「頭がいい」とは何か (勅使川原真衣)の書評

書籍:「頭がいい」とは何か
著者:勅使川原真衣
出版社:祥伝社
「頭がいい」とは何かの書影

現代社会では、「頭がいい人」や「仕事ができる人」が高く評価されています。特に、変化が激しく、将来の予測が難しい時代において、私たちは効率よく成果を出す方法や、成功者の思考習慣を学ぼうとしています。

SNSや動画では、短時間で知識を身につける方法や、仕事の生産性を高めるノウハウが人気を集めています。 しかし、そもそも「頭がいい」とは、何を意味するのでしょうか。

知識が豊富なことでしょうか。それとも、論理的に考え、素早く正解を導き出せることでしょうか。 今回ご紹介するのは、教育社会学を学び、外資系コンサルティングファームなどで組織開発に携わってきた勅使川原真衣氏の著書『「頭がいい」とは何か』(祥伝社新書)です。

本書は、私たちが当たり前のように信じている「個人の能力で人を評価する」という考え方に疑問を投げかけています。

日本の企業では、「コミュニケーション能力」「主体性」「問題解決能力」といった言葉が、人材評価の基準として広く使われています。しかし、これらの能力は、職場の環境や一緒に働く人、任される仕事によって発揮され方が変わります。同じ人でも、ある組織では高く評価され、別の組織では力を発揮できないことがあるのです。

それにもかかわらず、仕事で成果が出なければ、本人の能力や努力が不足していると判断されがちです。企業側が仕事の進め方や組織の問題を見直すことなく、個人にばかり変化を求める。著者は、こうした能力主義の問題点を指摘しています。

特に注目したいのは、「優秀な人材を採用すれば、組織の問題は解決する」という考え方への批判です。どれほど優秀な人が集まっても、互いの強みを生かせず、対話や協力が生まれなければ、組織として十分な成果を上げることはできません。 反対に、一人ひとりに苦手なことがあっても、それを周囲が補い合い、適切な役割を分担することで、組織全体の力を高めることができます。

重要なのは、個人の能力の高さだけではなく、それぞれの違いを生かし、成果につなげる関係性や仕組みをつくることなのです。

著者は、こうした視点から「頭がいい」という一面的な評価を見直し、その人ならではの持ち味を認める「いい味出てる」という考え方を提示します。人間を単純な能力の優劣で判断するのではなく、異なる個性や経験を持つ人たちが、互いに影響を与えながら価値を生み出していくことに目を向けています。

この考え方は、企業経営や組織づくりにも重要な示唆を与えてくれます。経営者やリーダーに求められるのは、優秀な人材を選別することだけではありません。一人ひとりの持ち味を理解し、誰もが力を発揮できる環境を整えることも、重要な役割です。

本記事では、福祉の現場から学ぶ新しい組織のあり方や、互いの不完全さを認めながら協力することの意味を考察します。そして、個人の能力に過度に依存する経営から脱却し、多様な人々の力を組み合わせて価値を生み出すためのヒントを、本書から読み解いていきます。

この記事でわかること

・現代社会に蔓延する「頭がいい」という概念の曖昧さと、日本型メリトクラシーの正体
・職務要件を放棄した「メンバーシップ型雇用」が生んだハイパー能力主義の過酷さと、退職代行急増の真の理由 ・「能力」は固定的なものではなく環境や運による「状態」にすぎない事実と、社会の傲慢さ 
・16タイプ性格診断などが他者を切り捨てる「生産性至上主義」のツールとなっている実態
・優秀な人材に依存する「スーパーマン信仰」の弊害と、個体能力主義が「共創」を阻む構造的な理由 
・能力主義が「他者を認めると自分の取り分が減る」恐怖から来ていることへの気づき

30秒でわかる本書のポイント

【結論】
・「個人の内側に固定的な能力がある」という個体能力主義は幻想である 。
・真の知性とは「頭のよさ」ではなく、他者との関係性の中で発揮される「いい持ち味」である 。
・誰もが未熟であることを前提とし、機能を持ち合う「共創」こそが次世代の組織戦略である 。

【原因】
・日本企業が職務要件を定義せず、全人的な「総合力」を求めるハイパー能力主義に陥っているため 。
・経営層が「優秀な人材がいれば解決する」というスーパーマン信仰に逃げ、対話を放棄しているため。
・成功者が己の「運」や他者からの「ケア」を忘れ、能力主義を自己正当化のツールにしているため 。

