エリート過剰生産が国家を滅ぼす (ピーター・ターチン)の書評

Donald Trump beside man in black suit

エリート過剰生産が国家を滅ぼす
ピーター・ターチン
早川書房

エリート過剰生産が国家を滅ぼす (ピーター・ターチン)の要約

経済が後退し、社会が不安定になるとエリートが過剰生産されます。上層部が異常に肥大化し、増え続ける「エリート志望者」たちが、限られたポジションを巡って熾烈な競争を繰り広げます。富裕層と貧困層の分断が進む中で、エリート層と一般市民の間に新たな均衡を築くことが求められています。

エリート過剰と大衆の不満がアメリカの危機を引き起こす!

アメリカのような国家において、実質賃金(インフレ率調整済みドル換算)の停滞や低下、貧富の差の拡大、高度な学位を持つ若者の過剰生産、社会への信頼の低下、公的債務の爆発的な増加が起きたとき、一見すると類似点のないそれらの社会指標は、実際のところ互いに動的に関連している。このような流れは歴史的に見ても、迫りくる政治不安の先行指標として機能してきた。(ピーター・ターチン)

コネチカット大学教授のピーター・ターチンは、デジタル時代における新しい予言者として注目を集めています。彼は「クリオダイナミクス(歴史動力学)」という手法で社会の未来を予測しています。当初は生物学者として、捕食者と獲物の関係性を統計モデルで研究していましたが、1990年代に転機が訪れ、彼は社会の不安定性の研究へと向かうことになりました。

ターチンが提唱するクリオダイナミクスは、歴史データから統計的パターンを見出し、社会の安定性を予測しようとするものです。2010年、ネイチャー誌の依頼で10年後の予測を行った際、彼は2020年頃にアメリカで政治秩序が崩壊する可能性を指摘しました。その予測は、残念ながら的中しつつあるように見えます。

社会の安定性を脅かす要因は、一見すると個別の問題のように見えて、実は複雑に絡み合っているようです。特にアメリカにおいて、実質賃金の伸び悩みや、貧富の格差拡大、高学歴者の就職難、社会不信の蔓延、そして増大する公的債務といった問題は、互いに深く結びついているのです。

アメリカでは、トランプが再び大統領に選出され、社会の分断がさらに深まっていくことが予想されます。ある人々は人種差別主義者や白人至上主義者、そしてトランプ支持者たちを非難します。一方で、別の人々は反ファシスト運動や「影の政府」の存在、そして「リベラル派」を批判の対象としています。

さらに過激な陰謀論も広がっています。中国共産党の工作員がアメリカ政府の組織に潜入しているという説や、プーチンがトランプを操っているという説まで、様々な憶測が飛び交っています。このような極端な主張の広がりそのものが、社会の不安定さを表しているとも言えるでしょう。

問題は、これらの対立する見方が社会の分断をさらに深めていることです。各グループが自分たちの「敵」を見つけ出し、そこに全ての問題の原因を求めようとする傾向が強まっています。しかし、現実の社会問題はそれほど単純ではありません。

むしろ注目すべきは、これらの社会指標が示す構造的な問題です。実質賃金の低下は中間層の没落を加速させ、高学歴者の就職難は社会への不満を高めます。そして、それらの問題が相互に作用して、社会の不安定性をさらに増幅させているのです。 このような複雑な問題の解決には、単純な犯人探しではなく、社会システム全体を見直す冷静な議論が必要でしょう。しかし、その議論自体が、現在の分断された社会では困難になっているのが現状です。 

私たちのモデルによる予測のとおり、エリート層に流れる余分な富は、最終的に富の保有者(と権力者)自身にも問題をもたらすことになった(いわゆる「上位1%」は言わずもがな、上位0.01%になるとなおさらこの傾向は強くなる)。社会ピラミッドは上部がやけに大きくなり、いまや増えすぎた「エリート志望者」たちが、政治や企業の上層部の一定数のポジションを争い合っている。私たちのモデルでは、この状況を説明する正式な名前がある──「エリート過剰生産」だ。

社会の階層構造を表すピラミッドは、今や歪な形に変質しています。上層部が異常に肥大化し、増え続ける「エリート志望者」たちが、限られたポジションを巡って熾烈な競争を繰り広げているのです。この現象を、著者は「エリート過剰生産」と呼んでいます。

