引き算思考 「減らす」「削る」「やめる」がブレイクスルーを起こす(ライディ・クロッツ)の書評

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引き算思考 「減らす」「削る」「やめる」がブレイクスルーを起こす
ライディ・クロッツ
白揚社

引き算思考(ライディ・クロッツ)の要約

私たち人類は生存と繁栄を求めて、絶え間なく「足し算」を重ねてきました。私たちはこの仕組みを「当たり前」と受け入れがちで、その思考習慣が「引き算」の発想を妨げています。ライディ・クロッツはこの課題に対し「満足化以降のレス」を提唱し、さらなる満足と新たな解決策を提示します。

引き算思考が現代に求められる理由

事物であれ考えであれ社会体制であれ、既存のそれに足し算をすることだ。一方で、既存のものから引き算をするという選択肢もある。(ライディ・クロッツ)

人類の歴史を紐解くと、それは際限のない「モア(より多く)」の追求の歴史でした。私たちの祖先は、生存と繁栄を求めて、絶え間なく「足し算」を重ねてきました。それは食料の蓄積から始まり、道具の開発、知識の集積へと発展し、現代社会の基礎を築いてきたのです。

狩猟採集社会において、より多くの食料を確保することは生存の鍵でした。季節の変化や自然災害に備えて、食料を蓄えることは賢明な戦略でした。この本能は現代でも私たちの中に深く根付いており、「もっと」を求める行動の原点となっています。

農耕社会への移行は、さらなる「足し算」を可能にしました。計画的な作物栽培により、より多くの食料を生産し、より大きな共同体を維持することが可能になりました。surplus(余剰)の概念が生まれ、それは新たな文化や技術の発展を促進する原動力となったのです。 道具の発展も、足し算の歴史そのものでした。石器から青銅器、鉄器へと、より効率的な道具が次々と生み出されました。

各時代の新しい道具は、それまでの機能に新たな要素を追加することで、より高度な作業を可能にしました。この進化の過程は、現代のハイテク機器の開発にも同様のパターンを見ることができます。 知識の蓄積は、おそらく人類最大の「足し算」と言えるでしょう。言語の発明により、個人の経験や発見を他者と共有し、次世代に伝えることが可能になりました。文字の発明は、この知識の蓄積をさらに加速させ、現代の情報社会の礎を築きました。

産業革命は、「モア」の追求に新たな次元をもたらしました。大量生産システムの確立により、物質的な豊かさが一般大衆にもたらされました。より多くの商品を、より早く、より安価に生産することが可能になり、消費社会の幕開けとなったのです。

デジタル革命は、この傾向をさらに推し進めました。情報技術の発展により、知識と情報の蓄積は指数関数的に加速しています。クラウドストレージの容量は年々増加し、私たちは以前より遥かに多くのデータを保存し、共有することができるようになりました。

しかし、この「モア」の追求は、現代社会に新たな課題ももたらしています。環境問題、資源の枯渇、情報過多によるストレスなど、「より多く」が必ずしも「より良い」結果をもたらすとは限らないことが明らかになってきました。

消費社会においては、物質的な所有がステータスの象徴となり、より多くの商品を購入し、所有することが幸福の指標のように扱われてきました。しかし、この価値観は環境負荷の増大や個人の精神的な疲弊をもたらす要因ともなっています。

また、情報社会における「モア」の追求は、私たちの認知能力に大きな負担をかけています。ソーシャルメディアの普及により、私たちは絶え間ない情報の流れにさらされ、その処理に追われています。より多くの情報へのアクセスが、必ずしも良質な判断や充実した生活につながっていない現実も浮かび上がってきています。

しかし、このような足し算一辺倒の考え方には重大な見落としがあります。その解決策として注目を集めているのが「引き算思考」です。 バージニア大学教授のレイディ・クロッツは、この引き算思考について独自の研究を進めています。

本書は、引き算の重要性とその潜在的可能性について、新しい視点を提供しています。 クロッツが経験した印象的な出来事は、3歳の息子とのレゴ遊びの中で起きました。不揃いな高さの柱で支えられた橋を水平にしようとした時、父親のクロッツは短い柱にブロックを追加しようとしましたが、息子は逆の発想で、長い柱からブロックを取り除いたのです。

この単純な行動は、私たちが日常的に陥りがちな思考の偏りを象徴的に示しています。スケジュール管理や文章の改善においても、私たちは「何かを加える」ことばかりに注目し、「引く」という選択肢を見落としがちです。 この見落としの背景には、複数の要因が存在します。

生物学的には、私たち人間には、資源を蓄積する本能が働いています。文化的には、新たな創造や付加に価値を見出す傾向があります。経済的には、生産と消費の拡大が発展の指標とされてきました。

