世界標準の経営理論
入山章栄
ダイヤモンド社
世界標準の経営理論(入山章栄)の要約
企業が成功するためには、自社のビジョンを明確に示し、イノベーションを通じて顧客体験を向上させることが不可欠です。競争の相手は他社ではなく、自社の進化能力と顧客への価値提供です。新レッドクイーン理論は、企業が如何に進化し続けるべきかを示し、競争の本質を再考する機会を提供します。
レッドクイーン戦略とは何か?
その場にいたいのならば、他よりも倍の速さで走り続けなければならない。(レッドクイーン)
レッドクイーン戦略は、スタンフォード大学のウィリアム・バーネットとハーバード大学のモーテン・ハンセンによって1996年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル(SMJ)』で発表された論文から広く知られるようになりました。
この戦略は、企業が激しい競争環境において、常に自己進化を怠らないことで生き残りやすくなるという理論を提唱しています。この理論の名前は、アリスのレッドクイーンの有名な言葉から取られており、進化生物学で言う「レッドクイーン効果」に基づいています。
進化学において、捕食関係にある生物種同士が競い合って進化し合うこの循環を「レッドクイーン効果」と呼びます。この理論は、生物が敵対的な関係の中で進化を続ける必要性を示唆しています。この考え方を企業の進化に応用したのが、バーネットです。
企業間の競争こそが、進化(企業の競争力強化)の源泉であるという視点を提供してくれます。企業Aと企業Bが互いに競い合い、常に進化し続けることで、両者が共に成長していく様子は、まさにレッドクイーン効果の現れと言えるでしょう。
バーネットの視点は、企業が競争環境で生き残り、成功するためには、絶えず進化し続ける必要があることを強調しています。このようなアプローチは、企業戦略や経営の分野においても有効であり、競争力強化につながる重要な考え方と言えます。
レッドクイーンの基本理論が主張するのは、その逆の可能性だ。すなわち「競争の中に身を置くことこそが、企業が成功する可能性を高めるかもしれない」という視点である。(入山章栄)
1996年に発表されたバーネットの論文では、アメリカの地方銀行を対象にした実証分析を行いました。この研究では、1900年から1993年にかけての93年間における全米3650地域、2970の地方銀行データ(観測数は10万を超える)を使用し、統計解析を実施しました。
その結果、「ライバルとの直近での厳しい競争を経験している銀行ほど、その後の生存率が高まる」という興味深い結果を得ました。 レッドクイーンの理論によれば、企業は激しい競争状況の中で進化し、生き残るために必要な適応を行う必要があります。
つまり、競争が激しい環境ほど、企業は自己改善の機会を得て成長することができるというのが、バーネットの研究から示唆されるポイントです。 この研究は、競争と企業の生存率の関係を明らかにし、経営戦略や企業の存続に関する重要な洞察を提供しています。こうした研究は、我々の固定観念や直感に挑戦し、新しい視点や知見を提供する価値があります。
企業も生物と同様に、変化する環境に適応し、進化を続けることで、市場での生存競争に勝利することができるのです。レッドクイーン効果を応用した企業進化の視点は、現代のビジネス環境において重要な概念であり、企業の持続的な成長を支える要素となっています。
新レッドクイーン理論とは?
