エシックス経営: パーパスを経営現場に実装する
名和高司
東洋経済新報社
エシックス経営: パーパスを経営現場に実装する (名和高司)の要約
エシックス経営は倫理規範遵守を超え、組織の思考と行動を変革し、持続的成長と社会共生を目指す新パラダイムです。未来顧客との共感、社内外の連携、多様なステークホルダーとの共創を通じ、継続的イノベーションを実現できます。結果、企業は社会から真に求められる存在となり、持続可能な価値創造と社会貢献を両立できます。
エシックス経営とはなにか?
経営で倫理を実装する。(名和高司)
経営学者の名和高司氏は、エシックス経営の中で、現代企業経営における倫理の重要性を多角的に分析し、「パーパス経営」の実践に不可欠な「倫理を基軸とした経営」の在り方を探求しています。
名和氏は、パーパスを個人レベルの「自分ごと」に落とし込むだけでなく、経営レベルと現場レベルの両方で、現実の意思決定の判断軸にまで昇華させる必要性を説いています。
エシックス経営とは、企業が掲げるパーパス(存在意義)を日々の活動の中で実践することを意味します。名和氏は、このパーパスの実践には、経営層から現場の従業員に至るまで、全ての人々が「プリンシプル(行動原理)」を自分のものとして捉える必要があると主張しています。つまり、企業の理念や方針を単に理解するだけでなく、それを自分自身の行動指針として内在化することが求められるのです。
本書では、パーパスを実践(プラクティス)に結びつけるための重要な要素として「プリンシプル」を挙げています。このプリンシプルは、日々の業務や意思決定の場面で直面する様々な状況において、どのように行動すべきかを判断する際の基準となります。
著者は、このプリンシプルの実装こそが、パーパス実践の鍵を握ると述べています。 さらに、プリンシプルが組織全体に浸透することで、真の意味でのガバナンスが機能するようになると指摘しています。ここでいうガバナンスとは、外部からの統制ではなく、組織の構成員一人ひとりが自律的に判断し行動する「セルフガバナンス」を意味します。
このセルフガバナンスの概念は、従来の上意下達型の組織運営から脱却し、個々人の自主性と責任感を重視する新しい組織のあり方を示唆しています。 興味深いのは、著者がプリンシプルの実装をリスク管理だけでなく、積極的な挑戦を可能にする要素としても捉えていることです。彼は、しっかりとしたプリンシプルが組織に根付いていれば、より大きなリスクを取ることができ、結果としてより高いリターンを得られる可能性が高まると主張しています。
名和氏は、日本企業がプリンシプルを実装することで、これまでのローリスク・ローリターン型の経営から、ハイリスク・ハイリターン型の経営へとシフトすることが可能になると提言しています。これにより、いわゆる「失われた30年」と呼ばれる長期的な経済停滞から脱却し、新たな成長の道を切り開くことができるのではないかと期待を寄せています。
パーパス経営を実践するためには、倫理を経営に実装することが求められています。しかし、名和氏は単なる理念や規則の導入ではなく、一人ひとりが倫理を「自分ごと」として捉えることの重要性を強調しています。そのためには、表面的な価値観の共有だけでは不十分であり、各個人の心に深く刻まれた「信念(ビリーフ)」にまで昇華させる必要があると指摘します。
エシックス経営に必要な要素
エシックス経営を実践するための要素として、名和氏は「セルフガバナンス」「シン三位一体」「多元的リーダーシップ」という3つの概念を中心に据えています。
まず、「セルフガバナンス」は、前述したように組織のメンバーが自律的に行動し、倫理的な判断を行うことを重視する考え方です。従来のトップダウン型の組織運営からの脱却を促し、個々人の責任感や主体性を高めることが、エシックス経営の基盤となります。
次に、エシックス経営の核心を成す「シン三位一体」について、名和氏は「3つのP」(パーパス、プリンシプル、プラクティス)を挙げています。パーパス(目的)は組織の存在意義を示しますが、それだけでは理念が実行に移されません。
プリンシプル(原則)という具体的な行動指針が必要であり、それを日常の業務に組み込むプラクティス(実践)が求められます。これにより、パーパスが単なる理想論ではなく、組織全体で共有される実践的な指針となるのです。
