失敗の殿堂―経営における「輝かしい失敗」の研究
著者:ポール・ルイ・イスケ
東洋経済新報社
本書の要約
ポール・ルイ・イスケがまとめた「失敗の16の型」を知ることで、成功する確率が高まります。16の失敗の型にシステム・組織・チーム・個人の失敗を掛け合わせ、そこから学ぶことで、成功の道筋が見えてきます。メンバーに失敗体験を積極的に共有することで、組織は多くの学びを得られ、強くなれるのです。
失敗には16のパターンがある!
観察していくと、輝かしい失敗はそれぞれ細かな部分や前後の状況は異なるが、想定と違う展開になった理由は同じであることが多い。(ポール・ルイ・イスケ)
ポール・ルイ・イスケは、マーストリヒト大学ビジネス・経済学部教授で、「輝かしい失敗研究所」のチーフ・フェイリュア・オフィサー(最高失敗責任者)として活躍する失敗学のプロフェッショナルです。彼が失敗についてまとめた失敗の殿堂―経営における「輝かしい失敗」の研究の書評を続けます。
著者は大量の失敗事例を分析し、失敗の原因を特定しました。そこから失敗の見極めや学習に役立つ16の型をまとめました。
■失敗の16の型
①見えない象(全体は部分の総和よりも大きい)
多角的に考えて物事が初めて、明らかになることがあります。異なる目線から見たことを組み合わせることで、ようやく全体像が浮かび上がってきます。6人の男たちが、目隠しされた状態で象に触れ、観察結果を組み合わせると1人で感じた象とは異なる新たな象が「出現」します。 すべての視点を使ってようやく完全に見えるようになるという意味で、多くの現象は創発的〔部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が全体として表れている状態〕なのです。
次のフォード自動車のネーミングは明らかに、見えない象のたとえが正しいことがわかります。多角的な視点でネーミングを考えないことで、フォードはブランド価値を下げてしまったのです。
■フォード・ピント(ポルトガル語で、小さなペニス)
■フォード・カリエンテ(メキシコのスペイン語で街の売春婦)
■フォード・フィエラ(スペイン語で醜い老女)
■フォード・コルティナ(スペイン語でおんぼろ車)
グローバルでビジネスを展開する企業は、本当に適切な名前であることを確認するために、いろいろな観点から単語の意味を考慮しなければなりません。
②ブラックスワン(予見できない出来事が頻発する)
すべてのことが予見できるとは限りません。想定外の展開によって計画と期待が完全に混乱をきたすことがあるのです。ナシーム・ニコラス・タレブが『ブラック・スワン』で指摘したように、私たちが知らない、あるいは、知りえなかったことも、やはり重要である可能性が高いのです。予見できない出来事が、私たちの複雑な世界における創発現象であることが多いことを忘れないようにしましょう。
③財布を間違う(誰かには好都合だが、他の誰かに負担がかかる)
関係者が受け入れられるウィンウィンの状況、あるいは少なくとも「ノットルーズ・ノットルーズ」(どちらも負けない)な状況をつくりだすようにすべきです。誰かを犠牲にするのではなく、みんなで潤うことを目指さないと、チームワークが乱れ、失敗してしまいます。
④チョルテカの橋(解決すべき問題は1カ所に留まっていない)
