心眼――あなたは見ているようで見ていない (クリスチャン・マスビアウ)の書評

boy climb on tree

心眼――あなたは見ているようで見ていない
クリスチャン・マスビアウ
プレジデント社

心眼――あなたは見ているようで見ていない (クリスチャン・マスビアウ)の要約

『心眼』は、私たちが無意識に使っている「見る」という行為を掘り下げ、現代に失われつつある「観察する力」の重要性を説く一冊です。人は経験や知識というフィルターを通じて一部しか見ず、早急な判断が誤解や失敗を招きます。本書は哲学・人類学・芸術など多角的視点から観察を探求し、現実をそのまま捉える姿勢を示します。結論を急がず、先入観を脇に置き、全体像を見極める力こそが複雑な世界を理解する鍵であると教えてくれます。

観察する力が重要な理由。観察とは何か?

何よりも難しいのは、本当にそこにあるものを見ることだ。(クリスチャン・マスビアウ)

私たちは日々、目の前で起きていることを見ているつもりで過ごしています。しかし、実際はそのごく一部しか捉えておらず、しかも自分の経験や知識といったフィルターを通してしか理解していません。その状態で、すぐに結論を出し、行動を起こしてしまう。これが思わぬ誤解や失敗、判断ミスにつながっているのです。私たちが今こそ取り戻すべきなのは、ただの「見る」ではなく、「観察する力」なのではないでしょうか。

心眼――あなたは見ているようで見ていないは、ビジネスや日常の中でつい忘れがちな「観察する力」の大切さを、改めて教えてくれる一冊です。著者はセンスメイキングで知られるクリスチャン・マスビアウです。

本書では、「見る」という行為が多角的に掘り下げられています。哲学や文化人類学、芸術といった人文学の視点から、さらにはクレー射撃のような実践的な活動に至るまで、「観察する」とはどういうことか、その意味が幅広く探求されています。

前作の『センスメイキング』が非常に刺激的だったこともあり、今回も大きな期待を持って読み始めましたが、その期待は良い意味で裏切られました。本書には、観察することの重要性とそれを実践知や教訓が詰まっています。(クリスチャン・マスビアウの関連記事

観察とは、相手の話をただ表面的に聞いたり、行動を目にすることだけではありません。優れた観察者は、人々が話す内容にもちろん注意を払いますが、そこに重点を置きすぎません。本当に観るべきは、その背後にある動機や構造――なぜそのような言葉や行動に至ったのかを理解することにあるのです。

人々はどのように考え、何を真実だと信じているのか。理解を深めるための扉は、どこにあるのか。なぜ私たちはそのように振る舞い、そのように判断するのか。これらの問いに答えていくためには、部分ではなく「全体像」をとらえる力が必要です。『心眼』は、その力――すなわち、現代における「本物の観察力」の育て方を、私たちに示してくれるのです。

優れた観察者はドクサを探しています。語られていないことや、目の前の風景にまぎれているものですね。たとえなじみのあるものであっても、知らないものとして見るんです。そして従来とは違う方向に進むとすれば、どういう可能性があるのか想像してみるのです。(ジリアン・テット)

優れた観察者は、実際には語られなかった「社会的沈黙(ドクサ)」を重視します。好奇心と疑問を抱き、部外者としての視点を受け入れることが欠かせません。慣れ親しんだものや未知のものを改めて問い直すときにこそ、本質が見えてきます。人々の言葉に満足せず、沈黙の奥に潜む気づきを観察することが大切です。

観察で重要なのは、目の前の状況から推測したり評価したりすることではありません。実際に起こっている出来事を、ただひたすら記録し続ける姿勢こそが求められるのです。

とはいえ、たとえ優秀な観察者であっても、「WHAT」――つまり人々が口にした事柄に、つい気を取られそうになります。これは、現象学を実践しようとする際に多くの人がつまずくポイントでもあります。常に現象そのものに立ち返り、表面的な言葉や行動に惑わされることなく、それを支えている信念や思考の枠組みを見つけなければなりません。

「この世界はどういうふうに機能しているのか」を明らかにする扉が開く瞬間――それが入り口の鍵になります。その扉が開けば、今までとはまったく違う現実が私たちの目の前に姿を現します。

観察姿勢には、次の3つの基本原則があります。第1に、観察とは経験を対象にした研究であるということ。思考の中で完結するのではなく、目の前で起こっている現実に根差す必要があります。

第2に、観察すべきは「人が何を考えているか」ではなく、「どのように考えているか」です。内容よりも構造やプロセスに注目することが求められます。

そして第3に、観察は意見ではないという点。自分の主観や感情ではなく、相手の行動や言葉、沈黙をそのままの文脈で捉える。そうしなければ、観察は容易に解釈へとすり替わってしまいます。

私たちは今、GoogleやAIを使えば、瞬時に「正解らしきもの」へとたどり着ける時代を生きています。情報へのアクセスは劇的に向上しましたが、その利便性に慣れることで、自ら観察し、問いを立て、意味を紡ぎ出す力は着実に衰えていきます。

