ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論
ジャスティン・B・クレイグ、ケン・ムーア
プレジデント社
本書の要約
ファミリービジネスの先行研究では、承継計画、準備期間の存在が承継後の企業パフォーマンスに対して好影響を与えるということがわかっていますが、ほとんどのファミリー企業では、承継計画をつくって次世代に権限委譲するといったプロセスは存在しません。最も重要な事業承継のプランがなければ、ファミリーに貢献できません。
ファミリービジネスを成長させるAGESのフレームワーク
ファミリー企業にとっての最重要事項は家業の「継続」です。(星野佳路)
星野リゾートの星野佳路氏は本書の冒頭で、ファミリービジネスの経営者にとってもっとも大切なことは「継続」だと述べています。私の周りの2代目、3代目の経営者も継続を重視し、既存事業を守りながら、新規事業を起こしています。
日本国内の企業は、創業100年以上続く企業が数多く存在していますが、その9割以上がファミリービジネスといわれています。日本の老舗企業の多くは時代の変化に適応しながら、事業承継に成功していますが、そのノウハウが理論化されているわけではありません。
ファミリー企業は非ファミリー企業よりも収益率が高く、存続期間が長いことが実証されています。欧米でもエルメスやウォールマート、ポルシェなどのファミリー企業が成長を続けています。最近では、世界のビジネススクールで、ファミリービジネス研究が活発化してますが、本書の著者の2人はその動きを牽引しています。
著者の一人であるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院「ファミリー企業センター」の前センター長であるジャスティン・B・クレイグは、家族経営における全ても悩みや問題は体系化された理論で解決可能だと指摘します。
クレイグはオーストラリアでホテル経営する一家に生まれ、10歳から家業を手伝っていました。ファミリービジネスを研究したいと考えた著者は30歳で大学に入学し、その後、ファミリービジネスの研究者となります。
クレイグは「AGES」のフレームワークによって、ファミリービジネスがうまくいくようになると言います。構造を中心に考えるAGESのフレームワークとWhyにフォーカスした「SAGE」のフレームワーク(AGESのフレームワークの変形)を活用することで、ファミリービジネスの問題の多くは解決できます。
■AGESのフレームワーク
1、アーキテクチャー(Architecture)
企業戦略を実行するために設けられた構造と体系、さらにはそれらの起源とそこから生じてくる結果です。(「どのようにして」にあたる部分)成長に応じて、組織の形態を変える必要があります。
2、ガバナンス(Governance)
事業とファミリーのガバナンス構造とそのプロセスの一部を含みます(「誰」が「どちらにするか」を「いつ」決めるか)ガバナンスの仕組みを通じて、起業家的なエネルギーをつなぎとめ、自社のビジネスを成功させるようにします。
3、起業家精神の発揮(Entrepreneurship)
起業家的な戦略と起業家的なリーダーシップ(「何」にあたる部分)
4、スチュワードシップ(Stewardship)
個人レベルと組織レベルのプロセスにおいて、ファミリー企業をまさに特徴づけるもの。次の世代に継承する自社の価値を明らかにし、伝えるようにします。(「なぜ」にあたる部分)
ファミリー企業のリーダーにはスキルが必要で、CEOは次のCEOにそれを教える必要があります。引退日を決め、そこから逆算し徐々に業務を手放すようにしましょう。「事業継続のカギは主体的な引退」なのです。
成功する事業承継は以下のプロセスを経ています。
・引退までの明確なスケジュールを決める。
・経営者の育成の仕組みをつくる。
・計画に従う。
競争優位を確立して成長を勝ち取る方法として、ファミリー企業は製品(あるいはサービス)の差別化を図る傾向が強いことがわかっています。言い換えると、市場最安値を提供して成長しようとするのではなく、差別化を行ってプレミアム価格で売ることを狙うのです。
成功しているファミリー企業は、戦略が優れているだけではなく、マーケティング力も優れています。ミシュランやリーバイスの成功を見れば、マーケティングの重要性を理解できます。ファミリーの価値観(ビジョン・ミッション)を明らかにした上で、しっかりとした差別化を行うことで、顧客との関係を築いていけます。
ファミリー企業のリーダー(後継者)にとって重要なことは、ファミリーのメンバーがファミリーや事業に貢献する意思を持ち、貢献できるようになるということです。事業に大きく貢献するためには、ファミリーの価値観や信念の中心となっているマインドセットを身に付ける必要があります。
ファミリービジネスの経営者は自分の引退ストーリーを考えよう!
ファミリービジネスの先行研究では、承継計画、準備期間の存在が承継後の企業パフォーマンスに対して好影響を与えるということがわかっていますが、ほとんどのファミリー企業では、承継計画をつくって次世代に権限委譲するといったプロセスは存在しません。最も重要な事業承継のプランがなければ、ファミリーに貢献できません。
企業を成長させることだけでなく、事業承継者はやがて自分の事業を手放し、後継者に渡すことをイメージしながら、ビジネスを行うべきです。ここが普通の企業とファミリービジネスの大きな違いになります。
ファミリー企業のリーダーの学びは、4つの段階に分けられます。リーダーは各ステージにおいて、スキルセットを上げることが求められます。
●L1:Learn Business=ビジネスについて学ぶ
まず、リーダーとして見習いの段階。ここでは、ビジネスそのものについて学びます。
●L2:Learn our Family Business=ファミリービジネス特有の事象を学ぶ
次に、自分のファミリービジネスについて学びます。
● L3:Learn to Lead=リーダーとしての在り方を学ぶ
さらにビジネスを進めるためのリーダーとしてのあり方を学びます。
● L4:Lean to Let go=リーダーの引退について学ぶ
大きな変化が続く現代のリーダーは、常に新しいやり方に挑戦しながら、ファミリービジネスの核となる企業の理念をしっかりと承継していく必要があります。成長するためには、M&Aも一つの選択肢になります。
経営者にとって最も難しい選択がL4になります。自分の引退で失敗する経営者の事例を私も何度も見てきました。骨肉の争いにならないように事業承継のプランニングを行うようにしましょう。
ファミリー企業の退任スタイルは以下の4つに分類されます。
①帝王型 早期に引退する気が全くない。生涯にわたって経営者であることを望んでいる 。
②将軍型 退任するものの、いつかカムバックすることを企んでいる。渋々引退する傾向にある。
③大使型 自分の職務の大半を次世代に委譲し、会社を代表する「外交的な」役割に徹する。
④ガバナー型 任期が決まっており、決められた退任日がある。退任日が決まっているため、スチュワードシップを実現するマインセットが促進される。
この中で成功度の高いものは大使型とガバナー型です。そのためにはCEOが元CEOがになったときのあるべき姿から逆算すべきです。ファミリービジネスの場合、サスティナビリティ(企業の存続)が重要ですから、この視点で後継者問題を考えるべきです。
スチュワードシップのある人は、「たすきをつなぐ」というファミリー企業としての目的が自身の目的と一体化しているために、自分の区間でどういう役割を果たせばよいのかをはっきりと自覚しています。区間が決まっているからこそ、その役割をよりよく果たせるという面もあります。区間賞をとるほど調子がいいからといって次の区間も走ることは許されない。だからこそ「つなぐ」ことに集中できるのです。
「長期的スチュワードシップ」という駅伝を成功させるために、本書のアドバイスやケーススタディは参考になると思います。ファミリービジネスで最も重要なことである次の世代にたすきをつなぐためには、自分の引退のストーリーを事前に決め、そのプランニングを行い、確実に実践することが欠かせません。
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