クリスチャン・マスビアウのセンスメイキングの書評

「人は何のために存在するのか」アルゴリズムにはさまざまな可能性があるが、関心を持つという行為はできない。まさしく関心を寄せ、気遣いをするために人は存在するのだ。(クリスチャン・マスビアウ)


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なぜ、センスメイキングを身に付ける必要があるのか?

AIやロボティックスなどのイノベーションによって、テクノロジーへの依存度が高まっています。それに付随して人の評価も変わり、理系やデータサイエンティストがもてはやされています。しかし、あまりに理系に固執し、データ偏重の経営をすると顧客を豊かにできず、企業の発展は止まってしまいます。

クリスチャン・マスビアウセンスメイキングの中で、過度にデータに依存するのではなく、直感力を鍛えるべきだと述べています。未来は不確実であり、自分たちの常識やデータを鵜呑みにしていると失敗するリスクが高まります。

人間のあらゆる行動には、先の読めない変化が付き物なのだが、理系に固執していると、こうした変化に対して鈍感になり、定性的な情報から意味を汲み取る生来の能力を衰えさせることになる。世の中を数字やモデルだけで捉えるのをやめて、真実の姿として捉えるべきだ。いや、そもそも真実は一つしかないのだ。偽物の抽象化の世界を追いかけていると、人間の世界を感じ取る力を完全に失う重大な危険をはらんでいる。

人間を取り巻く事情に背を向けてしまうと、世界を純粋に理解する能力を自ら狭めてしまいます。アルゴリズム全盛の今、我々の感性は麻痺しています。今こそクリティカル・シンキング(批判的思考)を取り戻し、感性を活用しながら、課題を解決するようにすべきです。著者はSTEM(科学・技術・工学・数学)、つまり理系の知識が不要だと言っている訳ではありません。仕事で成功するためには、人文科学や社会科学の知識も必要で、思考の幅を広げなければならないのです。

ペイスケール社の報酬に関する大規模調査の結果によると、純粋な理系教育を受けた学生は総じて大学卒業後すぐに給与水準の高い職に恵まれていることがわかりました。新卒入社の「給与中央値」で見ると、トップはマサチューセッツ工科大学(MIT)とカリフォルニアエ科大学の二校で7万2000ドルでした。またこの2校は、中途採用の「給与中央値」もそれぞれ3位と6位にランキングされていました。

しかし、全米で中途採用の高年収者(上位10%)だけに絞ると結果は様変わりします。1位から10位までは、教養学部系に強い学校が名を連ね、ようやくMITが11位にランクインするのです。イエール大学やダートマス大学といった学校が、年収中央値で首位(30万ドル以上)を獲得しています。理系教育を中心とする大学のうち、中途採用の高年収者(上位10%)に食い込んでいるのはカーネギーメロン大学だけでした。中途採用者の専攻別の給与ランキングでは、全般的にコンピュータ工学や化学工学が上位ランクされていて、上位20科目に人文科学系はなかなか見当たりませんが、全米で最も成功している年収上位10%に着目すると、コルゲート大学やバックネル大学、ユニオン大学など純粋な教養学部系大学を中心に、政治学や哲学、演劇、歴史といった専攻が上位になるのです。

このデータからわかるのは、突出した高収入者、つまりは経営を取り仕切るような立場の人々、ガラスの天井を突き破る力のある人々、世界を変えるような人々は、教養学部系の学位を持っている傾向が強いのです。プロクター・アンド・ギャンブルの元CEOのA・G・ラフリーは、「教養の学位を取りなさい」と勧めています。

芸術、自然科学、人文科学、社会科学、言語を学ぶことで、知性が精神的な器用さを育み、新しい考え方にオープンな人間になる。これは、常に変化する環境の中で成功を収める条件でもある。速球力と冷静な判断力で切れ味の良い投球を見せることができなければメジャーリーグで勝つ投手にはなれないように、有力な経営者をめざすのであれば、幅広い教養を身につけ、曖昧さや不確実性に上手に対応していく力が欠かせない。幅広い教養課程を修めれば、概念的思考、創造的思考、批判的思考(クリティカルシンキング)の力が伸びる。これは、心を鍛え抜くうえで欠かせない要素である。(A・G・ラフリー)