【対策】
・他者を「頭が悪い」「〇〇タイプだから」と安易にラベリングして切り捨てる思考を手放す 。
・一発で正解を出すことを諦め、失敗を前提とした「面倒な対話」と「微調整」を繰り返す。
・福祉の現場に学び、個人の欠点ではなく「どんなサポートがあれば働きやすいか」にフォーカスする。

本書の要約

日本企業は長らくメンバーシップ型雇用の上にあぐらをかき、具体的な職務要件の定義を放棄してきました。その代わりに、コミュニケーション能力や主体性といった全人的な「総合力」を個人に求める「ハイパー能力主義」が蔓延しています。

この構造は、永遠に現れない完璧な存在を待ち望む「スーパーマン信仰」を生み出し、組織の構造的なひずみをすべて労働者個人の責任へと転嫁させています。そもそも「個体能力主義」とは仮構的な概念であり、これにとらわれている限り、真の共創は生まれません。

「頭が悪い」というラベリングは、集団の型にハマれない人を排除する装置として機能しています。能力主義の勝者は、自分の成功が運や誰かのケアの上に成り立っていることへの想像力が欠如しています。福祉の現場ではすでに「各人の機能の持ち合い(ポスト能力主義)」が実践されています。

能力とは固定的なものではなく、他者との共生によって変化する「その人らしさ」です。「頭がいい」よりも「いい味出てる」人間同士が、未熟さを認め合いながら微調整を続けることこそが、これからのマネジメントの最適解なのです。

こんな人におすすめ

・「優秀な人材が採用できない」「若手がすぐ辞める」と悩んでいる経営者・マネージャー 
・職場の人間関係や「主体性を求められること」に息苦しさを感じているビジネスパーソン 
・心理的安全性のあるチームや、イノベーションを生む組織を作りたいリーダー
・「自分には能力が足りないのではないか」と焦りや不安を抱えている人

本書から得られるメリット

・「能力」という曖昧で暴力的な概念の正体を知り、無駄な焦りやプレッシャーから解放される
・メンバーの弱点を責めるのではなく、「持ち味」を活かす具体的な組織づくりの視点が得られる 
・認知バイアスや思い込みに騙されず、組織の構造的な課題を見抜いて判断の質を上げることができる
・人間にしかできない「ケア」と「共創」の真の価値を理解できる

「頭がいい」とは何かの書影

「頭のよさ」は過去の延長線上に作られた「架空の概念」である

「頭のよさ」は漠然とした総合力であり、事後的なラベリングです。よくよく分析していくと実体のない、無謀とも言うべき概念なのに、私たちはその幻影に無限に追われている。子どもも、大学生も、若手社員も、中堅社員も、管理職も、全員が同じように目に見えない自縄自縛のプレッシャーに苦しめられているのです。(勅使川原真衣)

最近は「頭がいい」という言葉をタイトルに使った書籍が増えています。頭がいい人の話し方や考え方、仕事術など、優秀な人の習慣を学び、効率よく成果を出すためのノウハウが注目されています。 変化が激しく、将来の予測が難しい時代だからこそ、私たちは成功者の思考や行動を取り入れ、仕事や人生に役立てたいと考えるのでしょう。

しかし、そもそも「頭がいい」とは、何を意味するのでしょうか。 知識が豊富なことなのか、論理的に考えられることなのか、それとも仕事が速く、周囲の期待に応えられることなのか。私たちは異なる能力や特徴を、ひとまとめにして「頭がいい」と評価しています。

ここで考えたいのは、「誰が、どのような基準で、その人を頭がいいと判断しているのか」という問題です。 例えば、上司の指示を素早く理解し、期待通りに仕事を進める人は、高く評価されやすいでしょう。

一方、その指示に疑問を持ち、別の方法を提案する人は、組織によっては扱いにくい存在と見なされるかもしれません。

多くの企業がイノベーションや主体性を求めながら、実際には既存のルールや上司の意向に従う人を評価することがあります。こうした矛盾が、従業員の自由な発想や新しい挑戦を妨げる要因にもなっています。 勅使川原真衣氏の『「頭がいい」とは何か』は、こうした問題を能力主義の歴史や社会の仕組みから読み解いています。

