アメリカが壊れる!
野口悠紀雄
幻冬舎

アメリカが壊れる! 野口悠紀雄の要約
『アメリカが壊れる!』は、第二次トランプ政権下で進む保護主義政策や知の基盤の弱体化により、アメリカが抱える構造的な問題を鋭く分析しています。野口悠紀雄氏は、アメリカと中国の巨大企業群のリスク構造の違いや、日本への影響にも言及し、変化する世界で日本が果たすべき役割を問うています。
第二次トランプ政権が日本にもたらすこと
第二次世界大戦後の世界は、アメリカが主導する自由貿易体制によって成長し、繁栄した。しかし、高率の関税を課して輸入品を排除しようとするトランプ大統領の政策が、これまでアメリカが主導してきた自由貿易体制を根底から破壊しようとしている。(野口悠紀雄)
第二次トランプ政権が発足して以来、米国はかつてないほど急速かつ根本的な変化に直面しています。大統領の一挙手一投足がニュースを賑わせる状況が日常と化し、アメリカという国の統治、経済、外交、安全保障の構造そのものが大きく揺らいでいます。
本書アメリカが壊れる!で、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏はこうした激動の背後にある構造的な問題を掘り下げ、その本質を解き明かしています。
トランプ政権の進める保護主義的政策の代表格が関税政策です。これまでアメリカは、国際分業と自由貿易を通じて技術革新と経済成長を遂げてきましたが、その基盤が大きく損なわれようとしています。関税の引き上げは、一見すると国内雇用を守るように見えますが、実際にはグローバルサプライチェーンの分断を招き、イノベーションを生み出す力を削いでしまいます。
たとえば、アップルやエヌヴィディアのようなファブレス企業は、製造工程を海外に委託し、設計・開発・ブランド戦略に特化することで高い競争力を発揮しています。これらの企業が支える経済構造は、単純な「国内生産回帰」では再現できません。
むしろ無理な国内回帰は生産コストを押し上げ、製品価格の上昇とともに消費者の負担を増やし、最終的にはアメリカの国際競争力を著しく低下させるリスクをはらんでいます。
加えて、トランプ政権のもう一つの特徴は、知的人材と研究機関に対する冷遇です。大学への助成金の削減、科学研究費の見直し、留学生へのビザ制限といった施策が相次ぎ、長年にわたって築いてきたアメリカの知的基盤が揺らいでいます。
気候変動、感染症、再生可能エネルギーなどの分野で、科学的根拠よりも政治的思惑が優先される風潮は、国際的にも大きな不安材料です。
野口氏は、アメリカの繁栄の根底にあったのは「異質なものへの寛容さ」だと強調します。多様性を受け入れ、そこから新たな価値を創出することがアメリカの強みでした。その価値観がいま、政権のイデオロギーによって大きく損なわれつつあるのです。三権分立の国でありながら、なぜ権力の暴走を止められないのか。この問いは、アメリカ憲政史の危機という文脈で捉える必要があります。
本書ではさらに、こうしたアメリカの変化が日本を含む世界各国にもたらす影響についても詳細に論じています。関税政策による日本製鉄とUSスチールの買収問題、国際協調からの脱却による貿易ルールの不安定化など、日本にとっても看過できない事態が相次いでいます。
こうした局面で重要なのは、ただ危機感を煽るのではなく、日本自身が主体的に国際世論を形成し、アメリカ世論にも働きかけていく姿勢です。
米中IT企業に与える影響
アメリカの関税政策や輸出禁止政策が、中国の企業に影響を与える度合いも大きい。第1期トランプ政権時に行なわれた半導体の輸出規制は、中国IT企業の活動に大きな影響を与えた。
とくに注目すべきは、グローバル経済における「覇権国アメリカ」を象徴する存在である「マグニフィセント・セブン」の動向です。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾン、エヌヴィディア、メタ、テスラといった企業群は、単なるIT企業にとどまらず、世界の市場構造や生活様式、働き方そのものに変革をもたらしてきました。
彼らが主導するのは単なる技術革新ではなく、ライフスタイルと価値観を一新する「未来の設計図」でもあります。 こうした企業は、グローバルな視点で事業を展開し、国家の枠を超えて影響力を拡大しています。製品やサービスは多くの国で広く受け入れられ、たとえばiPhoneは世界中のユーザーの生活に深く浸透しています。
