「当たり前」を疑う100の方法 イノベーションが生まれる哲学思考 (小川仁志)の書評

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「当たり前」を疑う100の方法 イノベーションが生まれる哲学思考
小川仁志
幻冬舎

「当たり前」を疑う100の方法  (小川仁志)の要約

社会の常識や既成概念に疑問を投げかける哲学的思考は、イノベーションを生み出すための重要な原動力です。哲学思考の基本プロセスは、①疑う、②視点を変える、③再構成する、という3つのステップに分けられます。このステップを繰り返すうちに、真の課題の発見につながり、イノベーションを起こせるようになります。

哲学的思考を身に着け、当たり前を疑おう!

イノベーションを起こすには、当たり前を疑うしかない。(小川仁志)

社会の常識や既成概念に疑問を投げかける哲学的思考は、イノベーションを生み出すための重要な原動力です。特に欧米では、幼少期から哲学的な問いかけや批判的思考が教育に取り入れられており、革新的なアイデアを育む土壌が形成されています。

哲学者の小川仁志氏も指摘するように、欧米の教育現場では質問や議論が活発に行われています。この姿勢は、社会の「当たり前」を疑う精神を醸成するものであり、教室での自由な発言が固定観念にとらわれない思考の訓練となっています。

一方で日本では、既存の枠組みを受け入れる傾向が強く、質問や異論を控える文化が根付いています。これにより、批判的思考や哲学的な問いかけが育ちにくい状況が生まれているのです。しかしながら、哲学は単なる抽象的な学問ではなく、実践的な思考ツールとして私たちの日常やビジネスの場面において非常に有用です。欧米の経営者が哲学を学び、哲学者との対話を重視するのはそのためです。

彼らは、物事の本質を問い直すことで、新たな視点を得ることが競争優位性につながることを理解しています。 イノベーションの本質は、既存の枠組みを超える発想にあります。それは技術革新だけでなく、社会の価値観や常識そのものを再構築することにも及びます。

哲学的思考は「なぜこれが正しいとされるのか」「なぜこうでなければならないのか」といった根源的な問いを投げかけることで、新たな可能性を切り開きます。特に、デジタル化やグローバル化が進む現代においては、従来の常識が通用しない場面が増えています。このような変革期においてこそ、物事の本質を見極め、新たな価値を創造する哲学的思考力が求められるのです。

経営の現場でも、哲学的な問いかけは具体的な成果をもたらします。例えば、「なぜこの事業を行うのか」「顧客に提供する本当の価値とは何か」といった問いを深く考えることは、ビジネスモデルの革新につながります。表面的な改善ではなく、根本的な変革を実現するためには、哲学的な視点が欠かせません。このような問いかけを通じて、企業は社会や顧客に対する自らの役割を再認識し、新たな成長の方向性を見出すことができます。

著者の小川氏は、悩めるビジネスパーソンのために、古今東西の哲学をわかりやすく解説してくれます。著名な哲学者の多様な思考プロセスを紹介し、イノベーションを生み出すための100のヒントを本書で提示しています。

哲学思考の3つのステップ

哲学思考の基本プロセスは、①疑う、②視点を変える、③再構成する、という3つのステップに分けられます。まず「疑う」という段階では、既存の枠組みや思い込みを問い直します。これは、普段当たり前だと感じていることが本当に正しいのかを冷静に見つめ直す作業です。この疑問を深掘りすることで、問題の本質を浮き彫りにします。

次に「視点を変える」段階では、一つの見方に固執せず、異なる角度から物事を捉えます。この作業は、他者の視点や歴史的・文化的背景を取り入れることによって、多様な解釈の可能性を広げます。視点を変えることで、自分が抱えていた問題の新しい側面や隠れた要素に気づくことができるのです。

最後に「再構成する」というステップでは、これまでの疑問や新たに得た視点を組み合わせ、新しい理解や答えを導き出します。このプロセスでは、最初の問いに対して革新的で創造的な解決策が見えてくることがあります。再構成によって得られる答えは、単なる問題解決にとどまらず、社会全体に新しい価値を提供する可能性を秘めています。 興味深いことに、こうした哲学思考のプロセスは人間ならではの営みです。

ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、「課題を発見するのは人間、課題を解決するのがAI」と述べています。この言葉が示す通り、AIは膨大なデータの処理や計算によって効率的に問題を解決する能力を持っていますが、そもそも解決すべき課題を見つけるという段階には、人間の独創性が必要不可欠です。 AIは既存のデータやアルゴリズムを基に予測や最適化を行うのが得意ですが、それを超えて「これまでにない問い」を生み出す力は持ち合わせていません。

例えば、哲学的な問いである「我々は何のために生きるのか」「社会的な正義とは何か」といった問題は、データや数式だけでは答えを導き出すことができません。これらの問いに取り組む際には、疑い、視点を変え、再構成するという人間特有のプロセスが必要です。 哲学思考はまた、ビジネスや社会における変革にも応用可能です。

たとえば、ある企業が自社の商品やサービスについて「本当に顧客が求めているものは何か」と問い直すとします。この問いに答えるためには、単に既存の市場データを分析するだけでは不十分です。顧客の視点に立ち、彼らの潜在的なニーズや価値観を見極めることが求められます。そして、新たな視点を取り入れることで、革新的な商品やサービスのアイデアを再構築し、社会に新しい価値を提供することができるのです。

巨人の肩に乗り、思考を広げよう!

著者の小川氏は哲学の巨人たちの思考法を紹介し、それを身につけるべきだと言います。ジル・ドゥルーズは、世界を動的な変化の連続として捉える視点を示しました。彼が提唱した「生成変化」という概念は、物事が常に変化し続けるものであり、固定された形では存在しないことを指しています。さらに彼は、この考えを展開するために「ツリー」と「リゾーム」という二つの思考パターンを提示しました。

ツリーは、ロジカルシンキングの象徴です。明確な基本原則を基に、物事を段階的に整理していくこの思考法は、多くの場面で有用とされる論理的なアプローチです。対照的に、リゾームは地下茎を意味し、中心や起点を持たないネットワーク型の思考法を指します。

このリゾーム的な考え方では、要素同士が自由に接続し、新たなつながりが全体を変容させます。まるでインターネットのように、情報やアイデアが無限に広がり、新たな価値を生む可能性を秘めているのです。 このような生成変化の視点を持つことで、一見静的に見える現象であっても、実際には変化の途中にあることが理解できます。

この考え方は、カントの「コペルニクス的転回」にも通じます。カントは物事が人間の認識に依存していると述べ、五感を超えた本質を探る哲学を提唱しました。こうした動的な視点により、物事の本質に潜む変化を見抜くことが可能になります。

さらに、ミッシェル・セールは、人間が考える対象によって常に変化し続ける存在であると述べています。彼の「エートル」という概念は、柔軟な変化を人間関係にも応用できることを示しています。この考え方は、異なる価値観や視点を持つ人々が対話を通じて相互理解を深めることができると提案しています。

ハンス=ゲオルク・ガダマーの「地平の融合」という概念は、異なる価値観や立場を持つ人々が互いに理解し合い、新たな共通基盤を見出す可能性を示しています。ガダマーの解釈学は、文章やテキストを理解するための方法論ですが、その根底には、あらゆる対立に応用できる柔軟な思考が存在します。

ガダマーによれば、人はそれぞれの先入観や価値観をもとに物事を解釈しており、その価値観を彼は「地平」と表現しています。この地平とは、自分が世界をどのように見ているかという立ち位置を示すものです。異なる地平を持つ人々が理解し合うためには、それぞれの地平を融合させることが不可欠です。そして、その融合の結果として、互いにとっての「第三の地平」が成立し、価値観や考え方を分かち合うことが可能になるのです。

では、どうすれば地平を融合させることができるのでしょうか。その鍵となるのが「歴史性」の理解です。ガダマーは、人間が過去、現在、未来と連続する時間の中に生きていることを強調します。この時間の流れを意識することで、私たちは自分自身の地平が決して固定されたものではないと気づくことができます。