1958年、イギリスの社会学者マイケル・ヤングは、著書の中で「メリトクラシー(meritocracy)」という言葉を用いました。日本では一般に「能力主義」と訳されますが、著者は、この言葉の捉え方に重要な問題があると指摘します。 それは、「業績」と「能力」を同じものとして扱ってしまうことです。

業績とは、実際に生み出された成果です。一方、能力とは、その成果を説明するために個人に結びつけられるものです。

仕事の成果は本人の能力だけで決まるわけではありません。 例えば、営業成績が優秀な社員がいたとします。私たちは、その人を「営業力が高い」と評価しがちです。

しかし、実際には担当顧客との相性、商品の競争力、上司の支援、市場環境など、さまざまな条件が成果に影響しています。 それにもかかわらず、成功の理由を個人の能力だけに求めてしまうと、周囲の支援や組織の仕組みが見えなくなります。

反対に、成果が出なかった場合も、本人の努力や能力の不足として片づけられてしまいます。 著者が問題視するのは、能力を個人に固定された性質と考え、その評価によって人間の価値まで判断してしまうことです。

ある職場で十分な成果を出せなかった人が、別の組織では活躍することがあります。反対に、優秀と評価されていた人が、環境や役割の変化によって力を発揮できなくなることもあります。

本書には、次のような印象的な指摘があります

「頭がいいんですね」は、「(過去に)頭がよかったんですね」と言い換えることも可能でしょう。過去の実績の延長線上に「頭がいい」が存在しているのです。

つまり、私たちが「頭がいい」と判断する際には、過去の成果を根拠にしていることが少なくありません。しかし、過去に成果を出したからといって、将来も同じように活躍できるとは限らないのです。

特に、生成AIの普及によって、知識の活用や情報処理の方法は大きく変化しています。これまで高く評価されてきた知識量や処理速度だけでは、人材の価値を十分に判断できなくなっています。 こうした能力評価の問題は、日本企業の雇用やマネジメントの仕組みとも深く関係しています。

日本企業では長年、職務内容を厳密に限定せず、組織の一員として幅広い仕事を担う「メンバーシップ型雇用」が広く採用されてきました。この仕組みには、柔軟な配置転換や長期的な人材育成を進めやすいという利点があります。 一方で、仕事の内容や責任範囲が曖昧になると、社員に何を期待しているのかが分かりにくくなります。

その結果、専門知識や実務能力だけでなく、コミュニケーション能力、協調性、主体性、周囲の空気を読む力など、さまざまな能力が求められるようになります。 著者が問題にする「ハイパー能力主義」は、このように仕事に必要な能力だけでなく、個人の性格や振る舞いまで幅広く評価の対象にしてしまう状況と関係しています。

例えば、若手社員に「指示を待たず、自分で考えて行動しなさい」と求めながら、実際に自分の判断で動くと「勝手なことをするな」と注意する職場があります。 これでは、社員は何を基準に行動すればよいのか分かりません。主体性を求められながら、同時に上司への服従も要求される。こうした矛盾した要求は、ダブルバインド(二重拘束)と呼ばれます。

このような環境では、社員は失敗や批判を避けるため、自分の意見を言わなくなる可能性があります。結果として、組織が求めているはずの主体性や創造性が失われてしまうのです。

近年、若手社員による退職代行サービスの利用が注目されています。その背景は一様ではありませんが、退職の意思を上司に伝えにくい職場環境や、対話が成立しない人間関係が利用の一因になっている可能性もあります。

こうした問題を、若者の責任感や忍耐力の不足だけで説明することは適切ではありません。企業側も、社員が安心して意思を伝えられる環境を整えているか、マネジメントに問題がないかを検証する必要があります。 もちろん、企業が成果や能力を評価すること自体は必要です。

問題なのは、評価基準が曖昧なまま、社員に過剰な期待を押しつけたり、成果が出ない責任を個人だけに求めたりすることです。 経営者やリーダーに求められるのは、優秀な人材を選別することだけではありません。仕事の目的や役割を明確にし、一人ひとりが持つ強みを発揮できる環境を整えることです。

人材の能力を高める努力と同時に、その能力を生かす組織の仕組みを改善する。個人の問題として片づける前に、仕事の進め方や人間関係、評価制度を見直す。 こうした視点を持つことが、能力主義の限界を乗り越え、多様な人材が活躍できる組織をつくる第一歩になるのです。