さらに「3つのQ」(IQ、EQ、JQ)という新たな視点が紹介されています。特に JQ(判断指数)は何が倫理的に正しいかを判断する能力を指します。これが組織や社会全体に調和をもたらすための重要な要素として位置付けられています。
加えて、「3つのS」(システミック、スパイラル、スピリチュアル)という視点を通じて、物事を空間、時間、本質の異なる次元から捉える力が強調されています。これにより、倫理的判断が多角的に行われ、経営に深みが生まれます。
また、仏教の概念を取り入れた「3つの密」(身密、口密、意密)では、行動、言葉、思考の全てを含めた倫理の総合的な実践が求められます。名和氏は、倫理がただの規範ではなく、日々の実践を通して形作られるべきだと強調しています。
さらに、イノベーションを持続的に生み出すための「3つのみ」(たくみ、しくみ、ひきこみ)の重要性が紹介されています。「たくみ」は、人間の創造性によって0から1を生み出す活動を指します。この領域では、人間の独創的な思考や直感が重要な役割を果たします。
AIがビッグデータに依存するのに対し、人間は新しいアイデアを生み出す能力を持っています。 しかし、「たくみ」だけではイノベーションを大規模に展開することは困難です。そこで「しくみ」の重要性が浮かび上がります。「しくみ」は、創造的なアイデアを標準化し、誰もが利用できるようにするプロセスを指します。これにより、イノベーションを組織全体に広げ、スケールさせることが可能になります。
ただし、「しくみ」化には陳腐化のリスクがあります。そのため、常に新しい「たくみ」を生み出し、それを「しくみ」に落とし込む循環が必要となります。この動的なプロセスにより、「進化するしくみ」が生まれ、持続的なイノベーションが可能になるのです。
さらに、名和氏は「ひきこみ(エントレインメント)」という概念を導入しています。これは、生物学や複雑系科学から着想を得た概念で、組織が自己組織化していく過程を説明しています。「ゆらぎ」「つなぎ」「ずらし」という運動を通じて、異質な要素同士が結合し、新たな価値を生み出していく現象を指します。
「ひきこみ」のカギとなるのが「共振」です。これは、組織の個々の要素が同じリズムで動く状態を指します。この共振を引き起こすためには、3P(パーパス、プリンシプル、プラクティス)が重要な役割を果たします。
パーパスによって組織の方向性を共有し、プリンシプルで行動原理を確立し、プラクティスを通じて学習と脱学習を繰り返すことで、組織全体が同期して動くことができるのです。 名和氏は、これら「たくみ」「しくみ」「ひきこみ」の3つの「み」を三位一体化させることが、持続的なイノベーションの鍵だと主張しています。
さらに、これらの概念が複雑に絡み合い、相互に作用することで、予測困難な時代におけるエシックス経営の本質が形成されると説いています。
また、著者は多元的リーダーシップの重要性も強調しています。従来の一元的なリーダーシップ観を超えて、組織内の多様な人材がそれぞれの強みを活かしてリーダーシップを発揮することが、複雑化する現代社会において重要だと指摘しています。
さらに、名和氏は「シン・ワイズリーダーシップ」という概念を提示しています。これは、欧米で提唱されている「オーセンティックリーダー」論や、日本の「ワイズ(賢慮の)リーダー」論を踏まえた、エシックス経営に必要なリーダーシップのあり方を示しています。
「シン・ワイズリーダーシップ」は、4つの型から構成されています。まず、「伴走型」リーダーシップは、従来のカリスマ型リーダーではなく、メンバーと共に歩むキャプテンのような存在を指します。
次に、「創発型」リーダーシップは、DAO(分散型自律組織)からDACO(自律異結合型組織)へと進化する組織形態に対応するものです。自律しながら自在にメンバーが力を合わせる組織をリーダーは目指すべきです。
「分人型」リーダーシップは、個人の多面的な側面を活かし、状況に応じて適切な「顔」を使い分ける能力を指します。最後に、「信念型」リーダーシップは、強い信念を持ちながらも、それを柔軟に実践に移す能力を表しています。
これらの多元的なリーダーシップの形態は、複雑化する現代社会において、多様な視点と能力を統合し、組織を柔軟に運営するために不可欠な要素となっています。名和氏は、これらのリーダーシップの形態を組み合わせることで、エシックス経営の実践がより効果的に行われると主張しています。
価値創造型の経営体制「ボード4.0」とは?
