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世界最高峰の経営教室
著者:広野彩子
出版社:日経BP
本書の要約
両利き(ambidexterity)」とは、探索(exploration)と知の深化(exploitation)を同時にバランスよく行うことです。既存事業と新規事業という別々の事業活動であっても、「同じ屋根の下」で運用し、双方の強みを双方で使う「両利きの経営」を導入することで、結果を出せるようになります。
両利きの経営とは何か?
両利きの経営では、たとえ既存事業と新規事業という別々の事業活動であっても、「同じ屋根の下」で運用し、双方の強みを双方で使うことが大事だと考える。(チャールズ・A.オライリー)
オープンイノベーション、両利きの経営、マーケティング4.0などこのブログでもよく取り上げてきた経営論を広野彩子氏が、一冊の書籍にまとめてくれました。世界最高峰の経営教室を読むことで、世界レベルの17の経営理論を短期間で学べます。日経ビジネスの連載がベースになっているため、とてもわかりやい内容になっています。今日はこの中から、今話題の経営論である「両利きの経営」を取り上げます。
スタンフォード大学のチャールズ・A.オライリー、 ハーバード大学のマイケル・L. タッシュマンの両利きの経営を私は何度も読み返していますが、本書もこの「両利きの経営」から読み始めました。それほどこの経営論は私にとって魅力的な思考法なのです。
「両利き(ambidexterity)」とは、探索(exploration)と知の深化(exploitation)を同時にバランスよく行うことです。知の探索とは、自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為を指します。知の深化とは、自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく行為を言います。
昨年、亡くなったイノベーションのジレンマで有名なクリステンセン教授も「これはより良い思考方法である」と認めていたそうです。両利きの経営とは、1つの組織で漫然と新旧2つの事業を手掛けていくことではありません。資金や人材、ノウハウ、制度などといったリソースは積極的に共有しますが、違う事業に対しては、違うカルチャーで取り組まねばなりません。
過去の成功体験にとらわれることなく、経営者は新しいアプローチを取り入れるべきです。
これまで成功してきた仕事のやり方が、新しいビジネスのやり方にとってはむしろ間違っている可能性もある。だから、両利きの経営の下では、経営者は事業ごとに仕事のやり方をどう変えていくか、考えなければならない。
成功体験のある従業員らがこれまで慣れ親しんだやり方からなかなか抜け出せないことを、オライリー教授らは「サクセストラップ」と呼んでいます。カルチャーを変え、サクセストラップに陥らぬようにできて、初めて両利きの経営で戦えるようになります。「種は生き残るために変異する。組織もまた変異しなければ生き残れない」というのがオライリー教授の考え方です。
コロナ禍という未曽有の危機の中で、多くの企業は今までの戦略を捨てざるを得ませんでした。一部の業種では、ほぼ強制的に、迅速な変化対応を求められました。「両利きの経営」が改めて注目されているのも、過去の常識が通用しなくなったからです。
両利きの経営を実現するためには、組織カルチャーという概念を理解すべきです。組織カルチャーという言葉は、(その会社における)ものごとのやり方と定義する人もいますし、業務上のタスクだけではなくて、社員や顧客、取引先が相互にコミュニケーションをする時の作法、やり方を指すこともありまする。その会社に特有のマインドセットも組織カルチャーととらえるべきです。服装規定や上下関係の在り方なども組織カルチャーの1つです。
当然、オフィスに出社して働くとしたら、その組織カルチャーになじまねばなりません。既存の会社のメンバーが過去の常識にとらわれたやり方を強要すれば、新人には受け入れてもらえません。これが、組織カルチャーが、会社のコントロールシステムであるという意味です。問題は、そのコントロールシステムをずっと維持し続けることが、果たして企業の成長に本当に役立っているのかどうかです。
社員は、両利きの経営を導入する際、慣れ親しんだ仕事のやり方、つまり組織カルチャーにこだわることが大きな障害になるとオライリー教授は指摘します。両利きの経営を成功させたければ、既存事業と新規事業で姿を変える変幻自在の組織カルチャーが必要になります。
