君は戦略を立てることができるか 視点と考え方を実感する4時間
音部大輔
宣伝会議
君は戦略を立てることができるか (音部大輔)の要約
戦略は策定するだけでは不十分であり、実際に現場で活用され、成果に結びつく実行力が不可欠です。音部大輔氏は「目的」と「資源」という2つの視点に絞ることで、思考を明確化し、再現性のある実践的戦略を可能にしました。このアプローチは、複雑なビジネス環境においても確かな意思決定を支える土台となります。
戦略となはにか?
戦略とは「目的達成のための資源利用の指針」(音部大輔)
現代の企業活動では「戦略」という言葉が日常的に使われていますが、その定義が曖昧であるため、実際には有効に活用されていないケースが少なくありません。本来、戦略とは「目標達成のための資源配分と優先順位付けに関する構造的意思決定」であり、企業や組織が未来を切り開くための論理的かつ実践的な思考の枠組みです。
この「戦略」という概念をわかりやすく明確に定義し直したのが、マーケティング戦略の実務家として資生堂やユニリーバでブランド戦略を統括してきた音部大輔氏です。長年の経験に裏打ちされた知見をもとに、抽象的になりがちな戦略論を具体的かつ実践的な枠組みに落とし込みました。
音部氏は著書君は戦略を立てることができるか 視点と考え方を実感する4時間の中で、戦略を「目的達成のために資源をどう活用するかの指針」と定義しています。目的と資源という2つのシンプルな軸に着目することで、複雑な状況の中でも思考の焦点をぶらさずに本質的な意思決定を導き出すアプローチを提示しています。
多くの戦略会議において、参加者はフレームワークや分析手法を次々と導入しがちです。SWOT分析、3C分析、PEST分析……これらは有用な道具ではありますが、乱用するとかえって本質を見失います。「あれもこれも」と情報を集め、結局、なにを決定すべきなのかが曖昧になってしまう光景は、企業現場において日常的に見られます。
私たちも同様に、「戦略」という言葉に悩まされた経験があるのではないでしょうか。会議で戦略を問われても、何から考えればよいか分からず、結局は「施策の羅列」に終始してしまう——そんな経験は誰にでもあります。その原因は、戦略という概念があまりにも広く、抽象的に使われてきたからです。
音部氏の提唱する「戦略=目的と資源の指針」という定義は、この曖昧さを打ち砕き、明快な思考の軸を与えてくれます。戦略を考える際には、目的と資源という2つの要素だけに集中すればよいのです。
目的とは自分たちが達成したい状態は何かを明確にすることであり、資源とはその目的を達成するために使える手段は何かを整理することです。この2点にフォーカスするだけで、戦略は驚くほど明確になり、実行のための道筋が自然と見えてきます。外部環境や競合の動きに惑わされることなく、自分たちの北極星を見失わないための視座がここにあります。
戦略を具体的に立案し、実行に移すにはどのようなプロセスが必要なのでしょうか?音部氏は、戦略策定を6つのプロセスに整理しています。
①目的を明示する
②目的を再解釈する
③資源を探索する
④資源優勢を確立する
⑤文章に書く
⑤組織に展開
戦略策定の6つのプロセス
第1に「戦略と実行はどちらが重要か、ではなく、両方がそろって初めて目的が達成されるのだ」ということです。第2に「ダメな戦略でどれだけがんばっても、損害の拡大こそあれ目的の達成は難しい」
第1に、目的を明示することが求められます。まず、自分たちがどこに向かおうとしているのかを明確に言語化することが、すべての出発点です。この「目的」は、単なる数値の目標ではなく、達成すべき状態そのものを意味します。たとえば、「業界トップになる」という表現は抽象的であり、具体的な行動に結びつきにくく、チーム内での理解にもばらつきが生まれます。
一方で、「◯年までに市場シェアを25%に引き上げる」といった、測定可能で具体性のある表現であれば、行動に落とし込みやすく、全員が同じ方向を向きやすくなります。 目的を明確にし、共通認識として組織に浸透させるためには、SMACという考え方が有効だと著者は指摘します。
SMACとは、Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(論理的に実現可能)、Consistent(一貫性がある)の4要素で構成されるフレームワークであり、これらを意識することで、目的は単なるスローガンから、実行可能な指針へと変わっていきます。
とくに、目的を数値で表現することによって、SMACの要素は自然と満たされやすくなり、現場での理解や実行もスムーズになります。
2番目に行うべきは、目的の再解釈です。一度設定した目的をそのまま固定してしまうのではなく、異なる視点から捉え直すことで、新たな戦略の可能性を見出すことができます。たとえば、その目的が達成されたときに何がどう変わるのか、別の言葉で置き換えるとどのように表現できるのか、といった問いを立てることで、多角的な発想が促されます。
たとえば、「売上額」という抽象的な目標を、新規顧客の数や既存顧客の利用頻度といった、より具体的な行動単位に置き換えることで、実行可能な目標として再定義することが可能です。 このような目的の再構成に役立つのが、OAT(Objective Articulation Table/目的明確化表)というツールです。
OATでは、目的を3つの段階に分けて整理します。まず「大目的」として、組織が最終的に目指す方向性を設定します。次に、その大目的を達成するための「目的」として、具体的かつ測定可能な目標を定めます。そして最後に、「解釈」として、その目的を実現するためのアプローチを検討します。