しかし、これらの要因が「引き算」の価値を認識することを妨げているのです。 都市計画の分野では、この「引き算」の効果が顕著に表れた例があります。

サンフランシスコの東部地区では、大地震によって、古い高速道路の撤去によって魅力的な空間が生まれ、観光業や地域の経済に良い影響を及ぼしました。しかし、このような「引き算」の成果は、新しい建造物の建設と比べて認識されにくく、評価も得られにくいという特徴があります。

さらに重要なのは、「足し算」と「引き算」を対立概念として捉えるのではなく、相補的な関係として理解することです。この考え方を実践した好例が、マヤ・リンによるワシントンD.C.のベトナム退役軍人記念碑です。

地面を掘り下げて作られたこの記念碑は、周囲の巨大なモニュメントとは異なる控えめなスケールながら、戦没者の名前を刻むことで深い意味を持つ空間を創出しました。

「満足化以降のレス」が重要な理由

私たちはゼロから始めているわけではないと自覚しておくことが重要なのは、最初の足し算が「レス」に対する思考上の障害を設けているからだ。すでに何かがなされているのを見ると、私たちはそのままでよいと思う傾向がある。そこに何があるにせよ、それはきっと必要なもの、もしくは再度考案するのが難しいものに違いないと思い込む。あるいは「ほどほど」で満足できる無数の人が言ってきたように、壊れていないなら直すんじゃない、と言いたくなる。最初に足し算があると、ジョン・ロックでも怠惰になる──そこから「レス」まで行き着くのはたいへんなことなのだ。

私たちが物事を考える際、既存の仕組みや慣習を当然視することが多くあります。それらは「当たり前」として受け入れられ、無意識のうちに不可欠なものとみなされることがしばしばです。この思考習慣が、私たちの選択肢を狭め、「引き算」という発想を遠ざけています。

クロッツは、こうした現状に一石を投じ、「満足化以降のレス」という概念を提唱しています。それは、現代社会の抱える課題を解決し、さらなる満足を追求するための新たな視点を提供しています。

クロッツは、人間の思考が「足し算」へと向かいやすい理由を指摘しています。特に資本主義社会において、増産、消費、蓄積といった行為は価値の象徴とされています。この足し算の流れが社会全体の動力となり、私たちの生活や考え方に深く根付いているのです。しかし、これが限界を迎えるポイントがあります。

増やし続けることで満足度がピークを超え、やがて過剰がストレスや非効率を生む段階に至るのです。この「飽和点」を超えた後、求められるのは新たな視座、すなわち「満足化以降のレス」です。この考えを象徴してている経営者がスティーブ・ジョブズです。

ジョブズは、その生涯を通じて「引き算の美学」を貫いた人物です。彼の哲学は、iPhoneのデザインにおいて極めて顕著に表れています。2007年に初代iPhoneが登場したとき、それは単なる新しい携帯電話ではなく、テクノロジーとデザインの融合により「必要最小限」の美を体現した革新そのものでした。

iPhoneは、これまで当たり前とされていた物理的なキーボードや複数のボタンを排除し、大きなタッチスクリーンとシンプルなホームボタンだけを備えた斬新なデザインで市場に衝撃を与えました。 ジョブズは、「シンプルさは洗練の極みである」というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を信条としていました。

しかし、この「シンプルさ」とは、ただ単に余計なものを削ぎ落とすことではなく、真に重要なものを際立たせるための徹底的な思考の結果でした。

iPhoneの開発過程では、不要な機能やデザインをどこまで減らせるかが追求されました。彼は、見た目の美しさだけでなく、ユーザーが直感的に操作できることを重視しました。たとえば、タッチスクリーンという要素そのものが、物理的なボタンを大幅に減らすことを可能にし、同時に使い勝手を飛躍的に向上させました。

ジョブズのアプローチは、製品デザインだけでなく、Apple全体の文化や意思決定にも深く根付いていました。彼は「何を追加すべきか」ではなく、「何を削除すべきか」を常に問い続けました。この姿勢が、Appleの製品や広告戦略にまで反映されています。

たとえば、Appleの広告は過剰な情報を排除し、簡潔で力強いメッセージを伝えることで知られています。これもまた「引き算の美学」の一例と言えます。 iPhoneの成功は、引き算の哲学がいかに力を持つかを証明しています。それは単なる技術革新ではなく、余分なものを取り除くことで本質を際立たせることの重要性を教えてくれます。

この哲学は、製品開発にとどまらず、私たちの日常生活や意思決定にも応用できる普遍的なものです。スティーブ・ジョブズが示したのは、豊かさや成功は常に「足し算」から生まれるのではなく、むしろ「何を減らすか」を見極める力と、それを実行する勇気によって生まれるということです。