ダーウィンが展開した進化論の下では、種、動物、人類の進化は、遺伝子の変異によるものでした。世界が変化する時に、その環境により強く適合し、再生産が(容易に)でき、(環境を)占有できるタイプが生き残ったのです。組織についても進化論と同じ考えでのぞむべきです。両利きの経営ができる組織こそが環境に適応し、より生き残りやすくなるのです。
イノベーションのジレンマの提唱者である故クリステンセン教授は当初、新規事業は、既存事業と別に展開することを推奨していました。しかし、クリステン教授もまた、破壊的イノベーションについて、ダーウィンの進化論にイメージが近いと考えを変えています。
生物であれ企業であれ、長く生き残るには、まずは、(爆発的な変化を伴う)断続平衡説の下で訪れる破壊的変化を乗り越えなければなりません。重要なのはビジネスモデルの変化です。時代の変化にフィットするビジネスモデルを作らなければ、生き残れません。コロナ禍の中、いち早くデリバリーやECにシフトした飲食店は消滅の危機を免れました。
さらに、消費者の嗜好の変化も破壊的な革新をもたらします。例えば、米ゼネラル・モーターズ(GM)やトヨタ自動車といった自動車メーカーは、EV(電気自動車)の登場による市場の”破壊”に直面していますが、それは技術面の変化です。今後は、従来型のクルマに代わる新しい移動手段を使いたいという消費者の変化にも”破壊”されるかもしれません。時間単位でクルマを借りるビジネスモデルやサブスクモデルが支持されれば、それも”破壊”につながります。
技術革新だけでなく、はるかに幅広い要因によって、市場は”破壊”されています。テスラが次々と打ち出すイノベーションに既存自動車会社は立ち向かっていかなければなりません。急激な環境変化に適応するためには企業の素早い進化が待ったなしであり、変化に対応するためにリーダーは両利きの経営を導入すべきです。
アラインメントとは何か?
「両利きの経営」は、言うは易し、行うは難し。その実践には数多くの困難を伴う。
米国企業には、両利きの経営を成功させた企業がたくさんあります。米ゼネラル・モーターズ(GM)もその一つです。内燃エンジンから家電、そして自動運転へと一つの会社の中で多くの分野に挑戦し、様々な事業を成功させてきました。現在は、そうした多角化で蓄積した同社にしかない多様なデータを活用し、次なる新規事業を育て上げようとしています。
米国で現在目立っているのが、従来型のビジネスを維持しつつ、サブスクモデルへの移行に成功した企業です。多くのIT企業が、本業とサブスクリプションモデルの両立に成功しています。アドビはその好例です。アドビのフォトショップはもともと、同社のソフトウエアを店舗などでユーザーが買い、自分のコンピューターに展開してインストールする従来型のビジネスモデルでした。しかし、今ではソフトウエアはほぼサブスク型に移行しています。定期契約をしたら、常に最新版の利用が可能になります。
ネットフリックスも両利きの経営をうまくやってきた企業です。最初はDVDレンタルのサービスを提供する企業でしたが、今では動画のストリーミング配信サービス会社として、コンテンツを各国で制作しています。
オライリー教授がよく使うアラインメントとは、会社に存在する4つの概念の組み合わせです。
1、ハードウエアとしての2つの要素。
■「会社(固有の)制度」
■「キー・サクセス・ファクター(KSF:重要成功要因)」。
2、ソフトウエアとしての2つの要素
■その会社が採用してきた「人材」
■さらにその人材がつくりあげた「カルチャー」
カルチャーは制度ではなく、行動様式です。例えば部長や課長になるため社員が実際に「何をすればいいか」は、会社のカルチャーが決めます。
会社制度、キー・サクセス・ファクター、人材、カルチャー。この4つの組み合わせが既存の事業を動かし、成功に導きます。アラインメントとは、これら事業の成功に必要な4つのアイテムの組み合わせを1つに包み込んだ「風呂敷」のようなものなのです。「新規事業はこの風呂敷の場所と中身を動かす作業」とオライリー教授は述べています。
横軸は、ケーパビリティ、会社にある技能です。技術であったり、(その会社に特有の)人材のスキルであったり、多様な技能を指すします。左は既存技能、右は新規技能になります。一方、縦軸は市場、つまり顧客となります。下が既存顧客、上が新規顧客となります。コア事業とは、既存技能を既存顧客に提供するビジネスですから、4象限の左下に位置します。4つの象限にはそれぞれ違う風呂敷が必要なのです。