人文科学のたしなみがあれば 、自分とは違う世界のありようを想像できるようになります。恩恵はそれだけはありません。人間の経験に関する文化的な知識や説明を背景に、自分とは違う世界にしっかりと思いを巡らせることができれば、回りまわって自分自身が身を置く世界についても、もっと鋭い視点が持てるようになるとクリスチャン・マスビアウは指摘します。

科学的事実と現実的な姿の双方、目の前の状況と将来の可能性の双方を突き詰めていくと、何らかのパターンが浮かび上がってくる。そのパターンが我々に先見性をもたらし、ひいては本物の視点を手に入れる助けとなる。そしてひとたびしっかりした視点を持つと、長い目で見れば、データにがんじがらめになっているよりも、経済的な利益だけでなく、人生の充実という意味でも必ずやはるかに大きなメリットをもたらす。

文化にとことん関わっていくことが「センスメイキング」という行為の土台となります。学術界では、センスメイキングとは人間の知を生かし、「意味のある違い」に対する感受性を高めることです。今、流行りのアルゴリズム思考の正反対の概念で、これを身に付けることで、データを深掘りし、顧客との関係をよりよくできます。センスメイキングによって、量をこなすだけのアルゴリズム思考では難しい、人を豊かにする経営ができるようになるのです。

センスメイキングの五原則

1、「個人」ではなく「文化」を
2、単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を
3、「動物園」ではなく「サバンナ」を
4、「生産」ではなく「創造性」を
5、「GPS」ではなく「北極星」を

センスメイキングをものにしたけれな、5つの原則を身に付ける必要があります。人間との関わり合いをしっかりと持ち、文化にどっぷりと浸からなければセンスメイキングは成り立ちません。短期間でそれができるわけではありませんが、時間をかければ、結果を出せるようになります。

センスメイキングによって、データ収集する際、適切な文脈を選べるようになります。研究テーマについて考えるための確固たる視点も持つことで、集めたデータを活用できるようになるのです。データを上手に組み合わせて何かを的確に語らせるための切り口が、センスメイキングを通じて身につきます。リーダーは、データを活用して深みのある世界観を描き出せるチームをつくらなければなりせん。

我々がめざしているのは、万物の知識を身につけることではなく、物事の意味を見出すことだ。複雑な世界の中で、センスメイキングは本当に重要なものを見極める力を与えてくれるのである。

例えば、食品を扱うビジネスは、市場参入計画、設備投資、商品のポジショニングさえできていればいいというわけでありません。人々が食べ物とどう向き合っているのかを、文化という文脈で理解しておくことも大切です。どのように食べ、どのように分け合い、人々にとって食べ物がどのような意味を持つのかを知らなければなりません。財務やマーケティングの戦略も大切ですが、文化、人、感情、行動、ニーズについても戦略を立てる必要があるのです。GPSに頼るのをやめ、北極星を頼りに航海をするように行く先を見極めるセンスメイキングが大事です。

アルゴリズム思考が客観性、つまりはまったく偏りのない見方という幻想をもたらすものだとすれば、センスメイキングは自分の立ち位置をはっきりさせる方法でもある。特に重要なのは、センスメイキングで自分がどこに向かっているのかを絶えず意識できるようになるのだ。

シリコンバレーの経営者たちは、過去とはきれいさっぱり縁を切り、未来へと一気にジャンプしようとする破壊的な創造を掲げています。この文化が子供の教育や仕事の進め方、我々の市民意識にも大きな影響を及ぼしています。彼らは、人文科学に根ざした教育を見下し、過去の思考法や働き方を否定し、ビッグデータを盲信しています。しかし、ビッグデータ依存には、リスクがあることを覚えておきましょう。