過去からの影響を認め、未来の可能性を見据えることで、自分の価値観や立場をより柔軟に捉えることができるようになります。 このような態度で他者と向き合い、対話を続けることで、相手の地平を尊重しながら自分の地平を広げることができます。そして、わかり合えるまで深く話し合うことを通じて、ようやく地平の融合が可能となるのです。

このプロセスを経ることで、対立を乗り越え、新たな共通の視点を築くことができるとガダマーは述べています。価値観の違いを理解し、それを受け入れたうえで共通点を見出すことが、真の相互理解へとつながるのです。

一方で、現代フランスの哲学者カンタン・メイヤスーは、「思弁的実在論」という新たな哲学的視座を提唱し、その旗手として高く評価されています。思弁的実在論とは、従来の哲学が前提としてきた「人間中心主義」を否定する立場です。これまでの哲学は、あらゆる物事を人間との関係の中で論じ、人間の認識を基準に世界を理解しようとしてきました。

しかし、メイヤスーは、この伝統的なアプローチでは見落としてしまう「人間には思考不可能な領域」が存在すると指摘します。 私たちの常識や認識を超えた未知の世界、それは人間の理解を超える偶然性や予測不能性の領域です。メイヤスーは、この未知の領域を「ハイパーカオス」と名付けました。

ハイパーカオスとは、世界が完全に予測不可能で、秩序や法則を超えて変化し得る状態を指します。この概念は、世界が次の瞬間にまったく異なる姿へと偶然的に変わる可能性を示唆しています。メイヤスーによれば、このような偶然性だけは必然であり、私たちが想定している安定した世界観を根底から揺さぶるものなのです。 では、このハイパーカオスに私たちはどのように立ち向かうべきなのでしょうか。

メイヤスーは、そのための手段として数学を提案します。数学は人間の主観を超えた普遍的な言語として、予測不能な世界にもある種のアクセスを可能にすると考えられます。現代におけるコンピューターの予測モデルがその一例です。膨大なデータを基に未来を計算しようとするこれらの技術は、数学が人間の認識を超えた領域に入り込む力を持つことを示しています。

もっとも、数学そのものも人間によって構築されたものであり、その普遍性に疑問を呈することは可能です。しかし、重要なのは、メイヤスーの哲学が私たちの世界観に新たな視点を与えるという点です。世界が突然変化しうるという仮定を受け入れることで、これまで当然とされてきた秩序や因果関係に対する考え方を問い直すことができます。

メイヤスーの思弁的実在論は、未知の世界に対する大胆なシミュレーションの土台を提供し、私たちに新しい世界像を想像する可能性を開いているのです。

また、ジョン・ペリーの「意義ある先延ばし」という概念も興味深いです。一般的に先延ばしは否定的に捉えられがちですが、ペリーはこれを生産性向上の手段として再解釈しています。やりたくない仕事を後回しにすることで、得意な作業や興味のある分野に集中し、結果的により多くの成果を上げることが可能になるのです。

ペリーは人間を縦型と横型の二つのタイプに分類し、縦型が順序立てて物事を進めるのに対し、横型は並行して複数のタスクを進めることを特徴としています。このような柔軟なスタイルは、最終的に効率的な成果をもたらします。

トリスタン・ガルシアは、人生における「激しさ」を高めるための3つの戦略を提案しています。それは「変異」「加速」「初体験信仰」です。彼は、変異によって日常の中の細かな変化に注目し、これが生の強度を高めると説きます。また、加速は社会や技術の進展が速まる現代において重要な要素となっています。さらに、初体験信仰では、初めての経験が持つ特別な価値を活かし、新たな視点を得ることができます。

これらの哲学的思考を取り入れること(哲学者の巨人の肩に乗ること)で、私たちは世界をより広い視野で捉えることができるようになります。

哲学的思考は、社会の変革期における不確実性への対応力を高めるだけでなく、未来を切り開く原動力にもなります。そのため、個人や組織が持つ哲学的な思考力を磨くことは、これからの時代において一層重要な意味を持つでしょう。社会やビジネスのあり方を根本から問い直し、新たな価値を創出する力を持つ哲学的思考は、まさにイノベーションの源泉といえるのです。

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