ここ数日は、断捨離について集中的に考えています。
私は中学生ぐらいから、コレクターになり
レコード、CD、書籍、時計などを集めてきましたが
その多くが今やガラクタになっています。
自分の趣味で集めているコレクションが
家族から非難されるようにより、この数年で処分を繰り返しています。
レコードなどは、数年前にほぼ処分を終えたのですが
本だけは今でも増え続け、自分の部屋は本に占領されている感じです。
いくら良い本を読んでも、部屋がモノだらけだと、心は満たされません。
読んでも捨てられない状態が続き、どんどん本が増えていき
部屋は本やデバイスなどであふれている状態でした。
そろそろ本を処分するタイミングだと思っていた矢先に
カレン・キングストンやタミー・ストローベルの書籍が目に飛び込んできました。
片付けるチャンスが到来したと信じて
私は先日から、本や洋服の断捨離をスタートしました。
そして、この数日間で、なんと私は捨てることに目覚めてしまったのです。
片付けるのが下手ならば、モノがなければよいのだと割り切って
書籍や洋服、デバイスをどんどん捨てられるようになったのです。
今まではモノ、特に書籍に執着していたのですが
過去のガラクタは必要ないし、二度と使わない(読まない)と思うことで
気持ちが整理できました。(必要ならば再度買えばよいのです。)
今まで処分できなかった中学、高校時代から読み続けた小説も
今回はついに踏ん切れ、ようやくサヨナラが言えました。
片付いた本棚には、まだ読んでいないビジネス書と
今後も読むだろう思える書籍だけになりました。
大量にあった本がなくなることで、部屋の「気」もよくなり、頭もスッキリしました。
何冊かの断捨離系の本を読むことで、捨てることを徐々に意識できたのですが
私の背中を押した決定打は、ディー・ウイリアムズの以下の言葉でした。
彼女の死ぬときにモノは必要ないという考えに触れることで
モノに支配される生活は、もう終わりにしようと思えたのです。
あなたは死ぬときに、両手にどんなモノを抱きしめていたいですか?少しの間、考えてみてください。どんな部屋でどんなモノに囲まれて、最期の瞬間を迎えたいですか?そういったことをもっと日頃から自分に問いかけられれば、私が思うに、モノを手放せないなどということはなくなるはずです。そうなればモノへの執着心は薄れ、代わりに人や経験に興味が湧いてきます。そしてこの人や経験こそが、私たちを本当の意味で幸せに導いてくれるものなのです。(ディー・ウイリアムズ)
昨年、父が癌で亡くなったのですが、このディーの言葉によって、父の部屋を思い出しました。
大量の洋服と書籍が残されたのですが、それらは私には不要なモノでした。
いくら本人が大事にしていても、父が亡くなってしまえば、それらはただのガラクタでしかありません。
家電など使えるものは施設に寄付し、残ったモノは結局は処分せざるを得なかったのです。
それ以来、家族のためにも、自分のモノは
できるだけ減らしたほうがよいと思い始めていたのですが
ディー・ウイリアムズのこの言葉を読むことで確信に変わりました。
家族にとってのガラクタ(私のコレクション)は、もう捨てようと思えるようになったのです。
部屋からモノが減ったことで、私の気分は落ち着きました。
シンプルライフを実践する人たちは、モノがほとんどない暮らしをすることで
煩わされることが少なくなると書いています。
探す手間が省けたり、管理やメンテナンスに時間やお金を取られなくなるのです。
モノからストレスを受けない生活が、私の次の目標になりました。
不要なモノを徐々に処分していくことで、心のバランスを取っていこうと思います。
photo credit: Coyote Hills Regional Park via photopin (license)
コメント