スティグリッツ PROGRESSIVE CAPITALISM(プログレッシブ キャピタリズム)
ジョセフ・E・スティグリッツ
東洋経済新報社
本書の要約
現在のアメリカのように格差が極端なほど拡大している場合や、市場支配力や差別により格差が生み出されている場合には、格差を縮小することで得られる利益は大きくなります。資本家ではなく、国民寄りの政策を実現するためには、投票で政治家を変えることから始めるべきです。
市場原理主義が中流を破壊した?
現在ではきわめて憂慮すべきレベルにまで悪化して、世界恐慌以前まで視野を広げても、この国の最富裕層がこれほど国民所得を独占していた時代はない。(ジョセフ・E・スティグリッツ)
ノーベル経済学賞受賞経済学者のジョセフ・E・スティグリッツは、行き過ぎた市場原理主義に異議を唱えています。
本来であれば、国がある発展段階に到達すれば、格差は縮小します。第二次世界大戦後の数年間は、アメリ力社会の隅々まで繁栄がいきわたり、その後の数十年間で、世界がかつて目にしたことのないような中流階級社会を実現しました。
しかし、2016年の大統領選挙が行われるころには、格差が拡大し、トランプの政策は「1パーセントの、1パーセントによる、1パーセントのための経済や民主主義」と揶揄されました。アメリカの所得階層の上位1パーセントと残りの99パーセントとの間に巨大な溝(大分裂)が生まれています。
格差が拡大することで、アメリカの中流家庭は激減し、多くのアメリカ人が負け組になっています。世界で最もイノベーションが進んでいるように見えるアメリカ経済ですが、『市場支配力』が強まることで、その果実は一般の人々に届かなくなっています。
分断の少ない社会、格差の少ない経済のほうがうまく機能する。人種や性、民族に基づく差別など論外である。これは、従来の経済学を支配してきた見解からの路線変更を意味する。これまでは、成長と平等はトレードオフの関係にあり、成長や効率を犠牲にしなければ平等は達成できないと考えられてきたからだ。
現在のアメリカのように格差が極端なほど拡大している場合や、市場支配力や差別により格差が生み出されている場合には、格差を縮小することで得られる利益は大きくなります。スティグリッツは所得格差が縮小しても誰も損はしないと言います。市場支配力を弱めることで賃金が上昇し、結果、格差が縮小するというのが著者の考えの基本にあります。
経済が成長すれば誰もがその利益にあずかれるというトリクルダウン理論も間違っていると著者は指摘します。レーガン以降の共和党政権のサプライサイド経済政策は、この考え方に支えられてきましたが、成長の利益が底辺にまでいきわたらないことは明らかです。
サプライサイド経済政策によりGDPは増加しても、所得は数十年にわたり停滞しており、先進国に暮らす大多数の国民が怒りと失望に苛まれています。日本のアベノミクスでもトリクルダウンは起こらず、格差は拡大しています。私たちは新自由主義が日本でも失敗していることを忘れないようにすべきです。
格差を縮小するために必要なこと
公平な社会を築くには、公平な機会が必要であり、そのためには、所得や資産の格差を縮めることが必要になる。経済的優位はたいてい次の世代にも引き継がれる。ある世代の所得や資産に過剰な格差があれば、それは次の世代にもかなりの格差となって現れる。それを防ぐ手段のーつが教育だ。アメリカはほかの国に比べ、教育機会の格差が大きい。誰もが優れた教育を受けられるようにすれば、格差を縮小し、経済力を向上させることができる。教育機会の不均等とともに、現在のあまりに低い相続税率もまた、富裕階級が世襲化される一因となっている。
「政治と経済を切り離して考えてはいけない」とスティグリッツ指摘します。まず、格差を縮小するために、教育投資を増やす政策を採用すべきです。
また、経済的格差はそのまま政治力の差となって現れ、政治力のある人がそれを利用して有利な立場を手に入れます。アメリカではごく少数の富裕層が政治家への献金を増やすことで、資本家に有利な政策が採られています。富裕層の権力乱用を防ぐ効率的な抑制と均衡のシステムを生み出すには、資産や所得の格差を縮める経済を確立しなければならないのです。
ある調査によれば、アメリ力人の40パーセントは、子どもが病気になったり車が故障したりして400ドルが必要になったとしても、それをまかなう力がないと言います。その一方で、アメリカでもっとも裕福な3人、ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェットの資産の合計は、アメリカの所得階層の下位半分の資産の合計よりも多くなっています。現代の市場は上位1%のみを富ませ、多くの国民を貧しくしているのです。
成長を万人にいきわたらせるためにはまず、国の富を真に生み出すものが何かを理解しなければならない。富を真に生み出すものとは、第1に、国民の生産力・創造力・活力、第2に、過去2世紀半の間に見られたような科学やテクノロジーの進歩、そして第3に、その同じ期間に見られたような経済・政治・社会組織の発展である。
しかし、アメリカ経済に40年ほど前から憂慮すべき2つの変化が起こりました。
1、成長の鈍化。
2、大多数の国民の所得の停滞または減少により、富裕層との格差が生まれた。
企業の利益に沿う形で経済政策や政治方針が定められてきたせいで、経済力や政治力の集中が進んだのです。テクノロジーの進歩により、資金力の格差が政治力の格差につながりやすくなっています。
これを解消するためには、国民の力を活用すること=投票の力が必要になります。格差は、モラルや経済学にかかわるだけの問題ではなく、民主主義の存続にかかわる問題でもあるのです。財政支出を拡大し、一部の資本家寄りの政策を国民寄りの政策に戻すことで、中間層の復活は可能だと言います。
市場の力には限界があり、政府の行動で資本家や国民とバランスを取らなければなりません。政府の支出を教育費や研究費に傾けることで、民間企業の負担を減らしイノベーションを起こせるようになります。富裕層への優遇をやめ、税金の使い道を知識の発展に変えることで、アメリカ国民の多くが豊かな生活を送れるようになるのです。
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