フィンランドの銀行の新しい取り組み デイビッド・ローワンのDISRUPTORS 反逆の戦略者――「真のイノベーション」に共通していた16の行動の書評


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DISRUPTORS 反逆の戦略者――「真のイノベーション」に共通していた16の行動
著者:デイビッド・ローワン
出版社:ダイヤモンド社

本書の要約

フィンランドの銀行のOPは、自社と顧客との関係を整理することで、旧来のビジネスモデルを破壊することにしました。スタートアップの手法を学び、プロダクトのプロトタイプをスピーディにリリースし、失敗を厭わずに、顧客のための新たな事業を構築しています。

フィンランドのOPファイナンシャル・グループの新たな取り組み

「銀行」のビジネスモデルは永遠ではない。(デイビッド・ローワン)

人口550万人のフィンランドで、OPファイナンシャル・グループは現在、約500万人の顧客にサービスを提供しています。そのうちの190万人は「所有者兼顧客」です。協同組合であるOPは、地元に投資することをミッションとし、「銀行の所有者の持続的な繁栄と安全と福祉を促進し、もって国の繁栄に寄与する」ことを目的にしています。

テクノロジーが進化する中、OPファイナンシャル・グループの経営者たちは生き残りをかけ、新たなチャレンジをスタートしました。一世紀の歴史を持つ銀行のビジネスモデルも将来を約束するものではないという危機感を覚え、サバイバルのためには根本から組織と事業を改革しなくてはならないと考えるようになったのです。

2016年に理事会は、組織と事業をデジタル化する大胆な外科手術を、「5年以内に予算20億ユー口で行う」と決めました。スマートフォン向けアプリを発表するだけでなく、さらにその先を睨んだ根本的変革にOPは着手したのです。

自律走行車ネットワークの発展により、今後数十年で個人が車をまったく持たなくなった場合のことを考え、OPは「サービスとしてのモビリティ」(MaaS)に投資しました。人工知能によって、投資判断が行われるようになることに備え、機械学習に多大な投資をしました。また、顧客の「繁栄と安全と福祉」を促進するというミッションを今後も実現するために、OPはより直接的な方法で顧客の福祉向上に努めるために大胆に舵を切りました。

患者の負傷を治療して元の暮らしに戻すために、病院を効率的に運営し、そこに医療保険事業を結びつけようとしたのです。その実現のために1億2500万ユーロを投資し、5つの病院を建設し、まず外傷や事故の患者の治療から始め、将来的には急性および慢性疾患も治療するという計画を立てました。

銀行業務が破壊されようとしている。(サムリ・サアルニ)

サムリ・サアルニはプロセスを自動化するか、コストを削減するかという方法では、OPはそれではグーグル、アップルその他のデジタルファーストの企業に顧客を奪われると考え、顧客と伴走する道を選んだのです。
・顧客は銀行が必要なのではなく、サービスが必要
・顧客は住宅ローンが必要なのではなく、住まいが必要
・顧客は車を買うためにお金は借りたくないけれど、移動手段は欲しい
・顧客が必要としているのは、医療保険ではなく健康

世の中がどんなに変わっても、人間は健康を必要としていると考え、健康に役立つデジタルサービスを立ち上げました。2013年にヘルシンキにOPの最初の整形外科病院が開設され、その後の5年でタンペレ、トゥルク、オウル、クオピオで病院をオープンしました。

将来、ほとんどの顧客が2時間以内に、外科をはじめあらゆる医療を受けられるようになるまで病院を増やす。目標は利益の最大化ではありません。健康と福祉のための事業を拡大するという決定は、繁栄と安全と福祉を促進するという、われわれのミッションとも合致しています。(レイヨ・カルヒネン)

OPは協同組合の根本的な価値は利益を上げることではなく、組合員にサービスを提供することだと考え、銀行業務だけでなく、医療ビジネスに進出しました。

フィンランドでは、雇用主またはその保険会社は、従業員が病気で休んだ日数分の休業手当を支払わなくてはならないため、患者をできるだけ早く仕事に戻したいという経済的インセンティブが働きます。OPのポホヨラ病院が患者を迅速かつ効率的に治療するように最適化されているのは、そのためです。OPのビジネスモデルは、不必要なスキャン、ラボテスト、利益のための手術を行わないことで成り立っています。協同組合は不必要な治療をすることに興味がありませんし、必要なことしかしないのです。

ポホヨラ病院は、医療提供者と保険会社のインセンティブを一致させようとする取り組みから生まれたのです。両者をーつの会社にしたのがポホヨラ病院で、不必要な支出を削減することで、独自の医療ビジネスを生み出しています。高額な手術や投薬ではなく、儲けの少ないリハビリを処方することになっても、ポホヨラ病院では、臨床的に最も良い治療が行われています。

ポホヨラ保険会社によれば、同社が提供する「病院サービス」は、他の病院のほとんど半分の時間で患者を職場に復帰させています。ポホヨラの保険に入っている顧客の患者1人当りの病気欠勤は他の病院よりも20日少なく、症状1件当り2000ユー口節約できています。また、ネットプロモーター・スコアは95以上、手術については96前後の高い評価を受けています。

自社のビジネスモデルを破壊せよ!