プロジェクトが始まった時点でのリサーチや解決策は完全に正しかったとしても、問題が変化したり移行すれば、最終的に、その結果は有効でなくなることもあるのです。
ホンジュラスにあるチョルテカ橋は、1930年代にアメリカ陸軍工兵部隊によって建設され、最強のハリケーンにも耐えられる造りになっていました。1998年にハリケーン・ミッチがこの地域に襲来したとき、チョルテカ橋だけは無事でした。しかし、洪水が引くと、チョルテカ川の流れは数百フィート移動していました。橋は川の上ではなく、傍らの乾いた土地の上に架かっていたのです。このように問題が想定外の方向に動く場合もあるのです。
⑤欠席者のいるテーブル (すべての関係者が参加しているとは限らない)
変革を成功させるためには、すべての関係者にその変革について同意してもらわなくてはなりません。プロジェクトの影響を受けそうな人を特定するために、ステークホルダー分析を行い、関係者を適切な形で巻き込むようにすべきです。プロジェクト開始から最後の実行に至るまで、テーブルに空席がないようにすることは、とても重要なことです。メンバー全員が十分な情報を得て、自分の関心事が考慮されていれば、その結果を受け入れてくれるようになります。
⑥熊の毛皮(成功が確定する前に結論を急ぎすぎる)
最初に成功すると、これが正しい道だと誤信します。成功し続けるためには、長期的で大規模なアプローチや、他の状況でも通用するアプローチが必要とななります。熊の毛皮というオランダ語は、取らぬ狸の皮算用という意味ですが、最初に立てた計画がうまくいき訳ではないので、状況に応じて、プランを変更すべきです。
ベンチャーが最初に成功してしまうと、適切な長期的アプローチが見つけにくくなるケースが生まれます。多くの企業にとって重要なのは、PoC(概念実証)からPoB(プルーフ・オブ・ビジネス)へのステップになりますが、最初の成功体験がその後の流れを左右してしまうのです。
PoCとPoBチームでは、必要なスキルや顧客タイプから、資金調達方法、ガバナンス構造まで、ほぼすべてのことが異なってきますが、この違いを理解しないことで、ベンチャーは変化できずに、失敗してしまうのです。
⑦電球の発明(何をやっているかがわかっていれば、それを研究とは呼ばない)
進歩は通常、直線的な道をとりません。最善のアプローチや成功への正しい道を探すためには、試行、実験、学習のステップが必要になります。失敗した経験によって、どのやり方がまずかったのかがわかり、次の計画や実行の道筋が見えてきます。失敗して学習体験を受け入れる意欲と能力がなければ、成功にはたどり着けません。トーマス・エジソンは、実験、学習、試行錯誤の重要性を認識していました。未知の探究の価値を忘れてはいけないのです。
⑧兵隊のいない将軍(アイディアは良いけれど、リソースがない)
計画どおりに成功させるためには、必要なリソースが利用可能で、資金、適切なツール、知識、時間、従業員、パートナー、顧客、インフラなどのリソースを提供する関係者が、活動を行う当事者に十分にコミットしなくてはなりません。
起業家は例外なく、可能なリソースを最適な形で利用するという難題に直面します。最も欠かせない支援やリソースが得られないために、不可能なミッションに挑んでいることが判明することもああります。どれほど有能な人でも必要なリソースなしでは成功にこぎつけることはできないのです。
失敗の16の型と学習の4つの観点から成功への道筋をつける!
