行動経済学の使い方
大竹文雄
岩波書店
本書の要約
行動経済学が注目されるようになり、「NUDGE(ナッジ)」の重要性が認識されるようになっています。NudgesやEASTなどのチェックリストを活用し、ナッジを上手に使うことで、正しい選択を行えるようになります。ボトルネックを解消し、選択アーキテクチャーを正しく設計すれば、私たちはもっと豊かになれるのです。
行動経済学の4つの理論
行動経済学は、人間の意思決定のクセを、いくつかの観点で整理してきた。すなわち、確実性効果と損失回避からなりたつプロスペクト理論、時間割引率の特性である現在バイアス、他人の効用や行動に影響を受ける社会的選好、そして、合理的推論とは異なる系統的な直感的意思決定であるヒューリステイックスの4つである。つまり、人間の意思決定は合理的なものから予測可能な形でずれる。逆に言えば、行動経済学的な特性を使って、私たちの意思決定をより合理的なものに近づけることができるかもしれない。
経済学のモデル理論に心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である行動経済学が注目されています。人には合理的に行動できない特性があり、さまざまなバイアスによって、自らの行動を歪めています。
冒頭、行動経済学の4つの理論が具体例とともにわかりやすく説明されています。
■プロスペクト理論
不確実性下における意思決定モデルの一つ。選択の結果、得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人がどのような選択をするか記述するモデル。
■現在バイアス
目の前にあることがらを過大評価してしまう概念。現在の楽しみを優先し、行動を先延ばししてしまうという特性。
■社会的選好
利他主義、公平性、互恵主義、および不公平回避(自分の満足度の問題)など。
■直感的意思決定であるヒューリステイックス
近道による意思決定。私たちは直感的(ヒューリステイックス)にものごとを判断します。
・サンクコストの誤謬
私たちは回収できないはずの費用(サンクコスト)を無理に回収しようとしてしまいます。
・意志力
疲労による意思決定能力の低下。(朝時間に大切なタスクを行うようにするなどの工夫が必要)
・選択過剰負荷と情報過剰負荷
選択肢や情報が多すぎることにより、人は正しく判断できなくなります。
・平均への回帰
極端なことが起きると、次は平均的なことが起こりやすくなります。
・メンタル・アカウンティング
心の中で行う会計処理。
・利用可能性ヒューリスティックと代表性ヒューリスティック
正しい情報よりも身近で利用しやす情報をもとに意思決定を行うこと(利用可能性ヒューリスティック)
似たような属性から判断してしまうこと(代表性ヒューリティクス)
・アンカリング効果
最初に与えられた数字などが決定に影響を及ぼすこと。
・極端回避性
両極端なものではなく、真ん中のものを選びます。
・社会規範と同調効果
社会規範を意識し、多数の意見に同調し、選択する。
・プロジェクション・バイアス
現状を意識し、未来を正しく予測できないことい。
ナッジのチェックリストを活用しよう!
行動経済学的手段を用いて、選択の自由を確保しながら、金銭的なインセンティブを用いないで、行動変容を引き起こすことがナッジである。
金銭的なインセンティブや罰則付きの規制を使わないで、行動経済学的特性を用いて人々の行動をよりよいものにすることを「ナッジ」と言います。例えば、カフェテリアで果物を目の高さに置いて、果物の摂取を促進することやゴミ箱までに足跡をつけて、ゴミを減らすこともナッジになります。
行動経済学的知見を用いて、人々の行動を自分の私利私欲のために促したり、よりよい行動をさせないようにしたりすることは、ナッジではなく、「スラッジ」と言います。
ネットで買い物をした際に、宣伝メールの送付があらかじめ選択されていて、その解除が難しい場合は、ナッジではなくスラッジになります。社会保障の受給手続きが必要以上に面倒になっていることもスラッジです。
うまくナッジを設計することができれば、私たち自身の意思決定はよりよいものにります。現在バイアスが理由で仕事を先延ばしする傾向がある人なら、先延ばしすること自体を面倒にするナッジを作ればよいのです。
深夜残業しがちな人であれば、深夜残業を原則禁止し、早朝勤務を選べるようにします。残業をするという選択の自由を確保しながら、早朝に残業するという面倒を増やすことで、先延ばし行動を抑制できます。
どうすれば、よいナッジを設計することができるのでしょうか?OECD(経済協力開発機構)や行動洞察チームが、ナッジの設計のプロセスフローを提案しています。OECDのBASICというフレームワークでよいナッジを生み出せます。
人々の行動(Behaviour)→行動経済学的に分析(Analysis)→ナッジの戦略(Strategy)→ナッジによる介入(Intervention)→政策や制度を変化(Change)させるというものです。
ナッジ理論を普及させたリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンはナッジ(Nudges)のチェックリストを明らかにしています。
①iNcentive(インセンティブ)
対象者がどのようなインセンティブをもっているかを考えます。
②Understand mapping(マッピング理解)
意思決定プロセスをマッピング化し、 意思決定のどこにボトルネックがあって、望ましい行動がとれないかを明らかにします。
③Defaults(デフォルト)
望ましい選択をデフォルトの選択として設計できるのであれば、利用することを考えます。
④Give feedback(フィードバック)
本人がとった行動の結果をフィードバックできれば、行動の結果を報酬として認知でき、学習や習慣形成につながります。
⑤Expect error(エラーの予期)
人々の選択ミスを予測します。
⑥Structure complex choices(複雑な選択を体系化)
選択が複雑であることが原因で、選択をしなかったり、間違った選択をしたりする場合には、選択を体系化することで、複雑な思考をしなくても望ましい選択ができるように設計します。
イギリスのBehavioural Insights Teamsは「EAST(Easy、Attractive、Social、Timely)」と呼ばれるチェックリストを提案し、ナッジを使いやすくしています。
・Easy(簡単・簡潔)
Easy(簡単)であるということが大切です。 面倒な手順があれば取り除き、できるだけシンプルにします。
・Attractive(魅力的・印象的)
Attractiveは、相手の注意を引く工夫をすることで、人は行動を変えてくれます。コンビニのレジの前に足跡をつけることで、人は列に並んでくれるようになります。
・Social(社会的)
人の持つ社会性を活用します。 周りの人がみんなやっているというメッセージが意外なほど効果を発揮します。
・Timely(タイミング)
ナッジのタイミングの重要性。マーケティングでは、赤ワインと肉、スマートフォンと充電ケーブルのように補完的な消費財を統計的に調べて、ある商品を購入した人に、多くの人が同時に購入している商品を提案すれば、その商品の購入可能性が高まります。最初の商品の購入のタイミングに合わせて、補完的な商品の提案を行うことで売上をアップできるのです。
チェックリストを活用し、ナッジを上手に使うことで、正しい選択を行えるようになります。ボトルネックを解消し、選択アーキテクチャーを正しく設計すれば、私たちはもっと豊かになれるのです。
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