解を導き出せるようになります。

企業の発信する情報は、生活者に直接届く前に、まずAIによって解釈され、評価される存在になります。 この構造変化を整理すると、従来のB to C、つまり企業から生活者へ直接情報を届けるモデルは、そのままでは機能しなくなると佐藤尚之氏はAIに選ばれ、ファンに愛される。 変わる生活者とこれからのマーケティングの中で指摘します。企業と生活者の間にAIが入り、企業からAI、そして生活者へと情報が流れるB to A to Cの構造へと移行していくと言うのです。

さらに生活者がAIに強く依存するようになると、情報の流れはAIを起点としたものに集約され、実質的には企業とAIが生活者と共に意思決定を行うB to A w C(企業 to AI with 生活者)の状態に近づいていきます。 このB to A w Cの世界では、AIは単なる検索ツールや仲介者ではありません。

情報の送り手である企業と同程度、あるいはそれ以上の情報を持ち、それを理解したうえで、生活者と一心同体のように行動する存在になります。

生活者の価値観や過去の選択、日常の行動を学習したAIは、ネット上の膨大な情報を瞬時に読み込み、分析し、整理し、生活者にとって分かりやすい形で提示します。 この結果、これまでマーケティングを支えてきた「情報の非対称性」は、ほぼ完全に崩壊します。

企業がどれほど魅力的な広告を作っても、どれほど大規模なイベントで人を集めても、どれほど影響力のあるインフルエンサーの投稿がSNSに溢れても、生活者がAIに「これはどうなのか」と一言聞くだけで、AIは数秒で肯定的な情報も否定的な情報も含めて整理し、判断材料を提示します。 この環境下では、企業が一方的に情報をコントロールし、認知や印象を作り上げることは極めて難しくなります。

マーケティングの焦点は、「いかに目立つか」「いかに拡散されるか」から、「いかにAIに理解され、評価されるか」、そして「その先で、なぜ人に選ばれるのか」へと移っていきます。

ここで重要になるのが、AIの論理を超えた「関係性」です。AIは論理で比較し、条件で絞り込むことはできますが、人と人の間に生まれる信頼や共感、長い時間をかけて築かれる関係性そのものを理解することはできません。だからこそ、企業にとっての競争優位は、情報量や訴求力ではなく、関係性の質へと移っていきます。

つまり、ファンという存在、指名顧客や生涯顧客と呼ばれる人たちは、AIという「どうすれば選ばれるのかが分かりにくい存在」と向き合わなければならない時代において、企業にとって極めて重要な資産になります。

ファンとの関係性は、AIの評価軸に左右されにくく、人の意思決定に強く影響します。この関係性こそが、AI時代における企業の生命線となり、これからのマーケティングを考えるための出発点になるのです。

AIとファンベースに評価されるためのフレームワーク

AIの論理を超えた「関係性」こそが、AI時代における企業の生命線になる。  つまり、ファンという存在、指名顧客・生涯顧客という資産こそが、AIという「どうすれば選ばれるのかわからなすぎる機械」を相手にしないといけない時代の、大きな希望となる。

AIは感情ではなく論理で判断します。発信されている情報が一貫しているか、実態と乖離していないか、第三者による評価や実績が十分に蓄積されているかといった点を冷静に見ています。ここで重要になるのが、AIに信頼されるためのフレームワークである「TRUST」です。

・T Translation(AI語への翻訳)
人間向けの言葉だけでなく、AIが理解・処理しやすいデータ形式(構造化データなど)に情報を整理する。

・R Report & Review(リポートとレビュー)
良質なレビューやフィードバックを蓄積し、AIが「評価の高いもの」として認識する根拠を作る。

・U Uniqueness(差別化ポイントと独自性)
他とは違う独自の価値を明確にし、AIが特定のニーズに対して「これしかない」と判断できるようにする。

・S Sincerity(誠実な設定と対応)
アルゴリズムを欺くような操作をせず、誠実な情報公開と運用を徹底する。

・T Truthfulness(企業の真実性)
企業の成り立ちや実体に嘘がないこと。AIはネット上の膨大な情報から情報の不整合(嘘)を見抜く。

TRUSTは、企業やブランドが持つ価値や姿勢を、AIが正しく読み取れる形で整えるための考え方です。企業の思想や特徴が、AIに理解可能な言語へと翻訳されているかどうかは、AI時代の基本条件になります。また、実績や顧客の評価がレポートやレビューとして継続的に蓄積されているかどうかも重要です。単発の成功事例ではなく、時間をかけて積み重ねられた評価が、AIにとっての信頼材料になります。

さらに、他社と何が違うのかという独自性が明確であること、設定や対応に誠実さがあり、企業としての姿勢が一貫していることも欠かせません。発信しているメッセージと実際の行動がズレていれば、その不整合はAIによって容易に検出されます。TRUSTとは、表現の工夫というよりも、企業活動そのものの整合性を問うフレームワークだと言えます。

