「経済学」にだまされるな! 人間らしい暮らしを取り戻す10の原則(トマ・ポルシェ)の書評

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「経済学」にだまされるな! 人間らしい暮らしを取り戻す10の原則

トマ・ポルシェ
NHK出版

本書の要約

この社会では経済以外のさまざまな要素がからみあっています。その時々の力関係に左右され、勝者と敗者が生じています。私たちはメディアが垂れ流す常識を疑い、思考の枠を出さえすれば、さまざまな選択肢があるのです。経済学者や政治家たちが真実だと主張するものをそのまま信じることなく、目の前の力関係をふまえてじっくり考えるようにすべきです。

経済学にだまされないようにしよう!

経済学的な常識として押しつけられる、新自由主義的な「思想」に基づく支配的な意見を拒み、ばか正直に服従する姿勢をきっぱりとやめ、論争の機会を取り戻すことである。 (トマ・ポルシェ)

政界やメディアや言論界のエリートたちが、経済学を活用し、一般の人々をだましているとパリ・スクール・オブ・ビジネスの客員教授のトマ・ポルシェは指摘します。2011年にフランスで結成された「怒れる経済学者たち」に参加した著者は、本書で経済学の矛盾を明らかにします。

「グローバル化が進む状況では、最低賃金を上げることなど考えられない。そんなことをしたらどの企業も国外へ逃げてしまう」「公的債務の大きさを考えると、公共サービスの質を高めるために予算を割くことはできない」とエリートたちは主張しますが、それは本当に正しいのでしょうか?

議論の範囲を自発的に狭める思考の枠は、特定の時期の力関係と経済的信念が組み合わされてできていきます。歴史をふり返れば、経済は常に同じ方向に向かって進んできたわけでないことがわかります。どのような常識も打ち破られており、いま自明の理とされているものが、やがては時代遅れになるはずです。多くの先進国の政治家や経済学者、メディアが支持する新自由主義も否定されることもありうるのです。

新自由主義陣営の経済学者の術中にはまらないためには、次の8つのことを理解しておく必要があると言います。
①成功が決して個人の力だけで実現するものではないことを理解する。
「成功者」を手放しで賞賛する風潮の背後には、富裕層への減税を世に認めさせようとする意図がひそんでいます。

②失業の原因は求職者の側にあるのではなく、権力者たちが実行に移した不適切なマクロ経済政策にある。

③2000年から2013年にかけて、イタリアが47回、スペインが39回、ギリシャが23回もの労働市場改革を行った結果、失業率がそれぞれ12.3%、26.2%、27.5%となったのに対し、6回の改革しかしていないドイツの失業率はわずか5.3%にとどまっています。

④社会福祉国家が不平等を減少させつつ経済を成長させていることを理解すべき。
公共投資を減らしたり社会福祉国家の担当領域を削ったりしたがる者が、人間の生活条件を二の次にして、公共サービスの大部分を民間に移そうとしていることが理解できます。

⑤イタリア、フランス、イギリスといった欧州諸国が過去にGDP(国内総生産)の200%以上の公的債務を抱えていたのに破綻していないという事実を理解すべき。
2008年の危機を引き起こした民間部門の債務が公的債務よりも大きいことを理解すれば、公的債務が緊縮政策に根拠を与えるためのこけおどしであることを理解できます。

⑥地球温暖化対策として実施される政策が、じつは金融市場の利益を優先して不充分な内容になっている。
政治指導者たちの優先事項が地球温暖化の克服でも、大企業にエネルギーシフトを促すことでもないことは明白です。彼らの目的は地球全体が前代未聞の大きな危険にさらされようと、現行の生産様式と多国籍企業の利益を守り抜くことなのです。

⑦ヨーロッパ連合の成立が加盟国間の競合につながり、ここ十数年、欧州委員会の政策によってアメリ力発の危機がユー口圏に影響を及ぼしてきた。
ヨーロッパが自らの半分(ギリシャをはじめとする南ヨーロッパ)をすすんで犠牲にしてきたことに思い至れば、ヨーロッパを愛することが欧州委員会を愛することではなく、むしろその反対だと理解できます。

⑧アメリカを筆頭とする豊かな国々が、自由貿易を推進する以前、保護主義に守られながら発展してきたことを理解すべき。
「自由貿易」という言葉が、実は多国籍企業だけが利益を得ていることを覆い隠していることや、IMFがあからさまに多国籍企業の利益に奉仕しているとわかれば、グローバル化が貧しい国々の味方ではないことがわかります。

腹立たしいのは、経済学者が間違いを犯したり間接的に危機的状況を生じさせたときに、その代償をけっして払わないことである。サブプライム住宅口ーンによる危機では、生まれながらに博識だとうぬぼれる一部の者たちによって人々の生活が破壊された。IMFが要請する構造調整政策についても同じで、そうした構造調整政策は対象国の国民を散々な目にあわせているにもかからわず、依然として世界じゅうで適用されている。

新自由主義は、一部の多国籍企業を潤わしていることを忘れてはいけません。

経済ではいくつもの選択肢や未来がありうるにも関わらず、政治家や経済学者はその選択肢を隠します。ある経済改革を突きつけられたときには、それが誰に利益をもたらすかを絶えず自問しなければなりません。永久に確かなものなどひとつもないと考え、自分自身の思考の枠を持つことが、状況を変える第一歩となるのです。

ジョブズはアメリカ人だから成功できた?

