破壊なき市場創造の時代――これからのイノベーションを実現する(W・チャン・キム, レネ・モボルニュ)の書評

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破壊なき市場創造の時代――これからのイノベーションを実現する
W・チャン・キム, レネ・モボルニュ
ダイヤモンド社

破壊なき市場創造の時代(W・チャン・キム, レネ・モボルニュ)の要約

非破壊的創造は、社会的にも経済的にも持続可能なイノベーションの形です。破壊的イノベーションのように激しい対立を生むのではなく、対話や共存を重視したアプローチで、新たな市場を開拓することが可能です。これからのビジネスにおいては、破壊を超えた創造が重要な鍵となるでしょう。そして、それは経済成長と社会の繁栄を同時に実現する道でもあるのです。

新しいイノベーションの形、非ディスラプティブな創造とはなにか?

筆者らは、ビジネスと経済の両面において破壊が少なく希望が多い、現状とは異なる状況を切望している。それは、経済善と社会善が二者択一ではなく、ビジネス界と社会が歩調を合わせてともに繁栄できるような、ディスラプションを超越した道のりである。 (W・チャン・キム、レネ・モボルニュ)

ブルー・オーシャン戦略の著者であるW・チャン・キムレネ・モボルニュは、デビュー作で「事業創造」に焦点を当てた革新的な戦略論を打ち立て、経営学の分野に新たな視点をもたらしました。同書は、従来の「事業選択」に重きを置く戦略論を刷新し、新しい市場を開拓することに主眼を置くアプローチで大きな話題を呼びました。

そして、今回2人はイノベーションと成長を追求する全く新しい枠組みとして「非破壊的創造」という概念を提唱しています。 「非破壊的創造」とは、既存の市場や企業を破壊することなく、新たな市場や産業を生み出す手法です。

これまで、ビジネス界では「イノベーション=ディスラプション(破壊)」という考え方が広まり、「業界を破壊して新たな価値を作ること」が成長の道だと信じられてきました。しかし、著者たちはこの見方に一石を投じます。破壊的イノベーションが注目を集める一方で、それだけがイノベーションの形ではないことを示す数多くの事例が存在するのです。

たとえば、メガネの発明はその好例です。メガネは視覚を補助する画期的なイノベーションでありながら、既存の市場や産業を破壊することなく、新しい産業を創造しました。この製品は、視覚障害を持つ人々の生活を劇的に改善し、結果として1000億ドル規模の市場を築き上げました。

アルナーチャラム・ムルガナンダムは、インドの農村部の女性向けに生理用パッドの市場を創出しました。インドの農村では生理がタブー視され、女性たちは適切な衛生用品を使えずにいました。彼はシンプルな小型の生理用パッド製造機を開発し、女性たちに直接販売。

その結果、農村の女性たちは自ら製造・販売することで約5300のマイクロビジネスを立ち上げ、経済的自立を果たしました。この市場は既存の産業を脅かすことなく、新たな価値を生み出しました。

同様に、ムハマド・ユヌスが創設したマイクロファイナンスも非破壊的創造の代表例です。銀行から融資を受けられなかった貧困層に少額の融資を提供し、新たな市場を生み出しました。貧困層の人々が小規模ビジネスを立ち上げ、生活を向上させる機会を得ることができました。

グラミン銀行の成功を受け、マイクロファイナンスは世界中に広まり、現在では数十億ドル規模の市場へと成長しています。

非ディスラプティブな創造とは、既存の市場や産業を犠牲にせず、新たな市場を生み出すことを指します。これは、新しい技術の開発だけでなく、既存技術の応用や異なる地域への展開によっても実現可能です。先進国市場だけでなく、新興国や貧困地域にも適用でき、社会経済的な枠を超えて広がる可能性を秘めています。

一方、アマゾンにような破壊的創造は、新市場を生み出す代わりに既存の市場や企業を淘汰し、雇用喪失などの負の影響を伴うことが一般的です。そのため、成長の裏側で社会的な痛みを生み出し、勝者と敗者を分けるゼロサムの競争が生じることが多くなります。

対照的に、非ディスラプティブな創造は、経済成長を促しながらも企業倒産や雇用喪失といった影響を与えないため、持続可能な発展が可能です。市場の拡大が特定の犠牲を伴うのではなく、すべての関係者に利益をもたらす形で進むため、経済的な利益と社会的な善を両立できるのです。このアプローチは、イノベーションを推進しながら、より調和の取れた発展の道を開くものといえます。 

非ディスラプティブな創造が巨大な売上をもたらす理由

「ディスラプションこそが取るべき方法だ」という先入観を捨て、非ディスラプティブな創造という観点から発想すると、視界のどこかあるいは目の前に潜む非ディスラプティブな機会、敵を迂回して戦いを避ける機会を、より鋭く観察できるようになり、経済成長への新しい、これまで見えていなかった道が見えてくるだろう。肝に銘じてほしいのだが、業界のいかなるプレーヤーも、みずからの存在意義が脅かされているときは心穏やかではない。

破壊が成長の唯一の道だと考えているなら、その視点を見直すことが重要です。特に、自分が考えている破壊的なアプローチが、既存企業との差別化において本当に大きな価値を生み出すのかを慎重に見極めるべきです。破壊を前提とせず、非破壊的創造の観点から市場を見ることで、見落としていた機会に気づくことができます。

敵と正面から競争するのではなく、戦いを避けながら新たな市場を切り開くことで、経済成長の新たな道が開けるのです。

GoProのアクションカメラ業界の創出は、まさに非破壊的創造の好例です。それまで、スポーツ愛好家たちは自分の視点で冒険を記録する手段がなく、第三者に撮影を依頼するしかありませんでした。GoProはこの課題を解決し、ユーザーが自分の視点で自由に撮影できる防水・耐久性に優れたカメラを提供しました。これにより、スカイダイビングやサーフィン、スノーボードなどのアクティビティをリアルに記録できるまったく新しい市場が生まれました。

