【書評】『日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較』|ランキングの低さに隠された「協調的幸福」の正体

unknown person holding balloons outdoors日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較
内田由紀子
中央公論

30秒でわかる本書の要点

結論: 日本の幸福度が低く見えるのは「モノサシ(評価基準)」が欧米型だから。
核心: 日本には、個人の達成(獲得的幸福)よりも他者との調和(協調的幸福)を重んじる文化がある。
提言: ランキングに一喜一憂せず、日本独自の「つながり」と「自律」が共存する場を設計すべき。

本書の要約

日本人の幸福感は文化的に独自であり、欧米的な価値基準による単純な国際比較ではその本質が十分に理解されにくいという問題があります。協調や穏やかさを重視する日本独特の幸福観に注目することで、多様な幸福のあり方を再認識することができます。また、地域社会や職場などの日常の場において、つながりと信頼が幸福感を高める鍵であることが実証的に示されています。

この本がおすすめの人

・人事・経営者: 数値化しにくい「職場の居心地」を理論的に理解したい方。
・地域活性化に携わる方: 信頼関係(橋渡し型資本)がどう自殺率抑制や寛容さに繋がるか知りたい方。
・「今の自分」に漠然とした不安がある方: 自己実現のプレッシャーから解放されたい方。

読者が得られるメリット

・「幸福のモノサシ」が増える: ランキングの順位に振り回されない、冷静な視点が身につきます。
・人間関係の捉え方が変わる: ほどよい距離感(橋渡し型)の重要性に気づき、人間関係のストレスが軽減されます。
・持続可能な幸せの形が見える: 「上を目指す幸せ」以外の持続的な幸せの価値を再発見できます。

幸福度ランキングに一喜一憂しない視点を

幸福度について考えるべきは、「どうやって幸せを測定しているのか、本当に一律に、同じ基準で比較可能なのか」という問題です。経済活動をGDPで測定すること自体の是非も問われる昨今、幸せというあいまいかつ価値観に左右される対象を、同じ尺度で測定して比較し、ましてやランクづけできるのかと問われると、単純な話ではありません。(内田由紀子)

私たちはしばしば、国際的な幸福度ランキングにおいて日本が他国よりも下位に位置するという報道を目にします。それを見て、「やはり日本人はあまり幸福ではないのか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、そもそも「幸福」とは何でしょうか。その定義や感じ方、測り方は本当に世界共通なのでしょうか?

この問いに立ち返ることが、今私たちに求められているのかもしれません。 このような疑問に丁寧に向き合っているのが、内田由紀子氏による日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較です。内田氏は京都大学人と社会の未来の研究院教授教授であり、文化心理学・社会心理学を専門とし、日本人の幸福感や対人関係、自己意識に関する実証研究を多角的に展開してきた第一人者です。

本書は、私たちが当たり前のように受け取ってきた「幸福のモノサシ」を見直す重要性を教えてくれます。たとえば、GDPのような経済指標でさえ、その測定方法に疑問が投げかけられている現代において、幸福のような主観的かつ価値観に強く左右される概念を、世界共通の基準で測り、ランク付けすることにどれほどの意味があるのかと著者は指摘します。

日本では「穏やかであること」や「人並みであること」に幸福を感じる傾向があり、「幸せすぎると逆に怖い」と感じる文化的感覚も根強くあります。実際、調査では約3割の日本人が「幸せすぎることへの不安」を口にしています。これは、他人からの嫉妬や、バランスが崩れることへの無意識の警戒が背景にあります。

幸福の意味は、国によって一律ではないのです。ヘドニックな価値観が重要な幸福の定義とされる国もありますが、日本における幸福感は、どちらかというとウキウキよりは、穏やかな感情で表現されがちです。他者とのつながりを実感するとか、平穏で人並みの生活を送れているなと感じるとかいった内容です。

快楽的幸福(ヘドニア)と意義的幸福(ユーダイモニア)という、心理学における幸福の2軸においても、日本では後者の比重が高くなります。つまり、私たち日本人は瞬間的な「ウキウキ」よりも、「誰かの役に立てている」といった利他的な充足感や平穏な生活に幸せを見出す傾向が強いのです。

獲得的幸福(自己実現や成果を重視)と協調的幸福(他者との調和や穏やかさを重視)は、どちらも人間の幸福感において欠かせない要素です。文化心理学の研究では、協調的幸福を測る尺度が9項目に分類され、その多くが日本の価値観に根差しています。

この尺度を使うと、日本と韓国が他国よりも低く評価される人生満足感スコアとの差が縮小することが示されており、文化に適した測定の重要性が浮き彫りになります。日本では穏やかで平静を保つことこそが、持続可能な幸福への戦略として学習されてきたと考えられます。

社会関係資本と幸福の文化差

社会関係資本には「結束型(ボンディング)」という内輪の関係と、「橋渡し型(ブリッジング)」という外部の人とつながる関係があり、いずれも重要です。結束型は互いの助け合いを、橋渡し型は新たな情報や力を生み出します。

社会関係資本には、身内との関係を重視する「結束型(ボンディング)」と、外部との橋渡しを担う「橋渡し型(ブリッジング)」があります。いずれもウェルビーイングに重要な役割を果たしており、それぞれ異なる形で私たちの幸福感を支えています。

職場においては、特に橋渡し型の信頼関係が、生産性向上に直結することが多く、部署間の壁を越えて情報を共有し、異なる立場の人たちが連携するうえでの潤滑油となります。こうした関係性は、変化の激しい現代のビジネス環境において、柔軟性と創造性をもたらす基盤となるのです。

