一流飲食店のすごい戦略;1万1000軒以上食べ歩いた僕が見つけた、また行きたくなるお店の秘密
見冨右衛門
クロスメディア・パブリッシング
一流飲食店のすごい戦略(見冨右衛門)の要約
「また行きたくなる店」は、料理の美味しさだけでは生まれません。お客様の心を動かすのは、空間、サービス、コンセプトが1ミリのズレもなく一貫したストーリーとして体験に昇華されていることです。本書では、土地や文化に根ざした世界観が、記憶に残る飲食体験を生むと説かれています。著者が通う名店や、自ら手がける「九九九」を通して、すべての「なぜ」に答えられる店づくりの大切さが語られています。
人は飲食店に何を求めているのか?
必ずしも価格帯の高低とは関係なく、多くの人々の心をつかんで離さない。そういった飲食店が「一流」と呼ばれ、お客様が引きも切らず訪れるのは、いったいなぜなのでしょうか。 彼らは、決して、いながらにして一流店になったのではありません。広く人々に知られるようになったことには偶然と必然、両方の作用がありますが、一流であり続けるところには、必ず「理由」があります。(見冨右衛門)
「また行きたくなる店」には、やはり理由があります。ただ料理が美味しいだけでは、人の心は動きません。いまの時代、味はあくまで前提条件であり、それ以上の何かが求められているのです。 この問いに対して明確な答えを提示してくれるのが、見冨右衛門(ミトミえもん)氏です。
1万1000軒以上の飲食店を食べ歩き、自身でも4つの店舗を経営し、ZOZO創業者・前澤友作氏の「食のブレーン」としても知られる彼は、飲食業界の本質に深く切り込んでいきます。
飲食店における“付加価値”とは何でしょうか?何年もかけて技術を磨き、食材を見極め、調理法を探求し続けてつくられる一皿。その背景には、単なる原価率では測れない深い価値が宿っているはずです。
しかし現実には、その価値が正当に評価されていないケースが少なくありません。料理人自身が「価格を上げること」や「利益を出すこと」に対して、どこか後ろめたさを感じてしまう空気さえ存在しています。利益を追求することが、まるで“志を失ったこと”のように受け取られてしまうことすらあるのです。 これは非常に残念な傾向です。
なぜなら、価値のあるものには、当然ながら正当な対価が支払われるべきだからです。むしろ、利益を確保できなければ、継続的に価値を提供し続けることもできなくなってしまいます。 問題は、対価を得ること自体ではなく、その対価に見合う「付加価値」があるかどうかです。
高級食材を使うことや、店舗デザインをお洒落にするといった表面的な工夫ではなく、店の哲学、ストーリー、空間設計、そして一貫した体験設計によって生まれる“地に足のついた説得力”こそが、本当のブランド価値だと言えます。
その店なではのブランドが確立されたとき、飲食店は原価率や価格帯に振り回されることなく、むしろ顧客のほうから「この体験にお金を払いたい」と自然に感じてもらえる存在へと変わっていきます。 見冨右衛門氏が語る「美味しいだけでは選ばれない」という言葉は、まさにこの構造を象徴しています。
人は今、単なる味覚の満足ではなく、心を動かす体験、つまりストーリーと一貫性を求めて店を選んでいます。 付加価値とは、価格の上乗せではありません。それは“意味のある選択”の積み重ねであり、「なぜこの店なのか」に答えられる明快なコンテクストのことです。
価格ではなく、体験がブランドをつくる時代。飲食に限らず、あらゆるビジネスが直面する構造的な変化に、私たちはどう向き合うべきかを考えさせられます。
最近では、こうした体験価値を構成する要素として「テロワール」という概念が注目されています。もともとワイン文化で用いられていたこの言葉は、土地の気候や風土、文化的背景が味に影響を与えるという考え方を含んでいます。いま、レストランの世界でも、この“土地らしさ”が強い魅力となっているのです。
「この土地ならではの食材」「この土地に根ざした食文化ならではの調理法」──そういった地域性が、わざわざ練られたストーリーよりも、むしろ圧倒的な説得力を持つのです。
