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トーキング・トゥ・ストレンジャーズ~「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと~
著者:マルコム・グラッドウェル
出版社:光文社
本書の要約
過度のアルコール摂取によって、短期的な思考が大きく映り、認知能力をより必要とする長期的な思考は脇に追いやられます。この近視眼には注意が必要で、過度にお酒を飲まないようにすべきです。アルコールの量をコントロールしなければ、見知らぬ誰かにつけ込まれ、自分を不幸にしてしまいます。
アルコールの近視眼理論
アルコールは前面にあるものをより際立たせ、うしろ側にあるものをより目立たなくさせる。(マルコム・グラッドウェル)
マルコム・グラッドウェルのトーキング・トゥ・ストレンジャーズ~「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと~の書評を続けます。
今日はアルコールによるトラブルについて考えてみたいと思います。アルコールは「眼のまえの経験についての表面的な理解が、行動と感情に不均衡なほど大きな影響を与える近視状態」を引き起こします。つまりアルコールは前面にあるものをより際立たせ、うしろ側にあるものをより目立たなくさせてしまうのです。過度のアルコール摂取によって、短期的な思考は大きく映り、認知能力をより必要とする長期的な思考は脇に追いやられてしまうのです。
気分が落ち込んでいるとき、悩みが吹き飛ぶことを期待してお酒を飲む人は多いと思います。以前の私も落ち込むと酒に頼り、自分の気持ちを昂揚させてきました。アルコールが良い気分を解き放ってくれるにちがいないという脱抑制の考え方により、人はアルコールを飲むのです。
しかし、それは事実ではないと著者は指摘します。アルコールによって明るい気分になることもあリますが、不安を抱えた人がお酒を飲むと、かえってその気持ちを落ち込ませてしまいます。
アルコールの「近視理論」が、この謎を解き明かしてくれます。不安を抱えて酔った人が、熱狂的なファンが集まるフットボールの試合会場にいるとします。まわりで繰り広げられる興奮とドラマによって、彼が抱える現実的で切実な悩みは、一時的にかき消されます。試合はすぐ眼のまえで起きており、彼の心配事はそこには存在しません。
一方、環境を変えることで、違う結果が起こります。同じ男性が静かなバーでひとりでお酒を飲んでいたら、彼はもっと憂鬱になります。バーの室内には、彼の気を逸らすものは何もなく、お酒によって気持ちがますます落ち込むのです。
お酒の効果は環境に大きく左右される。アルコールは、すぐ眼のまえの経験以外のすべてのものを根こそぎにする。
近視理論の核となる考えを紹介すれば、アルコールの害に気付けます。酩酊は「激しく対立する状況」にもっとも大きな影響を与えます。近くと遠くに異なるふたつの意見があり、それらが相反する場合、人の判断はどう変わるのでしょうか?
たとえば、自分が一流のコメディアン、世のなかの人々からあなたの芸は一流だと認められていて、あなたも自分が一流のコメディアンだと自負したいなら、たとえ酔っぱらったとしても、あなたの自己評価は変わりません。あなたがおもしろいかどうかという問題について、アルコールが解決できる対立構造は存在しません。
では、あなたは自分のことをおもしろいと自負しているものの、世のなかの多くの人はそう考えていない状況ならどうなるでしょうか?笑い話で誰かを愉しませようとするたび、翌朝になると友人が耳元で「あんな話は2度としないほうがいい」とこっそり忠告してくれます。この場合、ふつうの状況であれば、友人からフィードバックを受ける状況であれば、あなたがおもしろいかどうかという問題について対立構造が存在することになります。しかし、アルコールを飲んで、的確な判断ができない場合には、対立構造は消えてなくなります。
酔っぱらったとき、ほんとうの自分にたいする理解が変わります。これこそが、酔っぱらった状態を近視にたとえるべき理由なのです。
人の性格を作り上げる決定的な要素となるのは、通常の状況下で衝動を抑え込もうとする葛藤のほうだ。眼のまえにある喫緊の思考と、より複雑な長期的な思考のあいだの葛藤をやりくりすることによって、私たちはみな自分の人格を築き上げていく。これこそが、倫理的で、生産的で、責任感の強い人間になることの意味だ。良い親とは、自身の眼のまえの欲求(「ひとりになりたい」「ゆっくり眠りたい」)を抑え込み、より長期的な目標(「良い子を育てる」)を優先できる人だ。アルコールによって行動にたいする長期的な抑制が剥ぎ取られるとき、私たちのほんとうの自己も消えてしまう。
アルコールの近視眼的な力を覚えておくとトラブルに巻き込まれずにすみます。私は13年前までアルコールに支配されていましたが、断酒することでその呪縛から逃れることができました。お酒を止めることで、目の前の欲求に負けずに、長期的な目標にフォーカスできるようになりました。目の前の誘惑に負けない自分になることで、結果を出せるようになったのです。
酔った時に脳で何が起こっているのか?
