クリティカル・ビジネス・パラダイム――社会運動とビジネスの交わるところ (山口周)の書評

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クリティカル・ビジネス・パラダイム――社会運動とビジネスの交わるところ
山口周
プレジデント社

クリティカル・ビジネス・パラダイム(山口周)の要約

クリティカル・ビジネスの実践者は、社会の問題の解決に取り組むことで社会全体の価値向上に寄与します。環境問題や格差社会などの課題に取り組むことで、持続可能な社会を実現する一歩を踏み出せます。また、企業が社会的責任を果たすことは、企業価値の向上につながるだけでなく、顧客をパートナーにできるのです。

クリティカル・ビジネス・パラダイムとは何か?

クリティカル・ビジネス・パラダイムにおいて、顧客は、従来のビジネス・パラダイムにおける位置付けとは異なり、社会運動に参加する同志=アクティヴィストという側面を持つことになります。(山口周)

山口周氏はビジネスが社会的責任を果たし、持続可能な発展を追求することの重要性を探求しています。彼は新たなビジネス・パラダイムとしての「クリティカル・ビジネス」の概念を提唱し、経済成長、社会の課題、環境保護のトリレンマを解決する可能性を示唆しています。

企業としての成長を追求する際に、社会的責任や地球環境への配慮を優先し、持続可能な社会の構築に貢献する。これこそが山口氏が定義するクリティカル・ビジネスで、この考え方が将来のビジネスにおいて欠かせない要素となるでしょう。持続可能性を重視した経営が、企業の価値観や社会への貢献度を高め、長期的な成功に繋がるというのが山口氏のメッセージです。

存在感を増している企業のビジョンには、ある共通点があります。
・テスラ 化石燃料に依存する文明のあり方に終止符を打つ   
・Google 世界中の情報を整理して誰もがアクセスできるようにする
・Patagonia  地球環境を保全するためにビジネスを営む   
・アップル 人類を前進させるための知的ツールを提供し、世界に貢献する   
・Airbnb 世界中を「自分の居場所」にする

彼らは「顧客」や「市場」という概念に全く触れず、「市場に存在しない大きな問題を、企業の側から生成し、世の中に示すことで、ファンを獲得していったのです。これらの企業はこのブログでも何度も取り上げているMTP(Massive Transformative Purpose)のある企業なのです。

彼らの哲学的・批判的なアプローチは、社会に新たな視点や選択肢をもたらし、市場や個人の行動に影響を与える可能性があります。彼らの活動は、社会の変革や進化に寄与し、多様性や包摂性を促進する重要な役割を果たしているのです。

クリティカル・ビジネスの実践者は、社会の問題に目を向け、それらの解決に向けて行動を起こすことで、社会全体の価値向上に貢献します。例えば、環境問題や格差社会など、様々な課題に対してクリティカル・ビジネスのアプローチを取ることで、持続可能な社会の実現に向けた一歩を踏み出すことができます。

また、企業が社会的責任を果たすことは、企業価値の向上にもつながります。消費者は、企業が倫理的で社会的責任を果たしていることを重視するようになり、その企業の製品やサービスに対する信頼を深める傾向があります。これにより、企業は市場競争力を高めるだけでなく、社会的な支持を得ることができます。

ソーシャル・ビジネスは、社会的な課題解決や社会貢献を目的として事業を展開する手法であり、既に社会的に受け入れられたアジェンダに取り組むことが特徴です。例えば、教育格差の解消や環境保護など、一般的に社会的に重要視される問題に対処することが挙げられます。このようなソーシャル・ビジネスは、一定の成功を収めてきており、社会的にも広く認知されています。

それまで、多数派の人々には意識されることのなかった問題が、クリティカル・ビジネスのアクティヴィストによって啓発・批判されることで、初めて「言われてみれば確かにそうだ。いままで当たり前だと思っていたけれども、これは見過ごすことのできない問題だ」と感じる人が増え、クリティカル・ビジネスは運動として離陸することができるのです。つまり、「少数派であること」こそがクリティカル・ビジネスの核心をなす要素だということです。

クリティカル・ビジネスは、ソーシャル・ビジネスとは異なり、既存のコンセンサスが取れていないアジェンダに取り組むことを特徴としています。

起業家はこのアプローチを通じて、社会的不正に立ち向かい、「ノー」と言うことで新たな可能性を切り拓き、顧客や投資家を味方につけます。例えば、環境保護や労働者の権利、公正な貿易などの価値を主張することで、社会全体の意識を高め、より良い方向に導くことができます。

クリティカル・ビジネスがブルーオーシャンになりうる理由

クリティカル・ビジネスのパラダイムにおいては、顧客は欲求を満たす対象ではなく、むしろ批判・啓蒙の対象となり、ステークホルダーは経済取引の対象ではなく、社会運動を一緒に担うアクティヴィストという位置付けになります。  

