書籍: 熟睡力
著者: メライン・ファンデラール
出版社: 新潮社
ASIN : B0GGNWP6F3

30秒でわかる本書のポイント
【結論】:睡眠の問題は「寝る時間が足りない」ことよりも、「眠りの仕組みを誤解している」ことから深刻化している。
【原因】:私たちは睡眠を、根性や気合いや自己管理能力の問題として捉えがちですが、実際には体内時計、睡眠圧、ストレス、光、食事、運動、刺激物、加齢などが複雑に影響し合っています。
【対策】:自分の身体のリズムと生活環境を理解し、睡眠を科学的に整えることが、質の高い眠りへの最短ルートです。
本書の要約
眠っているはずなのに疲れが取れない。寝なきゃと思うほど目が冴える。そんな経験はないでしょうか。現代のビジネスパーソンの多くが、睡眠に何かしらの不満を抱えています。問題は、その不満を「気合い」や「時間管理」で解決しようとしてしまうことです。もし、眠れない原因があなたの意志の弱さではなく、睡眠に対する思い込みや生活環境の構造にあるとしたら? 本書『熟睡力』は、オランダの睡眠科学者メライン・ファンデラールが、進化・人類史・生理学・心理学・臨床の視点から睡眠を立体的に解き明かした一冊です。
おすすめの人
・寝ても疲れが取れず、朝から思考が鈍いと感じている人
・睡眠時間は確保しているのに、眠りの質に納得できない人
・「8時間寝なきゃ」と思うほど逆に眠れなくなる人
・睡眠を自己管理や精神論で片づけたくない人
・仕事の成果、感情の安定、健康管理を根本から見直したい人
・睡眠アプリやスマートウォッチの数値に一喜一憂している人
読書から得られるメリット
・自分に合った睡眠時間やリズムを見つける視点が得られる
・不眠の原因を一面的に捉えず、生活全体から再設計できる
・睡眠と生産性、感情、健康リスクの関係が理解できる
・睡眠テックや巷の睡眠情報に振り回されにくくなる

8時間睡眠は本当に必要か?
食物をより多く探そうとすると運動量が増え、回復するための必要性が増し、睡眠を促進するということだ。 今日、食物は容易に入手できるようになり、様々な食材にも手が届く。その結果、サバイバルに直結する身体活動の必要性が減り、一層非活動的になる。こうして身体を回復させたり眠ったりする必要性が減少したのかもしれない。(メライン・ファンデラール)
私たちは睡眠の問題を、まず時間で考えがちです。何時間寝たか、平均より短いか長いかという発想です。しかし本書熟睡力を読むと、睡眠はそれほど単純ではないことがわかります。
睡眠科学者のメライン・ファンデラールは、私たちの祖先や最新の研究結果から正しい睡眠とは何かを明らかにしていきます。睡眠には体内時計があり、睡眠圧があり、朝型・夜型の個人差があり、加齢、光、温度、食事、運動、ストレスも影響します。睡眠とは、身体と生活環境の接続の仕方をどう設計するかという問題でもあります。
この点で本書が示唆的なのは、先史時代の生活との比較です。食物を得るためには、より多く歩き、探し、身体を使う必要がありました。活動量が多ければ身体は回復を必要とし、その必要性が睡眠を促進します。
ところが現代では、食物は容易に手に入り、生活全体の身体活動量は低下しました。便利さによって活動の必要性が減った結果、身体を回復させ、深く眠る必要性そのものが弱くなっている可能性があります。本書が示すのは、現代のライフスタイルが、身体が本来必要とする健康と睡眠の条件に必ずしも一致していないという視点です。
この視点に立つと、睡眠改善は「夜の工夫」だけでは完結しません。昼間にどれだけ身体を使ったか、どれだけ光を浴びたか、どのようなストレスを抱えたか、何をいつ食べたかまで含めて、眠りは一日の総和として現れます。知的労働者に多いのは、脳は疲れているのに身体活動は少ないという状態ですが、そのアンバランスが睡眠の質を下げている可能性もあります。
睡眠時間については、一般論がひとり歩きしやすい領域です。2015年に米国のNational Sleep Foundationが公表した勧告では、成人(26〜64歳)の推奨睡眠時間は7〜9時間とされています。ただし同時に、6時間睡眠も「一部の人には適切かもしれない」範囲に含まれています。