TRUSTによってAIからの信頼を獲得できたとしても、それだけで選ばれ続ける存在になるわけではありません。AIは論理的に候補を絞り込むことはできますが、その先でどれを選ぶかという判断には、人間の感覚が必ず介在します。そこで重要になるのが、TRUSTによって生まれた信頼を、人の「感覚」にまでつなげていく視点です。

この役割を担うのが、「SENSE」という考え方です。SENSEとは、ブランドが持つ情報や価値を、生活者の感覚に自然と届く形へと変換するためのフレームワークだと言えます。

・Social(社会的センス)
そのブランドが社会に対してどのような良い影響を与えているか(社会性)。

・E Era(時代的センス)
今の時代の空気感や価値観に合っているか(時代性)。

・N Natural(その人的センス)
「自分らしい」と感じられるか。個人のライフスタイルに自然に馴染むか。

・S Style(デザイン的センス)
見た目の美しさや使い心地など、五感に響くデザイン性があるか。

・E Economic(経済的センス)
単なる安さではなく、その価値に対して納得感のある価格(コスパや投資価値)か。

どれほど論理的に優れ、AIに正しく評価されていたとしても、人の感覚に引っかからなければ、最終的な選択には至りません。だからこそ、信頼の土台の上に、感覚に訴える要素を重ねていく必要があります。 ブランドがどのような社会的立ち位置を取り、どのような課題意識を持っているのかという点は、生活者の共感に大きく影響します。

また、そのブランドが今という時代をどう捉え、どの方向を向いているのかという時代的なセンスも、無意識のうちに評価されています。さらに、そこに関わる人の温度感や人間らしさが感じられるかどうかは、ブランドへの親近感や信頼感を左右します。

加えて、デザインや表現のスタイルは、感覚に直接作用する重要な要素です。見た目や言葉遣い、世界観の一貫性は、論理では説明しきれない印象を形成します。そして価格や価値のバランス感覚、つまり経済的なセンスもまた、ブランドの姿勢を雄弁に物語ります。高すぎても、安すぎても、人はそこに違和感を覚えます。その違和感は、感覚的な評価として蓄積されていきます。

このようにSENSEは、TRUSTによって築かれた信頼を、人が「なんとなくいい」「自分に合っている」と感じる領域まで橋渡しする役割を果たします。AIが論理で世界を整理する時代だからこそ、人間側の感覚に響くセンスの価値は、むしろ高まっています。

ただし、AIに信頼されるだけでは、選ばれ続ける存在にはなれません。AIが担うのは、あくまで論理的な整理と候補の絞り込みです。最終的にどれを選ぶかを決めるのは、依然として人間です。機械が条件で絞り、人が感覚で決める。この役割分担が進む中で、ブランドは論理と感情の両方に応えなければなりません。 そこで重要になるのが、ファンとの関係性を軸に据える「FANBASE」という考え方です。

・F Find & Listen(発見と傾聴)
すでに存在しているファンを見つけ出し、彼らの声に真摯に耳を傾ける。

・A Access(接点と交流)
ファンと直接つながる場(SNSやイベント)を持ち、双方向のコミュニケーションをとる。

・N Narrative(物語の共有)
スペックではなく、ブランドが持つ背景、苦労、想いといった「物語」を伝える。

・B Bonding(絆の構築)
一方的な発信ではなく、ファンとの情緒的な結びつき(信頼関係)を深める。

・A Action(共創)
ファンと一緒に商品開発をしたり、活動を共にしたりして「自分たちのブランド」だと感じてもらう。

・S Synergy(シナジー) ファン同士がつながり、熱量が波及していくことで、ブランド全体に相乗効果を生む。

・E Engage(継続的関係)
一過性のキャンペーンで終わらせず、長く、深く、関係性を維持し続ける。

FANBASEは、ファンを単なる購入者としてではなく、長期的な関係を築くパートナーとして捉えます。ファンは、ブランドの価値観に共感し、自らの体験を言葉にし、周囲に共有します。その行為は、広告とは異なる説得力を持ち、他の生活者にとっても信頼できる情報になります。

ファンとの関係性は、短期間で築けるものではありません。ファンを見つけ、その声に耳を傾け、接点を持ち、交流を重ねる中で、少しずつ信頼が育まれていきます。ブランドの物語が共有され、共感が深まり、やがて一緒に何かを生み出す関係へと発展していきます。

この継続的な関係性こそが、FANBASEの中核です。 このファンとの関係は、人にとって価値があるだけでなく、AIにとっても極めて重要な意味を持ちます。AIは感情そのものを理解することはできませんが、感情が込められた行動や言語データを「質の高い情報」として評価します。

顧客幸福経営を経営指標に取り入れるべき理由

顧客幸福度の高い顧客による「強い推奨」は、AIが最も信頼するシグナルとなるわけだ。

著者が提唱する「顧客幸福度(CWS:Customer Well-being Score)」は、これまでのマーケティングで主流だった「顧客満足度(CS)」やNPSの限界を超え、AI時代における新たな成功指標として定義された概念です。

顧客満足度やNPSが主に「取引」や「体験の良し悪し」、あるいは推奨の意思といった行動意向を測る指標であったのに対し、顧客幸福度は、ブランドや企業の存在そのものが、顧客の人生や価値観にどのような影響を与えているかに目を向けます。

