ニセコ化するニッポン (谷頭和希)の書評

two women in purple and pink kimono standing on street

ニセコ化するニッポン
谷頭和希
KADOKAWA

ニセコ化するニッポン (谷頭和希)の要約

「ニセコ化」とは、特定の場所が「選択と集中」によりテーマパーク化する現象を指します。著者はこの流れが全国で進行していると指摘し、多様な人々を受け入れる施設の増加が一つの対策だと述べます。特定の施設が来場者を選択すると一方で排除される人が出ますが、異なるターゲットの施設が複数あればそれを防げます。完全な満足は難しくとも、多様な選択肢を提供することで、より多くの人にとっての「居場所」を確保できるのです。

ニセコかとは何か?

「ニッポンはいま、『ニセコ化』している」と。 (谷頭和希)

都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家の谷頭和希氏は、現代日本における都市や消費の在り方を「ニセコ化」という独自の視点から分析しています。

「ニセコ化」とは、著者によれば「選択と集中によって特定の場所が“テーマパーク”のように変化していく現象」を指します。これは北海道のニセコに限らず、日本各地で静かに、しかし着実に進行していると著者は指摘しています。

「選択と集中」の対象となった外国人富裕層がこの地に押し寄せるのは、スキーリゾートの雪質に魅了されてのこと。「ジャパウ(ジャパンのパウダースノーを表す言葉)」とも呼ばれる素晴らしい雪質が、ニセコにはありました。

つまり、こうした偶然の地の利があった上で、それを見極め、それに基づいて来る人を「選択」し、「集中」させたサービスを提供することで、ニセコは世界的なスキーリゾートへと大化けしたのです。 ニセコでは、「選択」されて訪れた富裕層が満足できるように、彼らに深く刺さるサービスを「集中」して提供しています。

例えば、ニセコを訪れれば、至るところに英語などの外国語の看板が立っていることに気付きます。これも外国人向けの戦略の一つです。また、ニセコにある「セイコーマート」では、1万3000円を超える高級シャンパンが販売されており、これは一般的なコンビニのイメージとは大きく異なります。このように、特定のターゲット層に向けたサービスの最適化が進んでいるのです。

日常とは切り離された「別世界」が作られている場所を「テーマパーク」とするなら、北海道にありながら、日本ではない「どこか」を作るニセコは、まさにテーマパークの風景だ。

ニセコは、北海道に位置しながらも、日本の日常性から解放された異空間を創出しています。その独特な雰囲気は、訪れる人々に新鮮な驚きと特別な体験を提供し、まるで日本にいながら異国のリゾート地にいるかのような感覚を生み出します。こうした空間のあり方は、まさにテーマパークが体現する風景の本質と共鳴しています。

テーマパークは、現実とは異なる幻想的な世界を創り出し、訪問者に非日常を提供する場ですが、ニセコもまた、そのような役割を果たしています。 この概念の核心をなすのが、「選択と集中」という原理です。

東京ディズニーリゾートは、この原理を見事に体現し、徹底的に作り込まれた世界観によって唯一無二の体験を提供しています。エリアごとにテーマを統一し、細部までこだわり抜いた演出が施されていることで、訪れる人々は現実を忘れ、その世界観に没入できます。

ニセコもまた、北海道という地理的背景の中で、「日本ではない何か」という独自の空間性を確立しています。豊富な降雪量と質の高いパウダースノーを武器に、国際的なスキーリゾートとしてのブランドを築き上げ、世界中の観光客を惹きつけています。さらに、高級リゾートホテルや洗練された飲食店が集積することで、単なるスキー場にとどまらない、総合的なリゾート体験を提供している点も特徴的です。

街や飲食もニセコ化する理由

日本にあって日本ではないような場所がニセコだとすれば、「日本にあってあまりにも日本的すぎる場所」が「豊洲 千客万来」なのである。いうなれば「ニッポン・テーマパーク」とでもいうべき施設だ。

本書の魅力は、「ニセコ化」という概念を軸に、現代日本の社会現象やトレンドを横断的に考察している点にあります。元の市場が進化した豊洲の「千客万来」などの近年のインバウンド向け「ニッポン・テーマパーク」がこれまでと異なるのは、提供される商品やサービスの価格の高さです。結果、富裕層以外の日本人が排除されるようになったのです。

東京・新大久保の急速な変容についても、著者は韓流ブームの影響だけでなく、「ニセコ化」の一例として読み解くことができると述べています。他の地域のコリアンタウンとは異なり、新大久保は韓国の人が多く住む地域というよりも、むしろ韓国好きの人々が楽しめるように作られた「韓国テーマパーク」といえる場所です。