一方で、結束型の関係性が生み出すのは、「心理的安全性」という職場文化の根幹を支える重要な要素です。心理的安全性とは、誰もが自分の考えを安心して口に出せる環境、つまり「この職場なら失敗しても責められない」「違う意見を言っても大丈夫」と感じられる状態を指します。

これは、イノベーションや学習の促進、離職率の低下にもつながる重要な概念であり、特に日本のように集団調和が重んじられる文化では、その有無が職場全体の風土に大きな影響を及ぼします。

結束型の社会関係資本が高い職場では、メンバー同士の信頼が前提となっているため、困難や課題を共有しやすく、助けを求めることへの心理的ハードルが下がります。

結果として、情報の隠蔽や誤解の放置が減り、トラブルの早期発見やチームの連帯感の醸成につながります。 つまり、結束型と橋渡し型の両者は対立するものではなく、互いに補完し合う関係にあります。

橋渡し型によって外の知見を取り入れ、結束型によって安心してその知見を活用できる土壌を育てる。このバランスが取れている職場こそが、長期的に高いウェルビーイングを維持し、変化に強い組織へと成長していくのです。

個人のウェルビーイングを引き出すには、場もウェルビーイングである必要がある。

文化や風土、景観といった自然環境要因に加えて、人々のつながりや信頼関係といった社会的要因が相互に作用しながら、幸福感の循環を生み出します。実際、森林や緑の多い場所では心理的な安定が得られるという研究もあり、こうした生態学的視点も重要とされています。

集合活動を通じて協調性が学ばれ、相互のつながりが強化されていくプロセスは、地域における幸福感の基盤を形づくります。さらに、地域への愛着と信頼が開放性を生み出すことも明らかになってきました。

自殺率の低い地域では、他者への信頼(橋渡し型社会関係資本)が高い傾向があり、それが結果的に寛容で包摂的な地域社会の形成に寄与しています。一方、過度に結束型に偏ると排他性が生まれやすく、他者との間に壁を作ってしまう可能性もあります。

地域内の幸福度は「つながり」「貢献意識」「向社会性」の3つの要素が循環することで高まり、将来的な持続可能性にも影響を与えるのです。

企業の組織文化においても、自律性とつながりという二軸から職場のウェルビーイングが分析されています。理想的なのは、社員が自発的に動きつつ、同時に信頼関係がしっかりと構築されている「自律・つながり共存型」の組織です。

しかし現実には、「日本的家族主義型」と呼ばれる、つながりは強いが自律性に乏しい企業が多く見られます。これは日本の伝統的な組織文化に根差している側面もあり、急激な成果主義への転換に戸惑いを感じる企業が多いことを示しています。

著者は日本人の自己意識を「2階建てモデル」として説明しています。1階部分には幼少期から育まれる協調性があり、その上に後天的に築かれた独立性が乗る構造です。このモデルは、日本社会における集団と個人のバランスの難しさを象徴しています。協調性の基盤が弱まると、独立性も十分に発揮できなくなるというジレンマが存在し、それが職場における孤立感や自由な発言の抑制につながることもあります。

「場」の設計においては、閉鎖的な空間ではなく、誰もが参加しやすい開かれた関係性が求められます。新しい人との出会いや多様な価値観との接点をもつことが、職場の居心地の良さや働きやすさに直結します。

橋渡し型の社会関係資本が整った「場」は、対話と創造を促す空間となり、長期的な視点で見ても職場の幸福度を押し上げる効果があります。

獲得的幸福には自己実現や強みの発揮といった前向きな側面があります。自分の価値を認識し、それを社会に還元することは、生きがいにもつながります。ただし、その過程で競争が過熱し、社会的孤立を招く危険性も含んでいます。

一方、協調的幸福は社会的調和を重視する文化に根差し、地域貢献やつながりの中に幸福を見出しますが、個人の自由や多様性が抑制されるリスクもあります。これら両者のバランスをとりながら、「場」の中で共存させることが、これからの日本社会における持続的なウェルビーイングの鍵になるのです。

本書は、単なる幸福度ランキングの順位を並べて論じるだけの内容ではありません。「なぜ日本人は経済的に豊かになったにもかかわらず、主観的な幸福感が低いとされるのか?」という問いに対して、文化心理学の知見をもとに、多角的かつ実証的な視点から深く掘り下げています。

幸福とは、目に見える達成や物質的な成功だけで測れるものではなく、日常の中にある穏やかな感情や、誰かとの静かなつながりの中にも確かに存在することに気づけます。

「もっと成長を」「もっと個性を」という現代の空気に、少し疲れを感じている人にとって、本書はまったく異なる価値軸を差し出してくれます。日本社会に深く根づいた「調和」や「穏やかさ」、「人並みであることの安心感」といった感情は、単なる時代遅れでも、特殊な文化でもありません。それはむしろ、個人と社会のあいだにある繊細なバランスを大切にする、日本人ならではの幸福観のあらわれです。

著者の内田氏は、そうした日本人の感性をウェルビーイングという枠組みで再定義し、世界に通じる幸福のもう一つの姿として描き出しています。他者と緩やかにつながりながら、自分らしく、そして無理なく生きていく。そうした調和のあり方こそ、成熟社会における幸福の新たな定義なのかもしれません。

本記事は書評ブロガー・ビジネスプロデューサーの徳本昌大が執筆しました。

最強Appleフレームワーク


この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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