若年成人(18〜25歳)でも推奨は7〜9時間ですが、6時間は一部の人にとって許容され得る時間として扱われました。 つまり、「6時間で全員が問題ない」という意味ではありません。一方で、「8時間未満=直ちに不健康」と断定するのも正確ではない、ということです。この前提を知るだけでも、睡眠時間が足りていないと言われがちな日本人にとっては、一定の安心材料になり得ます。
私たちは睡眠時間という数字だけを絶対視するのではなく、まず主観的な睡眠の質——たとえば熟睡感や回復感、日中の集中力や気分——に注目することが重要だと、著者は指摘します。長く寝ていても熟睡感がなく、日中の集中力や気分に支障があるなら、改善の余地があります。
逆に睡眠時間がやや短くても、日常生活に支障がなく心身の機能が保たれているなら、その人にとって現在の睡眠が適正である可能性もあります。
夜に数度、しばしの覚醒があるのは普通で、8時間途切れなく眠ることに縛られなくてもいいという知識があれば心強いだろう。つまり知識が大切なのだ。睡眠の途中でふと目を覚ますのは、周囲の敵の有無を見極める、進化の過程で必要だった安全確認のようなものだと考えればいいのだ。
もうひとつ知っておきたいのは、夜中に何度か目が覚めること自体はごく自然な現象だということです。私たちの祖先は、眠っている間も周囲に敵がいないかを確かめる必要がありました。途中覚醒は、その進化の名残ともいえる安全確認の仕組みなのです。「8時間途切れなく眠らなければならない」という思い込みを手放すだけで、気持ちはずいぶん楽になるでしょう。
不眠症についても同じことがいえます。最初に注目すべきは睡眠時間の長さではなく、「眠れた感じがあるか」「回復感があるか」という主観的な質のほうです。睡眠時間はわかりやすい指標ですが、本当のつらさは時間の短さそのものよりも、眠りの質の低下や翌日のパフォーマンスの落ち込みとして現れることが少なくありません。
睡眠の質を高めるうえでは、寝る前の習慣だけでなく、適切な睡眠環境を整えることも見逃せません。著者が紹介する工夫の一つに、「香り」を使って睡眠中の脳を問題解決に寄せる方法があります。日中、解決したい課題に向き合っている最中に特定の香りを嗅いでおき、夜も同じ香りを寝室に漂わせるのです。その香りのなかで眠ると、目覚めたあとに創造性が高まり、よりよい解決策を選びやすくなる可能性がある、という説明です。
この発想が面白いのは、香りが「リラックス」のためだけではなく、睡眠中の脳に対して「この問題を扱ってほしい」と目印を付ける役割を持ち得る点です。言い換えるなら、睡眠環境を整えることは、単に眠りやすくするだけでなく、翌日の集中力や判断の質、ひいては問題解決の精度にもつながり得ます。睡眠時間の長短に目を奪われがちなときほど、睡眠の質を押し上げる工夫として、こうした環境設計にも目を向けておきたいところです。
日中の眠気は、睡眠不足の重要な尺度になる
睡眠不足は自分の身に起こるポジティブなことよりもネガティブな事柄を強調する原因になり、知覚したり経験したりした物事をネガティブに判断しがちになる。
睡眠不足は、自分の身に起こるネガティブな事柄に注意が向きやすくなり、知覚したり経験したりした物事を否定的に判断しがちになる要因になります。気分と睡眠は強く結びついており、不眠症や睡眠不足が心理機能の長期的な問題につながる可能性もあります。
心理的ストレスに向き合っていたり、精神疾患の症状がある場合には、睡眠の主観的な質を確かめ、不安を伴う覚醒(夜中に目が冴える状態)を減らすことがとりわけ重要です。夜の睡眠を改善できれば、心理的な回復メカニズムが強化され、日中の活動機能も向上する可能性があります。
また、睡眠が足りているかどうかを判断するうえで、日中の眠気は重要な尺度になります。睡眠不足の影響は、常に分かりやすい疲労感として現れるとは限りません。集中力の軽い低下、判断の鈍り、気分の不安定さのように、わずかな変化として表れ、自分では気づきにくいこともあります。
したがって、「自分は短時間睡眠でも平気です」と考えている人ほど、本当に最適な睡眠時間なのかを点検する価値があります。 比較的よく眠れるタイプの人が、現在の睡眠時間で十分かどうか判断しにくい場合は、就床時間を少し長めにして数週間試す方法があります。そのうえで、体調、集中力、気分の安定、日中の眠気がどう変化するかを観察します。
もし以前より体調がよく、しかも夜もしっかり眠れるのであれば、その人にとっては就床時間を延ばしたほうが適切である可能性があります。 ここで重要なのは、一般論に自分を合わせるのではなく、自分の身体反応から最適値を見つけるという姿勢です。