ビジネス・パラダイムの中で、ステークホルダーの価値観を批判的に考察し、新たなオルタナティブを提案することを通じて、社会における価値観のアップデートを目指すクリティカル・ビジネスのパラダイムが重要性を増しています。

従来のアファーマティブ・ビジネス・パラダイムでは、顧客は欲求を満たす対象として扱われ、ステークホルダーは経済取引の対象として捉えられてきました。

一方、新しいパラダイムであるクリティカル・ビジネス・パラダイムは、顧客はむしろ批判や啓蒙の対象となり、ステークホルダーは社会運動を支援するアクティヴィストとして位置付けられます。

この新しいパラダイムにおいて、企業は従来の枠組みを超えた価値観や優先順位、思考や行動様式、ステークホルダーの捉え方、プロセス、実行論に基づいて運営されることが求められます。

これにより、企業は単なる利益追求だけでなく、社会全体の価値向上に貢献することが期待されるのです。 例えば、投資家や顧客が従来の価値観にとらわれず、環境や社会への貢献を重視するようになれば、企業もそれに応じた持続可能な経営を行う必要があります。取引先や従業員も、企業の社会的責任や倫理観を重視し、共に社会課題に取り組む姿勢が求められるのです。

クリティカル・ビジネス・パラダイムでは、顧客は単なる受け手ではなく、むしろ批判や啓蒙の対象とされ、企業との関係はより深く、持続可能なものになるよう努められます。顧客は消費者ではなく、企業と連携して社会的な課題に取り組むパートナーとしての役割が重視されます。

このパラダイムにおいては、企業の社会的責任が強調され、持続可能なビジネス活動が促進され、顧客にも社会的な影響力を持つことが奨励されます。

一方のアファーマティブ・ビジネス・パラダイムでは、顧客のルーズなニーズやウォンツに迎合することが続けられますが、これにより社会全体がルーズな方向に引きずられ、環境への影響や未来への悪影響が懸念されます。したがって、顧客の美的・倫理的感性を向上させるクリティカル・ビジネス・パラダイムが必要です。

ダメな顧客に迎合するのをやめ、顧客の行動様式を改め、世の中をよりよくすべき志を経営者は持つべきです。環境破壊が進む現代においては、顧客の美的・倫理的感性を向上させるようなクリティカル・ビジネス・パラダイムが必要とされています。顧客が起業家に共感を持つことで、彼らは社会運動のパートナーになり、応援団を形成します。彼らは価値共有者であり、社会変革のパートナーなのです。

クリティカル・ビジネスのパラダイムでは、顧客のオピニオンとフィードバックが重要です。企業が運動の理念や価値観から逸れないように、顧客の意見やフィードバックを素早く取り入れ修正することが求められます。顧客は単なる消費者ではなく、企業の社会的な目的や価値を共有し、サポートするパートナーとしての役割を果たすことが期待されます。

クリティカル・ビジネス・パラダイムでは、競合企業も同じ社会的な使命を共有する同志となります。クリティカル・ビジネスのアクティヴィストは、ビジネスの枠組みを超えて社会的な使命を果たすことを目指しています。彼らは自らが批判的に捉える事象に積極的に行動し、ビジネスを通じて社会変革を起こすことで、より良い社会を築くために尽力しています。

そのため、競争よりも社会変革を重視します。本書で紹介されているNorth FaceがPatagoniaの50周年に送ったメッセージを読むと、重要なのは社会変革で、競争は無意味なものに思えてきます。

大きく成長したければ、既存の市場でゼロサム・ゲームに勝つのではなく、新たな市場を創造してプラスサム・ゲームを生み出す方が有効です。そして、市場の開発・成長は、通常、一社で担つよりも複数社で担った方がずっと効果的です。

クリティカル・ビジネスにおいての競合企業は、新たなマーケットを創造し、共に市場全体を拡大し、売上と利益を分かち合うのです。その結果、世の中が変革されるため、Win-Winの関係になれるのです。

テスラのイーロン・マスクは自社の特許を解放し、競合企業がそれを活用することで、化石燃料から電気自動車へのシフトを加速させ、社会インフラの整備を促進し、業界全体でのイノベーションを推進しました。

さらに、テスラの採用する技術規格が業界のデファクトスタンダードになることで、市場環境がテスラにとって有利な方向に形成されることも狙いの一つです。競合する自動車会社は、顧客を取り合うライバルとしてだけでなく、電気自動車市場の開拓を一緒に担う同志になったのです。