実際に新大久保駅前を歩いてみると、その特徴がよく分かります。駅の東側には、ハングルの看板やK-POPアイドルの写真が目に入り、韓国グルメの店が軒を連ねています。一本路地を入ると、まるで韓国にいるかのような風景が広がり、店員の多くも韓国の若い男性です。

まさに、日本にありながら韓国の雰囲気を持つ、ニセコ的なテーマパークがそこに存在しています。 かつて多国籍な文化が共存していた新大久保は、訪日観光客や若年層の関心を引きつけるために特化し、韓国文化を前面に押し出した「テーマパーク」のような場所へと変貌してきました。この変化は単なる韓流ブームによるものではなく、現代日本社会における「テーマパーク化」という大きな流れの一部と考えられます。

「本物の韓国」ではなく、日本人が理想化した「韓国」が凝縮された空間として、新大久保は機能しているのです。 こうした現象は新大久保に限らず、日本各地の観光地で見られる「テーマパーク化」の流れとも共通しています。

「ニセコ化」とは、インバウンドのみならず、「若者」や、あるいはもっとセグメント化された「韓流ファン」のような人にとって「選択」された場所のことを示すのであり、そこでは国籍は関係ない。ただ、「選択された人」と「されなかった人」がいる。その点で、同じ日本人の中でも、「選択」されるタイプの人とそうではない人がいる。本書の主張は、日本のあらゆる場所が意識的にせよ、無意識的にせよ、このような「選択と集中」を行う方向に進んでいるということだ。その顕著な例がニセコであり、新大久保であり、渋谷なのだ。

「ニセコ化」という概念は、グローバル化と地域性、観光と日常、本物と演出といった対立する考え方を超えて、現代社会における「場所」の意味を新たに考える視点を私たちに提供しています。新大久保や豊洲、そしてニセコなどの場所は、単なる地図上の位置ではなく、人々の期待や願望、経済的な利害関係などが複雑に絡み合った「社会的に作られたもの」として存在しているのです。

このように「テーマパーク」のように作られた空間が増えることで、私たちの「本物」や「本来の姿」に対する考え方も変わってきています。訪れる人々は、そこが演出された空間だと理解しながらも、その演出に自ら参加し、SNSなどで体験を共有することで、さらに「テーマパーク化」が進んでいます。このような繰り返しのプロセスの中で、私たちの文化体験や場所に対する認識はますます複雑になっているのです。

インバウンド向け「ニッポン・テーマパーク」の特徴として高額な商品・サービスが注目される中、飲食業界でユニークな成功を収めている「びっくりドンキー」の戦略にも著者は焦点を当てています。 びくドンは全国チェーンでありながら、店舗ごとに内装や雰囲気を変えることで「地域ごとの特別感」を演出しています。この戦略は「ニセコ化」の要素を取り入れたものと分析できます。

2024年3月には過去最高益を記録し、ファミリーレストラン部門のNPS調査でも首位を獲得するなど、ブランディングに成功しています。 びっくりドンキーの成功の背景には「ハンバーグ」という一品目に特化した「選択と集中」の戦略があります。

その成功の鍵は主に以下の3つになります。
①安さへのこだわり
②ハンバーグ自体の味へのこだわり
③「日本人大衆向け」にするための工夫

従来、単品特化型の飲食店は高価格帯が多い中、びっくりドンキーは品質を保ちながらも手頃な価格で提供している点が画期的です。しかもおいしさを追求することで、顧客から支持されているのです。

このようにニセコ、新大久保、びっくりドンキーは、それぞれ異なるターゲット層に特化した経営戦略を展開し、成功を収めています。ニセコは外国人富裕層をターゲットに、新大久保は韓流ファンに、びっくりドンキーはファミリー層や若年層をターゲットに、独自の世界観を提供しています。それぞれの強みを活かしたマーケティングが、活気あるにぎわいを生んでいますが、そこには選択と集中という戦略があるというのが、著者の主張になります。

静かなる排除とは何か?