マスビアウは、そうした現代的な知の在り方に一石を投じます。彼は、まず意味づけを停止し、先入観を脇に置いたうえで、ありのままを丁寧に見ることの重要性を説いています。即座に理解しようとせず、結論を出そうとせず、観察する。その態度こそが、複雑な世界に対する最も誠実な向き合い方であると語ります。

大切なのは、判断や決断を急がないことです。ただ見守り、耳を傾け、現れてくるものに注意深く寄り添うことが求められます。この静かな知的姿勢は、あらゆる洞察の出発点となります。 観察とは、行動する前に世界に対して開かれることです。観察者に求められるのは、正解を探すスピードではなく、見えにくいものが立ち上がるまで待てる知性なのです。

観察に必要な9つの教訓

常に観察から始める。頭で考えるのではなく、その目で見るのだ。

マスビアウが本書で繰り返し強調しているのは、「背景」に意識を向けるという視点です。目の前で起きていること──いわば「前景」だけに注目するのではなく、その背後に広がる「背景」まで見ようとする態度が重要だと説いています。

背景とは、たとえば空気感や前提、社会的な構造です。私たちの行動や判断の多くは、そうした環境に支えられています。しかし、そのなかに深く浸かっているかぎり、かえって見えにくくなってしまうのです。言い換えれば、背景とはあまりに身近で、気づきにくい「当たり前」なのです。

もし魚が哲学者であれば、水という存在を背景として認識するかもしれません。私たちもまた、その「水」に気づく力を持てます。マスビアウは、それを「ハイパーリフレクション」と呼び、思考や行動をメタ的にとらえるスキルとして紹介します。これは現代を生きるうえで欠かせない、認知的な土台ともいえる能力です。

マスビアウが示す「観察」とは、単なる注意ではありません。それは、意味の構造を見抜くための洞察でもあります。とくに重要なのは、前提を疑うこと。自分が何に基づいて物事を見ているのか、無意識のうちに受け入れている価値観や言葉は何なのか。それらを問い直さない限り、どれほど注意深く見たつもりでも、本質には届かないのです。

語られないこと、黙ってスルーされているもの、当然とされている前提──そのなかにこそ、観察の真の対象が潜んでいます。

未来は、誰にとっても理屈で予想できるようなものではない。だが、日常の現実の中で観察できるのだ。ただし、誰にとっても一番難しいのは、そこに本当にあるものを見ることなのである。

イノベーションを生み出すうえで、観察は欠かせない出発点となります。新しいアイデアや価値は、何もないところから突然生まれるわけではありません。多くの場合、それは現実の中にすでに存在している違和感や沈黙への気づきから始まります。

観察によって、言葉にならないニーズ、見過ごされてきた課題、語られてこなかった期待に目を向けることができます。すでに語られたことを再構成するのではなく、まだ語られていないことに触れることこそが、創造の扉を開く鍵となるのです。

優れた観察とは、単に見ることではなく、文脈ごと理解しようとする態度そのものです。そしてその理解は、机上の思考ではたどりつけないものです。現場に足を運び、人の振る舞いを見つめ、声なき声に耳を傾ける。その積み重ねが、新しい価値をつくり出すための土台となります。 イノベーションとは、未来を構想することであると同時に、現在を深く観ることでもあるのです。

本書を読み終えたとき、私たちの中に静かに残るのは、いくつもの観察の「教訓」です。それは単なるテクニックではなく、生き方や態度そのものに関わるものです。

観察を実践として身につけるために、著者がジョン・ベイカーThe Peregrine(ハヤブサ)から学んだ9つの教訓をまとめます。

教訓1:本当にそこにあるものを見よ
(生き物を敏感に捉えるためには、根気強さと不屈の精神を養う)

教訓2:観察は執念で決まる
(現象をあらゆる形で見たいという思い)

教訓3:良い観察内容には常に観察者も含まれている
(ゲシュタルト理論を実践し、自分自身も背景にする)

教訓4:観察は意見ではない
(ただひたすら観察し、記述する)

教訓5:観察は体系的なウォッチングから始まる
(純粋な観察からできるだけ多くのデータを取得する)

教訓6:場の雰囲気を見落とすな
(自分が関わる文脈を理解する)

教訓7:ハヤブサのように生きる
(ハヤブサのように生きるとは、無駄な動きをせず、静かな準備に多くの時間を費やし、本質的な行動の瞬間に集中することである。創造性という名の空想に頼るのではなく、対象の文脈に深く入り込み、直接的な観察にこそ時間を注ぐべきだ。)

教訓8:ハヤブサの目で知覚する
(観察に没頭し、自分の変化につなげる。他者の身体を通じて世界を経験しようとする者には、膨大な気づきがある。)

教訓9:観察に当たっては、「性格の徳」を忘れない
(行動や習慣が生み出す徳=性格の徳によって、正しいことを実行し、自分を生まれ変わらせる)

本書は、哲学や芸術的なアプローチを通じて、「見ることの質」を確実に高めてくれる一冊です。見る力が変われば、考え方が変わり、行動も変わります。そして、その結果として、あなたの未来の風景までもが変わっていくのです。 その第一歩は、「よく見ること」から始まります。あらゆる問いは、結局のところ、この見るという営みからしか生まれないのです。

最強Appleフレームワーク


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