「頭がいい」とは何かの書影

「スーパーマン信仰」の正体と、ラベリングの暴力性

「頭が悪い人」を見下して「頭がいい人」を尊ぶ思考は、永遠に現れない完璧なスーパーマンを待ち望むような、「優秀な人材さえいれば解決する」という思い込みにも直結しています。

能力主義は、私たちに他者をラベリング(レッテル貼り)して思考を停止する悪習も植え付けました。日本でMBTIなどの「16タイプ性格診断」が大流行している背景には、カテゴリにハマってさえいれば安心でき、他者を深く理解するための面倒な手間暇を徹底的に省けるという打算があります。

「あの人は〇〇タイプだから」と雑にカテゴライズすることは、一見すると効率的で、生産性至上主義的な「頭のいい」振る舞いとして蔓延しています。

しかし著者は、「頭が悪い」という言葉やネガティブなラベリング自体が、集団の常識や「型」に抵抗なくハマれない不器用な人を排除するための「暴力的な装置」として機能していると鋭く指摘します。

思い込みに騙され、他者の複雑な人間性を一つの枠に押し込める行為は、判断の質を下げる最悪のバイアスです。 さらに深刻な問題は、経営層やマネジメント層が陥っている「スーパーマン信仰」です。

「自律駆動型で、コミュニケーション能力が高く、即戦力になる優秀な人材(=頭のいい人)さえ採用できれば、うちの組織の課題はすべて解決する」という思い込みは、日本のビジネスシーンで蔓延しています。

しかし、これは対話が機能しない職場の構造的なひずみから目を逸らすための逃避行為です。自分たち自身が変化するための時間や手間、組織をアップデートする責任を完全に放棄し、架空の「頭のいい人」に依存しているだけの状態にほかなりません。永遠に現れない青い鳥を探し続ける前に、目の前の組織の構造と向き合うことが、真の経営戦略の第一歩です。

日本の職場では、個人の内側に固定的な能力が存在するという「個体能力主義」が無意識のうちに信じられています。しかし著者は、この個体能力主義こそが組織が成長しているように見せかけるための仮構(フィクション)であると断じます。

個体差とされる能力をもとに選抜や競争をさせるほうが、管理側にとって都合が良く、発展している印象を与えやすいというだけの理由で採用されているのです。この不均衡な権力勾配を前提とした概念にとらわれている限り、対等な関係でのイノベーションや「共創」は決して生まれません。

そもそも、「自分の能力と努力のおかげで成功した」と自負する能力主義の勝者は、致命的なまでに想像力が欠如しています。いまの自分が社会で勝者として振る舞えているのは、たまたま環境や時代背景、タイミングが合致したからであり、何より誰かにケアしてもらってきたからです。

極端な話、仕事に邁進して「優秀なビジネスパーソン」を演じている間、自分の健康を支える食事を作り、汚れたパンツを洗ってくれていた誰かが確実に存在します。

健康や災難、運も含めて、人生という不確実なゲームにおいてずっと勝ち続けられる強者は存在しません。この一瞬の幸運に自覚的になり、過去も現在も含めて他者からのケアに感謝を実感することが、次の誰かへの支援へと繋がっていくのです。特権に無自覚な勝者の傲慢さは、組織の心理的安全性を破壊し、多様な知の結合を妨げる最大の障壁となります。 

では、この息苦しく生産性のない能力主義からどう抜け出せばよいのでしょうか。その最大のヒントは「福祉の現場」にあります。著者によれば、福祉の世界ではずっと前から「ポスト能力主義」とも呼べる高度な組織開発が実践されてきました。

福祉の現場では、「あなたはこのスキルが低い」「ここが劣っている」と個人の欠陥を突きつけることは無意味とされています。代わりに、「どんなサポートがあれば、この人は働きやすくなるのか」という1点にとことんフォーカスし、各人が持つ「機能の持ち合い」を行うことこそが組織開発だと捉えられています。

ビジネスの世界では、正解に一発でたどり着くことこそが「優秀さ」だと勘違いされがちです。しかし、VUCAと呼ばれる現代において、一発で上手くいく課題など存在しません。上手くいかないことを前提に、失敗を恐れずに微調整を繰り返すプロセスにこそ価値があります。

