小説以外(恩田陸)の書評

a hand reaching for a book on a shelf

小説以外
恩田陸
新潮社

小説以外(恩田陸)の要約

恩田陸氏のエッセイ集は、好きな作品への深い愛と読書体験がまっすぐに綴られています。忘れることや思い違いさえも創作のヒントとなり、読書メモを通じて著者との対話が静かに深まっていく様子が印象的です。忙しさの中で読書から離れている人にこそ響く、読むことの喜びを思い出させてくれる一冊です。

恩田陸の文体の魅力とは?

読書とは、突き詰めていくと、孤独の喜びだと思う。人は誰しも孤独だし、人は独りでは生きていけない。矛盾してるけれど、どちらも本当である。書物というのは、この矛盾かそのまま形になったメディアだと思う。読書という行為は孤独を強いるけれども、独りではなしえない。本を開いた瞬間から、そこには送り手と受け手がいて、最後のページまで双方の共同作業が続いていくからである。本は与えられても、読書は与えられない。読書は限りなく能動的で、創造的な作業だからだ。自分で本を選び、ページを開き、文字を廻って頭の中に世界を構築し、その世界に対する評価を自分で決めなければならない。(恩田陸)

恩田陸氏の小説は、何冊も手元にあります。それでも正直に言えば、長いあいだ積ん読の山の一部でした。理由は単純で、日々の書評やアウトプットを意識すると、どうしてもビジネス書が優先され、小説の順番が後ろに回ってしまうからです。

ビジネス書を読むこと、書評を書くことが生活のリズムに組み込まれ、気がつけば「何のために読むのか」という原点から、少し距離を取ってしまっていたようにも思います。読むことと書くことが日々のルーティンになると、純粋な読書の時間は、確実に削られていくものです。

そんな中、先日読了した三宅香帆氏の文体のひみつの中で、恩田陸氏の小説以外が紹介されているのを見つけました。三宅氏は、恩田氏の文章がなぜ読みやすいのかを、「接続詞を隠す」という特徴から説明しています。

三宅氏は「読書の時間」という恩田氏の冒頭の文章を引用していますが、たしかに接続詞が前面に出てこないことで、文は軽やかに流れ、読者は思考を遮られることなく、読書そのものの魅力へと自然に連れていかれます。説明されている内容以上に、「読む体験」そのものが身体感覚として伝わってくるのです。(文体のひみつの関連記事

本書のタイトルは『小説以外』ですが、読み進めてすぐに感じるのは、これは小説から距離を取った本ではないということでした。むしろ、小説に対する恩田陸氏の思いが、さまざまな角度から言葉になった一冊だと言ったほうが正確でしょう。

収録されている文章の多くは、著者の好きな小説、少女漫画、映画、そして読書体験そのものについても語られています。小説家が技巧的にエッセイを書くというよりも、ひとりの読書家が、これまで自分を支えてきたストーリーを私的に振り返って、文章にしているという感じです。

とりわけ印象に残ったのは、恩田氏がバブル期の働き方について触れている箇所です。仕事と酒を優先し、読書の時間が少しずつ削られていった当時のライフスタイルが、飾り気のない言葉で語られています。ほぼ著者と同世代であることもあり、その感覚は私にとって驚くほど身近に感じられました。

忙しさを言い訳に、本を開く余裕を失っていく感覚は、決して他人事ではありません。私自身も振り返れば、同じように読書時間が減り、心のどこかで言いようのない寂しさを抱えていた時期が確かにありました。

仕事とアルコールが異様に優先され、日々が勢いだけで流れていくなかで、本を読むという行為が、いつの間にか生活の周縁へと追いやられていったのです。それは、恩田陸氏と私にとって共通する、「バブル」という時代が残した感覚だったのかもしれません。

エッセイが苦手である。 自分のこと、現実のことを書かなければならないからだ。どこまで書いたものかといつもくよくよ悩むので、50枚の小説の原稿を書くより、4枚のエッセイを書くほうが時間が掛かってしまったりする。

恩田氏は、エッセイを書くのが苦手だと語っています。自意識過剰になることが嫌だと述べながらも、本書では読書好きとしての率直な本音や、好きな作品へのまっすぐな思いが、行間からごく自然に立ち上がってきます。 だからこそ、こちらも身構えることなく自然体のままで、著者に思考を委ねるようにページをめくることができるのです。

恩田氏の言葉を辿りながら、小説家との共同作業としてのエッセイを体験していくうちに、気がつけばその本を手に取り、続きを読みたくなっている――そんな読書体験が待っています。実際、私自身もこのエッセイ集をきっかけに、恩田氏の小説やその他の彼女のお勧め書籍を何冊も購入しました。