たとえば、大目的として「収益性の改善」を掲げた場合、それを「販売数量の増加」という目的に落とし込むことができます。そこから、「新規顧客の獲得」や「既存顧客の購入回数の増加」などの解釈が導かれます。このように再解釈を行うことで、より現実的で多様な戦略の選択肢が生まれ、資源の有効活用や差別化にもつながります。 目的の再解釈は、戦略の幅を広げる起点であり、戦略を実行可能なかたちに落とし込むための重要なステップです。
第3に、資源を探索する段階があります。目的を実現するためには、どのようなリソースが使えるのかを棚卸しする作業が必要です。ここでは、自社の持つ人的資源、技術力、ブランド、ネットワーク、資金、時間など、あらゆる資源を洗い出します。また、外部パートナーやアライアンスなど、社外の資源も含めて広く考えることが大切です。資源探索は、戦略の実現可能性を見極めるうえで欠かせないプロセスです。
自分自身の視点だけで資源を見極めるのは、限界があるものです。私たちは知らず知らずのうちに、思考にバイアスをかけています。だからこそ、自分とは異なる視点を持つ人に耳を傾けることが大切です。もし、そうした視点の持ち主が周囲にいない場合には、自分自身で意識的に“バイアスをつくる”ことも試みるべきです。
たとえば、異なる専門分野のレンズを通して資源を見てみる。過去や未来といった時間軸の変化を取り入れて考える。これは「Filtering」の技術です。あるいは、信頼する上司や優秀な同僚、競合のアプローチを模倣してみる。これが「Copying」です。そして、まだ起きていない未来の成功や失敗を過去形で想像することで、見えていなかったリスクや可能性をあらかじめ想定に取り込む。それが「Imagining」です。
資源をどう捉えるかによって、戦略の質は決定的に変わります。見えているものの中に、まだ見えていない資源があるかもしれません。そして、見えていないものの中にこそ、突破口が眠っているのかもしれません。思考の焦点を絞りつつも、視点の幅を広げる。限られた条件下でも最大の可能性を引き出すという点で、資源の解釈はまさに戦略そのものです。
音部氏が説くように、資源を見る力があるかどうか。それこそが、戦略家としての第一歩だといえるのかもしれません。
第4に、資源優勢を確立することが求められます。探索された資源の中から、競合に対して明確な優位性を持つものを特定し、それを軸に戦略を構築します。これは「自社ならではの勝ち筋」を見出す作業です。逆に、優位性を確立できない場合は、戦略としての成立が危うくなります。この段階では、目的の再解釈を再度行う、資源を補完するなど、仮説と検証を行き来する柔軟性が求められます。
第5に、戦略は文章にする必要があります。戦略は、頭の中にあるだけでは意味がありません。考え抜いた内容を明文化し、他者と共有できる形に落とし込むことで、初めて「設計図」として機能します。文章化は思考を整理し、論理の一貫性を確かめる作業であると同時に、関係者間の共通理解をつくるためのプロセスでもあります。
文章化においては、特定の構成で戦略を整理することが有効です。「いつ」までに、「収益目標」などの達成すべき目的を設定し、その目的の再解釈を踏まえた成果イメージを明示し、「活用すべき優勢な資源」に集中する意志を表現する。このように記述された戦略は、誰が読んでも同じ理解ができ、行動に直結しやすくなります。
第6に、組織に展開する段階があります。文書化された戦略を組織全体に共有し、それが「自分ごと」として認識されるように展開します。単なる通達ではなく、対話と納得のプロセスを通じて、現場の理解と共感を得ることが必要です。
また、フィードバックを受けながら戦略を修正・進化させる姿勢も重要です。このような相互作用的な戦略形成が、組織の実行力を高め、結果として成果へとつながっていきます。 目的の再解釈と資源の整理を経た後は、「資源優勢」が確立できる戦略案に絞り込むことが重要です。ここでの選択肢は3〜5案に抑えるのが現実的です。
資源優勢とは、目的達成に向けて自社が持つ強みが有効に活用できる状態を指します。この段階で資源優勢が見出せない場合、まだ勝負をかける段階ではありません。目的の再解釈に戻る、あるいは資源の探索や補強に再着手する必要があります。
戦略は、明確な目標と効果的な資源配分という実践的な基盤があってこそ成り立ちます。個人の思考だけで完結するものではなく、組織のメンバー全員が理解し、共感し、自分事として捉えることで初めて力を発揮します。 そこで重要になるのが「戦略の言語化」です。文章として明文化し、チーム内で共有し、継続的な対話を通じて磨き上げることで、戦略は組織文化の一部となります。
効果的な戦略づくりには、上意下達でも現場任せでもない、対話を基盤とした「協働的な戦略構築」が必要です。戦略は指示ではなく、共に目指す方向性なのです。 現場の一人ひとりが戦略を自分の言葉で説明できるようになれば、それは既に組織の行動指針として定着している証拠です。組織全体が戦略を理解し、各自の表現で語れるとき、その戦略は真の効果を発揮し始めます。
それは「命令」ではなく「共有されたビジョン」として、日常業務に自然に組み込まれていきます。 音部氏が提唱する戦略論は、複雑な現代ビジネスにおいて、明確で実行可能な思考フレームワークを示しています。
目標と資源というシンプルな2つの軸に回帰することで、戦略を柔軟に見直し、着実に実行に移すことが可能になります。 変化の激しいビジネス環境において、音部氏の戦略論は一貫した判断を支える実用的なガイドラインとして機能します。
戦略は策定するだけでなく、現場で活用し、具体的な成果につなげる実行力が求められます。音部氏のアプローチには、「実践的な戦略」を実現するための核心的な要素が含まれています。
経営に携わる人だけでなく、自らのキャリアを主体的に築こうとする個人にとっても、この深い学びの体験は新しい視点と確かな手応えをもたらすでしょう。
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