成功の原因は、とくに起業家精神をはじめとする個人の性格や資質のほうに求められ、彼らを成功に導いた条件は視野に入らない。起業家精神さえあれば成功するというなら、世界でいちばん成功者が輩出するのは発展途上国のはずだ。

イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグは、並外れた個性の持ち主で、短期間に成功を手にしたという共通点があります。メディアは子ども時代や学生時代の彼らに、稀有な才能の兆候を探しあて、それを喧伝します。

本来であれば、成功者が生まれるのは、発展途上国であるはずですが、発展途上国の人々は、雇ってくれる国営の大企業を持っておらず、たいていは多国籍企業の、給料が安く熟練を必要としない職場で働いています。彼らには、少しの資本しかなく、起業の道は限られています。発展途上国の人々にも、当然、創意工夫はありますが、残念ながらこれらの国からは巨大なビジネスは生まれてきません。

その理由は、彼らに教育の機会、必要な資金の調達手段、ふさわしい経済環境がないからです。

私個人としては、自分が儲けてきたものの原因が相当の割合で社会にあると考える。もしバングラデシュかペルーのような国に置かれたら、私の才能はやせた土壌に働きかけなくてはならず、たいしたものは生み出せない。30年たっても、きっとまだもがいていることだろう。(ウォーレン・バフェット)

個人の成功には社会の環境が大きく影響しています。iPhoneの成功も、ジョブズのすぐれた資質だけによるものではありません。イン夕ーネット、タッチパネル、GPS、音声認証などの新しいテクノロジーがなかったら実現していなかったはずです。

これらの技術革新の生みの親はみなアメリカの公的部門で、インターネット、GPS、音声認証は国防総省の研究プログラムの一環として開発され、タッチパネルは公的融資を受けた大学教授と彼の研究生によって発明されたのです。

iPhoneはスティーブ・ジョブズの才能だけでなく、前もって公的に行われていた長年の研究と投資があって実現したのです。ジョブズを天才にしたストーリーテリングは、築かれた富をその環境から切り離し、富裕層に甘い税制を公正とみなしたり、ひいては税金逃れに寛容さや理解を示したりする姿勢の重要なよりどころになっていると著者は指摘します。

ジョブズのように卓越した経営者がいたとしても、創業の地がアメリ力以外の国であったらアップルは成功できなかったはずです。テクノロジーの分野でアメリカが他のどの国よりも成功しているのは、早いタイミングから公的投資がなされ、起業家が先端技術を利用して商品化できるような市場を早い時期から国が作っていたからなのです。当然、アメリカには巨大なマーケットがあり、巨大なメディアからその情報が世界中に拡散されます。

起業家たちは高い税金を嫌悪しますが、実際には、彼らの繁栄はアメリカの税金によって支えられていたのです。彼らの成功に必要な環境は、国家がよく吟味して政策を実行することで作られていたのです。

本書には、随所に思考の枠を超えるためのヒントが書かれています。本書の最後に書かれている10の原則が参考になります。
1、どこでも処方可能で効果抜群とされる特効薬を警戒せよ。
2、それ以上は不可能という言葉を鵜呑みにするな。
3、成功の原因も失敗の責任も個人だけにあるのではない。
4、労働市場の柔軟性が失業対策になると考えてはならない。
5、公的支出削減の必要を信じずに、公的支出で何がまかなわれているかを知ろう。
6、金融資本家を除けば、金融は誰の味方でもない。
7、公的債務を心配するな。
8、地球温暖化をめぐる聞こえのいい発言に耳を貸さず、行動を検証しよう。
9、ヨーロッパを愛するなら欧州委員会に注文をつけよう。
10、自由貿易がすべての人にとって有益であると信じるな

自由貿易の真の勝者は多国籍企業で、彼らはグローバル化が進んだことで、労働コストが低い国で生産し、購買力のある国で販売し、税の負担が軽い国で納税することによって、利益を最大化することが可能になった。新しい自由貿易協定が相次いで結ばれるにつれて、多国籍企業は仲裁裁判所を後ろ盾に、製品の規格の統一化を要求し、それに応じない国に圧力をかけ、新しい規格を準備する国を非難することができるようになった。

この社会では経済以外のさまざまな要素がからみあっています。その時々の力関係に左右され、勝者と敗者が生じています。私たちはメディアが垂れ流す常識を疑い、思考の枠を出さえすれば、さまざまな選択肢があるのです。経済学者や政治家たちが真実だと主張するものをそのまま信じることなく、目の前の力関係をふまえてじっくり考えるようにすべきです。

 
この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
IoT、システム開発のビズライトテクノロジー 取締役
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数 

■著書
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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