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フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義
著者:田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀
出版社:日経BP
本書の要約
欧米ではキッチンOSというレシピを起点としたIoTビジネスがトレンドになり始めています。「買い物」「レシピ」「調理」という一連の行動をデータでつなぎ、食領域のDXを進めるプラットフォーマーと家電メーカーが新たなビジネスモデルを生み出しています。
「食領域のGAFA」と言われるキッチンOSとは何か?
膨大なレシピデータを基にキッチン家電と連携したり、小売店での買い物体験を変えたりと、これまで分断されてきた「買い物」「レシピ」「調理」という一連の行動をデータでつなぎ、食領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるプラットフォーマーが欧米で勃興している。すでに膨大なデータを有する彼らは、「食領域のGAFA」ともいえる存在だ。(田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀)
フードテック革命の書評を続けます。欧米ではキッチンOSというレシピを起点としたIoTビジネスがトレンドになり始めています。レシピと食材と家電がシームレスにつながることで、ビジネスチャンスが生まれています。レシピを決めたら、ネット通販で購入し、調理家電で調理することが当たり前になる中で、食材が重要なマネタイズポイントになります。食品メーカーは今後このデジタル家電に対応していく必要があります。
アメリカのInnit(イニット)、SideChef、Cheflingの3社と、調味料や食材を計量するスマートスケールをベースにしている欧州のDrop(ドロップ)がキッチンOSのメジャープレーヤーで、食領域のGAFAのような存在になっています。特にイニットとサイドシェフは家電メーカーとの連携にも積極的で、ベンチャー企業に関わらず、キッチンOSの代表格となっています。
イニットが連携する家電の操作には、独自のアプリを活用します。ユーザーはアプリにアカウントを登録し、食の好み、アレルギー、ヴィーガンやベジタリアンなどの傾向、食材、保有する家電などを入力すると、そのデータを基にパーソナライズしたレシピをイニットが提案します。このレシピ情報をコマンドとして、イニットアプリがキッチン家電を制御していきます。
例えば、鶏のムネ肉を使ってタイのグリーンカレーを作ることを選択すると、自宅にあるオーブンの予熱は何分にすべきか、どのタイミングで野菜をゆでるべきか、どのタイミングでカレーを作り始めるべきかといった詳細な過程までを表示したうえで、アプリから調理スタートのコマンドを押すと、自動で対応オーブンレンジが連動して予熱を始めてくれます。
イニットはボッシュ、GEアプライアンス、LGエレクトロニクス、フィリップスなどの家電メーカーと提携しています。これらのメーカーは、イニットアプリでの家電制御を実装し、生活者の調理の手間を減らしています。IT企業ではグーグルが参加し、グーグルアシスタントが家電同士の接続をサポートできるようにしています。
イニットは食材に関しても小売りとの連携を進めています。同社は食材の栄養素を評価し、ユーザーの好みを理解して提案するShopWell(ショップウェル)というアプリを買収し、このアルゴリズムを使って、イニットのアプリ上でどんな食材を買うべきかを紹介しています。
また、ウォルマートとも組み、イニットのアプリで店頭の食材をバーコードスキャンすると、それに合わせたレシピが提案される他、イニットで選んだレシピに必要な食材を簡単に買えるようにする「バーチャル・ミールキット」にも取り組んでいます。
最近では、同社は米食肉大手タイソンフーズと提携し、同社の鮮肉製品に合わせた調理家電コントロールが可能になりました。タイソンフーズの肉のパッケージをイニットアプリでスキャンすれば、アプリからその鮮肉製品に最適な温度調整で調理できるようオーブンレンジに指示を飛ばせるようになったのです。
食品メーカーは、イニット経由で自身のプロダクトがどのように調理されたのかを把握できます。イニットCEOのケビン・ブラウン氏は、「私たちは料理のGPSになりたい」と言います。イニットがレシピを作ることで、キッチン家電が円滑に動きます。まさにイニットはキッチンOSとなり、生活者の調理の手間を軽減しているのです。
キッチンOSの未来はどうなる?
オンライン動画のレシピサービスからスタートしたサイドシェフは、「料理が全くできない、経験したこともない人」を想定した丁寧で分かりやすい食材の説明、料理方法の見せ方で人気を集めています。動画レシピの楽しさや、そのレシピ通りに自宅の対応家電が調理してくれるのが最大の特徴です。
サイドシェフのアプリは、食材や調理法のことを全く知らない料理初心者でも理解できるよう工夫されていて、これが料理をしないからミレニアル世代などから支持されています。ミレニアル世代は、食材も料理も詳しくありませんが、未体験のエスニック料理、新しいサービスには関心があります。
実生活でも文化を超えた友達のコミュニティーがあるミレニアル世代にとって、親和性が高いのはサイドシェフの方です。創業者でありCEOのケビン・ユーはオンラインゲーム業界出身で、料理が全くできなかっ たそうです。そのため、どうすれば料理を楽しめるようになるのかは体験的に知っており、ゲーミフィケーションの演出も活用しながらアプリに反映しようとしています。
現在、サイドシェフは、アマゾンやグーグルアシスタントとの連携に注力しています。この他、家電メーカーでは中国ハイアールグループのGEアプライアンス、LG、欧州のエレクトロラックスまで幅広く提携しており、欧州、アジアで存在感を高めています。
音声AIのアマゾンアレクサやグーグルアシスタントの存在感が急速に増し、音声による家電制御が一気に進んだことが、キッチンOSの動きを加速させました。わざわざ家電同士をつながなくても、音声AIを搭載したスマートスピーカーが制御のハブとして台頭してきたのです。
キッチンでやりとりされる生活者データがアマゾンやグーグルのスマートスピーカーに蓄積していく状態に家電メーカーは危機感を抱きました。生活者との接点を増やそうと、ソフトウエア化されたレシピというキラーコンテンツを持つキッチンOSのスタートアップのスピード感を借り、家電のIoT化を加速化させようとしています。家電メーカーだけでなく、アマゾンやグーグルも現時点では、キッチンOSとの協業を考えています。
イニットやサイドシェフ、シェフリングといったキッチンOSは、川上のレシピ生成から最後の調理までを様々な企業と提携しながら体験を作り上げています。家電メーカーは複数の会社のキッチンOSを使えるようにし、より多くの生活者を取り込もうとしています。
新型コロナウイルスで自宅での調理機会が増えていますが、キッチンOSは利便性や機能性だけでなく、料理を楽しくする役割を担うべきです。生活者とのつながりを強化し、料理体験をよりよく、より楽しくすることで、キッチンOSの未来は広がるはずです。
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