ビッグデータを重視したインフルエンザ予測モデルのグーグル・インフルトレンドは全くうまくいきませんでした。テクノロジーの力でデータを読み込むだけでは、課題を解決できないこと明らかになったのです。ビッグデータを活用しても、人間一人ひとりに関することは少しも見えてきません。事実は常に文脈の中に存在しますが、そうした事実を個別のデータポイントに切り刻んでしまっては、無意味で不完全なものになるだけなのです。

センスメイキングのプロセスは、物事についての人々の「考え」を探ることではない。意見や見方は総じて役に立たない。それよりも、人文科学の基礎知識があれば、もっと掘り下げることができる。我々は、さまざまな現実を支配している構造を明らかにすることに関心がある。

当初フォードは高級車リンカーンのマーケティングをテクノロジーとビッグデータで解決しようとしました。アメリカなどの主要マーケットで勝負していた頃はそれでもよかったのですが、マーケットが変化する中で、中国やインドの高級車を買う消費者の支持は得られませんでした。フォードはレーンアシスト(車線逸脱警報・車線維持支援)機能などの技術に磨きをかけていましたが、車線が明確に引かれていない中国の都市に暮らすユーザーにとってはこの機能は無価値だったのです。

著者はこれを解決するために、フォードと手を組み、大規模な民族学的調査プロジエクトを実施し、米国、中国、インド、ロシアの都市部に暮らす被験者60人を対象に調査を実施しました。各被験者のフィールドノートや写真、インタビュー、日誌、その他の定性的データから得られる情報を追跡・分析し、自動車の未来は、実際の運転の体験とほとんど関係がないことを突き止めたのです。

新たな「クルマ体験」はフォードが考えていたものとは全く異なっていました。フォードのCEOマーク・フィールズが考えたコンセプトは、インドや中国では無価値であることがわかり、意思決定のやり方を変えなければいけないことに気づきます。自身が属する文化とは大きく異なる文化の中で暮らす人々の世界を、理解し、上質な体験を提供しなければ、クルマが売れない事を発見したのです。

今回の調査から、クルマという美しいデザインの空間に身を置き、絆や友情を確かめたり、友人・家族をもてなしたりできることが上質な体験だとわかったのです。センスメイキングによって集まった具体的な体験談を通して、消費者が求めているものを明らかにすることで、新たなクルマづくりの方向性が見えてきました。自分たちとは違う世界を詳しく知ることで、リンカーンは新たな目標を掲げることになったのです。センスメイキングによって、上質な「体験」とは何かを見極める必要があることをフォードは学習しました。

マーク・フィールズは、さまざまな調査を通じて集めたセンスメイキングの情報を駆使して、会社全体としての見方をグローバル化し、「顧客」とか「ユーザー」といった抽象的な括りを廃止するとともに、ディーラー、ドライバー、同乗者を中心とした交流を重視しました。実際の人々とそれぞれの世界の実体験を基に、イノベーションに取り組むことにしたのです。自動車メーカーだったフォードは、技術と輸送を組み合わせたサービス企業へと軸足を移しています。

世界のことを知れば知るほど、そして社会の文脈によって我々の行動が決まってくる事実を理解すればするほど、読み解く力を養うことの意味がひしひしと感じられるようになる。本章後半では、このスキルを磨くうえで、「堪能」レベルから「達人」レベルに到達する方法について考えたい。

欧州で売上を落としていた大手スーパーマーケットはセンスメイキングで顧客との関係を改善しました。買い物客の「体験」、「食」に関わる行為や習慣を知ることで、都会の住人の真の生活スタイルを学んだのです。社会学者のピエール・ブルデューが「社会関係資本」と呼んでいることが事実だとわかったのです。