「ありがとう」や「ごめんなさい」という素朴な言葉を互いに伝え合い、面倒な対話を継続することでしか、真の共創は生まれないのです。 人間の処理能力を遥かに凌駕する生成AI時代において、「頭のよさ」の定義は劇的に変化しています。

AIに「頭がいい人の条件」を問うと、本質を見抜く力、柔軟な適応力、他者視点など、他者や環境との関係性に基づく条件が提示されます。知識の蓄積や論理的処理はAIが担い、人間に残されるのは「他者との関わり合い」そのものになるからです。 著者は、これからの組織や社会の実像について、先のすぼまった競争(ラットレース)を仕掛けるのではなく、多様な癖を持つ「味わい深い人間同士」が協働することだと語ります。

能力に良し悪しが固定的に内在しているのではなく、他者や環境との共生によって変化し続ける持ち味のようなもの、それが「その人らしさ」です。だからこそ、「頭がいい」という冷たい表現よりも、「いい味出てる」という表現のほうが、これからの人間の価値の本質に近いのです。

なぜ脱・能力主義が浸透しないのか。それは、能力主義が「他者を認めると自分の取り分が減る」という恐怖感から来ており、既得権益を持つ強者がそれを拒んできたからです。

しかし、この不毛な椅子取りゲームに勝者は存在しません。真正なる「知性」や「賢さ」をもって、このからくりや欺瞞を言葉にし、瓦解させていくことこそが本書の大義です。

「頭がいい人だけが知っている」といった手軽なノウハウを追い求める前に、まず大切にしたいのは、自分自身や周囲の人々の努力を認め、互いを思いやることです。「これまでよく頑張ってきた」「あなたの存在がチームの力になっている」と伝える。こうした他者へのコンパッション(思いやり)が、信頼関係を育み、組織を変えるきっかけになります。

そもそも、すべての問題に正解を出せる完璧な人間など存在しません。誰もが得意なことと苦手なことを持ち、周囲の支えを必要としています。

だからこそ、個人の能力を比較して優劣をつけるのではなく、互いの違いを認め、足りない部分を補い合うことが重要なのです。 これからの社会や組織に求められるのは、「誰が優秀か」を競うことではなく、「どうすれば互いの強みを生かせるか」を考えることです。

一人ひとりの不完全さを受け入れ、対話を重ねながら、共に答えを探していく。そうした関係性を築くことが、個人の成長と組織の持続的な発展につながるのです。

コンサルタント 徳本昌大のView

組織の競争力を高めるためには、個人の能力だけに依存する経営から脱却し、多様な人材の強みを生かす組織づくりへと転換する必要があります。

勅使川原真衣氏の『「頭がいい」とは何か』が問い直しているのは、現代社会に根強く存在する「優秀な個人が成果を生み出す」という能力主義の考え方です。知識が豊富で、論理的思考力に優れ、素早く正解を導き出せる人材が高く評価される一方で、そうした能力を十分に発揮できない人は、努力や資質が不足していると判断されがちです。

しかし、実際の仕事の成果は、個人の能力だけで決まるわけではありません。 スタートアップの経営や組織開発の現場でも、「即戦力となる優秀な人材を採用できない」という声は少なくありません。

しかし、人材不足を採用市場だけの問題として捉えることには限界があります。採用した人材が十分な成果を上げられない背景には、職務要件の曖昧さ、役割分担の不明確さ、教育体制の不足、コミュニケーションの問題など、組織側の要因が存在する場合もあるからです。

特に注意したいのは、「コミュニケーション能力」や「主体性」といった抽象的な言葉による評価です。これらは重要な能力ですが、何をもって高いと判断するのかが明確でなければ、評価する側の主観に左右されてしまいます。

例えば、自分から積極的に発言する人が主体的だと評価される職場もあれば、周囲の意見を丁寧に聞き、調整役を担う人が高く評価される職場もあります。同じ人物でも、環境や役割によって評価が変わるのです。

つまり、能力とは個人に固定されたものではなく、環境や他者との関係性の中で発揮される側面を持っています。 本書が批判する「個体能力主義」は、こうした関係性や環境の影響を軽視し、成果や失敗の原因を個人の能力に求めすぎる考え方です。この視点は、企業の人材評価やマネジメントを見直すうえで重要な示唆を与えてくれます。