興味深いのは、GoProが成長しても既存のデジタル一眼レフカメラ業界には脅威を与えなかった点です。既存の巨大企業はGoProを競争相手と見なすことなく、収益面での影響も受けませんでした。これは、GoProが従来のカメラ市場を破壊するのではなく、全く新しい需要を生み出したためです。結果として、アクションカメラ市場は拡大し、GoProは10億ドル企業へと成長しました。

業界を揺るがすことなく、新しい価値を生み出しながら市場を築くという、非破壊的創造の成功例となったのです。 市場の変化に適応できない企業は淘汰されるというプレッシャーの中で、業界全体が混乱することもあります。しかし、非破壊的創造はこうした摩擦を生むことなく、新たな市場を生み出し、社会全体にとってより穏やかで持続可能な成長を可能にします。破壊ではなく、視点を変えることで新たな市場を開拓する道が見えてくるのです。

スクエアは、iPhoneやスマートフォンの普及を活用し、大きな追加コストをかけずに新たな市場を創造しました。その中心となったのが「スクエア・リーダー」と呼ばれる、小型のクレジットカードリーダーです。特に小規模事業者や個人商店に向け、簡単にカード決済を導入できるようにすることで、新たな需要を生み出しました。

共同創業者のジム・マッケルビーは、ガラス工芸のデザイン経験を活かし、単に機能するだけでなく、見た目が洗練され、小型で魅力的なデバイスを開発しました。その結果、スクエア・リーダーは話題性を持ち、口コミで広がる要素を備えることに成功しました。

さらに、設計と製造を自社で管理することで、迅速な改良とテストを繰り返し、より使いやすい製品へと進化させました。 このアプローチの大きな特長は、既存の決済システムを破壊するのではなく、新たなユーザー層に利便性を提供することで市場を拡大した点にあります。スクエアは大手金融機関と競争するのではなく、カード決済を導入できなかった個人事業主に新たな選択肢を提供し、非破壊的創造の成功例となったのです。

また、3Mのポスト・イット・ノートは発売から40年を経た現在も毎年10億ドル規模の売上を維持しています。同様に、バイアグラは特許切れから10年以上が経過した今でもファイザーに年間約5億ドルの収益をもたらし、サファリコムのM-PESAも年間8億ドル近い売上を誇ります。

非破壊的創造を追求することで、数百万ドルから数十億ドル規模の市場を生み出すことが可能となり、時には既存の製品やサービスと同等、あるいはそれ以上の規模へと成長することもあります。

企業が現在の市場での競争力を強化しながら、将来の成長を加速させるには、破壊的イノベーションだけでなく、非破壊的な機会を見極めることが重要です。新たな市場を開拓することで、企業は持続可能な成長を実現し、長期的な競争優位性を確立できるのです。

couldのマインドセットを身に着けよう!

非ディスラプティブな創造を実現する3つ目のイネーブラーは、”should”ではなく”could”の精神で考え、問いかける姿勢である。

非破壊的創造を実現するためには、企業の内部リソースやケイパビリティを活用するだけでなく、思考の枠組みを変えることも重要です。その鍵となるのが、「べき論(should)」ではなく、「可能性(could)」を重視する姿勢です。

従来の「どのようなビジネスモデルやテクノロジーを採用すべきか」という問いを立てるのではなく、「どのようにすれば、それらを繁栄の機会に変えられるか」と考えることが求められます。

「べき論」にとらわれると、自由な発想が制限され、創造的な思考の幅が狭まってしまいます。「本来こうあるべきだ」「この方法が最適だ」といった固定観念は、挑戦する意欲をそぐだけでなく、選択肢を狭める原因にもなります。また、「正解を見つけなければならない」というプレッシャーがかかると、人は無意識のうちに結論を急ぎ、本来生まれるはずだった斬新なアイデアを却下してしまいがちです。

さらに、一般的でない突飛なアイデアや、型破りな発想は「現実的でない」「受け入れられない」と判断され、表に出ることなく埋もれてしまうことも少なくありません。これは、イノベーションの可能性を自ら閉ざしてしまう危険な思考の罠といえます。

一方で、「可能性の視点」を持つことで、発想の自由度は格段に広がります。「どうすれば実現できるか?」という問いを立てることで、クリエイティブな思考が刺激され、新たなアイデアを生み出す土壌が生まれます。確実な答えを出すことにとらわれるのではなく、さまざまな可能性を探ることに重点を置くことで、より柔軟な発想が促されるのです。「こうあるべきだ」と思考を制限するのではなく、「こういう方法もあり得る」と考えることで、新たな選択肢が生まれ、今まで見えていなかった市場や価値を発見するきっかけになります。

この姿勢は、企業の成長だけでなく、個人の発想力を高める上でも有効です。自由な発想を持つことは、リスクを伴う場合もありますが、創造の第一歩は「とにかく可能性を考える」ことにあります。

何かを実現するためには、まず「こういう方法があるかもしれない」と発想の幅を広げることが不可欠なのです。「べき論」に縛られず、オープンな視点で可能性を追求することで、新たな市場の創出やイノベーションの実現が可能になります。そして、その柔軟な思考こそが、非破壊的創造を成功に導く原動力となるのです。

非破壊的創造は、社会的にも経済的にも持続可能なイノベーションの形です。破壊的イノベーションのように激しい対立を生むのではなく、対話や共存を重視したアプローチで、新たな市場を開拓することが可能です。これからのビジネスにおいては、破壊を超えた創造が重要な鍵となるでしょう。そして、それは経済成長と社会の繁栄を同時に実現する道でもあるのです。

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