⑨捨てられないガラクタ(やめる術がわからない)
「やめられない・やめたくない」症候群という人間的な側面が、些細な失敗を大きくしがちです。プロジェクトが成功しなかったと発表するのは難しく、人はそれを先延ばしたり、隠そうとします。しかし、失敗は小さなうちにカタをつけないと傷を大きくします。埋没コスト(サンクコスト)を気にするのをやめ、未来から逆算して、もはや使い道のないガラクタを捨てる勇気を持ちましょう。
学んだ教訓を評価して、それを未来に活かせば、損失の一部を取り戻せます。「失敗コスト」の代わりに、「失敗リターン」が得られると考え、未来の不要な投資にブレーキを踏むのです。
⑩深く刻まれた渓谷(染みついた思考・行動パターンから抜け出せない)
他にもっと良い方法がある場合や、環境や問題が変わった場合には、今までのやり方は通用しません。長い時間をかけて川は美しい渓谷を刻み、グランドキャニオンのような素晴らしい景観を作り出してきたかもしれませんが、川から見える世界は逆にどんどん狭まっています。渓谷の外の出来事はすべて、川やそこに住む人の視界から完全に隠されています。今までの常識にとらわれたままで、何もしないでいるのはとても危険です。別の視点で物事を考えないと、環境の変化に取り残されてしまいます。
⑪右脳の功罪(合理的根拠のない直感的な判断をしてしまう)
問題があまりにも大きくて複雑なことを解決する際に、時間(もしくは意欲)不足ですべての不確実性を取り除くことができずに、直感と経験に頼ってしまうことがあります。重要なことを決議する場合には、左脳と右脳の両方を使って判断すべきです。答えを出す時には、左脳で論理的に考えることと直感を組み合わせるようにしましょう。
⑫バナナの皮ですべる(アクシデントが起こる)
バナナの皮を踏んで、つまらぬことですべってしまわないように、最適なシナリオに沿って、プロジェクトを進行させるようにします。
⑬ポスト・イット(失敗したけれど、偶然の幸運にも恵まれる)
異なる結果が生まれると、最初は失敗だったと思いがちです。しかし、詳しく調べていくと、別の形で価値があることが判明するかもしれません。これは、実は「セレンディピティ」という重要なものを偶然に見つける技術を示しています。オープンマインドを持つことで、失敗したと思ったことからイノベーションのヒントが見つけられるようになります。
ポスト・イットの接着剤は当初、粘着力が弱くて失敗作とされていましたが、貼り付けた後でもはがしやすい最適な成分であることが判明し、これを商品にしたことで、3Mは莫大な利益を得られたのです。
⑭アインシュタイン・ポイント(単純化しすぎても、複雑化しすぎてもいけない)
物事は単純化しすぎても、複雑化しすぎてもいけません。必要以上に単純化すれば、実際には通用しない解決策になりがちです。一方、必要以上に複雑化すれば、麻痺状態に陥る危険があります。
アインシュタインは「何事も極力シンプルにすべきだが、シンプルすぎてもよくない」と述べていますが、大切なのは、状況の捉え方をなるべくシンプルにしながらも、現実を映し出す中庸のポイントを見極めることなのです。
⑮アカプルコの断崖ダイバー(タイミングを誤ってはいけない)
新しい製品やサービスを立ち上げる場合、アイディアの良さもさることながら、適切な瞬間を待つことも重要です。イノベーションにおいて、早すぎても、遅すぎても良いタイミングではないと考え、最適なタイミングでローンチすることを目指しましょう。
メキシコのアカプルコの有名な断崖ダイバーは、大勢の観客の面前で、高い崖から海に飛び込む際に、打ち寄せる波が十分な水位に達するタイミングを待ち続けます。安全で最高なダイブを見せるためには、ダイビングの技術と同じくらいタイミングをはかることが重要なのです。
⑯勝者総取りの理(生き残れるのは1人しかいない)
多様性と競争の恩恵を受けるイノベーションでは、1つの有力プレイヤーの席しかない場合があります。勝者になれるのは1人だけであることが多いのです。自分が勝てないマーケットに参入するのはやめましょう。
■失敗と学習の4つの観点
これらの16の型を使うことで、どこでなぜ問題が想定外の方向に進んだのかを正確に見極めやすくなります。輝かしい失敗の価値を認識し、その恩恵をさらに享受するためには、次の4つの観点に分けて学習することが重要となります。
①システムの失敗(システムの特性による失敗)
②組織の失敗(組織レベルでの失敗)
③チームの失敗(チームレベルの問題による失敗)
④個人の失敗(個人の問題による失敗)
輝かしい失敗は、どれかーつの観点、あるいは、複数の観点で同時に失敗した結果かもしれません。16の失敗の型にシステム・組織・チーム・個人の失敗を掛け合わせ、そこから学ぶことで、成功の道筋が見えてきます。メンバーに失敗体験を積極的に共有することで、組織は多くの学びを得られ、強くなれるのです。
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