競争にさらされすぎると、やがて競争そのものが自己目的化してしまい、競合相手だけをベンチマークするようになる。結果として別の競争環境で生存できる力を失うからだ。(ウィリアム・バーネット)
ウサギとキツネの間の捕食関係は、彼らにとっての生存競争において非常に重要な役割を果たしています。この関係で、両者の主な目的は「いかに相手より速く走るか」という点に集中しています。この速さが進化のプロセスで重要な要素となりますが、一方で他の進化目的を見落とすリスクも伴います。
例えば、ウサギやキツネが足を速くすることに特化し過ぎると、環境が変わり新たな捕食者である鷲に襲われた場合、対応が難しくなる可能性があります。 この現象は企業間の競争にも当てはまります。
特定の市場領域で競争している企業Aと企業Bが「レッドクイーン競争」に直面すると、主な進化目的は「いかに相手を上回るか」となります。その結果、両社は互いに過剰にベンチマークを行い、「目の前のライバル」という限定された視野でのみ競争を行います。
企業Aはライバル企業Bと同じ要素に焦点を当て、「知の深化型」の進化を遂げることで一時的に業績を向上させることができますが、これにより企業Bも対抗策として企業Aをベンチマークし、さらにスペックを少し上回る形で知の深化を実現します。
このような循環プロセスは、結果として両社の製品やサービスが似通ったものになり、細かなスペックの機能性だけで競争する「知の深化型の共進化」のスパイラルに陥ることがあります。このプロセスを「新レッドクイーン理論」として捉えることで、企業は環境の変化にどう対応するかを考慮し、より広い視野での戦略を検討することが求められます。この理論は、固定された競争の枠組みを超えて、より動的で持続可能な競争優位を構築するための洞察を提供します。
1990年代には、携帯電話やPHSが主流であり、シャープ、NEC、富士通、パナソニック、ソニー、京セラなどの国内メーカーが様々な機能を競い合っていました。特にカメラやディスプレー、ワンセグ、防水などのスペック競争が激しく、過剰な品質競争につながっていました。この時代には、様々な携帯電話が登場し、進化を続けていました。
しかし、2000年代に入るとスマートフォンの台頭により、携帯電話市場は大きく変化しました。スマートフォンは従来の携帯電話とは異なるインターフェイスや顧客体験を提供し、サムスン電子、アップル、ファーウェイ、レノボなどの新興メーカーが台頭しました。スマートフォンは、様々な機能を一つのデバイスに集約し、ユーザーに新しい体験を提供した一方で、日本メーカーは市場から退場させられたのです。
スマホ参入の失敗のケースから、日本の企業からイノベーションが生まれにくくなっている要因が明らかになります。固定された競争関係や既存のビジネスモデルにとらわれてしまい、革新的なアイデアや製品を生み出すことが難しくなっているのです。
このような状況を打破し、イノベーションを起こすためには、企業文化や組織風土の変革が必要です。従来の枠組みにとらわれず、リスクを恐れずに挑戦し、失敗から学びながら成長する姿勢が求められます。また、外部との協業や新たなパートナーシップの構築も重要です。日本企業がイノベーションを生み出すためには、これまでの成功体験にとらわれず、未知の領域に果敢に挑戦する姿勢が求められるのです。
新レッドクイーン理論は『鏡の国のアリス』の赤い女王をはるかに超えた視点を提供する。アリスは、相手より2倍速く走ることを目指すべきではない。アリスは、空を飛ぶことを考えるべきなのだ。(入山章栄)
「これからの時代は、多くの業界でさらに環境変化が激化し、シュンペーター型に移っていく可能性が高い」と入山氏は述べています。実は本当の競争相手は自社のビジョンで、それに基づきどう顧客体験を高めていくかなのです。
企業が成功するためには、自社のビジョンを明確に示し、イノベーションを通じて顧客体験を向上させることが不可欠です。競争の相手は他社ではなく、自社の進化能力と顧客への価値提供です。この視点から、企業は絶えず変わる市場環境に適応し、時代のニーズに応じた対応が求められます。新レッドクイーン理論は、企業が如何に進化し続けるべきかを示し、競争の本質を再考する機会を提供します。
企業の成功には、明確なビジョンの設定、継続的なイノベーションの推進、顧客体験の充実、自社の進化と顧客への価値提供を強化することが重要です。変化し続ける市場環境に柔軟かつ積極的に対応し、時代の要請に答えることが企業にとって必要不可欠です。新しいアイデアやアプローチを取り入れ、競争を通じて自己革新を続けることが、企業の持続的な成長と成功につながります。
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