本書を読んであらためて強く感じたのは、恩田氏の圧倒的な読書量です。1990年から2000年代の国内外の作家から、谷崎潤一郎やアガサ・クリスティーといった古典的な名作まで、ジャンルも時代も自在に行き来するその読みの厚みには、ただ驚嘆するほかありません。

読書が単なる習慣ではなく、思考や感性の基盤として身体に深く染み込んでいることが、行間から自然と伝わってきます。

なかでも、SFや探偵小説への言及が多く、そうした作品への深い愛情が文章の端々からさりげなく、しかし確実ににじみ出ています。長年にわたって物語と向き合ってきた読書家だからこそ語れる実感があり、そこには評価や批評を超えた、「読むことそのもの」への純粋な喜びが感じられます。

読書好きの作家が語る読書体験ほど信頼できるものはありません。次に読む一冊を探している人にとって、本書はこれ以上ない道しるべになる一冊だと感じました。

同時に、本書は物語の作り手が、自分自身の読書史を振り返りながら、「物語とは何か」を考え続けた記録でもあります。小説を書く人が、どんな本に影響を受け、どんな読み方をしてきたのか。その断片を追体験できることは、読者にとって非常に贅沢な時間です。小説や漫画を読む楽しさが、作品の外側からじわじわと立ち上がってくる――そんな感覚を味わえる一冊です。

読書メモが重要な理由

夢想は飛躍する。記憶の中の図書館では、現物の本ではなく、私が記憶しイメージしている通りの本が納められている。 

恩田氏は、読んだ内容をすぐに忘れてしまい、ときには自分自身で物語を作り上げてしまうことがあると語っています。再読によって、自分の思い違いに気づくこともあるそうですが、そうした「記憶のズレ」や「妄想」が、創作のきっかけになるのです。

読んでいる本の世界と、旅先で目にした風景が自然に重なり合い、ふと頭の中に、新しい物語の一場面が浮かんでくる——恩田氏は、そんな瞬間をたびたび経験すると言います。 このように、記憶の曖昧さや読書を通じて生まれる偶然のつながりが、恩田氏にとっては重要なインスピレーションの源なのです。

それは、本の内容を正確に覚えておくこと以上に、「読書という体験」が心にどんな反応をもたらすのかを大切にしている姿勢の表れだと感じました。

私自身も多読であるがゆえに、同じ本を何度も買ってしまい、途中で気づくことがあります。また、ブログを書いているうちに、忘れていた記憶がふと蘇ることもよくあります。私の場合、小説が生まれることはありませんが、本のおかげでビジネスのアイデアが生まれることはよくあります。

恩田氏は「内容を忘れている」と言いつつも、本の印象を綴った読書メモを長年にわたって書き続けているそうです。

私も、読書を単なるインプットで終わらせないために、著者との対話の時間を意識的に持つようにしています。本を読み終えたあとに湧き上がった疑問や気になった点を、言葉にしてメモに書き出すことで、その対話は少しずつ深まっていきます。

読了後に「問い」を書き出すことで、本から受け取った刺激は単なる印象にとどまらず、自分自身の思考の種として育っていきます。 このプロセス全体を、読書体験としてメモに書き残すことが、孤独をポジティブな時間に変える鍵になるのだと思います。メモを書くことは、自分自身との対話であり、やがて著者との対話にもつながっていきます。

私も、この書評ブログを書き続けてきたことで、ただ本を読むだけでは得られなかった著者との対話を実感できるようになりました。さらに、ブログ記事同士を組み合わせ、振り返ることで、新たな問いが生まれ、そこから新たなビジネスのヒントや解決策が見えてくることがあります。

もっと面白い本が読みたい。つまらない本に会ったら激怒したい。そして、できることなら誰かが週末の夜に気持ちよく面白く読める本を、一冊でも多く書けることを切に願っている。

このエッセイ集を読み終えたとき、もう恩田氏の小説を積ん読のままにしておくわけにはいかないと思いました。彼女の本に対する真摯な姿勢に触れた今、彼女に小説にも正面から向き合いたいと強く感じたのです。

エッセイを通じて伝わってきたのは、物語を書く人である以前に、誰よりも物語を愛する一人の読者としての姿でした。その姿に背中を押されるように、私は彼女の旧作を本棚から取り出し、ページを開きました。 忙しさを理由に小説を後回しにしている人ほど、この「小説以外」は深く響くはずです。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
株式会社INFRECT取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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