「未来の顧客」との「共感関係」を創り出すこと。まさに、関係性の哲学という意味でのエシックス経営の実践である。空間軸を開放系に、そして、時間軸を非線形にずらすことによって、未来の顧客と未来の自分が出会う場が創出できるはずだ。それが新たな価値軸を発見する最も確実なアプローチである。
名和氏は「未来の顧客」との「共感関係」を創り出すとことが重要だと指摘します。これは、単なるビジネス戦略を超えた、関係性の哲学に基づくエシックス経営の実践として位置付けられています。 名和氏は、空間軸を開放系に、時間軸を非線形にずらすことで、未来の顧客と未来の自分が出会う場を創出できると主張しています。
ここでは、従来のマーケティング手法は通用せず、企業は自社ならではの未来志向の倫理思想を絶え間なく磨き上げていく必要があるのです。 このような未来志向の価値創造は、単に企業内部だけで完結するものではありません。
名和氏は、社内と社外が緊密に連携し合いながら、未来に向けて価値を共創していく姿を「共助」と呼んでいます。この概念は、企業と社会の関係性を再定義し、両者が協力して未来の価値を生み出していく新たな経営パラダイムを示唆しています。
さらに、名和氏はこのような価値創造型の経営体制を「ボード4.0」と名付けています。これは、企業経営を司る取締役会の進化の過程を表現したものです。その進化は以下の4つのステップで説明されています。 まず「ボード1.0」は、社内関係者中心の取締役会を指します。この段階では、企業内部の視点が主導的な役割を果たしています。
次に「ボード2.0」では、独立社外取締役が中心となります。これにより、外部の視点が経営に導入され、客観性が高まります。
「ボード3.0」になると、多様なステークホルダーによる合議制が採用されます。ここでは、株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会など、様々な利害関係者の声が経営に反映されるようになります。
そして最終段階の「ボード4.0」では、社内・社外の多様な関係者による共創が実現します。この段階では、企業の内外の境界が曖昧になり、多様な視点と能力が融合して新たな価値を生み出す場が形成されるのです。 この「ボード4.0」の概念は、従来の企業統治の枠組みを大きく超えるものです。
著者は、企業経営を3つの軸から捉え直す革新的なアプローチが提示されています。このアプローチは、従来の経営観を大きく転換し、企業と社会の関係性を再構築する新たな視座を提供しています。
まず、空間軸については、閉じた組織から開かれた組織への移行が強調されています。これは、従来の企業内部での完結型イノベーションから、オープンイノベーションへの転換を意味します。企業の境界を越えて、外部の知識や技術を積極的に取り入れることで、より創造的で革新的な価値創造が可能になると考えられています。この開放性は、企業が社会と共に成長し、共に価値を生み出すための基盤となります。
次に、時間軸については、非線形的な捉え方が提案されています。これは、単に過去から現在、そして未来へと直線的に時間を捉えるのではなく、未来からのバックキャスティングを重視する考え方です。
つまり、望ましい未来の姿を描き、そこから現在に遡って必要な行動を考えるアプローチです。このプロセスを通じて、未来の倫理を現在に紡ぎ出すことが可能になると名和氏は主張しています。これにより、企業は短期的な利益追求だけでなく、長期的な社会的価値の創造にも焦点を当てることができます。
価値軸については、異質なものから更に異次元の異質を生み出すという考え方が示されています。これは、単なる多様性の推進を超えて、全く新しい価値の創造を目指すものです。異なる背景や考え方を持つ人々が交わることで、予想もしなかった革新的なアイデアや解決策が生まれます。
著者は、経営を3次元、4次元、5次元の視点から捉え、それらを結びつけることでエシックス経営が実現すると述べています。この多次元的なアプローチは、企業経営の複雑性と可能性を同時に示すものです。 このような考え方は、企業が単独で価値を創造するのではなく、社会全体との協働によって未来の価値を共に創り出していくという、新たな経営哲学を体現しています。
名和氏の提唱するこの新しい経営体制は、企業と社会の関係性を根本から見直すものです。それは、企業が利益を追求するだけの存在ではなく、社会との共生の中で未来の価値を創造する主体となることを求めています。 このような考え方は、現代の複雑な社会課題に直面する企業にとって、新たな指針となる可能性を秘めています。
未来の顧客との共感関係の構築、社内外の緊密な連携、多様なステークホルダーとの共創など、これらの概念は、持続可能な社会の実現に向けた企業の役割を再定義するものと言えます。
名和氏の提唱するエシックス経営は、単なる倫理的規範の遵守にとどまらず、組織の思考や行動を変革し、持続的な成長と社会との共生を目指す新しい経営パラダイムです。
企業の社会的責任が問われる時代において、本書は倫理と経営を統合するための理論と実践を提供しており、今後の企業経営に大きな影響を与える良書です!
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