スティーブ・ジョブズの引き算の美学は、私たちの生き方そのものを問い直すきっかけを与えてくれます。彼が残した教訓は、時代を超えて普遍的な価値を持つものとして、未来にわたって語り継がれるべきでしょう。

幸いにして、脳内の物置きから情報を引き算することを実行すれば、脳の処理速度はぐんと上がる。バックグラウンドで働いていたメモリ負荷の高いプログラムを終了させたあとのコンピューターと同じようなものだ。これで私たちも持てる能力をフルに発揮して、新しい知識を創造することができる。

脳内を整理することで、私たちは本来持っている能力を最大限に発揮することができます。創造的な思考が活性化され、新しいアイデアが生まれやすくなります。それは、まるで曇りガラスが清められ、クリアな視界が広がるようなものです。

さらに、この「脳の引き算」は、単なる効率化以上の価値をもたらします。心理的なストレスの軽減、集中力の向上、記憶力の改善など、様々な面でポジティブな影響が期待できます。 重要なのは、この取り組みを継続的に行うことです。定期的なメンテナンスにより、脳は常に最適な状態を保つことができます。そして、その結果として、私たちは新しい知識の創造に、より多くのエネルギーを向けることができるのです。

レスのための4つのステップ

クロッツはまた、引き算を実践するための段階的アプローチを提案しています。「改善前の引き算」「先行する引き算」「気づかれる引き算」「再利用可能な引き算」という4つのステップは、単なる省略ではなく、より効果的な結果を生み出す戦略としての引き算を示しています。

・第1のステップ 行動前に引き算する
まず、何かを改善しようとする際、最初に考えるべきは「何を取り除けるか」という視点です。多くの場合、私たちは問題に直面すると、すぐに新しい要素を加えようとします。しかし、既存の要素を見直し、不要なものを取り除くことから始めることで、より本質的な改善が可能になります。

例えば、業務プロセスの改善を考える際、新しいシステムの導入を検討する前に、現行の手順や規則の中で不要なものはないか、まず見直してみることが重要です。このステップでは、「これは本当に必要か」という問いを常に念頭に置きます。

・第2のステップ 先に引き算する
新しい要素を加える必要がある場合でも、まず引き算を考えることが重要です。このアプローチは、システムの複雑性を最小限に抑え、より効率的な解決策を見出すことを可能にします。

建築設計を例に取れば、新しい機能や空間を追加する前に、既存の空間の再編成や不要な壁の撤去を検討することで、より効果的な空間活用が可能になることがあります。この「先に引く」という発想は、創造的な解決策を生み出す鍵となります。

・第3のステップ 気づかれる引き算の実践
引き算の効果を最大限に活かすには、その価値が認識される必要があります。単に要素を取り除くだけでなく、その変化がもたらす利点を明確に示すことが重要です。 文書作成の場合、単に文章を短くするだけでなく、簡潔になったことで読みやすさが向上し、メッセージがより明確になったことを示すことができます。このように、引き算の効果を可視化することで、その価値への理解が深まります。

第4のステップ 引き算の再利用
取り除いた要素を完全に捨て去るのではなく、それらを別の文脈で活用する可能性を探ることも重要です。これは資源の効率的な活用につながるだけでなく、新たな価値創造の機会にもなります。

例えば、プロジェクトから除外されたアイデアを記録し、後の別のプロジェクトで活用することができます。また、整理で取り除いた物品を、別の用途に転用することも考えられます。

これら4つのステップは、「レス・リスト」として私たちの意思決定の指針となります。各ステップを意識的にワーキングメモリに保持し、日々の業務や生活に適用することで、より効果的な引き算思考が実践できます。 重要なのは、これらのステップを機械的に適用するのではなく、それぞれの状況や専門分野の特性に応じて柔軟に解釈し、活用することです。

例えば、デザイナーであれば視覚的な要素の削減を、エンジニアであればシステムの簡素化を、経営者であれば業務プロセスの効率化を念頭に置いて、これらのステップを実践することができます。 このアプローチは、単なる削減や簡素化を超えて、より本質的な価値を見出し、創造的な解決策を生み出すための思考法として機能します。

引き算思考は、複雑化する現代社会において、より効率的で持続可能な未来を築くための重要なツールとなるのです。私たちが日常生活や社会問題において、引き算の可能性を探ることは、効率化と持続可能性を高めるための鍵となります。

「大きいことが良い」という考え方を超え、足し算だけでは到達できない領域へと踏み出す勇気が必要です。引き算は目立たない選択肢かもしれませんが、その影響は長期的かつ広範囲に及び、社会や個人の未来を豊かにする力を秘めています。

最強Appleフレームワーク

 

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