OPにとって大切なことは、自らの信念にふさわしい存在であり続け、それに従って顧客に関わり続けることだ。(サムリ・サアルニ)

OPは銀行の仕事とは思えないサービスの提供であっても、顧客のためになるのであれば、それを厭いません。OPが選択した変革のための大胆なアプローチは、デジタル経済の厳しい現実に直面するあらゆる企業にとって学ぶべき点が多いと著者は言います。

競合のデジタルカンパニーに勝つためには、時には自社のビジネスモデルを破壊することも必要になります。収益モデルが根底からゆらいだとき、OPの経営陣は存立の大原則に立ち返りました。まず、自分たちの市場での差別化要因や、1世紀にわたって顧客ロイヤルティと信頼を維持し続けた中核的な強みを明らかにしました。

OPの場合、それは協同組合としてのミッションであり、顧客サービスの精神であり、会員の持続可能な繁栄と安心と福祉を促進するという目的でした。OPはその強みの上に、新たな成長事業を構築しました。

銀行に勤めているような気がしないんです。私たちは自分たちのことを、外科手術をする銀行とは考えていません。外科手術をする銀行が持つ保険会社だと考えています。それがヘルスケアというものです。(ニナ・ヴェサニエミ)

これまでの収益源であった20世紀型の事業、たとえば住宅ローン、自動車ローン、決済処理サービス、小売店の支払い、農業機器用ローン、外貨交換、生命保険、資産管理などでは21世紀を乗り切れないとしたら、提供する価値をまったく新しい製品やサービスへと再構築する必要があります。

そのため、OPの経営陣は4つの重要な分野で個人顧客に対する銀行の価値を見直しました。
■健康と福祉
■モビリティ
■住宅関連サービス、ファイナンシャル・プランニング
2015年秋、当時のCEOは戦略をレビューするために銀行業や金融サービス業は将来、何のために必要とされるのだろうか?そもそも、必要とされるのだろうか?を自問しました。

CSOである47歳のトム・ダールストロムは、ミレニアル世代が中心になる経済で、銀行が基本的な役割を忘れていることに気づきました。既存の金融システムが根本的な変化に直面しているのなら、それを破壊すべきだと考えたのです。トムは自らを、「銀行の所有者であり顧客でもある人々のために働く存在」と定義しました。OPには優れたDNA、ブランド、技術力、デザインカ、そして財務力があります。健康と福祉の次に、顧客が解決を望んでいる基本的な問題は何なのかを考え抜いたのです。

2005年にポホヨラ保険会社を買収したことで、ヘルスケア事業に進出することはすでに確定していましたが、2015年の戦略的見直しで、自動車事業を次の柱にしました。OPの収益の10%は、人々が車を買い自動車保険に加入することでもたらされています。しかし、自動車はますますスマートになり、ビッグデータを生成しています。

テスラなどは自前の保険を提供するほどデータを信頼している。この状況はわれわれをどこに連れて行くのかと考えて私たちは、アプリを通じて数分で電気自動車をレンタルできるサービスとしての自動車、CaaSの提供を始めたのです。(トム・ダールストロム)

OPは全国をカバーする充電設備網を構築するためにエネルギー会社と提携しました。また、力ーシェアリングシステムを構築し、多数の自動車を使う事業を営む法人顧客のために、車両の経済性と運用効率を向上させるサービスにも取り組んだのです。さらに、住宅会社にサービスとしてのモビリティ、つまりMaaSを提供しようとしています。

OPは小売事業者のために、新しい決済サービスを開発し、それに在庫管理、CRM(顧客関係管理)、物流管理プログラムを付加しました。モバイル決済のペイメント・ハイウエイを買収し、小売店が使うチャットボットを作り、イベント主催者のためにギグなどの小さな集まりでも使えるキャッシュレス決済システムを開発しました。この小回りの利くサービスは「OPカッサ」と呼ばれ、数百の顧客が試験的に利用を開始しています。

