ディスカバリー・ドリブン戦略―かつてないほど不確実な世界で「成長を最大化」する方法
リタ・マグレイス
東洋経済新報社
本書の要約
仮説指向計画法を取り入れることで、企業は変わりゆく環境への適応力を高め、イノベーションを起こすことができます。変化の兆しは、大きな変動が訪れる前に、微妙な動きとして徐々に表れます。この転換点を早めに掴み、顧客体験を高めるビジネスを行うことで、競合への優位性を発揮できます。
仮説指向計画法(Discovery-Driven Planning, DDP)とは何か?
知的な失敗は奨励すべきと考えよう。不確実性が大きいときには、知的な失敗から豊かな学びを得られる可能性がある。いや、むしろそれを失敗とみなすのではなく、組織にとっての実験のようなものだと考えるべきなのだ。(リタ・マグレイス)
組織のリーダーは、未知の水域を航行する船の船長に似ています。明確な目的地は知らされているものの、途中の波風や障害物をどのように避けるかは、その場その場での判断が求められるのです。科学の手法を取り入れることで、その途中での航行をより確実なものにすることが可能です。それは、未知の状況での実験という名の「試行錯誤」を通じて、最適なルートを見つけ出すプロセスに他なりません。
実験の結果は、必ずしも期待通りとは限りません。しかし、その過程で得られるデータや情報は、次のアクションを判断するための貴重な手がかりとなるのです。そのため、失敗を恐れず、むしろ失敗から学ぶ姿勢が組織のリーダーには求められます。そして、それを可能にするのが、実験のプロセスです。
コロンビア大学ビジネススクール教授のリタ・マグレイスは、この実験の重要性を本書で繰り返し強調しています。彼女は学術的なアプローチと実務的な視点を組み合わせることで、新しい経営の手法や思考を提供してきました。彼女の考える「仮説指向計画法」(Discovery-Driven Planning, DDP)は、組織のリーダーたちが未知の状況に取り組むための新しい指南となっています。
このディスカバリー・ドリブンのアプローチという考え方は、不確実性の高いプロジェクトや新ビジネスの立ち上げ時に特に役立ちます。主な考え方は、「成功」の定義を先に明確にして、それを目指して各ステップを逆算する方法です。これにより、実際の行動計画を組み立てる際の方向性や焦点が鮮明になります。
しかし、この方法の中核にある「仮定」は、名前の通り“仮”のものです。行動を実際に開始すると、事前に考えていたシナリオとは異なる結果や障壁に直面することも少なくありません。こうした時、焦ることなくその原因を冷静に分析し、初めて明らかになるギャップを埋める策を立てることが求められます。
このアプローチの美点は、早期にリスク(転換点)を感知し、それに対して効果的な調整を加えられる点にあります。仮定に基づいて進行する中で、その仮定と現実との間の隔たりを継続的に確認し、修正を行うことで、計画の方向性を逸することなく、目標に近づくことができます。
どんなに成功を収めた企業でも、新たな波への対応を怠れば衰退の危険に晒されます。特に、大企業や競争優位を獲得している企業は、そのキーポイント、「転換点」を逃すことが多いです。 この「転換点」は、ビジネスの基盤や方向性が大きく変わる瞬間を指します。
転換点は、ビジネスが拠って立つ基本的な前提を「10X変化」が覆したときに発生する。前提は当たり前のものと受け止められているため、現状のなかで仕事をしている幹部役員にとって変化の意味するものを見抜くことは容易ではない。
転換点を逃すと、企業の競争力や市場地位が一夜にして崩れる可能性があります。 その原因は、企業が過去の成功に安住し、変革の必要性を感じなくなることにあります。成功体験が積み重なると、それが正しいとの確信を強め、変化を避ける姿勢が強まります。 だが、ビジネスの世界は日々進化しています。テクノロジーの革新や新規参入企業の挑戦など、市場環境は常に変わり続けています。
このダイナミクスに対応するためには、転換点の予兆を見逃さない洞察力が欠かせません。 転換点を逃すことで、優位性のあった企業が競争から取り残され、市場のリーダーシップを失っていきます。しかしその逆もまた真であり、転換点を的確に捉え、適切なアクションをとることで新しい市場や顧客層を獲得する企業も少なくありません。
転換点に敏感でいるためには、経営陣だけでなく、現場とのコミュニケーションを行い、転換的のシグナルが明らかになる前にイノベーションを起こすことです。本書の富士フィルムのケース(フィルム事業からの脱却)がまさにこの転換点の重要性を教えてくれます。逆に2000年代のマイクロソフトは転換点を見誤ることで、Apple(スマートフォン・モバイルOS)やGoogle(検索、モバイルOS)、Amazon(クラウド)にシェアを奪われてしまったのです。
優位性が消滅しつつあるサインとは?