アップルが担うのは製品開発だけではなく、サプライチェーン全体をデザインし、設計という高付加価値領域を制することで、経済構造の中枢を担っているのです。
一方で、中国にも「セブン・タイタンズ」と呼ばれる巨大テック企業群が存在します。テンセント、アリババ、バイドゥ、ファーウェイなどがその代表格ですが、彼らの成長は主に巨大な国内市場を基盤としており、グローバル展開においてはアメリカ企業に比べて制約が多いのが実情です。
日本市場を例にとっても、アマゾンやアップルのサービスが日常生活に深く根付いている一方で、中国企業の存在感は依然として限定的です。 この差は単なる技術力の問題ではありません。そこには政治的信頼性、透明性、ソフトパワーの強弱が大きく関わっています。
世界のユーザーが「安心して使えるか」「信頼できるか」という視点からサービスを選ぶなかで、アメリカのマグニフィセント・セブンは、グローバルスタンダードとしての地位を確立してきました。
野口氏は、こうした企業群こそがアメリカの覇権を支えてきた「現代のインフラ」であり、国家の経済力や影響力を実質的に担っている存在だと強調します。にもかかわらず、トランプ政権の保護主義的な政策は、それらグローバル企業の競争力にすらブレーキをかける可能性があると指摘しています。
自由貿易や国際的な人材流動性を制限すれば、国際展開を前提とするこれら企業の成長モデルが大きく損なわれ、結果的にアメリカの国際的なプレゼンスも低下しかねません。
一方で、中国のハイテク企業群にとってのリスクはまた別のところにあります。それは、習近平政権の政治的方針が一夜にして変わる可能性があるという点です。国家主導の経済運営は、ある種のスピード感や集中投資を可能にする一方で、政策の恣意的な変更が企業活動に直接的な打撃を与える危険性も孕んでいます。
過去には、ゲーム産業やフィンテック、不動産セクターに対する突然の規制強化が業界全体に大きな混乱をもたらしました。
つまり、中国企業にとっての不確実性は、外部競争ではなく、むしろ国内政治に起因するという特徴があります。 このように、アメリカと中国の巨大企業群が直面するリスクの性質は根本的に異なります。
前者は外的規制によってグローバル展開の自由が制限される可能性があり、後者は国内政治の不透明性によって事業継続性が脅かされるという構造です。野口氏は、こうした対照的な状況の中で、どちらが次なる覇権を握るのかは、企業の自律性と持続可能性、そして国際社会からの信頼にかかっていると示唆しています。
さらに本書は、アメリカ国内の深刻な構造的課題にも目を向けています。「創造的破壊」が機能不全に陥り、新規参入が困難になった市場。富の集中による格差の拡大。高等教育のコスト高騰による若者の機会喪失。老朽化したインフラと財政赤字。これらはすべて、アメリカ経済の活力を奪う要因であり、放置すれば世界経済にも深刻な影響を及ぼしかねません。
日本にとって、こうしたアメリカの変化は「外部要因」ではなく、今後の国家戦略を練るうえでの重要な前提条件です。野口氏は、日本が内向きにならず、少子高齢化・財政再建・生産性向上といった国内課題に真正面から向き合いながら、産業構造をサービス型に変換すべきだと提言しています。
自由貿易体制の揺らぎは、輸出依存型モデルに頼ってきた日本経済にも再編を迫ります。国内需要の拡大や、デジタル分野での国際的な相互運用性の確保といった新しい枠組みを、日本が主導して構築する必要があります。
さらに、アメリカの国力低下は、同盟国としての防衛負担にも直結する課題であり、NATOで顕在化している流れは、日本にとっても他人事ではありません。実際、日本の防衛予算は拡大し、そのための増税も話題に上っています。
本書は、単なるトランプ政権批判ではなく、時代の転換点を見据えた冷静な政治・経済の構造分析に基づく一冊です。アメリカの変容を通して、私たちはどのような未来を描くべきか。日本の役割は何か。読み進めるうちに、それぞれが真剣に向き合うべき問いが浮かび上がってきます。
















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