最近、「ローカル・ガストロノミー」に心惹かれる方が、確実に増えてきています。地産地消という枠を超えて、その土地に根ざした自然環境や歴史、文化を料理で表現する姿勢が、多くの人の共感を集めているのです。これは単なる“ご当地グルメ”ではなく、“その場所でしか体験できない食文化”を体現する新しいアプローチだと私は考えています。
こうしたレストランの魅力は、伝え方にも表れています。「この土地で採れたものだけを使っています」「うちの畑で育てた野菜だけです」といったメッセージは、実にシンプルでありながら、非常に強い説得力を持ちます。余計な演出をしなくても、その素材の背景にある土地の力が、すでに物語として機能しているのです。 もちろん、素材がいいだけでは不十分です。それをどう料理として昇華するか。技術や構成力が伴ってこそ、心を動かす体験になる。だからこそ、そこにある“必然性”が伝わると、人は感動するのだと思います。
私自身、コンセプトが明確で、一貫性を持ったお店に出会ったときは、たとえ高価でも「行きたい」と思ってしまいます。そうしたお店で過ごす時間は、ただの食事ではなく、まるで物語の中に入っていくような体験だからです。だからこそ、見冨右衛門氏の考え方には、強く共感しています。
そんな私自身の考えと重なる実例として、著者が紹介しているのが、長崎・島原の「ペシコ」と、和歌山の「ヴィラ・アイーダ」です。 「ペシコ」は、地元出身の井上稔浩シェフが手がける「里浜料理」というユニークなジャンルで知られています。彼の料理は、ただの魚介料理ではありません。幼少期に見た砂浜の記憶や、島原の風土が丁寧に一皿一皿に織り込まれていて、特に「浜辺の散歩」と名づけられた料理には、まさに彼の人生が反映されています。食べることで、その記憶の中に触れるような、静かな感動があるのです。
また「ヴィラ・アイーダ」は、店主がレストランの隣にある畑で育てた300種類以上の野菜を中心に料理を構成していて、そのすべてに意味があります。調理法や盛り付けに一切の無駄がなく、「この形になるしかなかった」と納得できる説得力を感じさせてくれます。この一貫性が、体験としての完成度を高め、「また行きたい」と自然に思わせてくれるのです。
どちらの店も共通しているのは、世界観の強さです。そして、それらの店がいずれも地方にあるという事実にも注目すべきでしょう。かつては都心の一等地に店を構えることが“成功の証”とされていましたが、いまやその常識は変わりつつあります。
アクセスの不便さなど関係なく、唯一無二の体験があるからこそ、遠方からでも人は訪れるのです。 “どこにあるか”ではなく、“なぜそこにあるのか”──今のお客様は、そうした視点で店を選び始めています。そう考えると、地方にこそ可能性が広がっているとも言えます。
ストーリーに一貫性が必要な理由
飲食店のストーリーには一貫性が必要です。小説や映画のストーリーが支離滅裂では何も感動できないのと同じく、飲食店のストーリーも、たとえばコンセプトがブレブレだったり、プレゼンテーションと内実が合致しなかったりしたら、お客様を惹き付けることはできないでしょう。いってみれば、「これで行こう」と決めたストーリーをーミリもずらさない。そのためには、 すべての「なぜ」に答えられるように意識するといいと思います。
飲食店において、近年ますます重視されているのが「ストーリーの一貫性」です。お客様は単なる食事以上の体験を求めています。その体験が記憶に残るためには、表層的な演出やコンセプトではなく、全体に一貫した世界観が存在している必要があります。 これは小説や映画と同じです。物語に整合性がなければ、どれほど技巧的に優れていても、心を動かすことはできません。
同様に、飲食店もコンセプトが曖昧だったり、空間やメニュー、接客といった要素にズレが生じていたりすれば、「語りたくなる体験」は決して生まれません。 そこで重要になるのが、「すべての“なぜ”に答えられるかどうか」です。なぜこの空間なのか、なぜこの価格帯なのか、なぜこの素材を使うのか──。細部まで思想が行き届き、意味がある。その状態こそが、お客様に安心感と納得感を提供し、強いブランド体験につながるのです。