企業の優位性が消滅しつつあるサインを著者は明らかにしています。
◆私は自社の製品やサービスを購入しない。
◆我が社は他社と同じかそれ以上の投資をしているのに、利益も成長も不十分だ。
◆顧客は、より安くてシンプルな「そこそこの」ソリューションを見つけている。
◆予想もしなかったところからライバルが現れている。
◆顧客は、もはや我が社が提供するものにワクワクしなくなっている。
◆我が社は、こちらが雇いたいと思う人材からもっとも働きたい会社と見なされていない。
◆我が社で最高の人材が何名か退職した。
◆我が社の株価は、いつまでたっても割安だ。
◆技術系社員(科学者やエンジニアなど)が、新技術によって我が社の事業が変わると予測している。
◆我々はヘッドハンターのターゲットになっていない。
◆成長軌道が、鈍化したり反転したりしている。
◆過去2年間に、市場に投入できたイノベーションがほとんどない。
◆会社が福利厚生を削減したり、リスクを従業員に転嫁したりするようになっている。
◆経営陣は、今後入ってくるかもしれない悪い知らせの重要性を否定している。
顧客を不快にしたり、さらには怒らせたりする業務形態が、場合によっては(既存の企業を破壊する)新プレイヤーを市場に呼び込み、顧客を離れさせる原因になる。前方に転換点の兆しが見えたとしても、それが実際に到来するまでには思った以上の長い年月がかかることもある。顧客が人質としての立場を甘んじて受け入れるのは、ほんの一定期間のことだ。いずれ、彼らを拘束するビジネスモデルが崩壊するのは間違いない。
企業の存続や成功には、顧客と従業員の両方が欠かせません。確かに、顧客の離反はビジネスにおいて致命的な打撃となる可能性があります。彼らは時代の流れや新しいトレンドに敏感であり、競合企業の取り組みに惹かれることも多いのです。
顧客体験を向上させるためのカスタマージャーニーの策定や、顧客が経験するストレスや問題点(カスタマーフラストレーション)の特定は、ビジネスの成長の鍵となります。例えば、ネットフリックスはブロックバスターが持っていた弱点、つまり延滞料金という問題を見つけ出し、その解決策を提供することで多くの顧客を引きつけました。そして、時代のニーズに合わせてサービスをストリーミングへシフトし、市場での地位を確固たるものにしたのです。
しかし、顧客だけではなく、従業員もまた企業の成功を支える重要な要素です。彼らは企業の核となる部分で、その献身と情熱が企業を動かしています。経営者として、従業員の声を大切にし、彼らが働きやすい環境を提供することも、事業の持続的な成長につながります。
一時的な利益の追求は誘惑されるものですが、真の長期的な成功は、顧客と従業員の満足を基盤として築かれるものです。企業がこれらの要因を重視し、継続的に価値を提供し続けることで、真の成功への道を歩むことができるでしょう。
ジョブ理論は、顧客が製品やサービスを購入する背後にある「仕事」や「目的」を理解しようとするアプローチを指します。この理論は、クレイトン・クリステンセン教授によって広められました。彼は、消費者が製品やサービスを単に機能や特徴のために購入するのではなく、特定の「ジョブ」を達成するためにそれを「雇う」という考え方を提唱しました。ジョブ理論に基づき、顧客の不満を解決する商品やサービスを提供することが、経営者と従業員の役割になっています。
ジョブ理論が顧客の本質的なニーズを理解するための方法論としての側面を持つのに対してリタ・マグレイスは、経営戦略とイノベーションの観点から、企業が変化する環境にどのように適応し続けるかに焦点を当てています。彼女の考え方の中心には、継続的なイノベーションや変化への適応が、組織の持続的な競争力を保持するための鍵であるという考えがあります。
ジョブ理論が示すように、顧客は特定の「ジョブ」を達成するために製品やサービスを「雇います」。そして、この「ジョブ」の内容は時間と共に変わっていきます。リタ・マグレイスは、この変化に対して企業がどのように柔軟に対応し続けるか、という視点を強調します。つまり、経営者と従業員は、市場や顧客のニーズが変化する中で、持続的なイノベーションを追求し、組織の戦略を適切に調整していく必要があります。