「ニセコ化」とは、現代の日本の観光地や都市、商業施設、そしてそこで暮らす人々の価値観や行動様式、消費などを映し出している、いわば「現代の鏡」なのだ。

本書では、観光地だけでなく、地方都市や商業施設の「ニセコ化」との違いについても詳しく掘り下げています。夕張などの従来型観光地の作り方は、現在のニセコとは明らかに正反対です。 まず、従来型では誰向けの施設を作るのか、つまり客層の「選択」がなされていません。

「どんな人を呼ぶか」という属性や質の問題よりも、「とにかくたくさんの人を呼ぶ」という「量」が優先されてしまいます。 また、客層が「選択」されないため、観光地として何を見せるのか、どのように見せるのかという「集中」もできません。

さらに言えば、このような「選択と集中」の根底には、夕張という「場所」が他と比べて何が優れているのか、どこに人が魅力を感じるのかについての提案が不足していたのです。

一方で、ニセコ化が進むことによる課題も浮上しています。 実際に、ホテルの建設や飲食店の新規オープンが相次ぎ、雇用の創出やインフラ整備が進むケースも少なくありません。特に、外国人観光客の増加に伴い、高級志向のレストランやブランドショップが進出し、街のイメージが一新されることもあります。

テーマパークの代表格であるディズニーランドでも、「ウォルトの理想」から脱却し、価格を上げることで来場者層を選別し、特定のターゲットに向けたマーケティングを強化しています。 これは、著者によれば「ニセコ化」の典型的な展開といえます。

その結果、従来のディズニーファン、特に頻繁に訪れていたディズニーオタク層にとって、価格の高騰が大きな障壁となり、来場を諦めざるを得ないケースが増えています。

また、ニセコや白馬などのでは、観光客向けの高価格帯の商品やサービスの増加によりが増えたことで、地元住民が日常的に利用しにくくなることです。例えば、以前は気軽に買い物ができたスーパーが高級志向の店舗に変わり、物価が上昇するケースもあります。さらに、家賃の高騰により、日本人がそこの地域から離れざるを得なくなることもあります。

さらに、大手資本の進出によって、小規模な商店が撤退を余儀なくされることケースも少なくありません。この影響は、地元住民だけでなく、日本人観光客にも及んでいます。

例えば、京都や温泉地では、以前は手頃な価格で泊まれた宿が、富裕層向けの高級ホテルへと変わり、1泊数万円以上に値上がりするケースが増えています。飲食店でも高価格帯のメニューが主流となり、外国人観光客が多く訪れることで、日本人が気軽に利用しづらい雰囲気が生まれています。

その結果、日本人の間で「このエリアや施設は自分には合わない」と感じ、訪問を避ける傾向が強まっています。また、サービスのあり方にも変化が見られます。外国語対応が優先され、日本語での案内が縮小されることで、日本人が疎外感を覚える場面が増えています。

京都やニセコの観光地では、日本語の看板やメニューが減り、英語や中国語などの外国語表記が目立つようになりました。街を歩けば外国人観光客の姿が多く、会話も外国語が飛び交っています。このような光景は、日本にいながら「異国」にいるような感覚を日本人に与えることがあります。 外国人などの富裕層向けのサービスや施設が増えることで、一般的な所得の人々が利用できる選択肢が減っています。高級レストラン、富裕層向けの宿泊施設、高額な商品を扱う店舗が増え、物価も上昇します。

これにより、地元住民や一般的な日本人観光客は、経済的な理由から自然と足が遠のいていきます。 さらに、言語環境の変化も「静かな排除」を強めています。日本語での案内が減り、店員も外国人が増えることで、コミュニケーションの壁も生まれています。日本人が「ここは自分たちのための場所ではない」と感じる要因になり、心理的な距離感も生み出しているのです。

こうした変化は強制的なものではありませんが、文化的にも経済的にも徐々に日本人を「よそ者」にしていく現象として広がっています。地域の文化やアイデンティティが失われ、見た目は国際化しているようでも、実は多様性を失った空間が作られているという矛盾が生じているのです。

本書は「ニセコ化」というキーワードを通じて、私たちの暮らす街や訪れる場所がどのように変化しているのかを考え直すきっかけを与えてくれます。「ニセコ化」自体が避けられない流れであるとすれば、著者は多様な人々を受け入れる施設を増やすことが一つの方策だと指摘します。

各施設が来場者を「選択」することは避けられませんが、それが一つの施設に限られると、そこから「排除」される人が生まれてしまいます。しかし、異なるターゲット層を設定した施設が複数存在すれば、排除される人を減らすことができます。

すべての人が満足できる空間を作ることは難しいですが、多様な「選択肢」を用意することで、より多くの人にとっての「居場所」を確保することが可能になるのです。

最強Appleフレームワーク


 

この記事を書いた人
徳本昌大

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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