この状況は、「富のポンプ」と呼ばれる仕組みによってさらに加速されています。富が下層から上層へと一方的に吸い上げられる中で、社会の上層部は必要以上に膨張を続けています。しかし、実際のエリートポジションの数は限られており、その数は容易には増えません。

結果として、高度な教育を受け、エリート層への参入を目指す人々の数が、受け入れ可能な数をはるかに超えてしまっています。優秀な大学を卒業しても、期待したような地位や収入を得られない若者たちが増加しているのです。 このような状況は、単なる個人的な不満以上の社会的な影響をもたらします。野心的で有能でありながら、その才能を活かせる場所を見出せない人々の存在は、社会の不安定要因となりかねないのです。

歴史を振り返ると、このような「エリートの過剰生産」は、しばしば政治的な混乱や社会変動の引き金となってきました。不満を抱えたエリート志望者たちが、既存の社会システムへの批判を強め、時には急進的な変革を求める動きへと発展することもあります。

しかし、この危機的な状況にも、まだ希望は残されています。過去には、同様の問題に直面しながらも、社会システムの改革によって破局を回避した例も存在するのです。鍵となるのは、富の極端な集中を緩和し、より多くの人々が活躍できる機会を創出することかもしれません。 社会の安定は、単にエリート層の利害だけでなく、社会全体のバランスの上に成り立っているのです。この認識に立って、どのような改革が可能なのか、真剣な議論が必要とされています。

アメリカ社会で進行する貧困化は、静かに、しかし確実に人々の心に不満の種を蒔いています。当初は日々の生活における小さな不満として始まったものが、次第に社会全体への怒りへと変質していく過程が観察されています。

特に2016年以降のアメリカでは、2つの社会現象が危険な形で結びつきました。1つは一般市民の間に広がる不平不満、もう1つは増え続けるエリート志望者の存在です。この2つの要素が組み合わさることで、社会は極めて不安定な状態に陥っています。

一般市民の不満は、実質賃金の低下や生活水準の悪化など、具体的な生活上の困難から生まれています。一方、高学歴を持ちながら望むような地位を得られないエリート志望者たちは、その知識や能力を活かして、大衆の不満を政治的なエネルギーへと変換する触媒として機能する可能性があります。

歴史的に見ると、このような状況は社会の大きな転換点となることが少なくありません。不満を抱える大衆と、その不満を組織化できる知識層が結びつくとき、既存の社会秩序は大きな挑戦を受けることになるのです。

未来をよりよくするために必要なこと

国家として組織された複雑な社会がおよそ5000年前に最初に登場してから、一時的にはどれほど成功を収めたとしても、やがて社会は例外なく問題に直面するということだ。すべての複雑な社会は、内部の戦争や不和の勃発によって内部の平和と調和が周期的に中断されるというサイクルを経験する。

南北戦争前のリンカーン時代と現代のトランプ時代。一見すると、この2つの時代のアメリカは全く異なる国のように見えます。時を隔てること160年余り、産業構造も、技術も、人々の生活様式も大きく変化しています。しかし、その社会の深層を見つめると、驚くほどの共通点が浮かび上がってきます。

リンカーン時代のアメリカは、奴隷制を巡って深刻な分断に直面していました。北部の産業社会と南部の農業社会は、単なる経済的な対立を超えて、価値観や生活様式の根本的な違いを抱えていました。そして現代のアメリカもまた、イデオロギーや文化、経済格差を巡って深い亀裂を抱えています。 両時代に共通するのは、社会の分断が単なる意見の相違を超えて、互いの存在そのものを否定し合うような対立へと発展している点です。

リンカーン時代には、北部と南部が互いの生活様式や価値観を根本から否定し合いました。現代では、リベラル派と保守派が、まるで異なる現実を生きているかのように、互いを理解できない状態に陥っています。 さらに、両時代ともに、エリート層と一般市民の間の経済的・社会的な断絶が深まっていました。

それぞれの陣営が自分たちに都合の良い情報だけを受け取り、対立する意見との接点を失っていく構図は、時代を超えて驚くほど似ています。 このような歴史的な相似は、私たちに重要な問いを投げかけています。