新規事業を成立させるとは、この風呂敷の中身を入れ替えながら、左下の象限にあるコア事業を左上、ないし右下、あるいは右上の象限に動かしていきます。すなわち左上の象限への移動は「違う市場(顧客)に同じ技能を売る」、右下への移動は「同じ市場(顧客)に違う技能を売る」、そして、右上の象限への移動は「違う市場(顧客)に違う技能を売る」という作業になります。
タイヤメーカーを例にとってみましょう。かつてラジアルタイヤが登場した時は、全く新しいタイヤの製造方法でしたが、それを売りたい商売相手は同じ顧客でした。つまり、既存顧客(に違う技能を売るパターン)でした。つまり左下から右下の象限へ、真横への移動。これが「新たな製品やサービスの投入」になります。
ローコストキャリア(LCC)の場合は、どうでしょうか。例えばシンガポール航空は、かなりハイエンドなエアラインですが、ローコストを好む顧客に訴求する必要性を感じていました。(ハードウエアでいえば)使うのは既存事業と同じ技術で、使うのも同じ機体ですが、完全に違うビジネスモデルです。つまり、ローコストキャリアは、左下から左上の象限へ、真上への移動になります。
富士フイルムの2000年時点における既存事業のアラインメントを、4象限の左下に置きます。写真事業で培った化学の優れた技能を生かしつつ、女性顧客(新たな市場)向けに、化粧品(新たな技能)を開発し、新規事業を成功させたアラインメントは、右上にあります、。(左下の既存事業と右上の新規事業の象限にある)2つの風呂敷の中身は違います。両利きの経営は、生き残るために左下と右上を同時にやることなのです。大切なのは、4つの場所それぞれに最適な組み合わせ(アラインメント)が違うということです。
イノベーションと事業創造の3段階
オライリー教授は、両利きの経営には3つの段階があると言います。
■着想
■育成
■規模拡大
その上で「イノベーションストリーム」という概念を解説します。イノベーションストリームとは、イノベーションの3段階、すなわち「累進」「建設」「激変」の3段階をさします。
1、累進
1つの技術を磨いていく段階で、本格的なイノベーションではありません。
2、建設
本格的なイノベーションはこの建設から始まります。既存技術を使い方を変えることでイノベーションを起こそうと言う段階です。
3、激変
「激変的イノベーション」は、これまでに全くない完全に新しい技術のことを指します。
過去10年の問に、各イノベーションの破壊力は、技術変化に限らず、ビジネスモデルや規制の変化などにも影響を受けると分かってきました。イノベーションが関連する分野ではイノベーションストリームのような3段階による整理を多用します。
事業創造におけるイノベーションの3段階ある。
1、アイディエーション(着想)
「アイディエーション(着想)」とは、アイデアを考え出すことであり、新しいアイデアを開発するには何が必要なのかを練り上げます。オープンイノベーションやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の使い方は重要となります。(ユーザーの視点に立って製品やサービスを開発する)デザインシンキングを取り入れるべきです。
2、インキュベーション(育成)
「インキュベーション(育成)」は、アイデアが市場で受け入れられるかどうか検証すること=ビジネスモデルを描くことです。
3、スケーリング(規模拡大)
「スケーリング(規模拡大)」は、通常の事業展開です。
事業を創造するうえで、理想的なのは組織の中にこの3段階の作業ができる体制を作ることです。ただ、最近は3つの段階のうちいくつかを意図的に省いて、イノベーションのスピードを加速させるやり方も出てきています。例えば、(試作品を短期間でつくって投入し、市場の反応を得ながらビジネスを進める)リーンスタートアップがこれにあたります。さらに、事業創造で行き詰まった場合は「再構築」という段階も必要になります。
既に一時度事業化し、築いてきた会社の資産を活用できたとしても、新たな事業を創造するには、事業の種の数だけ、「着想」「育成」「規模拡大」「再構築」のラインが必要になります。また、既存事業などでうまくいった組織のカルチャーをそのまま新事業に当てはめることはできません。オライリーの専門の組織行動論は、どのような組織をつくるかでなく、どう組織を動かすかを提唱する理論です。そして「両利きの経営」はその中でも有力な理論の一つであるととらえるべきです。
知の深化と探索を同時に行えている企業ほど、イノベーションが起き、パフォーマンスが高くなる傾向があることが多くの研究結果から明らかになっています。大企業の経営者はこの「両利きの経営」を行うことで、成長を持続できるようになるのです。
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