私たちが酔っぱらったときに起きる現象は、アルコールが特定の経路をとおって脳組織に浸透するプロセスの作用によるものだ。
アルコールの脳に対する影響ははまず前頭葉で始まります。前頭葉は、注意、動機づけ、計画、学習をつかさどる脳の一部ですが、1杯目の酒は、この領域の活動を鈍らせます。お酒を飲み始めることで、相反する複雑な物事について考える能力が衰え、私たちは少しマヌケになります。
次にアルコールは、幸福感をつかさどる脳の報酬中枢に行ってちょっとした刺激を与えます。そのあと、アルコールは扁桃体にたどり着きます。この扁桃体の役割は、まわりの世界にどう対応するべきか指示することです。アルコールは扁桃体の機能を一段階下げてしまい、徐々に自分をコントロールできなくなります。
これらの脳の3つの効果の組み合わせによって近視が引き起こされ、より長期的で複雑な問題に取り組む知力が奪われます。アルコールの喜びに気を取られ、神経学的な防犯ブザーのスイッチは切られてしまうのです。アルコールはさらに、脳のいちばんうしろにある小脳にも浸透していきます。バランスや調整をつかさどる小脳に影響が及ぶことによって、酩酊状態に陥った人はつまずいたりふらついたりするようになります。
ある特殊な状況下においてはとくに大量のアルコールを短時間で摂取した場合さらに別の現象が起き、アルコールが海馬に浸透することがある。脳の両側にあるソーセージ状の小さな領域である海馬は、生活のなかの記憶を形成する役割を担っている。血中アルコール濃度がおよそ0.08パーセント(酩酊状態を示す法定レベル)に達すると、海馬の機能が衰えはじめる。カクテル・パーティーの翌朝に眼を覚ましたとき、誰かに会ったことは覚えているものの、彼らの名前や会話の中身をどうしても思いだせないことがある。それは、短いスパンで立てつづけに飲んだ2ショットのウイスキーが海馬にたどり着いたからだ。さらにお酒を飲みつづければ、記憶喪失の幅はより大きくなる。その夜の情報を断片的には覚えていたとしても、さまざまな詳細を呼び起こすのは非常にむずかしくなる。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)のアーロン・ホワイトは、過度の飲酒によって、何が記憶され、何が記憶されないかについて明らかな法則はないと指摘します。そして、血中アルコール濃度がおよそ0.15パーセントになると、海馬の機能は完全に止まり、純粋な記憶喪失になります。
アルコール研究者のドナルド・グッドウィンは、セントルイスの職業安定所にいた10人の男性の失業者を被験者にし、実験を行いました。被験者たちはバーボンのボトル1本ほどを4時間かけて飲み、それから一連の記憶力テストを受けました。
実験のなかで被験者に、蓋をかぶせたフライパンを見せ、お腹は空いていないかと尋ね、蓋を取りました。なかには3匹の死んだネズミが横たわっています。素面の人間であれば、おそらく一生忘れることができない経験になるはずですが、なんとバーボンを飲んだ人には、何も記憶がなかったのです。30分後に調べても、翌朝にまた尋ねても結果は同じで、彼らには3匹の死んだネズミについての記憶はいっさいなかったのです。
記憶喪失の状態極度の酩酊状態によって海馬の機能が一時的に止まっている期間の酔っぱらいは、何も記憶にとどめることなく世界を動きまわる無価値な存在になってしまうのです。
血中アルコール濃度がおよそ0.15五パーセント以上になると、海馬の活動が止まって記憶が作られなくなります。しかし、そのあいだも、前頭葉、小脳、扁桃体がほぼ正常に機能しつづけることがあるのです。記憶喪失に陥ったとしても、ふつうに酔っぱらったときにできることはなんでもできてしまうのです。誰かを見ただけでは、その人物が記憶喪失の状態になっているかどうかを判断できません。重度のアルコール依存症の夫を持つ妻たちでさえ、配偶者が記憶喪失に陥っているのかどうか判別できないことがわかっています。
最近では、女性がアルコールを飲む機会が増えています。実は、女性の方が記憶喪失に陥るリスクをより多く抱えているので、注意が必要です。平均的な体重のアメリカ人男性が4時間かけて8杯のアルコール飲料を飲んだとき(社交クラブのパーティーでは「ほどほどの量」)、血中アルコール濃度は0.107パーセントになります。運転こそできない酩酊状態ではあるものの、一般的に記憶喪失を引き起こす0.15パーセントよりはずっと低い数値です。
一方、平均的な体重の女性が4時間かけて同じく8杯のアルコール飲料を飲んだとき、血中アルコール濃度は0.173パーセントに上がります。女性の場合、この量で記憶喪失に陥ってしまう可能性が高いのです。最近ではワインや蒸留酒を好んで飲む女性が増えましたが、それらのアルコール飲料はビールよりも血中アルコール濃度をずっと速く上昇させます。
記憶喪失になることで、女性たちは脆弱な立場に置かれます。見知らぬ他者との交流では、自分の記憶が防御の第一線となります。私たちはパーティーで誰かと30分にわたって話し、相手を評価します。記憶を使い、相手が誰なのかを理解し、発言や行動について集まった情報にもとに、相手への反応を変えます。 酔っていない状況下でも、この判断にはミスがつきものですが、海馬の能力がなくなり、記憶を失ったときには、間違いが起こります。男性が女性にお酒を大量に飲ませることで、女性の記憶を無くしてしまうのです。相手が自分をコントロールできない状況下に追い込み、レイプなどの犯罪を起こすのです。
アルコールの近視眼には注意が必要で、海馬が能力を失うまで、お酒を飲まないようにすべきです。アルコールの量をコントロールしなければ、見知らぬ誰かにつけ込まれ、自分を不幸にしてしまいます。
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