実際、成果を上げる組織が、必ずしも突出した能力を持つ人材だけで構成されているわけではありません。重要なのは、メンバーが互いの得意分野と苦手分野を理解し、適切に役割を分担できているかどうかです。

ある人は新しいアイデアを生み出すことに優れ、別の人は計画を着実に実行することが得意かもしれません。顧客との関係構築に力を発揮する人もいれば、細かな問題を発見して改善することに強みを持つ人もいます。

こうした違いを個人の優劣として捉えるのではなく、組織全体で補い合うことができれば、一人では実現できない成果を生み出せる可能性が高まります。 著者が福祉の現場から提示する「機能の持ち合い」という考え方は、企業経営にも応用できます。

誰もがすべての仕事を完璧にこなす必要はありません。それぞれの持ち味を理解し、必要に応じて助け合うことで、組織としての対応力を高めていくのです。 そのためには、メンバーが自分の弱みや失敗を安心して共有できる環境が欠かせません。

問題が起きた際に個人の責任を追及するだけでは、失敗が隠され、改善の機会が失われるおそれがあります。一方、失敗の原因を組織全体で検討し、仕事の進め方や仕組みを改善する文化があれば、経験を次の成果につなげやすくなります。

ここで重要になるのが心理的安全性です。ただし、心理的安全性とは、厳しい指摘や成果への責任をなくすことではありません。立場や経験に関係なく意見を伝え、異なる考え方を建設的に議論できる状態を意味します。

本書が提案する「いい味出てる」という評価の視点も、こうした組織づくりにつながります。人を単純な能力の高低で判断するのではなく、その人ならではの経験や個性が、チームにどのような価値をもたらしているかに注目するのです。

もちろん、企業経営において能力評価や成果管理が不要になるわけではありません。専門的な知識や技術が求められる仕事では、一定の能力基準を設けることが不可欠です。

重要なのは、個人の能力を適切に評価することと、人間そのものの価値を能力で序列化することを区別することです。 生成AIの普及によって、知識の習得や情報処理のあり方は変化しています。

だからこそ、経営者やリーダーには、個人の能力を競わせるだけでなく、異なる経験や専門性を持つ人々が協働できる環境を設計する力が求められます。 一人ひとりの違いを認め、対話を重ね、強みを組み合わせる。個人の能力に依存する経営から、関係性と仕組みによって成果を生み出す経営への転換です。

『「頭がいい」とは何か』は、能力主義の限界を指摘するだけでなく、人材評価や組織づくりの前提を見直す機会を与えてくれる一冊です。これからのリーダーに求められるのは、優秀な人材を見つける能力だけではなく、多様な人材が互いの力を発揮できる組織をつくる能力なのです。

FAQ

Q1: 退職代行を使う若者は、やはり責任感が足りないのではないでしょうか?

A1:若者が退職代行サービスを利用する背景には、職場で「自分の意見を言え」と求められる一方、退職の意思を伝えると否定されたり、叱責されたりする「ダブルバインド(二重拘束)」の問題があります。辞めたいと思っても、その意思を安心して伝えられないため、第三者に頼らざるを得ないのです。退職代行の利用を本人の責任感や忍耐力の不足として片づけるのではなく、従業員が自由に意思を伝えられない職場環境や、組織のコミュニケーションの問題として捉える必要があります。

Q2: 「未熟さを認め合う」と、組織の成果が落ちてしまいませんか?

A2: 逆です。「個体能力主義」の幻想のもとで完璧を求め競争させる方が、互いの協働を阻み、結果的に成果が出なくなります。一発で正解を出そうとするのではなく、未熟さを前提に微調整を続けるプロセス(共創)こそが、不確実な環境下で最大のパフォーマンスを発揮します。 

Q3: 組織を良くするために、明日からできることは何ですか?

A3: まずは他者を「あの人は〇〇だから」と安易にラベリング(ジャッジ)して切り捨てるのをやめることです。そして、職場のメンバーの「いい味出てる」部分を見つけ、「みんな最高だ」「頑張ってきた」と互いの持ち味を肯定し合う対話を始めることが第一歩です。

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この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

Ewilジャパン取締役COO
Quants株式会社社外取締役
Mamasan&Company 株式会社社外取締役
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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