少数派のアジェンダに取り組むことは、未開拓の市場に先駆者として参入することを意味し、競争優位を築くために非常に重要な要素です。持続可能な開発目標に取り組むことも、まだまだ多くの人が認識していない分野であり、先駆者としての行動が重要です。

起業家が少数派のアジェンダに取り組むことで、新たな市場を開拓し、社会全体の持続可能な発展に貢献できるのです。PayPalの創業者ピーター・ティールは、採用の面談時に次の質問をしたと言います。

世界に関するアジェンダのうち、 多くの人は認めていないが、君自身が重要と 考えているアジェンダは何か?(ピーター・ティール)

ティールのように、少数派のアジェンダに注目し、積極的に取り組むことは、未来をより良い方向に導くための重要なステップです。 競合過多の市場に後発で参入することは、多数派のコンセンサスの取れたアジェンダに取り組むことを意味します。

しかし、既に世界各地で解決に向けた取り組みが進められているアジェンダに対して、後発のハンディをひっくり返す画期的な解決策がなければ、この選択は魅力的ではありません。競争が激しいレッドオーシャンな市場に後発で参入することは、戦略的には最悪と言わざるを得ません。

クリティカル・ビジネスの特徴は、多数派の意見にとらわれず、社会的な課題や不均衡に対して積極的に取り組むことにあります。そのため、新しい価値観やアイデアを生み出し、社会全体にポジティブな変化をもたらすことが期待されています。

従来は「小さな個人的問題」あるいは、自分に関係のない「大きな社会的問題」として、手を付けられることのなかった問題が、クリティカル・ビジネスを通じた社会の啓発と、ニュータイプによる共感の拡散によって、多くの人たちにとって「大きな個人的問題」として意識されるようになった結果、これらの問題を解決するクリティカル・ビジネスが資本主義・市場原理の中で存在感を増しているのです。

クリティカル・ビジネスを行う際に求められる10の思考と行動様式

著者はクリティカル・ビジネスを行う際に求められる10の思考と行動様式を明らかにしています。
①多動する
クリティカル・ビジネスのアクティヴィストたちがイニシアチブを立ち上げるきっかけは偶然によってもたらされることがあり、その偶然は多くの場合「旅」によるものでした。旅は慣れ親しんだ日常から離れて、世界を新たな視点で見る機会を提供するため、クリティカル・ビジネスのアクティヴィストにとって「多動性」は非常に重要な要素です。常識を疑うためには、自分の世界から抜け出すことが必要で、それは多動から生まれてきます。

②衝動に根ざす
クリティカル・ビジネスのアジェンダにはアクティヴィストの実存(これが私)が反映されています。少数派のアジェンダには批判や否定がつきものです。それを跳ね返すパーパスがなければ、ビジネスは長続きしないのです。

③難しいアジェンダを掲げる(社会的課題の期待の醸成)
アクティヴィストが難しいアジェンダを掲げる理由は、共感を獲得し、認知を促進し、モチベーションを向上させるためです。

④グローバル視点を持つ(ローカルメジャーからグローバルニッチに!)
「グローバル・ニッチ」という新しいポジショニングを得ることが可能になります。ニッチな社会的課題にフォーカスしても、日本からグローバルに視点を広げることで、一気にマーケットを拡大できます。

⑤手元にあるもので始める。(本業を抱えながら、副業・サイドプロジェクトでスタート)
「手元にあるもの」で始めるから、難易度の高い課題にチャレンジでき、収入を気にしないことで、逆にリスクを大胆に取れます。ビジネスを始めることで難しいアジェンダを解決可能な少数な優秀な人たちを集められます。仲間からフィードバックを得ることで、学習効果が高まり、ビジネスのスケールが早まります。

⑥敵をレバレッジする 
初期段階で自らのポジションを明確にすると、権威ある反対者からの批判を受けることがあります。しかし、その議論を情報として公開することで、大きなエネルギーが生まれます。

⑦同士を集める
初期段階から優先順位と価値観を明確にし、それらに共感する同士を集めることが重要です。

⑧システムで考える。
システムリーダーは、単独で問題を解決することを考えず、むしろより大きな課題を定義し、チーム全体を率いて解決に取り組みます。リーダーはポジティブで壮大なビジョンを掲げ、システム思考を用いて社会課題に取り組みます。

⑨粘り強く、そして潔く。
「イノベーションのアイデア」は初めは斬新すぎて、他者からは理解されないことがあります。他者から評価されないアイデアを実現するには、粘り強さが不可欠です。不確実性が増す中で、リーダーは間違いを起こすことがありますが、そのような場合には、目的を達成するために潔く行動を変えることが必要です。できるだけ早く試して、失敗したなら、潔くプランを修正しましょう。

