2030 半導体の地政学
太田泰彦
日経BP
2030 半導体の地政学(太田泰彦)の要約
半導体はデジタル社会において極めて重要な基盤技術であり、特にAIなどの高度技術分野においてその重要性がますます高まっています。この半導体は、あらゆる先進技術の核心部品として位置付けられており、その供給は各国の安全保障に深刻な影響を及ぼし、この分野での覇権争いは激しさを増しています。
なぜ、半導体は戦略物資として重視されるのか?
半導体はさまざまな工業製品に欠かせない部品であると同時に、政治的にユニークな特性がある。経済を支える柱となるだけでなく、敵対する国を追い詰める武器として使うこともできる。 (太田泰彦)
現代のテクノロジーが主導を握る世界において、半導体産業が果たす役割は極めて重要になっています。日本経済新聞の論説委員である太田泰彦氏は、半導体は、スマートフォンから自動車、国防システムに至るまで、あらゆる先進技術の核心部品となっており、その供給は国家安全保障に大きな影響を及ぼすと指摘します。
アメリカ、中国、日本などの国々は、この重要な物資を巡って技術的な優位性と経済的な影響力を確保するために激しい競争を繰り広げています。アメリカは、国家安全保障の観点から半導体の重要性を特に認識しており、その供給網の強化と国内産業の促進を目指しています。
これは、中国の技術的進歩とその半導体産業への大規模な投資に対抗するための戦略の一環です。中国は、自国の技術的自立と経済的影響力の拡大を目指しており、半導体技術の獲得と国内生産能力の向上に力を入れています。
一方、日本もまた、半導体の研究開発と生産における長年の経験を活かし、高品質な半導体供給国としての地位を守りながら、グローバルな競争に積極的に参加しています。
このような背景を踏まえ、本書は、半導体産業が国際政治や経済においてどれほど重要な役割を担っているか、そして国々がどのようにしてその支配権を握ろうとしているかを詳細に分析しています。また、技術革新が急速に進む中で、各国が直面している挑戦とその戦略的対応についても考察しています。
著者の詳細な取材と分析を通じて、読者は半導体産業の複雑なダイナミクスと、それが世界の安全保障、経済、そして技術進歩にどのように影響を及ぼしているかを深く理解することができます。
半導体の戦略的な価値は高まり、国際情勢を考えるうえで欠かせない要素となった。米国と中国だけでなく、台湾、韓国、シンガポール、ドイツなど、世界に不穏な空気を感じ取った国々は、一斉に自分の国の半導体産業を強くしようと走り出している。
特に、AI技術の進展において半導体の役割はさらに顕著になっています。AIシステムは、膨大なデータを消費して学習し、その知識をもとに判断や予測を行います。この学習プロセスには、高速で大量のデータを処理する能力が必須であり、そこでスーパーコンピューターの出番となります。
スーパーコンピューターは、その巨大な計算力によって、AIの訓練と進化を加速させる「巣」として機能します。つまり、AIがデータの海を航海するための強力なエンジンとも言えるのです。
このように、半導体は現代社会において基盤技術としての役割を果たしており、特にAIのような高度な技術分野においてその重要性は増すばかりです。データを迅速に処理し、学習する能力を高めるためには、高性能な半導体技術が不可欠であり、その進化は未来のテクノロジー発展に直結しています。
アメリカが覇権を維持するための戦略とは?
米国は中国のAIが怖い。AIを生み出すスパコンの開発を阻止したい。
中国が「エクサスケール」コンピューティング、すなわち秒間に1エクサフロップス(10の18乗回の浮動小数点演算)を実行できる超高速スーパーコンピューターの開発を加速しています。このレベルの計算能力を持つスーパーコンピューターを構築するためには、大規模な半導体チップの供給が不可欠です。
中国のこのような野心的なスパコン開発の取り組みは、半導体部品への需要を大幅に引き上げ、半導体産業の重要性を一層際立たせています。 半導体産業は、日々の生活における電子機器から、AI、データ解析、気候モデリングなどの先端技術の発展に至るまで、広範な領域で中心的な役割を担っています。
技術が進化するにつれて、半導体の必要性も増す一方です。特に中国のエクサスケールコンピューティングのような高度な技術は、安全保障にも影響を及ぼします。その進歩を支える半導体技術の進化に直結することが、アメリカの台中戦略を変えるきっかけになったのです。
アメリカは、半導体技術の覇権を確保するために、中国への半導体輸出を制限する政策を強化しました。この背景には、高性能スーパーコンピューターを構成する重要な半導体を中国に提供することのリスクがあります。
アメリカが取り得る戦略は2つあり、1つは軍事力を用いて半導体の主要な生産拠点である台湾を守ること、もう1つは台湾の半導体工場をアメリカ国内に移転させることです。 バイデン政権はこの2つのアプローチを迅速に進めています。
軍事的には、アメリカ海軍第7艦隊を中心に東シナ海や南シナ海での活動を強化し、欧州連合(EU)の主要国とも連携して中国の軍事的野心に対抗しています。
また、外交的には台湾と世界最大の半導体製造会社であるTSMCに圧力をかけ、アリゾナ州に新しい工場を建設することを促しました。このようにして、アメリカは半導体技術におけるリーダーシップを保持しようとしています。
この戦略が成功すれば、世界に分散したサプライチェーンが米国に集約し、米国内のエコシステムがさらに強化されるだろう。
アメリカは、半導体産業の強化を目指して巨額の補助金で企業を支援しています。これは、中国との競争を背景に、国内での半導体生産能力を高めるための措置です。国内世論の中国に対する敵視感情や半導体不足の問題を受け、外国企業への助成も正当化されています。こうした外交政策と産業政策が成功すれば、アメリカ国内での半導体生産は大きく増加するでしょう。
アメリカには、GAFAMなど世界からデータを集める巨大企業があり、これらは20世紀の石油に匹敵する価値のあるデータを掘り起こしています。米国企業は、半導体開発や生成AIの研究で世界をリードしており、インターネットの運営も実質的にアメリカが担っています。
これにより、アメリカはデジタル技術の多くを既に支配下に置いています。 今後、アメリカが半導体製造技術も国内に確保すれば、デジタル分野のほとんどがアメリカ内に収まり、自由貿易の必要性が弱まる可能性があります。国家安全保障を理由に、経済を市場任せの原則から離れ、自由貿易や競争政策に例外を設ける動きが加速するかもしれません。
半導体は、このような政策変更の筆頭例となり、政府の産業介入は一層強まることになるでしょう。これは、世界中の国々が半導体の地政学的価値に目覚めた結果です。
日本は過去に半導体業界での優位性を失いましたが、現在はこの分野での復活を目指し、積極的な取り組みを展開しています。特に象徴的なのが、台湾の半導体製造のリーダーである台湾積体電路製造(TSMC)を熊本に誘致するプロジェクトです。この動きは、日本政府のみならず、CMOSイメージセンサーで世界をリードするソニーのような民間企業も大きく関与している点で注目されます。
TSMCの熊本工場誘致は、日本が半導体産業で再び主要な役割を担うための戦略的な一歩と見なされています。これにより、日本は世界クラスの半導体製造能力を国内に持ち込み、グローバルな半導体供給網における日本の位置を強化することが期待されます。
この取り組みは、国際的な半導体産業の競争において日本を再び重要なプレイヤーとして位置づける戦略的な動きであり、日本の技術力と産業界の競争力を高めることを目指しています。
また、日本、アメリカ、韓国、台湾といった国々間での半導体バリューチェーンの戦略的な構築に貢献し、日本の産業界に新たな活力をもたらすことが期待されています。
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