もっと根本的な次元では、OPはサービスとしての住宅、HaaSに取り組んでいます。OPの顧客が、売りに出ているアパートを見つけたとしても値段が高すぎて買えない場合、銀行が不動産投資ファンドを使ってそれを購入し、何らかの共同所有権を織り込んだうえで一般より少し高い程度の家賃で提供する、といったことが考えられます。それは、初めて家を所有する人には手の届く価格で物件を提供し、投資ファンドには確実な現金収益を長期にわたってもたらす素晴らしい解決策になります。

トム・ダールストロムは、サムスンやアップルとの戦いに敗れたノキアを教訓にすべきだと言います。

ノキアの教訓は、世界有数のものを提供しているのだからわが社は安心だと考えるのは傲慢であり、危険な幻像だということでしょう。OPはいくつかの点で世界最高かもしれませんが、謙虚さと勤勉さを失ってはいけない。私たちもすべてを失って10年後には姿を消しているかもしれない。そうならないためには、私たちは自分自身をもう一度つくり直さなくてはならない。金融業界には多くの誤った自己満足がはびこっている。でも、謙虚さはこの国の民族的特性で、謙虚でなくてもいいところでさえ謙虚なのだから、必要なところでそれを発揮すべきです。

1万2000人の従業員を抱えるOPは、危機意識と謙虚さから、自らを破壊し続ける計画を立てています。

プロトタイプをスピーディにリリースし、フィードバックを得る!

OPは、自分たちの将来が人工知能の研究、サービスデザイン、そしてリーン・スタートアップの方法論の確立にかかっていることを知っている。また、スタートアップと提携してシード投資を行ったり、成長企業を買収することの必要性も理解している。そして、サイロの壁を破り越えて専門能力を総動員し、デザイン・スプリント(デザイン上の問題を解決するために短期間でプロトタイピングと検証を行う方法)、スクラム(反復的で漸進的なアジャイル・ソフトウエア開発手法)、生きたインサイトを得るための顧客調査などを駆使して、可能性のあるビジネスのプロトタイプを生み出さなくてはならない。

OPの改革の中心には、「新規事業開発部」と呼ばれる150人ほどの集団がいます。これは銀行内に設けられた独自のスタートアップ製造工場の役割を担っています。この組織のリーダーのマサ・ペウラは、既存事業をデジタル化するだけでは十分ではなく、新しいサービスを立ち上げることが重要だと言います。

彼らは失敗するかもしれない試みを許容することをルールにしています。今までに30以上のプロジェクトをスタートさせ、半分をスパッと廃止したのです。逆にうまく行きそうなら追加投資を行い、事業化を目指しました。

「私たちの役割は、外で起こっている変化にオープンになり、進路変更を厭わないこと。私たちの挑戦は、起業家精神にあふれた新しい文化、つまり伝統的な銀行業界には存在しなかった”実験的な文化”を創造することです。(マサ・ペウラ)

「スタートアップとのコラボ」での失敗を防ぐために、OPは起業経験のある人材を雇い、数千万ユーロの予算を持つ研究部門「OPラボ」で実験的な取り組みを行っています。OPラボを率いるクリスチャン・ルオマは、ラボを「イノベーションプラットフォーム」と呼んでいます。

ラボは、スマート・ヘルス、スマート・モビリティ、スマート・コマースとスマート・リビングに関わるプログラムでスタートアップとの共同作業を進めています。OPラボは、シリコンバレーではアクセラレーターのプラグ・アンド・プレイと一緒に、ロンドンでは総合コンサルタントのアクセンチュアと一緒に、起業を促進するための取り組みを行っています。

ここが優秀な人材をスカウトするためのネットワークになり、エドゥルーパー(利用条件や走行距離を考慮した運転保険)、レイセブン(ライド・シエアリング)、バディ・ヘルスケァ(術後の患者トレーニング)、トゥモロー・ラボ(ブロックチエーンを使った不動産取引)などとの新たなビジネスが生まれています。

ラボは学ぶことを熱心に行い、新しいビジネスの芽を見つけ、すぐに実験をスタートします。

学ぶことに熱心だからです。これが実行のための最も速い方法なのです。それを経た後でなければ、効果的に会社を買収することも、技術ライセンスを取得することも、自ら構築することもできないのです。(クリスチャン・ルオマ)

OPラボは「最低限の条件を備えたプロダクト」をローンチすることで低コストの市場テストを行い、消費者からのフィードバックをモニターするという方法を採用しました。ラボはチャットボットベースの注文サービスを構築してピザチェーンのコティピッツァに提供したり、コワーキングスペースの実験をフィンランド中部の都市オウルで始めたり、そしてEコマースのロジスティクスを提供するシファンクや、異なる決済プラットフォーム間をつなぐR3のようなスタートアップへの投資などを行っています。ラボはこの2年で変化し、有力な事業ポートフォリオを持つまでになったのです。

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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