調査で面談した母親全員が、食卓を囲む家族に新鮮で健康的な夕食を出すのが夢だと話していましたが、調査対象の全地域で、実際のダイニングテーブルには食事と無関係の物であふれていました。テーブルの大部分が仕事の世界(ノートパソコンやら紙やら請求書やら内職関連の物)で埋まっていました。都市部では、毎日夕方5時に職場から自宅にまっすぐ帰ってきて、6時には食卓につける人などほとんどいません。事前に献立をきっちり計画して、買い物リストに沿って食材を買う主婦は稀な存在だったのです。

スーパーマーケット中心の世界観に縛られた同社には、顧客の真実が見えていませんでした。スーパーマーケット側の文化では、完壁な食材リストを持った顧客は食料品の値段を判断基準に店を選択すると思い込んでいたのです。しかし、センスメイキングの視点で実際の家庭の体験、料理のあり方に着目した結果、顧客がそのときどきの気分に応じて、直感的に買い物をしていることを見つけました。

文化人類学者のクリフォード・ギアツの研究を基にしたセンスメイキングの結果、スーパーマーケットのコンセプトは、料理に関する文化的な語りが展開される舞台装置になりました。朝は焼きたてパンと淹れたてコーヒーの香りで買い物客の心を捉え、元気な音楽で通勤中の人々の気持ちを高め、照明も明るく、元気を与える場所になりました。夕方以降は、人々の食欲をそそるための香りと温かく和らかい照明で、心地よさを追求したのです。

2016年、同社は一連のセンスメイキングで得たヒントを生かし、「夕方の慌ただしさ」への対応を前面に押しだした実験店舗を3店オープンしました。買い物客が求めている体験を提供できる店作りを行うことで、顧客との交流を重視した経営にシフトしたのです。慌ただしさを減らし、顧客に居心地の良さを提供するという新たな価値で、顧客の食の質を高める道を選んだのです。

次のマーク フィールズのアイデアが閃く瞬間に関するメッセージを読めば、センスメイキングに必要なことがわかるはずです。

人々を熱狂させたら、それを感じ取る必要がある。経営のトップに立つということは、経営モデルや直線的な思考から離れることだ。何が正しいのか感じる必要がある。ときには時間がかかるが、それでも構わない。何が正しいのか感じとったら、非常に素早く動くことができる。思索を終えると、やらなければならないことが見えてくることがある。我々は明確な経営目標もないまま、コンピュータ科学やデータ分析に投資してきたが、ずいぶんと歳月が流れ、後から振り返れば、最善の投資だったことがわかる。だが、実際に投資に踏み切ったのは、それが重要で必要と感じたからなのだ。詳細な採算性を検討したからではない。後になってみれば当たり前の展開と言えるが、実際に実行した時点では当たり前ではなかったはずだ。一晩寝て目を覚ますと明瞭になってくる。しばらく黙考してきたことが突然明確になるのだ。どうしてこういうことが起こるのか、正直なところ、よくわからないが、目を覚ますと、昨日まであやふやだったものがくっきりと見えてくる。とにかく、そうだとしか言えない。(マーク・フィールズ)

頭脳にいろいろなものが備え付けられれば備え付けられるほど、結果が変わります。読書、経験、観察の量が増えれば増えるほど、創造的なブレイクスルーの機会がやってきたときに取り組む材料が増えるのです。テクノロジーも重要ですが、人とは異なり、その場の空気や雰囲気を知ることはできません。自分の直感力やアイデアを鍛えるためには、様々な知識や体験をすべきです。良いアイデアはデータだけから生まれるわけではありません。知識と体験を活用したセンスメイキングから、人々を喜ばす良質なアイデアが生まれてくるものなのです。

まとめ

AIやビッグデータ解析は重要なツールですが、それにあまりに依存すると結果を残せません。仕事で成功するためには、人文科学や社会科学の知識も必要で、思考の幅を広げなければならないのです。良いアイデアはアルゴリズムやデータからだけでなく、知識と体験を組み合わせることで生まれてきます。データだけでなく、センスメイキングを活用し、顧客の文脈を探ることが経営者には求められています。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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