⑩細部を言行と一致させる。
クリティカル・ビジネスの価値は、そのビジネスの本質的な目的や信念に根ざしているため、信頼性や誠実性が非常に重要になります。特に、「言行の一致と透明性」がキーサクセスファクターとなります。広告やPRだけでなく、企業の本社や生産体制、人事制度などすべてが企業の行動がパーパスやビジョンと一致することが求められています。

クリティカル・ビジネスのパターンとケーススタディ

クリティカル・ビジネスの重要性はますます高まっており、持続可能な社会を築くためには、既存の枠組みにとらわれず、新しい発想や取り組みが求められています。クリティカル・ビジネスは、社会の課題に真摯に向き合い、その解決に向けた具体的な行動を起こすことで、持続可能な未来を実現する一翼を担っています。

経済の発展に伴い、社会の課題も変化しています。以前は個人的または他人事として扱われていた大きな社会的課題が、今や多くの人々にとって重要な課題となっています。このような状況下で、クリティカル・ビジネスが注目を集めています。

クリティカル・ビジネスは、企業や個人が社会的責任を果たし、環境に配慮した事業を行うことを重視するビジネスアプローチです。従来のビジネスモデルにはない新しい価値観を提供し、社会全体の持続可能な発展に寄与しています。このような取り組みは、資本主義や市場原理の中で新たな意義を見出すことができる一方、さまざまな社会的課題に取り組む手段としても位置付けられています。そして、共感した顧客が応援団を形成します。

共感力のある個人は、インターネットの普及で空間軸でも広がりましたが、時間軸でも広がりを見せています。壮大なパーパスにより、未来の問題に対して、現在の問題として取り組むことが可能になり、問題の希少化という課題は延期されることになります。

そのため、未来の他者に共感する能力が市場経済の動向を左右する大きな要因となります。社会の公共性への関心や未来の他者への関心の水準が、クリティカル・ビジネスの発展や成長に大きく影響します。

著者は社会的課題が増えている5つの理由を明らかにしています。
①経済的発展による物質的不足の解消(脱物質主義の台頭)
②グローバリゼーションによる国際的な認識の高まり
③メディアとコミュニケーションの変化
④教育による意識の向上
⑤価値観の変化

特に、インターネットの普及やSNSの利用増加により、世界中の個人がつながり、現代の社会運動は幅広いテーマに対処できるようになりました。若い世代の価値観の変化も、個人のアイデンティティや倫理的価値を重視する傾向がクリティカル・ビジネスの成長に影響を与えています。

物質的な豊かさよりも社会的な意義や個人のアイデンティティを重視するZ世代が影響力を持つことで、起業家の課題は社会的問題や環境問題にシフトします。彼らはより環境にフィットした消費をしたいと考えたり、他者の問題を解決したいという意識が高いのです。

現在の先進国で見られる「物質主義から脱物質主義への転換」は、全世界的かつ超長期的なトレンドとして継続する可能性が高い、ということです。これは安全・快適・便利という基本的な価値が飽和した世界において、巨大かつ新たな市場、すなわち「脱物質主義という新たな価値観」が、これから大きく成長するということを意味しているのです。

これらの変化は不可逆であり、共感力のある人々が増加し、クリティカル・ビジネスの台頭を支えています。クリティカル・ビジネスのトレンドは長期的に継続していくと著者は指摘します。

クリティカル・ビジネスのパターンとケースは以下のとおりです。
・支配的価値観への批判
フォルクスワーゲンの「Think Small」キャンペーン

・貧困と経済的不平等の解決
バングラデシュのムハマド・ユヌスの貧困層向け融資のグラミン銀行

・気候変動への対応・資源枯渇への対応
イヴォン・シュイナードのPatagonia
ライフサイクルを長期化するスマートフォンのFairphone
Tesla

・企業倫理と透明性の向上
The Body Shop

・労働者の権利と福祉の改善
スペインのモンドラゴン協同組合(労働者所有の協同組合)

・ダイバーシティとインクルージョンの推進
IKEAイスラエルによる「ThisAblesプロジェクト」(健常者用の家具を、マイノリティである身体に障害がある人でも使えるようにする)

・地域社会とコミュニティの生成
Burunello Cuchinelli参考記事・ブルネロ・クチネリの人間主義的経営の書評

これらのパターンやケースを通じて、クリティカル・ビジネスは社会的責任を果たし、持続可能な社会の実現に向けて活動しています。著者が紹介したケースを学ぶことで、クリティカル・ビジネスの世界観を実感できます。

特にThisAblesプロジェクトはマイノリティを相手にしてもグローバルで展開することで、巨大なマーケットを獲得できることを示唆しています。

山口氏の論考は、従来のビジネスモデルに疑問を投げかけ、持続可能性と倫理性を重視する新しいアプローチを促進しています。


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