現代のアメリカに、そして私たち全てに課された課題なのかもしれません。 歴史を紐解くと、同様の危機を乗り越えてきた社会も存在するのです。例えば、イギリスは1832年の選挙法改正で革命を回避し、アメリカは大恐慌後に富裕層への高率課税を実施することで破局を防ぎました。

社会の不安定性をもたらす構造的な要因について、歴史データの分析から著者は4つの重要な指標をあげています。これらの要因は、独立して存在するのではなく、互いに影響を及ぼし合いながら、社会の安定性を脅かしています。

まず注目すべきは、大衆の貧困化です。実質賃金の低下や生活水準の悪化は、人々の間に不満を蓄積させていきます。この不満は、適切な導き手を得ることで、大規模な社会運動へと発展する可能性を秘めています。歴史的に見ても、大衆の経済的困窮は社会変動の重要な引き金となってきました。

次に、エリート過剰生産の問題があります。限られた特権的地位をめぐって、必要以上に多くのエリート志望者が競争する状況は、エリート層内部の対立を深刻化させます。高学歴者の増加や富の集中は、この問題をさらに加速させています。

3つ目の要因は、国家財政の健全性の低下です。増大する公的債務は、国家の正当性そのものを揺るがしかねません。財政の悪化は、社会サービスの質の低下や、国民の政府への信頼性の低下につながっていきます。

そして4つ目として、地政学的な要因が挙げられます。国際関係の緊張や、世界秩序の変化は、国内の安定性にも大きな影響を与えます。特に、国際的な競争の激化は、国内の資源配分にも影響を及ぼし、既存の社会構造に歪みをもたらす可能性があります。

これらの要因の中でも、特に注目すべきはエリート層内部の競争と対立です。歴史的に見ても、エリート層が一枚岩ではなく内部対立を抱えている状況は、社会の大きな変動の前触れとなってきました。支配層内部の分裂は、しばしば社会全体の不安定化へとつながっているのです。

このような構造的要因の分析は、社会の将来を予測する上で重要な示唆を与えてくれます。特に、これらの要因が同時に悪化している状況は、社会の安定性が重大な危機に瀕している可能性を示唆しています。 しかし、これらの警告サインを認識することは、同時に対策を講じる機会でもあります。

歴史から学びながら、社会の安定性を維持するための新たな方策を模索していく必要があるでしょう。それは、現代社会に課された重要な課題なのかもしれません。

私たち「99%の人々」の役割だ。複雑な人間社会をうまく機能させるためには、統治者、行政官、思想的指導者などのエリートが必要になる。私たちは、彼らを排除することを望んでいるのではない。大切なのは、全員の利益のために行動するよう彼らを抑制することだ。

現代社会が直面する課題は、エリート層の存在そのものではなく、彼らと社会全体との関係性にあります。ターチンが指摘するように、複雑化した人間社会を機能させるためには、統治者、行政官、思想的指導者といったエリートの存在は不可欠なものとなっています。

核心となる課題は、エリート層の排除ではなく、彼らが社会全体の利益のために行動するような仕組みをいかにして構築するかということです。「99%の人々」に求められているのは、エリートたちの行動を適切に抑制し、導くための新たな社会システムの確立なのです。 しかし、現実の反応は、この課題の困難さを浮き彫りにしています。

ターチンの分析は、複雑な数式と膨大なデータに基づいているため、伝統的な歴史研究者たちからは懐疑的な目で見られることもあります。しかし、現代社会が直面している様々な危機的状況を見ると、彼の警告には真摯に耳を傾ける必要があります。

特に重要なのは、まだ私たちには選択の余地が残されているという点です。歴史は必ずしも決定論的なものではありません。社会の分断を修復し、エリート層と一般市民の間に新たな均衡を築くための時間は、わずかながらまだ残されているのです。

この課題に取り組むためには、既存の社会構造や制度を根本から見直す必要があるかもしれません。それは容易な道のりではありませんが、持続可能な社会の実現のためには避けて通れない選択となっているのです。時は刻々と過ぎていきますが、私たちの行動次第で、まだ未来は変えられるはずです。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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