その思想を具体的に体現しているのが、著者が手がけるお茶とできたての和菓子 「九九九」です。 この店は、千利休への深いリスペクトをもとに設計されています。店内は茶室を思わせる静かな空間で構成され、アートスペースのように並ぶ楽焼・長次郎の茶碗が、訪れる人に特別な空気感を伝えてくれます。
著者は、和菓子をすべて“できたて”で提供することに強いこだわりを持っています。できたてならではの温度や食感を、お客様に五感で味わっていただきたいという思いがあるからです。時間が経ったものでは感じられない微細な変化も、体験の一部として大切にしています。
また、職人が目の前で和菓子を形づくっていく過程そのものにも価値を見出しています。素材が変化し、美しく仕上がっていく様子は、食べる前から心を動かす特別な体験になると考えているのです。
もちろん、和菓子に欠かせないのがお茶の存在です。だからこそ、店の根底にあるのは千利休の精神です。なぜこの場所で、なぜこの構成で、なぜこの所作で提供するのか──すべての“なぜ”に明確な答えがあるからこそ、この空間には一本の揺るぎないストーリーが流れています。
店名の「九九九」も、そうした思想の延長にあります。 「千利休のような存在に少しでも近づきたい。でも、どこまでいっても追いつけない。だからこそ“千”に一歩届かない“九九九”でありたい」。 そんな敬意と覚悟が、この名に込められているのです。
照明、柱、壁、器──店のすみずみまで、意味と意図が通っています。 この徹底した世界観の中で過ごす時間は、単なる“お茶と和菓子のひととき”ではなく、ひとつの物語を体験する時間となるのです。
特に印象的なのは、「コンセプトという制約が創造力の源になる」という姿勢です。制約があるからこそ、表現が研ぎ澄まされ、余計な要素が削ぎ落とされていく。結果として、すべての要素が一点に収束し、強い個性が形成されていきます。万人には響かなくても、深く刺さる層が定着していくことで、安定的な経営基盤が構築されているのです。
では、こうした強い世界観をどのように生み出しているのか。 そこで著者が常に心がけているのが、「3まくる」だといいます。
まず、アイデアが浮かんだら「話しまくる」。 まわりの人に自分の考えをどんどん話すことで、思いつきだったアイデアが徐々に形を持ち始めます。他人の視点やフィードバックを通じて、アイデアが磨かれ、現実味を帯びていくのです。
そして、実現に向けて課題に直面したら「相談しまくる」。 新しい挑戦には、必ず壁が立ちはだかります。それを一人で抱え込まず、誰かに相談することで、解決策のヒントが浮かんでくる。視野が広がり、意外な協力者が見つかることもあります。
さらに、一緒に動いてくれる仲間を得るために「提案しまくる」。 飲食業は一人で完結できる仕事ではありません。特に著者は料理人ではないため、コンセプトに共感し、共に形にしてくれる料理人やスタッフを見つける必要があります。また、ファイナンスや設計、運営面も含めて、理想の店を実現するには、想いを発信し、共感を集めることが不可欠です。
そのために、遠慮せず、ためらわず、提案し続ける姿勢が大切だといいます。 この「話しまくる・相談しまくる・提案しまくる」の3まくるは、単なる行動指針ではなく、「共創のプロセス」そのものです。ブランドの世界観を一人で抱え込まず、他者との対話や協力を通じて育てていく。その姿勢が、真に強く、継続可能なビジネスへとつながっていくのです。
本書の本質は、単なるマーケティング手法を紹介する本ではありません。 むしろ、「どのように売るか」ではなく、「なぜそれを提供するのか」を問い続ける姿勢の重要性を、あらゆる業種の方に伝えてくれる一冊です。
とくに印象的なのは、その“なぜ”という問いに対して、明確なストーリーを持ち、それをブレることなく実行していくことが、やがてお客様の信頼となり、記憶に残るブランドへとつながっていく、という視点です。 誠実に、丁寧に、自分たちのストーリーを伝え続けること。 それこそが、選ばれ続けるブランドの礎になるのです。
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