なぜ悪人が上に立つのか―人間社会の不都合な権力構造 (ブライアン・クラース)の書評

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なぜ悪人が上に立つのか―人間社会の不都合な権力構造
ブライアン・クラース
東洋経済新報社

なぜ悪人が上に立つのか (ブライアン・クラース)の要約

ブライアン・クラースは、権力を持つ人々の行動を変えるには、制度の抜本的な改革が必要だと言います。より賢明な採用プロセス、適切な監視システム、定期的な人事異動など、具体的な方策を提案します。特に重要なのは、上層部への監視強化と、指導者たちに責任の重みを認識させることです。このような改革により、より公正で健全な社会の実現が可能となるとクラースは指摘します。

権力は腐敗するのか、それとも、腐敗した人間が権力に引きつけられるのか?

権力は腐敗するのか、それとも、腐敗した人間が権力に引きつけられるのか?(ブライアン・クラース)

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの国際政治学の准教授ブライアン・クラースは、10年にわたる研究を通じて、権力の本質とその影響力について深い洞察を提供しています。政治学者・評論家として知られる彼は、権力が道徳的に疑わしい人々を引き寄せるだけでなく、権力を握った者を腐敗の担い手へと変容させていくプロセスを詳細に分析しています。

 クラースは「権力は腐敗するのか、それとも腐敗した人間が権力に引きつけられるのか?」という根本的な問いから議論を始めます。そして、この複雑な問題を4つの核心的な疑問に分解して考察を進めています。
1,より悪質な人が権力を掌握するのか?
2,権力が人をより悪質にするのか?
3,なぜ私たちは明らかに不適切な人物に支配されることを許すのか?
4,腐敗しない人物を権力の座に就かせるにはどうすればよいのか?という問いです。

権力は、善人を悪人にする力ではなく、むしろ、悪人を引き寄せる、ただの磁石のようなものかもしれない。そう考えるなら、権力は人を腐敗させるのではなく、引き寄せることになる。

有名なスタンフォード監獄実験の再現が、本書の重要な要素となっています。この有名な実験の結果を再検討することで、支配欲が強く自己中心的な人物が権力に惹かれやすい傾向を明らかにしています。さらに、そうした人々が権力の座に就きやすい社会的構造の問題も指摘しています。

人類の歴史から、彼は権力と腐敗の関係を整理します。戦争技術の進歩と農業革命が、人類社会に階層構造をもたらし、権力の性質を根本的に変容させた過程を丁寧に描き出しています。

19世紀に活躍したベルギー王のレオポルド2世の事例は、権力者の行動が環境やシステムによってどのように変化するかを端的に示しています。

ベルギー国内では、産業革命期の近代化を推進し、都市開発や公共事業に力を入れた改革者として知られています。しかし、同時期のコンゴでは、天然ゴムとアフリカ象牙の採取のために、現地住民に対して過酷な強制労働を課し、数百万人とも言われる犠牲者を出す残虐な支配を行いました。

この二面性を持つ統治は、国際的な批判を浴び、最終的に1908年にコンゴの個人支配権をベルギー政府に譲渡することを余儀なくされました。レオポルド2世は1909年に死去しましたが、彼のコンゴでの行為は植民地支配の残虐性を象徴する歴史的事例として、現代まで強い影響を残しています。

この対照的な統治スタイルは、制度的な監視と制約の有無が、いかに権力者の行動に影響を与えるかを示す典型的な例として、現代の権力研究でも頻繁に取り上げられています。

現代の組織における権力の問題も鋭く分析されています。アメリカとニュージーランドの警察採用方針の違いは、組織文化に大きな影響を与えることが明らかになっています。 アメリカの警察組織では、採用活動において装甲車両や武器の使用を強調する傾向があります。

例えば、ジョージア州のある警察署は、採用ビデオで軍用装甲車両(M113)を目立つように使用しました。このような採用姿勢は、力の行使に魅力を感じる、より攻撃的な性向を持つ人材を引き寄せることにつながっています。