顧客幸福度という指標は、単に顧客との関係性を測るためのものではありません。その本質的な価値は、企業と顧客の関係が今どの方向へ向かっているのか、そしてその関係が将来どのような成果を生むのかを、極めて高い精度で示してくれる点にあります。満足しているかどうかではなく、そのブランドが「あることで幸せかどうか」を問う点に、この指標の決定的な違いがあります。

AI時代において、商品やサービスの機能差は急速に縮まり、比較は瞬時に行われるようになりました。その環境下では、満足度の高さや推奨意向だけで競争優位を維持することは、次第に難しくなっていきます。

一方で、顧客幸福度は、推奨意向や継続意向、生涯ファン意向といった行動につながる意向と強く結びつき、企業と顧客の関係が「一過性の取引」にとどまっているのか、それとも「長期的な関係性」へと発展しているのかを明確に映し出します。

つまり顧客幸福度は、過去の結果を振り返るための指標ではなく、未来を予測するための指標だと言えます。企業がどのような顧客との関係を築いているのか、その関係が持続的な価値を生むものなのかを、感覚や経験則ではなく、数値として捉えることを可能にします。

だからこそ著者は、顧客幸福度をAI時代におけるマーケティングと経営の中核に据えるべき指標として位置づけているのです。

特に注目すべきなのは、顧客幸福度と各種の顧客意向との相関の高さです。 データを見ると、顧客幸福度と生涯ファン意向の相関は0.91という非常に高い数値を示しています。これは、ブランドの存在そのものに幸せを感じている顧客ほど、「このブランドと長く付き合い続けたい」という意向を強く持っていることを意味します。

また、継続意向との相関は0.85、指名買い意向との相関は0.79となっており、顧客幸福度が高まるほど、他の選択肢ではなくそのブランドを選び続ける確率が高まることが分かります。

中でも特筆すべきなのが、推奨意向との相関です。顧客幸福度と推奨意向の相関係数は0.98という数値を示しています。統計的に見れば、ほぼ完全相関と言って差し支えないレベルになっています。

しかし、この結果は決して不自然なものではありません。ブランドの存在に幸せを感じている顧客は、その体験を自分の中だけに留めておかず、「誰かに勧めたい」「共有したい」という強い気持ちをほぼ確実に持つからです。

これらの高い相関値が示しているのは、顧客幸福度が感情的で曖昧な指標ではなく、極めて行動に近い指標であるという事実です。顧客幸福度が上がるということは、ファンとの関係性が強まっていることを意味し、その結果として、生涯ファン意向、推奨意向、継続意向、指名買い意向といった具体的な行動につながる意向が高まっていきます。

つまり、顧客幸福度を測ることで、これまで定性的に語られることの多かった「ファンとの関係性」を、測定可能な形で捉えることができるようになります。この点は、経営において極めて重要です。なぜなら、測定できないものは改善できず、意思決定にも組み込みにくいからです。

顧客幸福度という指標は、ファンとの関係性を「測定可能な経営資源」へと引き上げる役割を果たします。 もちろん、顧客幸福度だけですべてを判断することはできません。売上、利益率、効率、生産性といった既存の経営指標は、引き続き重要です。しかし、そこに顧客幸福度という視点を加えることで、企業の意思決定はより立体的になります。

これは単なる指標の追加ではなく、経営の重心を少しずつ移していくプロセスだと言えます。 短期的な売上や効率を最大化する経営は、AI時代においてますます競争が激しくなり、消耗戦に陥りやすくなります。

一方で、顧客との関係性を深め、顧客幸福度を高めることは、強い推奨を生み、価格や機能の比較競争から距離を取ることにつながります。これは感情論ではなく、先ほどの相関データが示している合理的な結果です。 このような考え方を、著者は顧客幸福経営と呼んでいます。

顧客幸福経営とは、売上や効率を否定するものではなく、それらを長期的に、かつ持続的に実現するために、顧客との関係性と幸福を経営の判断軸に組み込んでいく姿勢です。顧客幸福度という指標を通じて関係性を可視化し、その変化を見ながら企業活動を調整していくことが、その中心になります。

AIが論理によって選択肢を絞り込む時代において、最終的に選ばれる理由は「関係性」と「幸福」にあります。価格や機能、合理性が横並びになったとき、人はどこに安心を感じ、どこに居心地のよさを見出すのか。その見えにくかった価値を、数値として可視化し、経営の意思決定に組み込もうとするのが「顧客幸福度」という指標です。これは理念論ではなく、極めて実践的な経営の羅針盤だと言えるでしょう。

なかでも第7章で語られる、AI時代の「6つの物語」は示唆に富んでいます。AIが高度化すればするほど、人が企業やブランドに求めるものは、「正しさ」だけではなく「幸福感」へと静かに重心を移していく。その未来予測が物語として描かれることで、なぜ今、顧客幸福度経営が不可欠なのかを実感できるはずです。

最強Appleフレームワーク

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