AmazonやFacebookなどの成功したプラットフォーマーは、それぞれが参入したアリーナを根本的に再定義しました。彼らは顧客体験を高めるために、顧客のフラストレーションを明らかにしながら、斬新で効果的な解決策を提供し続けました。顧客はショッピングモールではなく、ワンクリックでの買い物を楽しんだり、コミュニケーションの方法を変えていったのです。
仮説指向計画法によってイノベーションを起こす方法
そこでディスカバリー・ドリブンでは、一定の計画を持ちつつ、仮定を意識しながらアジャイル型で進めていく。いきなり巨額を投じるのではなく、小さく初めて、事後的に「仮定があたっていた」「外れていた」と判明するにつれ、学習しながら軌道修正するのだ。
リタ・マグレイスは不確実性の高い状況やイノベーションにおけるプロジェクトを進める際の新しい計画手法として「仮説指向計画法(DDP)」を提唱していますが、これは、従来の計画手法が新しい事業やイノベーションには適していないという考えに基づいています。
仮説指向計画法を用いる際、まずは未来に向けたいくつかのパラメーターを立てることからスタートします。そして、その未来を実現させるために、どのような事実や条件が必要かをバックキャスティングしながら、洗い出していきます。
変化に対する最善のアプローチは、自分の仮説の検証、プラス面の見続けること、低コストの失敗、自分の行動の結果の評価と修正です。これらの要素を意識しながら、変化に柔軟に対応することが重要です。変化は避けられないものですが、適切なアプローチを持つことで、より良い結果を生み出すことができるのです。
起業家のマインドセットを身につけ、仮説思考を徹底することで、本当の顧客のペインを探りあて、イノベーションのきっかけをつかめます。
不確実性の高い時代こそ、仮定を認識し、柔軟に現実に対応する必要がある。体系的なやり方で、早めに失敗して学習しなくてはならない。暗黙の前提を仮定として認識し、洗い出し、言語化して、事後に外れていたとわかれば軌道修正を図る。それが不確実性に対応していく有効な方法であること
進むべき最善の道は、仮説指向計画法に沿って、さまざまな予測を知識に変えていくことだ。単純に、自分の判断の正しさを証明しようとするのではない。自分の判断の「正しさ」について、思い悩む必要はない。むしろ、その次のステップについて学ぶことに価値があるかどうかを考えるべきだ。
仮説指向計画法を採用することで、企業は環境の変化に柔軟に対応し、成長を促進することができます。大きな転換が起こる前に、しばしば微細な変動が徐々に観測されます。これらの変動から新たなチャンスが生まれるのです。転換点を早期に察知し、もしくは自らその転換を促進することができれば、それは戦略的に非常に価値があります。
このような好機を最大限に活用するためには、「仮説指向型の成長ステップ」を積極的に進める必要があります。その際、経営者は以下のSPARKのフレームワークを実践すべきです。
・S=先を見通し、思い描け
・P=プランを立てよ
・A=アクションを起こせ
・R=リピートせよ
・K=確たる思いを貫け
優れた起業家やイノベーターは、転換点をただ迎えるだけではありません。彼らは複数の可能性を結びつけ、顧客の洞察を深化させることで、新しい技術やサービスを開発します。そして、その革新によって、業界のトップへと自らを導くのです。
起業家たちは、常に未来を予測し、戦略的な行動を展開しています。小さな試みを通して仮説の正確性を確認し、失敗へのリスクを最小化します。これらのチャレンジは、ただの経験や知識を増やすだけではなく、価値ある人脈を築くための土台ともなります。多岐にわたるが無駄のない人脈は、成功への道をより明確にしてくれます。そして、このようなアプローチ(しなやかなマインドセット)は、意識次第で誰もが取り組むことができるのです。
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