睡眠改善とは標準値を盲信することではなく、日中の眠気、回復感、集中力、感情の安定を観察しながら、自分にとっての適量を見つけていく作業です。 さらに、睡眠の主観的な質には「環境」だけでなく「人間関係」も影響します。職場での社会的支援の欠如が、不眠症の発症リスク上昇を説明する重要な要因だった、という研究報告もあります。これは、社会的接触や支援が睡眠に一定の役割を果たし得ることを示す調査結果とも整合します。
不眠は生産性にも悪影響を及ぼします。2023年には、オーストラリア、オランダ、米国の研究者が、不眠症が職場の生産性低下の危険因子になり得ると結論づけています。主観的な睡眠の質の問題は、気分、認知、活力の指標に大きな影響を及ぼし、欠勤だけでなく職場でのミスや事故につながる可能性もあるからです。不眠症は米国だけでも年間311億ドル(約4兆7,000億円)の損失を生む、という推計も示されています。
就寝前にストレスを減らすには、一日の終わりにきちんと寛ぐことが大切です。就寝の約1時間半前からは心身を徐々に落ち着かせ、刺激の少ない静かな行動に切り替えると、脳が眠る準備に入りやすくなります。
本書の終盤では、スマートウォッチは信頼できるのか、インフルエンサー発の睡眠情報をどう評価すべきか、どのようなテクノロジー機器が実際に使えるのかなども紹介されています。睡眠をデータで可視化する技術は有用ですが、数値ばかりに注意が向くと、かえって眠りへの不安が強まることがあります。
だからこそ必要なのは、テクノロジーを使うか使わないかという二者択一ではなく、何を参考にし、何を過信しないかという判断軸です。本書は、睡眠の主体を外部データに全面的に委ねるのではなく、自分の身体感覚と日中の機能を基準に据え直す視点を与えてくれます。
睡眠と向き合う際に重要なのは、自分の睡眠パターンを知ることです。そのために、睡眠ダイアリーで睡眠の状態や変化を記録しておくと役に立ちます。数日前の睡眠を正確に思い出すのは難しいため、睡眠ダイアリーは覚え書きにもなります。また、睡眠ダイアリーをつけることで、特定の行動の変化が睡眠を改善したかどうかを振り返りやすくなり、自分の睡眠状況を把握しやすくなります。進捗が視覚化できるのも便利です。
私自身は昨年から「睡眠上手になる会(Welluluコミュニティ)」に参加し、睡眠をチェックする指輪とアプリでログを取っています。その結果、自分の睡眠パターンが可視化できるようになり、日中の運動を増やしたり、夜更かしを避けたりと、行動の調整につながりました。
コンサルタント視点のView
本書は、睡眠に悩む人のための本であると同時に、パフォーマンスを安定させたいビジネスパーソンにとっても有益な一冊です。睡眠不足は判断力や集中力、感情のコントロール、学習効率に確実に影響を及ぼします。にもかかわらず、実際の職場では睡眠の問題が「忙しいから仕方がない」のひと言で片づけられがちです。本書はその見方を根本から改め、睡眠をコンディション管理の中核として位置づけ直すきっかけを与えてくれます。
本書の長所は、睡眠を単純な生活改善論に落とし込まないところにあります。「早寝早起きが絶対に正しい」「睡眠時間を増やせばすべて解決する」といった安易な答えを出さず、個人差や主観的な睡眠の質、身体活動、ストレス、睡眠テクノロジーまで幅広く検討しています。
だからこそ読者は、「何時間寝るべきか」という問いから一歩先へ進み、「自分はどういう条件で最もよく回復できるのか」という、より本質的な問いを持てるようになります。そこに、睡眠の質を高める本当のヒントがあるのです。
知的生産性を重視する人ほど、睡眠を削って成果を維持しようとしがちですが、長期的にその方法が安定することはありません。
本当に必要なのは、睡眠を固定観念で管理することではなく、日中の眠気や回復感、活動量、ストレス、生活リズムを丁寧に観察しながら、自分に合った睡眠を設計し直すことです。その意味で本書は、睡眠の本であると同時に、自己観察と自分自身を整えることの大切さを教えてくれる一冊でもあります。
🖋 書評:徳本昌大 書評ブロガー・ビジネスプロデューサー














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