一方、ニュージーランドの警察は地域社会との関わりを重視する採用方針を取っています。採用キャンペーンでは武力の誇示ではなく、コミュニティへの奉仕や協力関係の構築に焦点を当てています。この結果、より共感的で、地域社会との良好な関係を築くことのできる人材が集まる傾向にあります。

この対照的なアプローチは、採用時に何を強調するかによって、どのような人材が組織に集まるかが大きく変わることを示しています。これは、組織文化が形成される初期段階である採用プロセスの重要性を浮き彫りにする典型的な例といえます。

ニューヨーク市における外交官の駐車違反問題は、システムの重要性を示す興味深い事例です。外交特権を持つ外交官たちは当初、駐車違反のルールを無視していましたが、取り締まりの強化によって行動を改めました。この事例は、適切な規制と執行が人々の行動を変える強力な手段となり得ることを示しています。

権力を持つことで起こる心理的変化についても、本書は詳しく分析しています。権力を握ることで共感力が低下し、自己中心的な行動が増えるという心理学的な研究データが示されています。ただし、すべての人が権力によって腐敗するわけではなく、その影響は個人の性格や置かれた環境によって大きく異なることも指摘されています。

著者は、権力の問題に対して建設的なアプローチを提案しています。単に権力の危険性を指摘するだけでなく、どうすれば権力を適切に管理し、社会にとって有益な形で行使できるかについても考察を加えています。特に、組織のリーダーシップの選考過程や、権力者に対する監視・監督の仕組みについて、具体的な改善案を提示しています。

権力者は暴走する!

ナルシシストでマキャヴェリストのサイコパスにとって、標準的な採用面接は打ってつけのフォーマットだ。彼らは、自分について話すのが大好きだ。彼らは自分の欲しいものをどう手に入れるかについて、戦略を立てる。目的は手段を正当化する──たとえそれが、自分についての噓をつくことや、証明書や推薦状を捏造することを意味しても。そして彼らは、表面的な魅力とカリスマを目立たせる天賦の才を持っている。

サイコパス的な性格を持つ人々が組織の上層部に登り詰めていくと著者は指摘します。特に採用プロセスにおいて、サイコパスは驚くべき適応能力を発揮し、組織の門をくぐることに成功しています。

サイコパスがリーダーシップの座を獲得できる主な理由は、彼らが持つ特殊な能力にあります。ナルシシズム(自己愛)とマキャヴェリズム(権謀術数的な思考)を併せ持つサイコパスにとって、標準的な採用面接は彼らの才能を存分に発揮できる完璧な舞台となります。

彼らは自分自身について語ることに特別な喜びを見出し、目的達成のために周到な戦略を練ることに長けています。目的のためには手段を選ばず、履歴書の虚偽記載や推薦状の捏造も正当化します。

さらに重要なのは、表面的な魅力とカリスマ性を効果的に演出する生来の才能を持っているという点です。 研究者たちの分析によると、サイコパスは他の応募者とは一線を画す特徴的な行動パターンを示します。一般的な不正直な応募者が単に履歴書を粉飾する程度であるのに対し、サイコパスはより洗練された手法を用います。

彼らは面接のたびにカメレオンのように自己を変容させ、各組織が理想とする人材像に完璧にフィットするよう自己を演出します。 このような適応能力は、組織の上層部に登り詰める上で大きな利点となります。彼らは各状況に応じて最適な人格を演じ分けることができ、それによって周囲の信頼を獲得していきます。この能力は、単なる虚偽や誇張を超えた、高度な社会的戦略といえます。

特に注目すべきは、サイコパスが持つ表面的な魅力が、多くの組織で重視されるリーダーシップの特質と重なる点です。自信に満ち、決断力があり、カリスマ的に見える彼らの特性は、短期的には効果的なリーダーシップの特徴として評価されがちです。また、自信過剰な人たちが出世することも明らかになっています。

権力があるという感覚を強められた人は、他者にどう思われるかは、あまり気にしなくなる。他者の心をうまく読めなくなる。他者に共感する必要を、それほど感じなくなるからだ。彼らは、規則は自分には当てはまらない、と感じはじめる。

権力を持つ人々をどのように選び、監視するべきかという問題は、現代社会の重要な課題となっています。権力の座に相応しい人材を見出し、権力の濫用を防ぐための方策について、新たな研究が示唆に富む知見を提供しています。 採用に関して、三つの重要なアプローチが示されています。まず、できるだけ多くの応募者を集めることで、適切な人材を見つける可能性を高めます。

次に、望ましい資質を持つ人材を積極的に探し求めます。そして、権限ある地位に就こうとする腐敗した人々や腐敗しやすい人々を、十分な資源を投じて慎重に選別します。 特に注目すべきは、権力が人の心理に及ぼす影響です。研究によると、権力を持つという感覚が強まると、他者の評価への関心が薄れ、他者の心情を理解する能力が低下します。さらに、共感の必要性をあまり感じなくなり、規則は自分には適用されないという意識が芽生えてきます。

この問題は、現代のビジネス組織でも顕著に見られます。多くの指導者や管理職は、下位レベルの従業員に対して厳格な成果主義や監査制度を導入する一方で、自身への外部監視や説明責任は回避する傾向にあります。クラースは、むしろ権力を乱用する機会の多い指導者こそ、より厳密な監視が必要だと指摘しています。

特に企業におけるCEOや取締役会メンバーなど、上級職の監視が不十分である現状は深刻な問題です。組織の上層部への監視強化は、権力の適切な管理において不可欠な要素となっています。

日本の政治状況を見ても、権力に引き寄せられる人々の質の問題と、監視機能を担うメディアの弱体化により、政治家や官僚の暴走が歯止めのきかない状況となっています。

歴史的な観点からも、狩猟採集社会から農耕社会への移行過程で確立された権力構造が、現代社会にまで影響を及ぼしていることが分かります。この歴史的な視点は、現代の権力関係をより深く理解する手がかりを提供しています。

権力者を暴走させないために必要なこと

私たちは権力を握っている人の行動に影響を与えたければ、依然として制度を大きく改革する必要がある。

私たちの社会における権力の問題を解決するためには、制度の抜本的な改革が必要とされています。権力を持つ人々の行動に影響を与え、より良い社会を実現するための具体的な方策が、新たな研究によって示されています。

希望を持てる点は、適切なシステムと監視の仕組みがあれば、権力は社会の発展と人々の幸福に寄与できるという事実です。そのためには、より多くの善良な人々が権力の座に就くことを促進し、効果的な監視システムを確立することが不可欠です。

権力の問題は、政治や企業といった大きな組織だけでなく、私たちの日常生活にも密接に関わっています。家庭、職場、地域社会における小規模な権力関係においても、同様の課題が存在しているのです。これらの問題に対処するためには、理論的な理解を超えて、実践的な解決策を実行に移すことが求められています。

より良い社会の実現に向けて、いくつかの具体的なアプローチが提案されています。まず、より賢明な採用プロセスを確立することで、適切な人材を見出すことができます。籤引き制のような革新的な手法を導入することで、権力者の選出プロセスに新たな視点を加えることも可能です。

また、監視システムの改善も重要な要素となります。特に注目すべきは、監視の対象を下層の人々ではなく、より大きな影響力を持つ上層部の人々に向けるべきだという指摘です。 人事異動の活用も効果的な方策の一つです。

定期的な異動により、権力の濫用を防止し、不正を発見しやすい環境を作ることができます。さらに、ランダム化された誠実度検査を実施することで、不適切な行為を行う人々を特定することも可能となります。

特に重要なのは、指導者たちに自らの責任の重みを認識させることです。権力を持つ人々が、その影響を受ける人々を単なる抽象的な存在ではなく、生身の人間として認識することが重要です。これにより、権力の濫用による被害を未然に防ぐことができます。

このように、私たちには権力の問題に対処するための具体的な手段が存在します。それらを適切に組み合わせ、実行することで、より公正で健全な社会を築くことが可能となるのです。重要なのは、これらの改革を単なる理想として終わらせるのではなく、具体的な行動として実現していくことです。

私たち一人一人が、この課題の重要性を認識し、より良い社会の実現に向けて行動を起こすことが求められています。権力の適切な運用と監視は、民主的で公正な社会を維持するための基盤となるのです。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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